第9話 魔法陣より登場せしもの
「ここが富士の樹海か……」
―――青木ヶ原樹海。広さおよそ30㎢。日本でも有名な心霊スポットである。自殺の名所(?)としても名が知られており、「自殺をやめよう」的なな立て看板まである。しかし……
「……案外普通やな」
遊歩道は整備されているし、公園やキャンプ場まである。おどろおどろしい噂とは違い、ずいぶんと健康的なイメージを受けた。平日ということもあり、比較的人は少ないが。夜に来ればまた違ったイメージを受けるかもしれないなと思いながら、手にもったコンパスに目を向けた。
「コンパスも普通に動いとる。……誰やねん、コンパスが使えんとか言うたやつ」
コダチを適当な場所に停め、遊歩道をてくてく歩くクロウ。「どこ行くんやったかな?」と歩きながら、魔力溜りを探していた。
ある程度入ったところで、魔力感知を開始するクロウ。すると遊歩道からかなり外れたところで、大きな反応が出ていることを感じる。幾らか広げてみても、ここが一番大きい。
「行くか」
特に焦ることもなくクロウは整備されていない森に足を踏み入れる。クロウにとってこの程度の森は『樹海』などと呼ぶほどのものでもなかった。
―――異世界でのクロウであれば
「ぜぃっ……ぜぇ……ハァ……」
夏場であるということも手伝い、汗みずくになるクロウ。ハーフパンツにTシャツという山をなめているとしか思えない服装で森を歩く彼は、早くも体力の限界に近づいていた。
異世界では主に『強化』というものを、魔法が使えるものから使えないものまであまねく使用していた。しかし、素の体力に準ずる物であるため、貧弱なものが屈強なものを上回るためにはかなりの魔力が必要となっている。
クロウは鍛えることもしていたが、もともとは引き籠りであったため体力自体は召喚時かなり少なかった。魔力の運用を覚えてからは、徐々に改善してはいったが。
当初クロウは、森に入った時点で魔力によるブーストをかけようとしていたのだが、どうにもうまく使えないのである。これは、もともと素養がない所へ無理矢理魔力を押し込んだ弊害であるといえた。こちらの人間には生まれ持ってのそのような素養がある者は少ない。勿論クロウとて例外ではない。魔力を何とか動かそうとしながらも目的地を目指しているため、消耗が激しかった。
「アカン……死ぬ……」
周りには木と同化した縄があり、何に使ったのか、使おうとしたのかは一目瞭然。こんなところで休憩などとてもしていられない。そう感じ(考える余裕は今のクロウにはない)、とにかく感じる場所へと向かい、暑さも相まってまるでゾンビのようにだらだらと歩き続けるのであった。
ちなみに『感知』は運用するわけではないので、普通に使えた。
森はデブに厳しい。
「やっと……着いた……」
リュックを背負い、フラフラになりながらも何とか辿りついた場所。何か妙に虹色に変化するように見える泉、森に穴を開けるように少し開けたこの場所は、妙に清廉な感じがした。
うつ伏せに倒れ込んだクロウはリュックを下ろし、あおむけに寝転がる。休憩して息を整えある程度落ち着いたので、じっちゃんからもらったあんちょこと魔法陣、そしていらないがレメゲトンを取り出した。実は何気にワクワクしつつも、不確定要素があることに不安を感じていた。
「……魔力うまいこと使えへんけど、どうもないんか……?」
結局あれからも魔力が思い通りに巡ることはなく、自力でここまで来たクロウ。しかし、それこそあんなしんどい思いをして何もせずに帰るなんて選択こそありえない。
「ええっと……『旧き時よりこの世を統べた72の貴なるものよ。悪霊と呼ばれしもなお気高さを忘却せぬ者たちよ。我のこ「え?」
魔法陣が輝き、クロウの巡回不全な魔力が吸い込まれていく。力が吸われていく感覚を感じながらも、詠唱の途中で発動した魔法陣を呆然と見つめていた。
「なんやねん……これ。何で勝手に……」
徐々に光を増し、やがて魔法陣は空へとつながる光の柱を生み出し、魔法陣をも呑み込んでゆく。空へとつながる光の柱の先より新たな魔法陣が生まれ、その陣は光をすべて呑み込んだ。やがて魔法陣の端から徐々に、薄い緑色の線で満たされていきすべての線がその色で埋まった時、魔法陣の内側がだんだんと真っ黒にくり抜かれていき、そしてそれはただの穴となった。魔力を使ったせいか、「混沌に通ずる黒や」とかわけのわからないことを言っている。
「いよいよか……」
72柱もの悪魔がどのように出てくるのかはわからないが、ここが現代の地上であることや、いわゆるサブカルチャーによく使われる題材であることも理由の一つとなり、儀式に入る前の不安など完全に吹き飛んでしまったクロウ。そして……
―――スポーン!!!
