第7話 巧磨くんの正体

「なんや、おのれは?」


 凄むキララもなんのその。一般的には爽やかで通るスマイルを作り上げると、目にかかる前髪を「ふぁさっ」と跳ね上げる。


「初めまして。お母さん。僕は獅子戸巧磨といいます。以後よろしく」

「……気持ち悪いな、おのれは」


 最高の自分のキメ顔をしたつもりだったが、「気持ち悪い」の一言で一刀両断。髪を払った状態のまま固まり、何気にダメージを受けた巧磨だったが、口をひくつかせながらも踏ん張った。


「なかなかお綺麗ですね。彼の姉としてでも通りそうです」

「……おえっ」


 キララは気分が悪くなった。どうやらこの少年、キララを口説いているかのようなセリフ回しである。ちょっと低めの鼻をグーパンかましてやりたくなっている。

 場の空気がおかしくなってきていること、というか巧磨の様子がおかしいと感じた結は、巧磨に確認してみる。


「ちょ、ちょっと。何言ってるの? 巧磨君」

「え? 何って口説いてるんだよ」

「えっ?」


 結は困惑した。処女をささげた相手が、次の日いきなり他の女を口説くなど理解の外である。

 しかし次の巧磨の発言で、自分がいかに愚かであったのかを思い知らされる。


「だってさ……水鏡の彼女が結だってのが気にくわなかったから、周りをけしかけて水鏡を孤立させたんだよ。そして何食わぬ顔で君に近づいた。あとは簡単だったね。適当に相槌うっとけば君は勝手に僕に依存してきたし。昨日一番おいしいところを頂いちゃったから後はもうどうでもいいかな。強いて言うなら水鏡の悔しそうな顔が見れなかったことが、残念だったな」


「NTRされた顔が見れなかったのは残念残念」とケラケラ嗤いながら言う巧磨。呆然とする結をよそに、どういうカラクリだったかを理解したキララは拳を握りしめた。元ヤンは手が早い。


「死ね! オラァ!」


 膝、腰、肩、肘を効率よく回転させ、固く握りしめた拳は、巧磨の鼻っ柱に突き刺さった。「ゴキャアッ」とおおよそ人を殴る時に聞かない音が、巧磨の顔から発せられる。


「がはっ」


 キララ曰く「ヤサい」巧磨は、あっけなく轟沈した。結の髪がなびくほどの拳速は、世界を狙えるのではないかという錯覚を結に見せた。

 拳に付いた歯を、「ぽいっ」と道に捨てた後、沈んだ巧磨を見もせず、結と向き合うキララ。


「……結ちゃん」

「は、はいっ!」


 まるで舎弟のようになってしまったが、キララの方にそんなつもりはない。


「アンタがどんな男と付き合おうとかまへんけどな」

「……」

「せめて、ケジメぐらいつけてほしかったわ」

「あ……」


 キララは別に、すれ違いの果てに分かれてしまうのは、仕方がないという考えを持っていた。「時間が合わない」「価値観が合わない」など、いくら幼なじみで付き合いが長いとはいえ、そう言う部分はあるだろうというのはすでに分かる程度には生きている。

 キララが気に入らなかったのは、クロウとの関係を曖昧にしながら、他の男と通じたことが気に入らないのだった。ちゃんとクロウに別れを告げ、あのヤサいのと付き合うなら、「二度とウチに来るな」なんてことを言うつもりはなかったのである。結果としてクズに騙されてしまった結だったが、すでに不義理なことをしでかしている以上、許すつもりもなかった。例え、若さゆえの過ちだとしても。


「安心し。別にアンタの親にチクるつもりもないし。せいぜいそこの……ええと……ヤサいのと仲ようしいや」


 名前すら覚える価値もないと、全く後のことを気にしていないように家に入るキララ。残された結。グロッキーな巧磨。


 あまりにも衝撃的で、流れに任せるがままになっていた結だったが、巧磨が企みを持って近づいてきたことは本人がすでに発言している。そしてそんなのに、大事な初めてをささげてしまったことを早くも後悔し始めていた。

 さりとて、事実は変わらない。クロウをないがしろにして、巧磨にうつつを抜かしたことも。巧磨に迫られ、抱かれてもいいと思ったことも全て結の決断の結果である。その果てに、全てを失くしたとしても、それは結が引き起こしたことであった。


「……こんなクズだったなんて」


 自分が弱るようにクロウをいたぶり、弱った自分に下心なんかないよとサポートに徹する。巧磨がうまかったのはその時点でがっつかなかったところだろう。あくまでも支えるというスタンスを取ったがために結は気を許した。その結末がこれである。

 鼻血を垂れ流し、無様に倒れこむ巧磨を介抱する気などおきなかった。


「今日は休もう……」


 あまりにもしんどすぎて、始業前に連絡できなかったと言えばなんとかなるだろうと、案外打算的な考えをする結だった。

 なお、巧磨くんは未だ路上で倒れたままである。






「やっぱ旧車はたこつくなぁ……」


 カッコよく飛び出したクロウではあったが、ガソリンがほとんど入っていなかった。青木ヶ原樹海まではかなりの距離があるため、早めの給油が必要というか今まさにリザーブのまま走っているので、早くしないといけないと確信。適当なGSに入ってガソリンを入れているのだが……


 ―――リッター150円


 旧車は当たり前だが、燃費が悪い。ガソリンがリッター100円を切っていた時代なら良かったのだろうが、あいにく今は電気自動車やハイブリッドが主流の低燃費時代である。クロウの乗る愛車『コダチ』も80年代のものであるため、よもや30年前の骨董品である。


「魔力で動かせたらなぁ……」


 異世界には魔道具という、魔力を流せば動く道具があった。超絶クリーンエネルギーの魔力で、このコダチも動かせれば最高なのになとそんな風に思うクロウだった。

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