第15話 関わるか否か

「チィッ!」

「ほら、どうしたよ? プリンス。お前が倒れたらあとはババアしかいねえぞ」


 クロウが概念武装を作っていた頃、社を強襲していた夜刀神は天塚家長男、涙と一戦交えていた。体中に巻きつけた蛇を巧みに操り、全てが曲線の攻撃を涙に仕掛ける。ムチよりも変則的で、蛇の頭には当然毒を含んだ牙がある。刀一本で対応するにはあまりにも厳しい。かろうじて立っていられるのは、夜刀神が手を抜いているにすぎないからだ。


 夜刀神自身はほとんど動かないので、蛇の結界というべきものを突破できれば、一太刀入れることも可能であろうが、なにせ蛇の動きが読みにくい。夜刀神の意思とは別に動くため、見てから判断するしかない。


 ちなみにほかのアマテラスの勇士は、死んではいないようだがすべてが戦闘不能。倒れて気を失っていたり、爆破に巻き込まれて気を失っていたり、刀を折られて素手で立ち向かったりしたが結局叶わず撃沈。この場にいる本来の生きものとはかけ離れた生物(?)『妖魔』と裏の業界が呼んでいるモノたちが、そこかしこに存在していた。4本腕の猿、頭が二つある狼など、見ただけで普通の生き物ではない異形。勇士たちは全てそのモノたちに、戦闘不能にまで追い込まれていた。

 ただ、止めを刺すでもなく気を失った時点で、まるで興味を失ったようにその場から離れるということを繰り返していたため、アマテラスにとってはありがたいことに死者ゼロということになっていた。


「……ハァ」

「っ! 隙ありっ!」

「ねえよ」


 ため息をつく夜刀神に隙を見たのか、蛇の結界にほころびが見えたのか。刀を大上段に持ち上げ夜刀神の頭を狙う涙。だが、蔑みの目と言葉と共に、結界を構成していた蛇たちが、ぞろぞろぞろっと一つの意思の下、刀を押さえつける。筋肉などまるでなさそうなのに、全く動かない涙の刀。振りかぶったままの姿勢を維持させられている涙に向かって、柔らかい白と緑があいまいに絡み合った色合いの着流しの懐から飛び出す、紫色をした毒々しい蛇が、涙の刀にさらに絡みつく。その絡みつきが持ち手にまで及ぶと、ぬらりと液体を滴らせた牙をそのまま手に突き立てた。


「ん、ぬぅっ……」


 涙に絡まっていた蛇たちは、用は済んだとばかりにまとわりついていた彼から離れていく。支えを失った涙は、頭がくらりと揺れ、膝をつく。倒れるものかと、刀を大地に突き刺し、かろうじて膝立ちを維持。倒れることを拒み続けた。しかし、汗が異常に吹きだし呼吸は荒くなっていく。目の前は二重三重にブレはじめ、まぶたも徐々に重くなっていく。


「ほら。とっとと寝ちまえ」


 そう夜刀神が言い残すと、涙のブレまくりの視界から、夜刀神の姿がゆらりと消えた。表情は苦しいままほとんど変わらない涙だが、内心では焦りを隠せないでいた。


(まずい……雫の元へ行かせるわけに……は……)


 焦る心持とは裏腹に、姿勢の維持がやっとで、他に意識が回らない涙の首元へ衝撃。大した強さではなかったが、弱った涙にはそれで充分だった。支えであった刀と意識を手放すと、そのまま前のめりに倒れ込んだ。

 憂鬱そうに夜刀神はつぶやく。


「ったく、やりきれんな……お前ら、ここで大人しくしてろ。そいつらを絶対殺すなよ。あと、目覚ましたら適当に相手しとけ」


 目的もなくうろうろする異形達にそう言うと、夜刀神は返事を聞かないまま、何かの草で編んだような草履をぺたぺたさせながらアマテラスの社へと足を向ける。


(……ハァ。俺にも、一杯参拝してくれるような社。建ててくんねえかなぁ……)