何かよくわからないものが凄い勢いで穴から出てきた。速すぎて認識できなかったのである。「え? え?」とクロウは思っていたのとは違う出て来方に思わずうろたえる。クロウのイメージではじわじわと頭から出てくるのを予想していたのだが、まるでスキーのジャンプのように思い切ったスピードで出てきたのだ。
召喚シーンなどリアルで見たことはないが、なんだかちょっとがっかりしたクロウ。それでも自分が呼びだしたものは気になるものだ。
「いったいどんな風……に……」
せっかくだから拝んでやろうと、飛び去った方向を見たクロウは、思わず言葉が途切れた。
―――金色に輝く船
―――乗っているのは7つの影
―――帆には『宝』と描かれている
どこからか出どころが分からない紙吹雪が舞い散り、これまたどこからか分からないおめでたい御囃子が「ピーヒョロ」と流れている。
そう、日本人なら誰でも知っているその名は―――
「七福神……」
手にレメゲトンを持ったまま呆然とつぶやくクロウ。完全なイレギュラーに、どうしていいか分からないのであった。
「とうっ」
空に浮かぶ船から7柱、おそらく七福神であろうちびっこい老人たちが、次々に地上に降り立つ。唖然とするクロウの前で突如自己紹介が始まる。
「恵比寿天!」
「大黒天!」
「毘沙門天!」
「弁財天!」
「布袋尊!」
「福禄寿!」
「JURO!」
「「「「「「「7柱揃って「ちょちょ、ちょっと待って!」……」」」」」」」
唖然としていたクロウだったが、名乗りに不自然なところがあったので、申し訳ないと思ったが見得きりを遮った。どうしても気になることがあるのだ。名前を聞く限りもはや七福神であることは間違いない。ないのだが……
「ジュロ?」
「ノンノン。JUROだ。OK?」
「OK。ジュロ」
「ノン! JURO! J・U・R・O! OK?」
「おっけー。ジュロ」
「ノォ~~ン!」
「ガッデム!」と西洋風オーバーリアクションを取るJURO。おそらく流れ上「寿老人」ではないかとクロウは予測するが、何度言っても「ノン!」が返ってくる。だいたい「ノン」はフランス語であり、目の前の老人には当てはまらないだろう。
全員が、○レヨンしんちゃんに出てくる幼児のような等身であり、2~3あたりであろう。身長も大体50cmぐらい。1歳に満たない子供と同じくらいである。JURO以外の6柱は、七福神っぽい着物や袋、楽器を持ちほぼイメージ通りである。毘沙門天だけはチャンバラごっこみたいなちゃちい感じのする外見の鎧や槍を持っているが、質に何やら不穏な感じを受ける。間違いなくただの武具、道具ではない。
そしてJUROだが……頭を派手なバンダナで覆い、ティアドロップ型のグラサン。へそまでありそうな白いあごひげを伸ばし、赤い花柄に青地のアロハ。そして黒のハーフパンツにビーサンと、どこかの怪しいガイドのようないでたちであった。つまり、アメリカンな見た目のため「ノン」はおかしいとクロウは思うのだが、そもそも七福神の召喚に成功したことの前では、些細なことだなと思い直した。
そして未だにJUROは地団太を踏んでいるので、クロウは話を進めるために何がダメなのかを聞いた。そして帰ってきた答えは……
「え? 『R』の発音?」
JUROは「お」とも「ろ」とも言えない曖昧な「ろ」が言えてないと文句を言う。名前はアレだが生粋のジャパニーズであるクロウは、そもそも標準語すらマネでしか話せない。外国語の発音なんか知るかと思うのだが、JUROはそれを許せないらしい。
「ちゃんと発音してくれYo」
「ジュロ」
「ノンノン!」
「ジュゥルォ」
「ノン!」
「もう勘弁してくれへんかな? これから頑張って練習するから」
「本当かYo?」
「もちろんだYo!」
最後はクロウにもうつった。
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