第16話 現実逃避

 クロウが踏み込んだ先で見たものは、武道着を着て長刀をもった、妙齢の綺麗な女性が前のめりで倒れ、藤色の和服を着た老婆が「雫っ! しずく~!」とうなりながら手を伸ばす鬼のような形相の姿。そして伸ばした手の先には、豪奢な赤紅の和服に身を包んだ、クロウと同じ年頃の女の子が、頭に毒々しい紫色の二本の角を付けた、白と淡い緑の着流しを着た男性に、のど輪で浮かされている姿。間違いなく首が締まっている。

 意識があるのか、気を失っているのかはわからないが、彼女の両手がだらりと下がっているところを見ると、気を失っているというのが濃厚だ。


「来たか……あれ? 七福のご老公?」

「なんじゃい、ヤトではないか。お前さん、こんなところで何をしておる? そんなことするやつじゃなかったじゃろ」


 えべっさんにヤトと呼ばれた男はやはり近づくクロウ達に気付いていたようだが、誰が近づいてきているのかは同じく分からなかったようだ。当初ボス感満載でクールを気取っていたようだが、クロウに引っ付いて浮いている爺様たちを見て素に戻ったらしい。

 一方で七福のリーダーえべっさんからは、やけに馴れ馴れしい口調で語りかけられている。おまけに性格に関する情報まで。美少女にのど輪とかしないタイプらしいが、今のところそれを鵜呑みにはできないクロウ。


「……仕方ないんだよ」

「……知り合いか? えべっさん」


 憂鬱そうに仕方ないとか言っていても、現在進行形で美少女の喉を責め続けている時点で同情の余地はない。というか普通に少女の命が危ない。


「とりあえずその子降ろさへん? そんなことしたないのはわかったから」

「あ? なんだ、てめぇ」


 七福以外だとチンピラのような話し方になるヤトとやら。


「いや……その子殺しに来たんやったら、そんな顔せえへんやん? もうそろそろ息が危ないんちゃう? その子」

「ん……? おっとこりゃいかん、つい」


 そういうと女の子を優しく降ろすヤト。そこへ藤色の婆さん―――ハルがはいはい這いよる。


「雫! 雫ぅ~……」


 どうやらその女の子は雫というらしい、とクロウは情報を更新した。ヤバい感じではあったが、息をしていることが確認でき、気が抜けたようで鬼の形相はどこかへ行ってしまった。気が抜けたように名を呼びかけていた。

 そこへどうも興味がクロウ達へと移ったらしいヤトが、クロウをじっと見た。


(なんだ? コイツ。老公たちの……契約者か……?)


 かなり小太った少年だが、肩に担ぐのはヤトの身が感じる限り、間違いなく神器。小さいが確かな存在感を秘めた鎚。しかも神を七柱も従えている。クロウからわずかに漏れる魔力には、七福たちの神力が混じっていることが、ヤトの目に映っていた。


「お前……契約者か? 老公たちの」

「老公って言うのはえべっさんとかの認識でええんか?」

「そうだ」


 クロウは堂々とため口をきく。ヤトを相手に敬意が見られないが、『なんや、知りあいか』程度の認識しかないうえ、今のところ美少女にのど輪する外道扱いなので、普通に話している。普通なのは、誘拐犯たちに関わりがあるだろうからだ。

 そこへえべっさんがリーダーっぽく、代表して答えてくれる。


「そうじゃよ。わしら全員、クロウ君と契約しておる」

「なんだと……?」


 目を剥き驚くヤト。こんな中背で太肉の少年にすべての七福が、契約を交わしていることに。ちなみにクロウの体格は、174cm・88kg。まあまあの小太りっぷりでだらしがない体格ではあるが、不思議な存在感を持つ鎚のせいで、異様にサマになっていた。

 一応、本当に一応クロウはヤトに確認することにした。


「その人らどうしたん? アンタが敵対してんのはなんとなくわかんねけど」

「あぁ? お前に何の関係があんだ?」

「多分やけどその人らの関係者に誘拐されて監禁されとってん。何でこんなことされたんか聞いてから帰ろ思ってな」

「……ホントかよ、えべっさん」

「間違いないわい。今の今まで牢屋に入っておったからの」

「……チッ」


 舌打ちをするヤト。唾でも吐きそうである。クロウはキチンと『どうして?』の部分を説明したため、なんとなく全拒否はしづらい。とてもアマテラスの社を襲撃したとは思えない律義さだ。

