第10話 契約の儀式

「おかしいなぁ……じっちゃん、ソロモンやって言うてたけど……」


 目の前に立ち並ぶ老人会の面々を見て、首をひねるクロウ。どう見たって、さっきの自己紹介を聞いたって、ソロモン関係者とは思えない。というか普通に恵比寿天とか弁財天とか言ってる時点で、すでにソロモンは関係ない。


「はじめましてじゃなクロウ君。ちょっとゴタゴタしたが、改めて。ワシが七福神のリーダー、『恵比寿天』じゃ。一般的にはえべっさんと呼ばれとるの」


 左手になぜかびちびち跳ねつづける鯛を乗せ、右手に持った釣竿は肩に傾けている。途中で折れた烏帽子をかぶったおじいちゃんである。


「じゃあ俺も改めてだ。大黒天という。ダイコクって呼ばれてるんだが、まぁ好きに呼んでくれや」


 えべっさんに比べ、少し若々しい感じがするおじさん顔の大黒天。頭巾をかぶり、左肩に大きな袋を背負い、右手にはかの有名な打ち出の小槌。なぜか米俵が近くに浮いている。


「あたしは弁財天じゃ。弁天とか言われているよ。よろしくね、クロウちゃん」


 頭に何やらちっこい冠を載せ、琵琶を持った気品あるおばあちゃん。何故かクロウは弁天様と畏まった言い方が浮かぶ。


「おらぁ、毘沙門天。シャモンと呼べ、クロウ坊」


『坊』扱いされるが、腹も立たないクロウ。上杉謙信が一番有名ではあるが、足利尊氏や楠木正成などが崇めた軍神である。手足に甲をつけ、右手に三国志が思い浮かぶような鉾、左手に宝塔を持っている。おもちゃのような鎧を着こんでいて、ちんちくりん感がマシマシだ。口周りはひげもじゃでサイズに対する違和感が凄い。


「わしは布袋尊。ホテイと呼んでくれ」


「ほっほっ」と人のよさそうな笑いを浮かべている。肩まであるデカい福耳でハゲ。服の前はおっぴろげで太鼓腹がさらされている。はっきり言ってだらしないはずなのに、とても似合っている。ダイコクと同じく右手に大きな袋を持つが、「堪忍袋」ともいい怒りもため込むものらしい。左手には軍配を持っている。


「そしてワシが福禄寿」

「オレがJUROだZe」


 たまに一緒くたにされてしまう不憫な七福。頭が長く、顎髭が長い事も共通。JUROが、差別化を図るためにあんなとんちきな恰好をしだしたのだと福さんは悲しそうに語る。JUROはその話をされてふてくされていた。幸福や財産、健康をつかさどるという縁の下の力持ちのような扱いである。細かく見て行けば違うのだろうが、だいたいセットで扱われるようだ。






「……そもそもどうやってあの陣……もうなくなってるな」


 ちょっとした騒ぎが起きているうちに、召喚陣は消え失せてしまったようだ。クロウの手には相変わらずじっちゃんにもらったレメゲトンが収まっている。


「わしらものう、あやつらのように活躍の場が欲しいのじゃよ……」


 聞けば、何かを召喚する時はいつも72柱とか7つの大罪とかそんなんばっかりで、知られている割に活躍の場が無いと嘆く。日本神話体系でもスサノオやアマテラス、タケミカヅチやらイザナギ、イザナミ夫婦とかにスポットが当たって大いに不満だったようだ。

 そんな時に今回の召喚をたまたま知り、横入りで召喚陣に飛び込んだらしい。宝船にあらかじめ乗り込み、召喚ゲートが開く瞬間に合わせ、加速をした宝船で開いたゲートに飛び込んだ。その結果が急に飛び出したようにクロウには見えたということのようだ。

