第5話 担任の御手洗先生

2018・12・3改稿


 夏休みの一発目、何をするかと言えば、学校に電話することだった。


「これだけは聞いとかんとな」


 回避できるならダブりは避けたい。そう考えたクロウは、さっそく学校へ電話を掛けた。


 ―――プルル、プルル……ガチャ


「はい。私立神楽堂かぐらどう学園です」

「あ、おはようございます。1年D組の水鏡と申しますが、担任の御手洗みたらい先生は出勤なさっていますでしょうか?」

「ハイ……えっ? 水鏡君? ちょ、ちょっと待ってね! 切っちゃダメよ! 御手洗せんせーっ! 水鏡君から電話! 早く! 切れちゃう!」


 失敬な教員だな……と思ったクロウだが、よくよく考えれば自分のせいだったので自重することにした。今の人の声は聞いたことがないが、俺のひきこもりは教師一同で共有されているのだろうか? と大事になっているかもしれないとクロウはひやひやしていた。ややあって、御手洗先生らしき人が出た。


「お、お電話変わりましたっ。み、みたらいでしゅっ」

「……お久しぶりです。水鏡ですがあ」

「お、お元気ですかっ? ちょ、調子はいかがっ?」

「さはやくからすみません」


 人の話を全く聞こうとしない、テンパった御手洗先生のカットインをあっさりとスルーし、言いたいことを言うクロウ。こんなところにも引きこもっていた弊害が出ている。


 ―――御手洗みたらい しのぶ 24歳。

 大学を卒業し、自身も卒業生であった神楽堂学園に、現代文の先生として雇用される。わずか2年で1クラスを押し付けられたが、頑張ろうと思った矢先に1人引きこもりになり、愕然とする。どうしようかと2か月悩んだ挙句、勝手に生徒から連絡が来た不憫な先生。しゃべり方は子供っぽいが、爆スタイルの超絶美人である。親から見合いを勧められており、断ることに必死な日常を送っている。なお相手からは「是非に」と言われていることには気づいていない模様。アダ名は当然『おてあらい』


 クロウはさらに話を続ける。


「ちょっと聞きたいことあるんですけどええですか?」

「な、なんですか? 先生のお見合いの相手ですか?」


 なんでやねん、と思ったクロウだがせっかくだから聞いてみた。


「そうなんです。……どんな方なんですか?」

「えっ? ホントに? ええと……うんと……ね、年収一千万のおじさんです!」


 思ったよりしっかりとした相手像を想像できる説明を聞いて、クロウは戦慄する。『結局金か』と。


「結局男はお金なんですね」


 クロウは口にした。


「えっ? あっ! ち、違いますよ! 男女関係に大事なのは気持ちです! 気持ちですよ!」


 とてもウソっぽかった。






「……というわけで、一足お先に夏休みを頂こうかと思うんですけど」

「……学校に来るという連絡かと思えば、ずいぶんと図々しい宣言ですね」

「空気を読んでいると言うてもらいたいです」

「水鏡君、ひきこもりだったんですよね」

「そうですけど、何か?」


 ナイトにした説明をそのまましたクロウ。ため息とともに忍はささやかな抗議をしたのだが、やや精神年齢の引きあがっているクロウに、その程度の抵抗は通じなかった。


「……一応、1学期最終日に連絡するつもりでした。8月20日から31日まで補習を受ければ、留年は避けられます。あ、休みはありますよ」


 少しだけフォローがあったが、クロウには厳しい現実が付きつけられていた。


「長ないですか?」

「中間も期末もすっぽかしたのに、たった10日程度で留年回避なんて奇跡ですよ」

「……ホンマの理由は?」

「……進学率100%ってパンフに書きたい」

「……少子化の影響ですか?」

「……生徒を確保するのも大変なんです」


 何とも世知辛い理由だった。しかし、クロウにとっては僥倖である。


「じゃあ、8月20日に学校行ったらええですか?」

「保健室登校でもいいですよ」

「別にええです。1-Dに定時におったらええですか?」

「うん。ちゃんと来なさいね。来なかったらダブりだから」

「わかりました。じゃあ1か月後に」

「……そんな言葉は教師になって初めて聞いたわ」


 皮肉を右から左に流し、クロウは電話を切った。ナイトのアウトドアグッズを片っ端からパクり、相棒のコダチに括り付ける。ナイトは族ではあったが、今ではソロキャンプが趣味である。当然クロウがグッズを持っていくため、今後一月、ナイトはキャンプには行けない。社会人には貴重な盆休みがあるにも関わらず。

 それからクロウは家の奥に「行ってくるわ」と声を掛けた。何やかやで、時刻はすでに9時を回っている。


「世界はこないなってたんか……」


 あちこちに浮遊霊がフワフワ浮いており、ある一角には微動だにしない動物霊がいる。おそらく地縛霊という、事故や事件の現場から一歩も動けない無害な霊なのだろう。人やら猫やら犬やら、とにかく視界の中はごっちゃりしている。


 思ったより窮屈やなと、新たに世界を認識したクロウ。

 そんなとき隣の家の玄関がガチャっと開いた。今時分ってお隣さん誰もおらんかったはずやけどなと思い、誰が出てくるのかと見続けると懐かしい人物が出てきた。


(この時間に男と出てくるっちゅうことは……)


 ぼんやりと見ていたクロウに向こうは気づいた。


「く、クロくん……」

「おう、おはようさん。昨夜はお楽しみやったみたいやな」

「え……」


 隣の家から出てきたのは、藤ヶ谷ふじがや ゆい。クロウの彼女である。そんな娘が彼氏ではない男と朝一に一緒に出てきたのだ。何をしていたのかは一目瞭然。結からすれば気まずいにもほどがあるのだが、クロウの様子があまりに自然、というか自分たちの状況を目の当たりにしているにも関わらず、全く意に介していない様子であるように見え、逆に戸惑う。

 だが、更にクロウは言葉を重ねる。


「しばらく見んと思ったら、そういうことかいな。まあしゃあないな」


「ハッハッハ」と高笑いするクロウ。戸惑いが深くなる結。そこへキララがわざわざクロウを見送りに来た。


「クロウ。アンタたまには連絡……」


 どうして言葉が止まったかといえば、結がクロウ以外の男に肩を抱かれているところを見たからである。


「……ほぉ、結ちゃん。おはようさん」

「お、オハヨウゴザイマス」


 なぜかカタコトになった結。


「なるほどなぁ……最近顔出さんと思っとったら、そういうことかいな」


 元ヤンの見えないオーラが結を包み込む……ような気が結にはしていたが、クロウにはまた違って見えた。


(……オカン、なんか体から出てるやん)


 異世界帰りのクロウの目にはまた違って見えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る