第3話 水鏡家の人々

 クロウは神様との話を終えて、部屋を出た。そのまま階段を下りて、リビングへと向かう。


 ―――ガチャリ


「おはよう……」

「「「「……」」」」

「? どないしたん? 朝の挨拶は大事やで」


 クロウとしては当たり前のことをしただけなのだが、家族にとっては一大事件である。朝ご飯を食べていた手が全員止まっていた。


「……クロウ、ついに部屋から出る気になったんか?」

「え? あ」


 クロウの時間感覚として、召喚されてから3年以上たっているため、引きこもっているという感覚が今は全然ない。むしろ朝の挨拶など当たり前だと思っているほどだ。


「……うん。心配かけてスマンな、おとん」

「……そうか」


 言葉少ななこの人は家長である。


 ―――水鏡 騎士ナイト


 ベタ中のベタなキラキラ具合である。ある意味初代だ。元ヤンであり、名前でグレたある意味正しい思春期を送った男である。今ではどういうコネがあったのか、二流の商社で営業をバリバリこなす企業戦士だ。今では名前いじりを会話のきっかけにするという、心を削る営業を得意としている。


「やっと出てきたかよ。穴蔵暮らしは楽しかったか?」

「……まあまあかな。おかん、俺も朝飯頂戴や」

「おっけ。いっぱい食わせたるわ」


 少々口が悪いが面倒見がよさそうな女性。ナイトの妻である。


 ―――水鏡 黄金キララ


 悪意があったとしか思えない祖父母の名付けにクロウは戦慄したが、口が悪いだけで済んだのは奇跡であろう。ちなみに両親は名前でした苦労で意気投合し、結婚までたどり着いたらしいので、これはこれでよかったとの言。子供たちにも同じ思いをしてもらいたいという、どちらにもとれるようなことを堂々と宣言している。余計な事さえ思わなければ、引きこもらなかったであろうことは間違いないが。勿論グレていた。


「なんなのよ、アンタ。ちょっと見ない間にぶくぶく太って。キモイわよ」

「お前こそなんやねん、その標準語。慣れへん事するもんやないで」

「ウチのほうがおかしいのよ!」

「なんでやねん。おとんもおかんも関西で生まれて育ってんねんから、何も問題ないやろ」

「ただでさえ名前で変に見られんのに、言葉でまでイジられたないわ!」

「……完璧やないみたいやな」

「うるさいわ、ぼけ」


 このクロウのコンプレックスを逆なでしてくる、なんちゃって標準語の妹。


 ―――水鏡 尻尾テイル


 間違いなく美少女なのだろう。パッチリおめめにちょっと茶色がかったポニーテールがまぶしい。

 テイルだけに。とか言ったら確実に殴りかかってくるのだが、なぜかその髪型はやめない。どうやらポリシーのようである。ただし、腹黒。裏から陰謀をめぐらせるタイプの娘さんである。


「……」


 無言でメシをかきこむ少年。クロウの弟である。


 ―――水鏡 ファング


 足が2、3本入りそうな改造ズボンに、へそが見えそうな短さの短ラン。もちろんカラーは外されている。そして何と言ってもその頭、何やら宇宙を目指せそうな船を乗せているかのような、たぐい稀な巨大金髪リーゼント。ドライヤーと整髪料と脱色剤で将来の頭皮が心配になりそうな髪型だ。夏なのに、制服フル装備と気合の入り方が尋常ではない。すでに汗だくだ。どうしてあの髪型が崩れないのかクロウは不思議だった。

 クロウが心を折ってしまったのに対し、ファングは立ち向かうことを選んだようだ。盗んだバイクで走り出したり、触るものを片っ端から傷つけそうなその風貌は、クロウがひきこもる前となんら変わらない。しかし……


「あんちゃん、もうええの?」

「あぁ……心配かけてごめんな、ファング」

「安心したわ。……でも外ではちゃんと『きば』って呼んでや」

「……わかった」


 家族にはいい子であった。外ではファングと呼ばれることを極端に嫌うのである。知らない人にまで名前を知られるのはイヤらしい。


 ―――ナイト

 ―――キララ

 ―――クロウ

 ―――テイル

 ―――ファング


 以上五名が水鏡家の構成員である。


 なお、子供たちは『野獣三兄弟』と陰口を叩かれている。

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