 そんな律儀なヤトは、仕方なく答えた。


「俺は今呪いで縛られててな。この子……『雫』をさらって来いって言われてんだよ」


 ヤトはバカ正直に全部話した。特に口止めされていないからである。

 逆に戸惑うのはクロウ。何か黒い靄のようなものが、ヤトにまとわりついているのは見えていた。しかしヤトがあまりに正直に話したため、ウソではないのかと疑うことに。


「……ホンマか?」

「ウソじゃねえよ! なんだったら呪い主に聞いてみろや!」


 クロウの「疑ってますよ!」というジト目がちの確認に、魂から叫ぶヤト。これが本当なら呪い主こそ、この騒ぎの黒幕である。この場で唯一正気のアマテラス関係者であるハルが、目を剥いて聞き耳を立てまくっている。

 そこへヤトが最大の疑問をブッこんできた。


「ところでお前……名前なんだったかな?」

「え? ……クロウやけど」

「そうか。クロウ、さっきえべっさんが言ってたが老公たち全員と契約したって本当か?」


 そう言えば名前知らないと、クロウの名を聞いてくるヤト。別に知りあいだし隠すこともないし、そもそもえべっさんが契約したって言ってるから、正直に答えた。


「まぁ……成り行きで」

「はぁ?」


 どこをどうやれば神と成り行きで契約できるのか、ヤトは戸惑った。クロウは平然としている。別にウソはついていないから。ハルは話の流れがまるで分かっていない。黒幕が判明してからの話はちんぷんかんぷんである。


「それより、そこのおばあちゃんに用があるねん。先、済まさしてもらっていい?」


 ちらりと倒れたまま聞き耳を立てているハルの方を見て、ヤトに確認を取るクロウ。突然自分の名前が出てきてビクリとするハルだが、口を結んで懸命に踏ん張る。だがヤトから感じる声音は、幾分厳しさがなくなっていた。