 別に、奉ってくれる社がないわけではないのだが、元人間なのに盛大に祀られている、東照大権現”家康”やら、天満大自在天神”道真”なんかと比べるとなんだか規模がさみしい夜刀神である。


「呼ばれて出て行ってみりゃあ、呪術で縛られてやりたくねえことさせられるしよ」


「お年頃の可愛い女の子をさらってこいとかどんな恥ずかしがり屋だよ、てめえで行けばいいだろが」と呪いの主を散々こき下ろしながら、もう一度後ろを振り向いた。死屍累々と転がっている勇士たちを見て、顎に手をやりこれでいいかなと思案にふけるがその時間も一瞬。


「……別にいいよな、殺さなくても。アイツが言ったのは『仕事だよ。ちゃっちゃと働けや』って言っただけだしな」


 バーカバーカとこれっぽっちも認めていないシャイな主殿(笑)を口汚く罵りながら、夜刀神はアマテラス奥の院を目指す。申し訳なさを内に秘めながら。






「そろそろ出ようかの、ここから」

「……どうやって?」

「お前のその鎚でだよ。『変質』が付いてんだから、それで牢の格子を叩いてみろ」


 クロウはダイコクに言われた通りに、格子を鎚で弱めに叩く。


「……なんも変わらんで?」


 カツンと音がしただけである。


「バカたれ。イメージが足りないんだ」

「イメージ?」

「そう。どういう風に変質させるのかという意思が足りない。さあ、もう一度だ」


 どこぞのブートキャンプのような言い草になったダイコクに、若干イラッとしながらも、もう一度叩くことにする。人ひとり分が通れるくらいの穴になるようなイメージで。


 カツンともう一度叩くと、体から鎚へと若干魔力が流れたような感覚と共に、格子がぐにゃりと変形していく。焦れるほどでも一瞬でもなく、それなりの時間で変形は終わる。変形後の形はまさにクロウがイメージした通りだった。


「うまくいったな」

「へぇ……ホンマにイメージ通りやん」

「だからそう言ったろうが」


 経緯はどうあれ、とにかく牢は抜けられそうだ。七福たちを促し、クロウは牢の外へ出た。周りを見渡してみても、見張りはいない。静けさが辺りを支配している。


「……ちょっと、手抜きすぎちゃう?」

「爆発音もいつの間にか止んでおるしの」

「もう終わっちまったんじゃねえか? 俺らを連れて来たのもみーんな死んじまってんのかもな!」

「……福の神がなんちゅう事言うてんねん」


 誘拐してきて、見張りも立てないことにツッコミを入れるクロウと、いつの間にか爆音が消えたことに訝しい顔をするえべっさん。戦いの神であり福の神でもあるはずのシャモンが、物騒なことをさも楽しそうに言っている。


「とりあえずあっち行ってみようZe。人の気配がするからYo」


 JUROが指さす方向をクロウは魔力感知で探る。確かに気配が3つあった。だがクロウは渋る。


「いやいや! やめとこうや。明らかに面倒事やろ」

「だがYo。なんでさらわれたのかわかんねえままJa、またさらわれちまうかもしれねえZe?」

「……それは困るなぁ」


 JUROの見た目のわりにまともな意見に、クロウの心は揺さぶられる。目的はすでに達しているのだ。あとはウソついてたってばれないように、登山ダイエットに精を出すつもりであったクロウだが、放っておいて家にまで来られてはさすがに迷惑であることに気付く。


「しゃあないか……ほんなら行って聞いてみよか。俺が何したん? って」


(まぁ、七福神勢揃いなんやし、そうそう悪いことも起こらんやろ)


