第5話 デート――土属性

「今回は一定の時間は強制的にでも共にいてもらう」


 説明役のその言葉の後、どこにでもあるようなマンションの一室は、レイヤーを上からかぶせたかのように一気に色を変える。


「あなたの意味不明な要望を実現するためにこういうものを用意した。くじ引きの結果最初は土属性になったから、ソリッドの希望であるゲームセンターを再現してある。全体的に画質が荒いのは我慢して。これ以上はあなたの命に関わる」


 僕はあたりを見回し、少しだけ歩き回る。あたりの風景は完全にゲームセンターのそれだった。ただ、そのきらびやかな風景に似合わず、耳に届く音は説明役の声だけだったが。

 当然ながら部屋が広くなったわけではないらしく、部屋の壁があった場所まで近づくとキープアウトと書かれた線が何重にも張り巡らされたものが目の前に現れる。触れると確かにそこには壁があり、そこから離れるとその線は消えた。


 そういった細かいことを確認しながら説明役に質問する。


「命に関わるってことは、これもフェイクドールの技術ってことですか?」

「半分正解。半分不正解といったところ。部屋の中にあるものは確かに実在している。触れるし、遊べる。でもそれ以外はただそれっぽく現実の映像を映しているだけ。ちょうどそういうデータがネットに転がっていたから利用させてもらった」

「すごいですね」

「……褒めるな、照れる」

「…………」


 思わず説明役の方をじっと見つめてしまった。説明役はわざとらしく咳ばらいをした後、視線を逸らす。


「とりあえず最初にも言った通り今回は強制的に一定時間は共にいてもらう。そのつもりで」


 そして、おそらく逃げた。


「まったく。逃げるなと諭した人物が一番最初に逃げるとはね」


 やれやれ、と言う風にモザイクの中から姿を現したのは説明役の予告通りソリッドだ。今回は最初からメガネを外していた。


「……逃げるなと諭した?」

「ああ、このデートが決まった時にね。あの子は今度は逃げるなとアタシに釘を刺してきたのさ。――正確にはアタシたちに、ね」


 ソリッドは自嘲気味に笑う。途端に世界を喧騒が包んだ。ゲームセンター特有の暴力的なSEとBGMの嵐。反射的に耳をふさぎたくなるが、ぐっと堪えた。そうして徐々にその喧騒に耳を慣らしていく。


「音を忘れていたそうだ。とことんどこか抜けているね、彼女は」


 大分声のボリュームを上げてそう報告される。

 ソリッドは音の洪水を意に介すようなジェスチャーを少しもとっていなかった。ゲームの世界には設定的にゲームセンターはないはずなので、ソリッドにとってこのような場所は初めてのはずだが、まるで何度も訪れているかのような風格がある。……それがなんとなくソリッドらしいような気がした。


「さて、せっかくこういう場所にいるんだ。早速ゲームで遊んでみようじゃないか。残念ながらここで何か景品をとってもしょせんは仮想のものでしかないらしいけどね」


 そう言って指さす先には一台のクレーンゲームがある。中身はどこかで見たことがあるようなクマのぬいぐるみだった。




「――あぁ、案外難しいねこれは」


 下りていったクレーンはクマのぬいぐるみをつかみ、持ち上げる。しかし、つかみどころが悪く、取り出し口までその腕がもたないことは明白だ。


 ……予想通りクレーンが最大まで持ち上げたその瞬間に、クマのぬいぐるみは重力にとらわれて落ちていく。


「君も見てるだけじゃなくてやって見せてくれよ。そしてアタシにかっこいいところを見せてくれ」

「無茶を言いますね……」


 見たところクレーンゲームの設定はそこらのゲームセンターのものと相違ない。……つまり、簡単にとれるようにはできていないということだ。


 なにもこんなところまで再現しなくてもいいものを。そんなことを思いながら意を決して僕はソリッドがさっきまでいた場所に立つ。


 ピロリンピロリンと初期位置まで戻ってきたクレーンを確認し、手元のボタンが点滅していることも確認する。


「いきます」

「がんばれ、主人公クン」


 ボタンを押し込み、クレーンがぐっと移動する。狙いを定めたぬいぐるみのその正面に目線を合わせ、ボタンを離した後の滑りまでイメージして手を離した。……結果は、おおよそイメージの通り。


「さすがだね」


 思ったより近い位置で声がした。ソリッドは始める前よりいくらか近い位置に陣取っている。おそらくクレーンの動きをよく見るため以上の意味はないのだろうが、それでも僕の手元を狂わせるにはそれで十分だった。


「……あっ」


 自分の悲鳴が耳に届く。奥に向かっていたクレーンは思っていたより手前に止まった。それでも、かろうじてぬいぐるみには届いていた。位置だけを見れば、先ほどのソリッドのプレイとほとんど変わらない。