「……気が変わった」

「え?」

「気が変わったと言ったんだ。お前と敵対するより、仲良くするほうがよさそうだ」


 そう言うと、ヤトは真っ直ぐにクロウを見つめた。


「どういう意味?」

「何、簡単な話だ。お前、俺から何かが出てるのかわかるか?」

「何かって……黒い靄みたいのか?」


 ヤトの口角が異常に上がり、とてもあくどい顔になった。「我が意を得たり!」といった感じで。


「あぁ、そうだ。コイツが俺を縛り付けている。そしてやりたくもねえことやらされてるってわけだ……そこで提案だ」

「提案?」


 もう何が何やらのクロウ。ヤトの提案とやらは続く。


「一週間後、もう一度ここへ来る。そのお嬢ちゃんをさらいにな。その時に、俺の呪いを解いてくれ」

「……?、?」


 ついに混乱はピーク。思考の袋小路に迷い込んだクロウは、後ろと相談することにした。


「弁天様。俺、そんなんできんの?」


 そんなもん出来るわけねえとか思っていたが、返事は意外なものに。


「できなくもないねぇ」

「できんの!?」


 いつの間にか御祓いができるようになったクロウは、弁天の言葉に仰天する。


「何言ってんだいクロウちゃん。それ使えばいいんだよ。鎚を」

「これ?」

「そう。それに込められた力は変質だからね。呪いを何かに変えてやればいいのさ」


 クロウは肩に担いだ鎚を見た。どうやら物理で解決できるらしい。意外と力技でクロウは安心した。

 だが、ヤトも「え?」って顔をしていた。無性にイラついたクロウは、ヤトに噛みつく。


「何でアンタもそんな顔してんねん!」

「仕方ねえだろが! 老公たちを従えるやつがいるんだぞ! 何かできそうな感じすんだろが!」

「かまされただけかい!」

「ワリィかよ!」

「ややこしいわ!」


 まるで長年の親友のようにワイワイやるクロウとヤト。男同士であるため非常に見苦しい。ため息をつきながらえべっさんが二人に割り込んだ。


「その辺にしておけ。ところでヤトや。今じゃあダメなのか?」

「え?」

「いや……一週間後じゃないとダメなのかと聞いとるんじゃ」

「そんなことねえよ。1週間って言うのはそれぐらいで何とか対処法捜してくれって思ってただけで、今できるんなら今やってほしいな。もう痛いのヤダ」

「可愛く言うたって許すかぁ!」

「んだおらぁ!」

「……やれやれ」


「いいぞー! もっとやれー!」という声がシャモンやホテイ、JUROから聞こえてくるが、ガチ喧嘩に発展すればどうなるか……






「む、むい……」

「……すまねえな。ついムキになっちまった」


 魔力を使えるようになったクロウではあるが、厳密に言えば未だに最盛期は取り戻せていない。にもかかわらず神に喧嘩を売ったクロウは顔をパンパンに腫らし、無様をさらすことになった。蛇を使わないだけ良心的だが、猫パンチ同士でじゃれあうならまだしも、今のクロウに神とステゴロなどできるわけもない。強行した結果はごらんのとおりである。


「う、ううん……」

「! 雫! 雫ぅ!」

「……? おばあさま? 私、いったい……」


 どうすんだこの状況ってなっていた時、流れを変える出来事が起こる。雫が目を覚ましたのだ。ぐらぐら揺さぶってくるハルを押しとどめ、首を振りながら体を起こす雫。少しの間ボーっとしていたが、やがて頭がクリアになってくると、「はっ」と今までの出来事を思い出す雫。


「おかあさまっ!」

「心配いらんよ。鈴鹿は無事じゃ」

「そうですか……」


 叫び母の無事を気にするも、ハルの報告にホッとする雫。が、自分がいかな経緯で気絶していたかを思い出す。目を見開き、首をグリングリン回して憎きあんちくしょうを探す。


「蛇神っ!」

「お? 呼んだか? 嬢ちゃん」

「えっ?」


 シリアスさのかけらもない声。声がしたほうを向けば、間違いなく怨敵蛇神だ。しかし顔つきにさっきまでの悲愴さは見当たらず、ついさっきまで気絶していた雫にはどうしてこんなフランクな声を出すのかわからない。説明プリーズとばかりにハルの方を見ると、西洋人がやる「やれやれ」みたいな感じで首を横に振る。ハルにもわかっていないとわかり、状況を確認するために部屋を見渡すと……


「え……? 何……? 浮いてる……?」

「ど、どうしたんじゃ? 雫」

「どうしたって……おばあさま、あそこに……」


 雫が指差したのは、クロウの周りに群がる七福神。しかしハルの反応は妙なものだった。


「ん? あぁ……あの小太りの小僧な。何やら蛇神とステゴロかまして、負けおったわ。全くだらしない……」

「え? いえ……そちらではなく……何か浮いてるではありませんか?」

「うん? 浮いてる? ……そんなものあるわけなかろうが……ホントに大丈夫か? 雫や」

「えっ……」


 心配そうに雫を見るハルに、どういうことだと頭の中が「???」で埋め尽くされていると、雫にとっての不可思議物体が、明らかにこちらと目線を合わせている。


「おや? お嬢ちゃん、わしらが見えるのかい?」

「え? えぇ……」

「? どうした雫。何を言っとるんじゃ?」


(私だけに見えているの……?)


 視線に気づいたえべっさんは気さくに声を掛けるが、明らかに反応からして見えていないし聞こえていないハルの様子に、戸惑いが隠せない雫。

 そんなとき弁天も会話に混ざってきた。


「へぇ~。お嬢ちゃん。やっぱりあたしらが見えるのかい?」

「えっ……やっぱり?」

「ほっほ。この場であたし等が見えんのは、そこで倒れとるクロウちゃんとお嬢ちゃん。あとはヤトだけじゃて」

「ヤト?」

「お前さんらが『蛇神』と呼んでるやつじゃ」


 ふわふわ浮いてるおばあちゃんが説明してくれるがちっとも頭に入ってこない。なので……


「まだ夢でも見てるのかしら……」


 現実逃避に走る雫であった。

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