第8話 世界樹計画
ここは神様の住む場所、『天界』。クロウ曰く「神様のじっちゃん」こと始まりの神『ヤハウェ』は、とある場所を訪れていた。
「バアル君。バアル君はおるかね?」
『ソロモン課』と書かれた部屋へと入っていったヤハウェのじっちゃんは、軽いノリで、『バアル君』を呼びつけた。これに反応したのが机で書類の整理をしていたとある男性。肌の色は灰色で真っ黒な髪を七三にぴっちりと分けた好青年である。ボディメイクは完璧で、運動不足など微塵も感じない痩せマッチョボディを、高そうなスーツで包み込んでいる。
「はっ? こっ、これはヤハウェ様! このような薄汚い所へいったい何用で? ご伝言いただければ、わたくしめの方からまいったものを!」
「自分の職場をそのように言うでない」
「はっ! お心遣い感謝いたします!」
「相変わらずかたいのう……クロウ君の爪の垢でも飲ませてやりたいわい」
「はっ?」
「何でもないわい。今日は例の件で来たんじゃ」
「……なるほど。龍脈の件ですな」
「さよう。首尾はどうなっとる?」
きょろきょろと周りを見渡すバアル君。どうやら人目を気にする話のようだ。
「……それでは。現在ソロモンの眷属を使い龍脈の流れを変更しておりましたが、ようやく終了いたしました」
「うむ、ごくろうさん。一応変更箇所を聞いておこうか? 大きい所だけで構わんよ」
「はっ。東北地方に存在する『恐山イタコ生活協同組合』に流れ込んでいた龍脈、関西では『高野山』『伊勢神宮』『大江山酒呑の郷』の結社同盟『マイソロジーデルタ』の三か所を巡る龍脈、山陰地方は日本最大級の勢力『
「なるほどの。気付かれる恐れはあるか?」
「龍脈の中でも特に大きな流れから拝借しておりますゆえ、富士の樹海に新たなスポットができたことを感知することはあるかもしれませんが、流れをいじったことには気付かれないかと」
富士の樹海、それはまさに今クロウが向かっている場所であった。今バアル君が言った、スポットとはまさに儀式を行えとヤハウェが勧めた場所である。
「……霊場?」
「そうじゃ。霊場というのはいわゆる魔力溜りというやつでな。怪奇音やら、幻覚を見るっちゅうやつじゃな。こもった魔力が怨念やらなんやらで、色々と悪さするわけじゃの。クロウ君の家から一番近いのは、富士の樹海じゃ。ところでクロウ君は魔力の感知できるかの?」
「できるよ。どこから攻撃されるのかが分からなあかんかったし」
異世界戦闘の話だが、魔法を練っている途中は、魔力が一か所に吸い寄せられたり渦巻いたりするし、発動の瞬間は一気に膨らむような感覚を感知できるのだ。出来なければ的になってしまうので、魔法込みの戦闘では基本技術であった。仮に魔法が使えないとしても、相手が魔法を使えるなら事前に察知するのはある意味当然。発動側はいかにしてごまかせるかというのが術者のランクを決めていた。ある意味いたちごっこである。
「ふむ……なら、樹海に入ったら魔力の一番溜まっているところを探しなさい。そこで今から教える儀式魔術をすれば、天界へとパスが通る。魔法陣が空に展開すれば、パスがつながった相手が陣から出てくるはずじゃ。触媒はこれじゃな」
じっちゃんが杖をぴかっと光らせるとクロウの前に、一冊の本……というより辞書みたいのがででんと存在感をアピールしていた。クロウは手に取り、じっちゃんに確認する。
「じっちゃん、何? この本」
表を見たり、ひっくり返して裏を見たりしているクロウだが、ただの古本にしか見えない。
「レメゲトンっちゅうてな。ソロモンの連中を従えるために必要な触媒なんじゃよ」
「へぇ~」
「……ホントに分っとるか?」
「まぁ、契約に必要ってくらいには分かってるよ」
「まぁ、ええかの……」
難しいことは契約した後本人たちで確認すればいいかと、軽く考えたヤハウェ様。さすが唯一神。考え方がおおざっぱである。
「それでじゃ、一つ注意しておかなくてはならんことがあるんじゃ」
「ん? なんかあんの?」
ペラペラとレメゲトンを眺めていたクロウは、気の抜けた返事を返す。じっちゃんを見ればわりと真剣な顔をしている。クロウは思わず居住まいを正した。
「魔力溜りというのは、流れが悪くて溜る場合と、龍脈という星の命が流れる場所にあふれるという、二つのパターンがあるんじゃ」
「ほうほう」
「富士の樹海は後者のパターンじゃな。樹海の上に龍脈が流れておる」
「ほう」
適当にうなずいていたクロウだが、何故だか嫌な予感がした。虫の知らせというやつだろうか。じっちゃんの話は続く。
