第3話 あいさつ――火属性
説明役の体にブロック状にモザイクがかかり、それが泡のようにはじけて消えたかと思えば、今度はそれが再集結し、別の姿を形作る。
赤い髪をツインテールにし、それを後ろ側で一つにまとめたような髪形。鋭い目つきで世界を見回しどこかつまらなそうにしながらも、その目が僕の姿をとらえたその瞬間、彼女の周囲に花が舞い散るような錯覚を覚えた。
「あなたね! あなたね! あなたがプレイヤー!」
「あ、あの――」
「よろしくね! わたしはエール。火属性のヒロインよ!」
自己紹介を終えた彼女はその場にストンと座り込み、今度は机に体を乗り出して眼前にまで顔を近づけてくる。
「思ったより冴えない顔をしているのね。でもギラギラした眼をしているわ! あなたはきっと、いろんなものを諦めない生き方をしてきたんでしょうね?」
体を後ろに仰け反らせながら、僕はただ呆然としていた。
「……ちかい、です」
「あっ、ごめんなさい。わたしったらほんの少し興奮しすぎていたわ! ……ん、ごほん」
エールは誤魔化すような咳をしながらゆっくりと正座し、それで僕はようやく体を正常な角度に戻すことができる。
正面から向かい合い、ようやく落ち着いて顔を見れるようになったものの、その瞳のあまりのまぶしさに僕は反射的に目をそらした。
「……手をだしてもらってもいいかしら」
ボソリと、すこし恥ずかしそうにエールはそう告げる。内心首を傾げながらも、そのお願いを断る理由は僕にはなかった。
右手を差し出し「これでいいですか?」と確認をとる。エールはその言葉に答えることはなく、ジッと僕の手を見つめていたかと思うと、ソロリソロリと自身の左手をこちらにのばしてきた。
エールの左手が僕の右手に触れ、しばらくぎゅっとされた後、そこに右手も合流する。
結果的に僕の右手はエールの両手に包まれる形になる。
……なんとなく右手を差し出したものの、こうなるとは思っていなかった。にぎにぎされる右手は確かな温もりに包まれて、フェイクドールというものの認識を上塗りしていく。
どうしたものかと僕が困惑していると、微かにその声が耳に届いた。
「――んふ、んふふふふ」
笑っているというよりかは、にやけているという方が正しい。
「ほんとに、いるのね。……そこに。ここに」
あふれ出る幸福感と、突然現れた彼女のバックボーンが僕の思考を埋め尽くす。一度、二度と瞬きを繰り返そうと、それはずっとそこにあり続けていた。
彼女たちにとって継承した情報と言うものがどの程度のものなのか、それがどれぐらいの重さをもって鎮座しているのか、僕には到底知りえることなどできない。だから、その言葉に込められているであろういくつかの意味も僕にわかるはずなどない。
それでも、ある確信めいた実感を、僕は彼女のその姿を見て得ていた。
彼女たちは間違いなくそこに生きているらしい。もしかしたらそれは生きているように見えるだけなのかもしれないが、そんなことは些細な問題であるように思える。
「ありがとう! ずっとあなたに触れてみたかったの。夢が一つ叶ったわ!」
名残惜しそうに僕の右手から手を放し、エールはなおも笑う。幸せですと表情が言葉を飛び越してそう伝えていた。
「そろそろ交代したほうがよさそうね。リクィだって早くあなたに会いたいでしょうし」
僕がその言葉に反応する前に、エールは手を振ってあのブロック状のノイズに囲まれる。
最後にかすかに見えたその表情は、明確な別れの悲しみに満ちあふれているようだった。
「質問とかないなら、すぐに水属性を呼ぶ」
感慨もなにもなく、いつの間にか目の前にいた説明役は淡々とそう告げる。
「ある。質問があります」
「……なに?」
「エールは最後にリクィと言ってましたけど、フェイクドール同士は互いの存在をどれくらい認識してるんですか?」
説明役は暫し動きを止め、「もっと具体的に」と質問の精査を要求してきた。
確かに質問が曖昧だったと僕は再度考える。
「あー、三人のフェイクドールは同時に現実に出てこれない」
コクリと説明役は頷く。
「正確には、出てこれるけどあなたが死ぬ」
「なら、フェイクドール同士が交流する事はできない?」
「あーそういうこと。……それはそういう場所を私が用意した。あいさつの順番とか決めなくちゃいけなかったし、それに、そういうものは必要だと判断した。一人で待っているのは、思いの外退屈だと思うから」
退屈、なんて言葉が出てきたことが少し意外ではあったものの、説明役の言葉を僕は理解する。
「じゃあ、こっちにいないだけで、どっかにみんな集まって暮らしてるみたいな感じなわけですね」
「……たぶん、その認識は少し違う。私たちは互いの姿にふれることはできない。例えるなら、ネットを通してつながってる友達みたいな感じ」
「つまり、チャットしてるみたいな?」
「うん、その認識でいいと思う」
そこで回答は終わったのか、無言で他の質問がないか促してくる。それに僕は首を振ることで答え、その意図を理解した説明役はすぐにその場からいなくなった。
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