第7話 デート――火属性
やっぱり説明役が現れることなく次の舞台が整えられた。
そこは僕なんかは一度も入ったことがないようなおしゃれなカフェだった。いままでで一番人がいないことに違和感を覚える場所だ。カウンターにすら人がいない。
「――お願いしたいことがあるの」
周りを見回していた僕の後ろから声が聞こえる。振り返ると、窓際のシンプルな椅子に座って、エールが神妙な顔をしていた。
僕はエールの向かい側の椅子を引き、そこに腰を下ろす。
「わたしはあなたのこと、大好きよ」
そして、間髪入れずにそんなことを言われた。
流石にまっすぐすぎるその好意に、僕は顔を赤くせずにはいられない。
「――でも、それがいつまで続くかはわからないの。永遠に続くかもしれないし、もしかしたら数秒後にはこの気持ちは消えてしまっているかもしれない」
「……それが怖いんですか?」
ソリッドやリクィのような、好感度システムの弊害。ゲームの情報を継承したが故の痛み。
「違うわ。……いえ、違わないけど、でも違うの。わたしはそれならそれでも仕方ないかなって思ってる。いろんなことの末にわたしがあなたに失望しても、その時の痛みも含めてわたしは受け入れるつもりはあるわ。怖いものは、怖いけど……」
エールの視線は自然と下を向く。だが、「でも!」と言う言葉と共に彼女はその顔をぐいっと僕の方に向けた。キラキラした瞳が僕を射抜く。あいさつの時は思わず逸らしてしまったが、今度はそれを正面から受け止めることができた。
「そんなことなんてどうでもいいのよ! わたしは――を救いたいの!」
――? エールも自分が言葉にしたはずの音に首を傾げている。
「わたしは――を! ……? ――――、――――――」
エールは確かに声を上げているようだった。だが、どれだけ大きく叫ぶようにしようと、彼女の声はノイズにかき消されて僕の耳に届かない。
「検閲されてる……?」
「――、――。……そうみたいね」
しゅん、とわかりやすくエールは悲しんでいた。
「余計なお世話ってことみたいね。それでも、諦める気はないけれど……!」
エールは席から立ち上がりカウンターに入っていく。ごそごそと何かを物色しているようだった。
「あった……!」
僕も立ち上がってカウンターに近づくと、エールはマジックを手にしていた。プラスチックのカップに注文を書き込んだりするためのものだと思われる。
そのキャップを外し、エールは書くものを探しているようだ。
「これで――」
僕はそこにカウンター横に備え付けてあるメニューを差し出した。
エールは素早くそのメニューの空白にペンを走らせるものの、その瞬間にメニューの広範囲がモザイクに包まれる。
「――ん、だめ!」
次にエールはカウンターそのものや壁にペンを走らせるものの、同じようにモザイクに遮られるだけで意思の疎通は不可能だった。
「……そんなに? そんなに嫌なの!?」
エールが悲痛な叫び声をあげる。僕は、彼女の伝えたいことが何とか理解できないか頭を巡らせた。
なぜ伝えられないのか。なぜ、伝わらないのか。……それは彼女がフェイクドールだからだ。ノイズやモザイクで邪魔ができるのは、ここが作られた場所だから。彼女が人工物だから。ならば。
僕はポケットから自分のスマホを取り出し素早くメモアプリを起動する。
……実のところ邪魔をしている犯人は見当がついていた。だってあまりにも明白で、考えるまでもない。
それでも、エールが伝えたいことを、なんとか明確に受け取りたかった。
「エール、ここに!」
このメモアプリは手書きができるタイプのものだ。そしてこのスマホは僕のもの。これに対する最高権限は僕が握っている。
エールがスマホを使えるかはわからなかったものの、説明役の『空想を現実にする技術』という言葉を信じた。彼女たちは限りなく生き物に近く作られている。きっと静電気だってあるはずだと。
エールはスマホの画面に触れる。画面は正常に反応し、何かに邪魔されることなく線が始まった。
「わたしは別に選ばれなくたっていい! だって、夢は一つ叶ったもの! でも――は! ――はいくらなんでもかわいそうだから!」
ようやく彼女の伝えたいことが意味を持とうとしたところで線が途切れる。
エールの体にブロック状のモザイクがかかるのが見えた。
「手を!」
最短の音でエールは僕に右手を要求する。僕は右手を即座に差し出し、エールはその手をつかんでペン代わりにした。
はたから見れば少し滑稽なのかもしれない。でも、僕もエールも伝えることに必死だった。
エールはほんの一瞬手を止める。そして正確性よりもより短い時間で書ける方を選んだ。
……スマホにはエールが書いた文字が表示されている。僕はそれを確認し、頷いた。
「今回はこんなことになってしまったけど、次はきちんとデートをしましょう」
モザイクに包まれて消えゆくエールに僕はそう声をかけた。
「だから、私は別に選ばれなくても――」
エールはそれに対して声を荒げようとして、やめる。モザイクの隙間から、エールの視線と僕の視線がかち合う。
「――ええ、そうね。また次を楽しみにしてるわ。だってあなたは、ギラギラした眼をしてるものね!」
そうして、その言葉を最後にエールは消える。カフェの景色も剥がれ落ち、そこにはどこにでもあるようなマンションの一室が現れる。
……僕の視線の先に彼女は立っていた。
僕のスマホの画面には『あのこをすくって』というエールの願い事が記されている。
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