第4話 あいさつ――水属性

 現在、僕のベッドは青色の髪を驚くほど長く伸ばした小さな少女に占領されていた。


「……自己紹介を、お願いしたいんですけど」


 こちらに現れた途端にベッドに飛び込んでいき、そのまま幾らかの時間がたつ。沈黙だけがこの場を支配し、耐えかねた僕は遂にそう口にした。


 ぐでんとベッドに前から倒れ込んでいた体がピクリと動き、ぐるんと回転する。鬱陶しそうに髪の毛を押しのけ、その少女は仰向けのまま顔だけをこちらに向けた。


「……おー、そーだった。……ボクはリクィ。水属性のヒロインやってまーす」


 左手を上にあげ、ひらひらと振り回すその姿は、すべてがめんどくさいとでも思っているようなものだ。ていうか、絶対にそう思っている。


 案の定、言葉が終わったとたんに掲げられていた左手は糸を切ったかのようにベットに落ち、ばすんと跳ねる。


「ねえ、プレイヤー。ボクはさー、こっちにくればプレイヤーのこととか少しはわかるかなーって思ってたんだよ。ほらー、部屋は自分の心を映す鏡だってよく言うじゃん。それってつまりこの部屋にはプレイヤーがどういう人なのかが写ってるってことでしょー。それなのにさー、なーんにもわかんないよ。こんな部屋じゃさー」


 両手両足を大の字に広げ、リクィは『こんな部屋』を指し示した。

 つられて僕も部屋を見回す。一般的な部屋だった。テレビがあって、ベッドがあって、机がある。くつろぐためにクッションも置いてあって、本当に一般的なマンションの一室だ。


「なんか、ショールームとかに飾られてそうな雰囲気だよねー」


 リクィはそう言いながらぐっと体を起こした。

 青色の澄んだ瞳が探るようにこちらを伺ってくる。


「引っ越したばかりだから、たぶんそういう風に感じるんだと思う。ここは家具とかもついてる部屋だったので」

「……ふーん、そっかあ」


 一応納得できたのかリクィはまたベッドに横になった。少しバウンドし、それが収まると仰向けになってバタバタと足をばたつかせる。


「ねえ本とかないのー? こっちの書物とか結構興味あるんだけど」

「本は前の部屋にならいくらかあったけど、この部屋に越してくるときに全部置いてきちゃいましたね」

「……処分したじゃなくて?」

「ここに来る前は実家暮らしだったので、置いてきたであってます」

「うーん、それは残念だなー」


 ……会話が途切れて、リクィは枕を両手で抱きしめる。それで顔を覆いながら、くぐもった声で呟いた。


「……ボクはプレイヤーのこと、やっぱり嫌いじゃないんだなあ」


 たぶん、答えを求めた言葉ではなかった。顔もこちらを向いていなかったし、もしかしたら聞こえていないと思っていたのかもしれない。


 僕は、それに何か言葉をかけるべきのような気がしたけれど、どうにものどの奥の方によくわからないものが引っかかって言葉にはならなかった。……まあきっと、僕の顔は少し赤くなっていた。……たぶん。


 そのままリクィはブロック状のモザイクに包まれ消えていく。そして、ベッドには代わりとしていつものように説明役が現れた。


「……自分で口にしておいて、恥ずかしくなって逃げるとか」


 ぼそりと説明役が毒づく。ベッドのふちに腰かけた説明役はその言葉がなかったかのように居住まいを正し、こちらにまっすぐ視線を向けてきた。


「それで、これから先あなたには二つの選択肢を用意してあげます」


 説明役は右手の人差し指を立てる。


「一つは、今ここで三人のうち一人を選択する」


 次に説明役は左手を右手と同じようにして同じ高さに持ってくる。


「もう一つは、三人と軽くデートのようなことをする。私としてはこちらがおすすめ」

「なんでそっちがおすすめなんですか」

「……フェイクドールは場合によってはあなたと生涯を共にするもの。簡単に言うならお嫁さんみたいなもの。選べる環境にあるのなら、最も相性の良い相手を選ぶべき。違う?」


 ……違わない、と思ったものの。


「お嫁さんって表現は、なんだか乙女チックですね」


 そんなどうでもいい感想が言葉になる方が早かった。


 一瞬の空白があって、説明役はその不機嫌そうな顔をより不機嫌なものに変える。


「うるさい。私はあなたがより理解できるように一般的な例えを述べただけにすぎない。……とにかく、あなたが選ぶのにあいさつだけでは共に過ごした時間があまりにも少なすぎると私は判断している。そこのところ、どうかという答えを求めている」


 早口でまくしたてられ、僕は「はいそう思います」と反射的に答えていた。

 それを聞いた説明役は満足そうに頷く。


「つまりあなたは後者を選ぶということで……?」

「よろしいです」

「はい」

「あ、でも外に出るのは出来れば遠慮したいです」


 説明役は奇妙なものを見るような目をしていた。

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