 なお、ソロモンの眷属たちはゲートの前で固まったまま、ゲートが閉じるまで再起動しなかった。もちろんこの場にいる者たちに知るすべはない。


「わしらと契約してくれんか? クロウ君」


 やや自信なさげに言うえべっさん。申し訳ないという顔が全面に出ている。なんというか老人にこのような顔をさせている自分を申し訳なく思うクロウ。どう考えても七福のほうが悪いのだが、クロウはどうしてもそう思えなかった。

 光の柱の先にあった魔法陣もすでにない。クロウの目的は『魔術の使用』である。ただ現実世界でラノベっぽい優越感に浸りたいだけなので、魔術が使えるようになれば別にソロモンだろうが七福神だろうがどちらでも構わない。むしろ火やら水やら出そうにない魔術が使えそうなので、案外こちらの方がいいかもとすら思い始めている。

 なので懸案事項を確認することにした。


「俺今、魔力がうまいこと使えへんねけど、どうなん?」

「ふぅむ……どれどれ……」


 七福全員がクロウを凝視し始める。目が玉虫色に輝き、自分が覗かれている気がするので少しばかり心地が悪い。

 ややあって、えべっさんが口を開く。


「問題ないじゃろ。質的には間違いなくクロウ君の魔力じゃし、ただ体になじんどらんだけじゃ。わしらと契約してくれたら調整してやるぞい」


 笑顔を絶やさない七福。「あなたのためなんですよ」と這いよる詐欺師のようだ。


 悩むクロウ。ひたすら無言で待つ七福神。奇妙な緊張感の末、クロウは答えを出した。


「よろしく頼むわ」


 喜ぶ七福。お年寄りが喜んでいるのを見てクロウの表情も綻んだ。






「そんで? どうしたら契約できんの?」

「うむ。ちょっと待っとれ」


 えっちらおっちらと陣らしきものを描き始める七福。とてもコミカルである。直径5mはある魔法陣を描き終え、クロウは中へ入れと要求された。

 七福は等間隔に7か所、魔法陣の外側の円に立つ。


「ここに立ってたらええの?」

「さようじゃ。ではいくぞい」


 何やら聞いたことのない言葉を唱え始めた七福。やがてうっすらと光を放射し始める魔法陣。盛り上がってきたのか徐々に声が大きくなる七福。そして……


 ―――カッ


 七福たちの頭上へ七つの光が飛び出す。そして頂点ど真ん中で合流。合わさった光はその場でうねり、こねまわされ再びクロウへと落下していった。


「ぬ、うぅぅぅぅ……」


 魔法陣が光り始めた頃から、クロウの魔力は徐々に抜き取られていた。つまり契約の儀式はクロウの魔力で行われているということであり、龍脈、そして七福を通りもう一度クロウへと帰ってきた。

 光の奔流は、次々にクロウへと流れ込んでいき、やがてそれも収まった。


「だぁぁぁぁ……」


 ぐったりして座り込むクロウ。疲労度がここへ来た時とはけた違いである。そこへ弁天が声を掛けてきた。


「クロウちゃん。肩を見てみ」

「うん? 肩?」


 Tシャツをめくり肩をさらすと、そこには『福』を丸で囲んだ刺青のようなものが刻まれていた。


「うまくいったようじゃの。それが契約の証じゃ」


 コロコロと笑う弁天。他の七福も仕事をやり遂げた男の顔をしている。ホテイやダイコクが袋から紙吹雪を取りだし、やんややんやと騒ぎ出す。

 しかし、クロウの顔はひきつった。


「こんな取り返しつかへん刺青、どうすんねん……」


『侍』と書こうとして『待』と書いたり、『台所』なんて刻まれてうれしそうな外国人の顔を思い出したクロウは、微妙な気分になった。まさかあちら側になるとは……と。


「元気出せYo! そのファンキーなタトゥーはちゃんと出したり消したりできるからYo!」


 JUROからそう聞かされたクロウは、「どこがファンキーやねん……」と思いつつも、その明るさに救われた気がした。






 しかし、そんな最中に水を差す連中がいた。






「そこを動くな、キサマ」


 さらなる闖入者が現れた。

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