 すでにさらわれているのにわりとのんきに構えるクロウ。こうして帰る前に、3つの気配がある場所に向かうことにした。






 そちらに向かいながら気配を探ると3つのうち1つだけ、おかしな気配を醸し出している事にクロウは気付いた。


「うん? なんか3つのうち1つだけ色が違うというかなんというか……」


 3つの中で明らかに力の質が違い、なおかつ大きさが桁違いだ。首をひねるクロウに、答えてくれたのは弁天のおばあちゃん。


「おや、『魔力持ち』じゃないかい」

「『魔力持ち』?」

「そうじゃよ。人は本来『霊力』というものを宿しておるのはわかるじゃろ?」

「いや……初耳やけど……」


『魔力』と『霊力』という力の分け方があること自体、クロウは知らない。不思議パワーは全て『魔力』というのがクロウの認識だ。

 弁天は意外と思ったのか割とオーバーなリアクションで応える。


「あら。ヤハウェ様から聞いてないのかい?」

「ヤハウェ?」

「……一応”様”って付けなさい。一応あたし等のトップだからね」


 気が動転しているのか、一応が多い。クロウは神様の知り合いにそれほど数がいるわけではないので、すぐに答えに辿りついた。


「神様のトップ……? じっちゃんのことか?」

「じ……えらく不遜な言い方だねぇ……」


 神様のトップをまさかのじっちゃん扱いに、さすがの七福も苦笑いである。


「俺の対応するくらいやから、名前もない神様やと思ってたわ」


 そんな大物も大物に応待されていたとは……と今更ながらにビックリするクロウ。でもビックリするだけだった。何故だか様を付けるほどではないと思っている。別に気にしてなかったし怒られたら直そうとお気楽に考えていると、事態は勝手に動き出していた。


「ん? なんかおかしな気配が、俺らの行く方向に向かってんな」

「そうじゃの……しかもこれは、神力じゃ……がなんじゃ? このもやもやしたもんは?」

「『神力』?」

「文字通り神が発する力というか気配というかそんなんじゃよ。普通の人間には、はっきりとは感知できんがの」


 また新たなカテゴリーが出てきて、情報の整理を始めるクロウ。


 ・霊力―――人が本来持ってる力

 ・神力―――神様が持ってる力

 ・魔力―――???


 クロウは魔力というものがなんなのか説明できないことに気付いた。なので恥も外聞もないクロウはさっくりと聞いた。


「『魔力』って結局なんなん?」


 人が本来持っている不思議パワーが『霊力』だというなら、『魔力』というものは『霊力』とは別物のはずである。だがじっちゃんもクロウの持つ力を魔力といっていた以上、クロウに宿るものは魔力のはずだ。そんな得体のしれない不思議パワーをわけもわからず宿し続けるのは怖すぎた。

 応えてくれたのは我らがリーダー、えべっさん。


「魔力っちゅうのはな、クロウ君。神やそれに類する超常存在と交信できる人の力っちゅうところかの」

「神と交信……」


 やけに電波な感じがする力である。まだ春に蝶々を追いかけたくはなかった。ヤバい絵面が想像できたクロウは身震いするが、講義はさらに続く。


「簡単に言えば、人が使う霊力を用いるような術式は使えん。神と交信、契約を交わして初めて何がしかを行うことが出来るようになる」


 契約後、チューニングをして専用の魔力を生み出すということらしい。クロウが樹海へ来る前、術とも呼べないような『強化』が使えなかったのもその辺が関係あるようだ。

 しかし、クロウにはまだ疑問があった。


「そんな役に立たんおかしな力、生まれながらに持ってるもんなん?」

「たま~におるのじゃよ。ただそこから超常存在との契約までもっていくのは案外少ないの」


 術が使えないから術師として育たないし、そもそも術師自体がそうそういない。一般人として生まれれば完全に、蚊帳の外である。


「まれに幽霊が見えるとかいうやつおるじゃろ? ああいうのが一般人で霊力や魔力を宿してる奴なんじゃよ。今の世の中じゃあ、見えるほうがおかしいからまっとうなやつならまず見えると言わなくなるがのう……それに、おそらくじゃが魔力というものが何なのかはっきりわかっているのは、契約までこぎつけたやつだけじゃろうからの。力があっても術が使えない役立たず扱いされておる可能性はある」


