第11話 連行

 どんちゃか騒ぐ七福をよそに、割り込んできた闖入者……いや、闖入者たちであった。

 時代劇のサムライのように道着と袴を着て、刀を帯びている。しかも全員がである。ここは一応国立公園のはずであり、このような時代錯誤な者たちがたむろするような場所ではない。しかも銃刀法違反。声を掛けてきたのはそんな明らかにおかしな集団の先頭に立つ美丈夫。

 黒髪の長髪をポニーテールにまとめたクロウよりはやや年上の男。ポニーテールの女子を好む男子は多いが、ポニーテールの男子を好む男子はそんなにいないはずだ。誰得である。かなりの太眉を逆ハの字にし、そこから下はかなり整っている。顎もシュッとして、かなりのイケメン度だ。ただ眉を手入れしていないのは丸わかりなので、モテようとはしていないのだろう。実にもったいない。道着の合わせ目や見える腕はかなり鍛えている。細とゴリのちょうど合間くらいの筋肉の付き具合だ。背丈もクロウより少し大きい、180cmぐらいか。そんな男が鞘に手をかけクロウを睨みつけている。


 ぞろぞろと森の奥から人が出てくる。疲労のピークに陥っているクロウに逃げ出す余裕はすでにない。なので、口を開くことにしたクロウ。


「えーっと……どちらさん?」

「とぼけるな! キサマ! ここで怪しげな儀式をしておっただろうが!」


 取り巻きの1人が、ずかずか出てきて座り込んでいるクロウの胸ぐらを掴み、無理矢理立たせようとして来る。「うぐ……」とうなることしかできないクロウ。おろおろする七福。軍神も今のところ出番はなさそうだ。


「やめろ」


 救いは相手側からであった。他ならぬリーダーっぽい美丈夫である。


「し、しかしっ! なみださまっ! しずくさまを要求しているのはこの男に違いありませんっ!」


 どうやら美丈夫は涙という名らしいが、全然似合わないなとピンチにも拘らず、クロウは場違いな感想を持つ。周りは取り巻きの意見に賛成のようだが、ただ1人涙は力づくには反対のようだ。


「くどいぞ。俺はやめろと言っている」


 ギラリと取り巻きを睨みつける涙。どうにも収まりがつかないのか、取り巻きはクロウを乱暴に解放すると、肩をいからせ森の奥へとずかずか消えていった。取り巻きのうち何人かもそれに追従する。


「げほっ、ごほっ」


 動くのもだるい状態で、喉に手を当てむせるクロウ。そこへ涙が声を掛けてくる。ただし、申し訳なさそうな顔をしているわけではない。鞘に手は相変わらず置かれているし、眼光も鋭いままだ。


「申し訳ないのだが、ご同行願おう。ここで何をしていたのか、詳しく聞きたい」


 有無を言わさぬ様子に一応クロウは抗ってみる。


「……それ、拒否権あるんか?」

「ない」


「ないんかい……」とぼやくクロウの両腕を縄で縛る取り巻き。その時に、クロウの持っているレメゲトンがポトリと落ちた。それを涙は何の気なしに拾おうとする……が、


「! ……なんだ? この圧力……」


 まるで涙に持たれることを拒絶するような気配を突如出したレメゲトン。涙が手を近づけるほどに、異様ともいえるプレッシャーは増していく。


「……っ、このようなものを持っているということはやはり……」


 冷静に見えた顔にわずかに怒気がにじむ涙。顔とは裏腹の強すぎる怒気に思わずクロウはひるむ。はっきり言ってそのような顔を向けられることなど何もしていない。


(と、思うねんけどな……)

(しとらんぞ)

(え?)


 キョロキョロするとえべっさんと目が合う。えべっさんは普通に喋るように語りかけてきた。


(じゃから、別に何もしとらん。わしらがやったのは、ただパスを横取りして割り込んでこちらへ出てきただけじゃからな。あの連中が何者なのかは知らんが、あのようなさっきを向けられるようなことはしとらんよ)

(ウソ偽りなく?)

(神に誓ってじゃ)


 帰って嘘くさくなってしまった宣言で半眼になるクロウだが、特に後ろめたいこともないのか、普通にこちらを見てくる七福。


(ダイコク、悪いねんけどレメゲトン回収しといてくれへん?)

(わかった)


 そう言うと、誰も近寄らなくなったレメゲトンをダイコクが拾い、自分の袋に入れた。ただそれだけの話で、こちらはどういう経緯で消えたかがわかるが、あちらさんはそうでもないようだ。


「な! ……おいキサマ。いったい何をした!」


 涙がクロウの胸ぐらを掴み、ネックハンギング。背が高いのでクロウの足は浮いてしまって、体重が全て首にかかっている。今度こそ命の危険を感じたクロウは、力を振り絞り涙のムスコを蹴り上げた。


「は、な……せ……や!」

「おふっ」


 何の容赦もなく急所に入った一撃は、屈強な感じの涙をして内またで這いつくばらせた。取り巻きに腰の後ろ側をトントンされながらも、涙は気丈に命令を下す。


「コイツを連れて行け! 目隠しを忘れるなよ! くぅぅっ……窮鼠猫噛みとはこのことか……」


 目に布を巻かれたクロウが最後に目にしたのは、前かがみで股間を押さえた涙目の涙だった。


(ややこし……)


 腕を強引に引き上げられどこかへと連れていかれる感覚を感じながら、どうなるんだろうと胸中は不安なクロウであった。





 ―――一方、天界


「やってくれたわい……」

「「「「「「申し訳ありません!」」」」」


 ヤハウェのぼやきに、土下座で答えるソロモン一同。トップはもちろんバアル君である。


「しょうがあるまいて……あやつらは此度のこといつ知ったのじゃ?」


 勿論あやつらとは七福神のことである。


「ヤハウェ様が他で話してないのなら、おそらくはあの密談時ではないかと」

「……油断したのう。あやつらとて神の御柱なのじゃから、クロウ君の力になれるじゃろうて。いささか運に偏ってはおるが、どうにもならなくなった時に一番頼れるのも運じゃしな」

「そうですな。我々も呼ばれる準備だけはしておきましょう」


『世界樹計画』のためのサポートをソロモン眷属に頼もうとしたのだが、とんでもないタイミングで横やりが入ったものである。

 だがすでに契約は成ってしまっているが、レメゲトン自体はまだクロウの手元にある。いざという時の保険に仕えるだろうとヤハウェは判断した。


「仕方あるまい。今ちょっと取り込み中みたいじゃし、揉め事が収まったら『コイツ』をクロウ君に預けるとしようかの」


 そう言うヤハウェの掌には一粒の種が光り輝いていた。

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