第4話 一足早い夏休み

「お前、学校どないすんねん?」

「うーん……今日から行くのもなぁ。もうすぐ夏休みやのに、微妙な空気なるやん? そやし、補習とか受けれてダブらんねやったら、夏休み中に受けて2学期から行こかなって思ってんねん」


 ナイトから聞かれた今後のことに、クロウはここに来るまでに考えていたことを正直に話した。勿論ダブりはごめんだが、中間・期末とすっぽかしているので、可能性はあるやろうなとは思っているクロウである。


「……思ったよりしっかり考えてんな。しかもなんかやけに周りのことに気を配ってるみたいな……こないだまでうっとおしい顔してたやつとおんなじやつとは思えん」

「……まぁ、思うところはいろいろあったんや」


 まさか中身だけ3年以上、しかも斬った張ったをやって殺しまで経験し、すでに童貞ですらないことに気付いているとは思わないだろう。


 どうして童貞ですらないのか? それは、帰還が現実的になったとき、『勇者の子種が欲しい』とねだられたからである。相手が姫だったり巫女だったりお嬢様であることなどからまあ美人・美少女揃いだったのだ。そんな数々の女性に迫られて、ヤりたい盛りの19歳に我慢などできるはずがなかった。なのである程度範囲を絞り、欲しい人がすべて妊娠するまで頑張った。ある意味魔王退治より大変だったとクロウは思っている。それを見届けた後、帰還したのだ。

 情が移らなかったのかと言えばそんなこともなかったのだが、何より現代文明に接したかったのが主な要因だった。テレビもアニメもゲームも何にもない。2か月オタクカルチャーに浸り切っていたクロウは、異世界自体に不満があった。何より飯がまずかった。






「ほら、クロウ。朝飯や」

「おぉ……」


 そこへキララが朝ご飯を用意してきてくれて、クロウの前に置いた。体感として約3年ぶりに見た、味噌汁・鮭・卵焼きに白い飯。クロウの感動は涙腺を崩壊させた。


「ちょ、アンタなんやの」

「いや……ちょっと感極まってん」


 感動の対面だった。温かい日本食。塩分効きすぎのうまい母のご飯は、最高だった。


「アニキ、キモいんだけど」


 一部心無い言葉が、クロウの心を若干傷つけたが。






「ごっそさん」

「はい、おそまつさん。で? アンタ今日から夏休みにすんの?」

「あ、聞こえてたん? まぁ、今こんなんなってるし、ちょっと体絞ろうと思てんねん」


 ムニリと腹をつまむクロウ。神童と呼ばれた欠片もない。


「あんちゃん、だいぶ太ったな」

「まぁ、しゃあないやろ。ある意味やりたい放題やったからな」


 部屋から出ないことによる運動不足や、お菓子の食いすぎ、ジュースの飲みすぎなどによる徹底的な不摂生が、クロウの体を蝕んでいた。なので、魔術を使うための契約がてら、体を元に戻そうというのがクロウの考えだった。


「ちょっとしばらく家出るわ」

「出るって……どのくらい?」

「んー……学校連絡してから考えるわ。別に家おらんでもええやろ?」


 普通に考えて16歳の男子をそんな簡単に送り出すわけはないのだが……


「……まぁ、別にええやろ。その代わり、誰かに迷惑かけたらあかんぞ。お前がしくじったら、俺の仕事がなくなって、みんな飯食えんようになるからな。ちゃんとできるんやったら、別にええ」


 水鏡家は普通じゃなかった。名前だけ見てもすでにまともではない。


「そうやな。世間の人に迷惑かけたらあかんで」

「……ファングはええんかいな」

「俺は『族』やしええねん」

「意味が分からんわ」

「ホンマはアカンねけどな。俺もキララも族やったし、あんまりきつう言われへん」

「若気の至りやったわあ」


「「あっはっは」」

「何がおもろいねん」


 ファングの髪型のイメージ通り、ファングは族だった。誰もが納得する結論である。誰からも反論されたことはない。水鏡家にはバイクが4台ある。


 ―――ナイト用、カワハギのA(エース)

 ―――キララ用、ポンタのフォー

 ―――クロウ用、ススギのコダチ

 ―――ファング用、ハニワのペケジョー


 テイルだけ何故ないのかと言えば、


「あたしはフィーレーデビットチンがいいの!」


 などとほざくからだった。家族からは『かぶれ』と言われている。他の4人はメイド・イン・ジャパンの旧車にひたすらこだわる人たちだった。もちろん、ファングは無免だ。(※絶対ダメだし、推奨するものではありません)「メットはちゃんとかぶれよ」と言われるだけだ。ファングは律儀にそれを守っている。髪型が崩れることが唯一の不満である。


 水鏡家では、16になった途端に学校を休ませ、バイクの免許を取りに行かされる。


「一発で取れへんかったら飯抜きな」


 そう言って飯を人質に取られるのだ。クロウに選択肢はなかった。






 なので、とてもおおらかにクロウの外泊はあっさりと許された。


「でもアンタどこ行くん?」

「富士山」

「……アンタ死にに行くん?」

「そんなわけないやん。登山や、登山」

「なんや、心配したやん。気ぃ付けて行ってきいや」

「うん、わかった」


 正確に言えばクロウが目指すのは、日本屈指の心霊スポット『青木ヶ原樹海』である。母の心配は実は的中していた。うっかり迷えば二度と出られないと言われる、自殺の名所の樹海に行って、体を絞ると言われても意味が分からないだろう。なので登山でダイエットすると勝手に思った母に申し訳ないと思いながらも、ホッとしたというのが正直なクロウの感想であった。


「ほう、山登りか。健全だな」

「良いご身分よね」

「あんちゃん、そんなしんどいことしておもろいんか?」


 受け取り方は家族で万別だったようだが。


 こうして、クロウの夏休みは幕を開けることとなった。

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