「後者のパターンの場合、縄張りにしている連中がおる場合がある。秘密組織、魔術結社、邪教集団などなど、魔術というものを当たり前としている連中じゃ」
ほらきた、クロウはそう思った。そんなおいしそうな場所、そんな字面がヤバそうな組織の連中が放っておくわけがない。ひきこもりオタをやっていたクロウは、そこら辺の連中のやりたいことがおおよそ見当が付いていた。
―――『縄張り争い』『国家転覆』『邪神復活』だいたいそんなとこだろうと当たりを付ける。
「だいたいそんな感じじゃ。それでも行くのかの?」
心を読まれたため、ある程度の会話がスキップされる。契約のためのアイテム、儀式の場所、方法はこれからとしてもそこまでお膳立てされて、引くという選択はない。伊達に魔王討伐を成し遂げてはいないのだ。才能がないから諦めろというならともかく、資格があって引く理由はクロウにはなかった。
「行く」
「……そうか。ならこれを渡しておこう」
断言したクロウを見て、決意が固いのを確認すると、またじっちゃんの杖がぴかっと光った。何やらごっちゃり書かれた魔法陣と、厨二心をくすぐりまくる、読むのが恥ずかしい文章が書かれたメモが一枚目の前に現れた。
「何? これ?」
「これは儀式のための魔法陣と、それを発動させるための文言のあんちょこじゃ。言葉に魔力を込めて、一字一句間違えることなく詠いきれ。さすれば向こうは答えてくれるじゃろ」
「ふむ……分かった。何から何までありがとう、じっちゃん」
「何、他ならぬクロウ君のためじゃからな。(わしも頼みたいことがあるし)」
「? なんか言った?」
「いいやあ、なあんにも。気を付けていって来るんじゃぞ」
「うん、何回も言うけどありがとう」
「……どういたしまして」
いい顔で礼を言ってくるクロウに対し、微妙に罪悪感を感じるじっちゃんであった。
「……というわけでの、君らを推薦しておいたんじゃ」
「おぉ……ついに現れたのですか。二代目候補が」
「うむ。この子じゃ。お主の目で確かめてみよ」
そう言うとヤハウェは杖の尻をこんと床に突く。そうして現れるのは何やら映る泉のような円形。映っているのは、現在富士樹海に向かっているクロウの姿である。バアル君の目には、青白い魔力の粒子がこれでもかとクロウを取り巻いているように見える。
「……なんと。魔力は申し分ありませんな」
「さよう。何せ今の地上の人間に魔力など一部を除きほとんど存在せん。従ってお前たち全てを統べる者など、今後現れるはずもなかったのじゃが……」
「なんとも良いタイミングで現れたものですな」
「別にワシらが運命をいじったわけでもないのじゃが、本当にいいタイミングじゃった」
ヤハウェのような唯一神には、そのようなことが可能となるのだが、さすがにそんなことを続けるのは、依存につながる可能性があるので、例外的にしか使わない。しかしそんなことをせずともこのような逸材が現れたのは本当にいいタイミングだった、とヤハウェもバアル君もそう思った。
「なので、急で悪いがソロモン課全員集合じゃ。どうしても駄目なやつは……」
「そうですね……上位陣で何柱か呼び出されている者がいるようなのでその者たちは後程ということで。暇そうな下位陣は今回まとめて呼んでいただきましょう」
「うむ。いよいよ始まるな」
「はい。『世界樹計画』ですね」
「ぬかるなよ」
「もちろんですとも」
フフフ……と何とも悪そうに笑う二柱であった。
それを影からこっそりと窺う7つの塊が、少し離れた場所にあった。バアル君もヤハウェもいよいよ計画が動き出すということで、最初の警戒から後全く警戒をしていなかったのだ。
「聞いたか? ソロモンの二代目足る人間が、契約するらしいぞ」
「剛毅な話じゃの~。あの連中全てを従えるじゃと?」
「ほっほっ。ならそのパス、あたしらとつなげばどうじゃ?」
「「「「「「えっ?」」」」」」
7柱のうちの1柱が落とした強烈なひと言が、その場の全員を揺さぶった。
「あたしらとて、なかなか契約までいけんからの。いっつも正月ぐらいしかお参りしてもらえんし」
「……ぬぅ。確かに。いいとこ会社にまつられるだけじゃしの」
「それほどの力の持ち主。きっとあたしら全員と契約できるわいの」
「ほっほ、ええのう。ついにわしらにも、契約者が現れるか」
「確実にインターセプトするために、隠形に徹するぞい」
「「「「「「ぉぅっ」」」」」」
めっちゃ小さい声が、あたりに響き渡ることなく7柱全員に行き渡った。
世界樹計画とやらはどうなってしまうのか……
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