第8話 たった一つの最低な結末

 金色の髪がほのかに輝く。それは光が反射したものというよりは、彼女の髪そのものが光を発しているように見えた。その髪の下から、不機嫌そうな目が僕を射抜く。


「回答の時間になった。あなたは誰を選ぶの?」


 説明役は淡々と仕事をこなそうとしている。僕はそれに、異を唱えなければいけない。ああ、まずは……。


「ソリッドから頼まれていた言葉があります」

「……なに?」


 きっと説明役は知っている。そうでなければ最後の火属性の番で邪魔なんてできるはずがないからだ。


「『お前も逃げるな』」


 ソリッドも、リクィも逃げなかった。エールだって逃げることはできたはずで、でも逃げなかった。それどころか自分はいいから他者を救えだなんて、ゲームの時を考えると実にエールらしい。確かに彼女らは間違いなく彼女らなのだろう。


 僕の一言に、説明役は目を細める。


「私はそもそも何からも逃げてない」


 絞り出すような言葉。怒気に満ちた声。


「エールに、『あのこをすくって』と頼まれました」


 説明役がこぶしを握るのが見えた。


「……っ、誰も、そんなこと頼んでない……!」

「つまり、救うに足る現状があるんですね」


 眉を顰め、長い沈黙の後説明役の舌打ちが聞こえる。


「君は君が人間の大きさになった時に言っていた。『仕事が終われば私は消える』それはここから別の場所にいなくなるというわけじゃなくて、言葉の通り消えるってことだ。跡形もなく、選ばれなかったフェイクドールのように」

「……それがどうかした? 私はあなたに説明と選択を促すために生まれた。ほかならぬあなただけのために。それが仕事を終えたら消えることなんて、当たり前でしょう?」


 敵意のようなものが自分の正面から注がれている。足が後ろに下がりそうになるのを何とか堪える。頼まれた、伝えられた、それだけが今の僕の原動力じゃない。彼女がフェイクドールになった時から。いや、きっと彼女という存在がいたその時点で、僕は自分勝手に結論を決めてしまっていた。


「デートをしませんか、説明役」

「……はあ?」


 素っ頓狂な声を上げる彼女に自己を押し通すためにダメ押しで理由を追加する。


「どうせリクィとのデートものぞいてたんでしょう? なら気になりませんか、この部屋の外」


 僕は視線をこの部屋の唯一の出入り口に向けた。それは一般的な金属の扉。どこにでもあるようなマンションの扉だ。


「……現在地はネットワークを介して把握してる。そんなものは取引材料にはなりえない」

「たぶん、その現在地は偽物ですよ。そもそもここは地図に載っているはずがない場所ですから」


 懐疑的な視線。それでも、説明役だって微妙な違和感に気づいているはずだ。


「…………わかった。デートをする。でも、それが終わったら誰を選ぶか教えてもらう」

「わかりました」


 先頭に立ち、何の抵抗もなく開く金属扉を押し開く。そうして、僕と説明役はこの小さな部屋から飛び出した。




「――なに、これ」


 マンションから出て、不自然な場所にある扉を抜けた先、そこに彼女を驚かせるほどの光景があった。


「宇宙ですよ。ここは大気圏外、衛星軌道上です」

「……そんな、人類にこんなメガストラクチャーを作る技術なんてないはず」

「はい、その認識は正しいです。ただし、それは数か月前までの話ですけど」


 説明役は頭をフル回転させて現状を説明する方法を模索しているようだった。間もなく、結論にたどり着く。


「まさか、私たちみたいな技術が外から持ち込まれた……?」

「やっぱり、知らなかったんですね。……数か月前、多くの技術が宇宙人から持ち込まれました。あくまで伝聞なのでそうらしいとしか知りませんけど。それで、この場所ができました」


 技術の氾濫。世界の混乱。危ういバランスでありながら、それでも世界は一応平和だった。それに大きく貢献しているのがこの場所。


「この場所の名前は世界新技術管理局です。あふれかえる新技術をまとめて、規制するべきものは規制し、そうでないものはゆっくりと普及させる。そのための、新技術の収集所。僕も最近ここに収集されたというわけです」


 説明役は依然として窓の外を眺めている。


「僕は強制的に連行されたので、あんまし新技術管理局にはいい思い出ないんですけど、この場所は好きです。……だってここは現実じゃありえないことが起こる場所。きっと僕の見えていない場所で、たくさんの非現実が起こっているんです。それは奇跡みたいなもの。僕がフェイクドールに出会ったみたいに」

「……デートはこれで終わり?」

「はい」


 説明役は宇宙を背景にこちらに向き直った。


「真実を知れたのはよかった。それは感謝する。じゃあ、約束を果たしてもらう」

「誰を選ぶか、ですか」

「先に言っておくけど、私は選ぶ対象には入ってないから」

「わかってます。僕は――」


 ちょうど彼女の後ろ側に地球が見えた。


「――誰も選びません」

「……それは、フェイクドールとの接続をすべて断つということ?」

「違います。……まあ、そうすれば僕は地球の自分の家に帰れるかもしれませんけど。……僕が選んだのは君の嫌いな逃げです。保留です」

「――っはあ!?」


 通路に説明役の言葉が反響する。僕は反射的にのけぞり、彼女はそんな僕に対して一歩踏み出した。


「あなた、言ってる意味わかってる? 約束が違う、デートが終われば誰を選ぶか教えてくれる約束」

「だから教えたじゃないですか、まだ誰も選ばないって」


 また説明役は舌打ちした。


「あなたの寿命は半分だけのまま。それでいいの?」

「僕の寿命は半分ある。それで十分ですよ、今は。……僕の時間の価値を決めるのは僕です。君じゃない」


 僕も負けじと一歩踏み出す。


「それに、ここにある新技術から新が取れるころには僕の寿命を使わなくても君たちが生きられるかもしれないじゃないですか」

「……それを否定できるだけの材料を私は持っていないけど、どちらにせよあなたの思惑は最低だと断言する。ハーレムエンドなんて成立しない」

「エールが言っていましたよね。僕の目はギラギラしてる。それってきっと僕が強欲なことを見抜いての言葉だったんですよ。……僕はいろんなものをできるだけ諦めないように生きてきました。だからとりあえずは、今回も諦めません」


 説明役はダメな子供を見るような眼でこちらを一瞥した。


「……わかった。降参するけど、何度だってあなたの選択は最低だって言い続ける」

「もしかしたら一年後には、どの属性を選択したらお嫁さんにしてくれますか? ――とか言ってませんねすいません冗談です」

「ならいい、とはならないから。確かに私が本気になればあなたが選択してない属性に擬態することは可能だけど、冗談でもそんなことを言うあなたは最低」


 金色の髪を翻し来た道を戻ろうとする説明役に、一つだけ聞き忘れた問いかけをした。


「そういえば君の名前はないんですか?」

「ない。何か呼びたいなら好きに呼ぶといい」

「……じゃあ、なんにでもなれるらしいですし、ユニバースとかどうです?」

「せめて女性名を考える努力をしてほしい」

「ならユニで」

「…………」

「無言は肯定と受け取りますよ」

「……好きにするといい」


 ――世界は唐突に発展した。ただ、その代償として技術は氾濫し、ある一つの小さな会社が規制される前にある技術を使用した。

 世界はかろうじて平和を保っていたが、その一部では突飛な出来事が起こりえた。これは、そんな一部の中にいる僕の最低な結末。

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属性は何を選択すればお嫁さんにしてくれますか? 因幡寧 @inabanei

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