「もったいないことじゃて」とふよふよ浮かびながら、顎をさするえべっさん。若干厭世観が出ている。

 と、黙って話を聞いていた七福のうち、存在感の薄い福さんが気配を探り続けていたのか、一言ぽそっと口にした。


「もやもやした気配が、3つあるところに辿りついたぞ」


 先を越された形だが、クロウ達は特に気にしなかった。今ここで起こっていることをしっかりと把握していなかったからである。それに誘拐犯たちが襲撃を受けたところであせる理由もなかった。別に助けに行きたいわけではないからだ。


「まぁ、ゆっくりいこか」


 呑気にプラプラと人気のない中ゆったりと進んでいくと、向かう先から剣呑な雰囲気が出始める。騒ぎが起きているのが手に取るようにわかる。なにせ、入り口にあったであろう襖が吹き飛んでいるのだから。


「……やっぱり行くのやめよか」

「……気持ちはわかるのう、クロウ君。じゃがもう向こうもわしらに気付いとるよ。わしらが気付いたようにな」


 間違いなくあの中で何かが起こっている。しかし、こんな爆破騒ぎを起こすようなやつがいる場所にはいきたくないクロウだが、またも存在感が薄い福さんが口を開く。


「クロウ、ワシはの……縁を引き寄せるんじゃ。いいことも、悪いことも」

「福さん?」


 唐突に始まった福さんの自分語り。クロウの方ではなく、どこかよそを向きながら語り始めたが、何故か聞く気になった。


「別に自分には関係ないとそっぽを向いても構わん。じゃがの、えにしはまず、関わることから始まるのじゃ。せっかくじゃから、関わってみんか? お主はすでに力を手にしとる。それに異界の勇者じゃったんじゃろ? そんな時お主はどうしておった? 危なそうだからと見て見ぬふりをしておったのか?」

「俺は……」


 クロウは思い返す。3年間の勇者生活を。


 いきなり召喚に巻き込まれ、世界を救ってくれという召喚主。

 くすぶっていた自分を必要としてくれて、うれしくて引き受けた。

 わずか1か月の鍛錬を終えるとすぐにつけられたお供と世界を回った。

 そして確かな意思のある、ハナから悪意しかない敵対者を殺して回った。


 そんな中、二つ同時に事が起こり、優先順位を決めざるを得ず、片方を切り捨てたということがあった。クロウが先に関われた方は良かったが、あとから関わった方では、親の目の前で子供が殺される瞬間に出くわしたのだ。全てが終わった後でクロウが浴びたのは怨嗟の声。


 ―――どうして来てくれなかったのか。


 お前は勇者じゃないのか? どうして自分たちだけ救ってくれなかったのだ? そういった感情をぶつけられた時にどうにもできなかったことの無力さは、まだまだVRRPG気分の勇者ごっこでしかなかったクロウの心をいたく傷つけた。

 それ以来、クロウは現実と理想の狭間で苦しんだ。


「すべての人を助けたい」

「できないこともある」


 結局折衷案として、救える者はできるだけ救う。しかし、出来なかった時は黙って罵りを受ける。それがクロウの指針となった。


 今回の話はそもそもが、クロウには一切関係のない話である。勇者などではないし、なんだったらただのひきこもりだった。魔術を使いたいのならと神様に言われた通りにしただけの話だ。

 まさか、仕組まれていたとは露ほども知らないクロウは、これが偶然起こった「ざまぁ」展開だと思っていたのだが……


「……行くか」


 かつての無力さを思い出したクロウは腹をくくり、部屋へと踏み込む。挨拶も忘れない。挨拶をして怒る輩など見たことがないクロウは、挨拶だけはきちんとするようにしていた。


「失礼しま~す」


 若者らしく、ゆるい感じではあったが。

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