第6話 息子は全然気にしてない
息子の彼女が、息子以外の男に肩を抱かれている状況に目が座ったキララは、隣に立つ不甲斐ない息子に怒気を含めて声を掛けた。
「クロウ」
「なに?」
「アレ見てなんも思わんの?」
怒りを表すわけでもなく、戸惑いを示すでもなく、ただ見ているクロウにおかしなものを感じるキララ。帰ってきた返事にも気負いも何もなくただただ自然体だった。
「んー……特には。まあ俺も引き籠っててこんななってもうたし、しゃあないっちゃしゃあないわな」
キララはクロウにこのままでいいのかと尋ねたつもりだったが、返事は軽いものだった。むしろ、どうでもいいと言わんばかりである。
クロウの主観としては、浮気をしたのは他ならぬクロウが先だという、負い目がある。もちろん、異世界での話なのでこちらとは関係ないうえ、今の身の上は精神的には経験者でも、身体的には童貞という良く分からない状態だ。口にすることはないが
この態度に戸惑うのは他ならぬ結であった。
「しょうがないって……どういうこと?」
若干怒気が込められた言葉にもクロウは平然と答える。
「そらそうやん。ソイツ……名前、何やったかな……まあええわ。まさかイジメに結まで関わってるとは思わんかったで」
体感的に3年たっているクロウは、結の側に立っている無表情な男の名前を思い出せなかった。因縁のある相手にも拘らず。
対して結は腹立たしく思っていた。こんな状況になったのはクロウのせいだというのに。それを自分のせいにされて。
しかし、クロウの口から出てきた言葉は、結の思わぬ事実だったわけで……
「ソイツ、俺のイジメの主犯やで」
結は、クロウの言っている言葉を理解することが出来なかった。
まあまあの衝撃発言だったはずだが、さすがはオカン。キララは物怖じせず一般的に触れられたくないところにずかずか入り込んできた。
「なんや、クロウ。あんなヤサいのにいじめられてたんか?」
「俺も今になって思えば、なんであんな幼稚なことに打ちのめされてたか分からんねんや」
本気で首をひねるクロウに、キララも毒気を抜かれた。
「……まあ今はどうでもいいみたいやから、これ以上この話はやめよか」
「せやな。とにかくもう行くわ。8月19日には帰ってくるし」
「20日から補習やったな」
「せやねん……ちゃんと体絞ってくるわ」
「あんま期待せんとまっとくわ」
「おう。ほな結も、夏休み楽しんでや」
そう言って、コダチに乗って出かけようとするクロウに、フリーズしていた結は縋るように声を上げる。
「待って! クロ君! さっきの話どういう……」
―――ブォォォォン! オン! オン! キキュキュキュキュ!
派手にホイルスピンさせ、クロウは去っていった。何の未練も残さずに。残ったのは呆然とした結と、そのそばに立つ無表情な名無し君。あとはクロウが出した煙と、それを吸い込みむせるキララであった。
「おばさん! どう「誰がおばさんじゃい!」ひぃ!」
キララはクロウを18で産んだため、現在34歳。昔ならともかく今の時代、アンチエイジングを完璧にすればまだまだお姉さんで通る容姿である。キララはむしろ20代で通せる若さを保っていた。実はナイトのひそかな自慢である。もちろん夜の方もバッチリ。なんだったら真昼間からでもナイトの求めに……いやナイトを求めることもしばしばあった。
「……で? なんや?」
妙な迫力で凄むキララ。たじたじとする結だがこれだけはどうしても聞いておかなくてはならないと、腹に力を入れ食いしばる。
「クロ君が言ってたイジメの主犯って……」
「そんなことウチが知るかいな。クロウがそう言ってんねやったらそうなんやろ」
「そんな……」
結は昨晩、未成年はしてはいけない淫らな行為を、傍らに立つ美形男子としてしまった。それにも結なりに理由はあった。
クロウは彼氏ではあったが、イジメにより徐々に活力を失い寡黙になってゆく。周りの友達からも悪く言われるようになった結は、そんなクロウとの関係に悩むようになった。そんな時現れたのが、
『
と呼ばれる、学年カーストトップクラスの美形少年だった。
彼は毎日、結に声を掛け励まし、なだめ、と強引に距離を詰めるでもなくただ結に寄り添った。そんな巧磨に心身ともに疲れてしまった結が、もたれかかってしまうのも無理ない話だった。
一度あてにしてしまえば、その感情は加速する。いつしか結はクロウの家に寄りつかなくなり巧磨との青春を楽しんだ。初めは『たまにはいいよね』程度のものだったが、徐々にクロウの家に行く頻度は減り、そしていつしか寄り付きすらしなくなった。そしてとうとう昨晩、一線を越えたというわけである。
罪悪感がなかったわけではない。けじめもつけずに行為にふけるなど、明確な裏切り行為であり、誰が聞いても浮気である。だが、求められて拒否できるほどの溝は、巧磨と結の間にはすでになかった。
そういう決意の下、踏み越えた次の日にあっけらかんとしたクロウと会うことになったのである。感情が揺さぶられるのも無理はなかった。
「まぁ、ええわ。さっきのクロウの感じやと、あんまり……というか全く気にしてないみたいやしな。あ、そうそう」
「なんですか?」
「もうウチ来んといてな。……二度と近づくなよ」
「!」
バリバリヤンキーだったキララの凄味は今なお、一般人には効果抜群だった。
「そんな……どうして……」
「あたりまえやろ。どこに自分の息子を袖にされて大人しゅうしとる母親がおんねん。アンタの今の彼氏はそこにおるヤサいのやろ。この時間に二人で出てくるっちゅうことはそういうことなんやろ?」
「そう、ですけど……」
俯き唇を噛みしめる結。キララとのいい関係を築けていたと思っていただけに、何気にショックを受けた。
そこへ、初めて聞く声がキララの耳に入ってきた。
「それくらいにしてもらえます?」
「あぁ?」
優男が、会話に介入してきた。言うまでもなく、獅子戸巧磨である。
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