「……すいません」

「いやいや、やっぱりそこらに転がってる空想みたいにはいかないものだね」


 ソリッドは少しも気にしていないようだ。僕はそんな表情を見て、もう一度挑戦しようとクレーンゲームに向き合った。


「――あれ」


 ぼすんと言う音が聞こえた。本当にそんな音がしていれば周囲の喧騒に紛れているはずで、つまりは結果を目の当たりにした僕の幻聴でしかないのだが。


「うむ? もしかして取れたのかい?」


 僕はしゃがみ込み取り出し口に手を突っ込む。するとすぐにそのもふもふな感触に行き当たった。


「そうみたいです」


 ソリッドに手渡し、それを手にしたソリッドはクルクルとぬいぐるみを360度から眺めまわす。そして最後にぎゅっと胸に抱き、結論を述べた。


「……これは、不正の匂いがするね」

「僕もそう思います」


 試しにもう一度適当にクレーンを動かしてみる。

 あまりにもずさんな操作によってどう考えたって取れるわけがない位置にクレーンは移動する。だが、クレーンはぬいぐるみを確かな力で持ち上げた。そして、僕がその場所から離れ、ソリッドが操作盤に触れたとたんに急にぬいぐるみは落ちていく。


「あの子もよくわからないことをするね……」

「たぶん、ソリッドの為なんだと思いますよ」

「それはわかるけどね。彼女も、もしかしなくても君も、アタシが格好に似合わずロマンチックってことを知っているだろうからね」


 そう口にしながら自分の発した言葉が恥ずかしかったのかソリッドは少し頬を染めていた。




 いくつかのゲーム(といっても部屋に収まる量なのでそれほど多くない)を渡り歩き、そろそろこのデートの終わりが迫っていた。


 ソリッドと僕は並んで画面に向かって銃を構えている。主観視点のガンシューティングで、僕も彼女も点数なんて気にせずに適当に引き金を引いているだけだ。


「それで、アタシが最初に言ったことの答えはわかったかい」


 唐突に彼女はその話題を選択した。


「……好感度システムを継承してるってやつですか?」

「そう。それがどんなことをもたらすのか、だよ」


 最初に言われた時には少しも意味が分からなかったが、今ならわかるような気がする。


「期待されているってことですよね」

「そういうことさっ」


 ソリッドはその言葉と共に、迫りくる敵をヘッドショットで打ち抜いた。


 僕はあのゲームにおけるプレイヤーの位置にいる。それは確かな事実だ。でも、残念ながら僕のやっていたゲームは現状ほど高度なやりとりはできない。


「どうしたってゲームのプレイヤーと僕は違う。違ってしまう。ゲームには選択肢があるし、プレゼントをあげれば好感度は確定で上昇する。そこに下降はなかった。少なくとも、ゲームでは」


 下降がなかったのはきっとソシャゲだからだろう。そんなことを思いながらもとびかかってきた敵を打ち落とす。それで、リロードするために画面外にポインタを出して、素早く戻した。


「君とアタシ。その関係性は変わらざるおえない。この場所はゲームの中じゃない。アタシにとってゲームの時の記憶は確かな現実だけど、君にとってはやっぱりゲームのままだ。君はあのゲームの主人公だけど、主人公じゃない。……わかってはいるんだ。全部ね。でも、期待しないではいられない。君がゲームの時のままであることを。アタシが好意を抱いた存在とほとんど変わらないことを」


 ステージの難易度が上昇し敵がさばききれなくなると、それからすぐにGAME OVERの文字が画面に踊る。


 僕とソリッドはほとんど同時にガンコントローラーを所定の位置に戻した。


「今回のデートは純然たるくじびきの結果だけど、あいさつの最初に私が選ばれたのには理由があるんだ」


 僕は少しだけ意外に思いながらも無言でその言葉の続きに耳を傾ける。


「アタシというキャラクターが自分の恋愛感情に気づくのはだいぶ後になってから。そういう設定だった。おそらく。……だから、こっちにフェイクドールとして生を受けた時、まだアタシは自分の感情に気づいてなんかいなかったんだ。そしてアタシは現状を把握して思考して、君という未知の存在に最初に出会うのなら、君に特別な感情を抱いていない自分が適任だと結論を出した。そんなこんなで説明役の彼女に自分から立候補して、君に三人の中で初めに会うことになったんだ」


 ソリッドは邪魔になるからと退避させてあったクマのぬいぐるみを抱え込む。ぐっと抱え込まれ、そのぬいぐるみは少し変形していた。


「笑ってくれていい。アタシは君のことを目にしたとたんに自分の気持ちに気づいたんだよ。まったく好感度システムってやつは、ちゃんとその対象者を把握しているらしい。それでいろんなことが途端に怖くなって逃げだした。説明役の言うようにね。……君が主人公であって主人公でないように、アタシだってソリッドであってソリッドではないんだよ」


 時間だった。ブロック状のモザイクが現れる。


「認めよう。アタシは君のことが好きだ。それが本物なのかはアタシにもわからないけどね。……今日は楽しかった。選択は任せるよ、主人公クン」


 ソリッドの姿全体がモザイクで隠れ、最後の最後に声だけが聞こえた。


「ああ、君からも言ってやってくれよ。あの子にお前も逃げるなってさ」

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