第85話 攻防 その六


(まただ。)

 感じる。

 微睡みの海に浮上してきた意識を何かが刺激する。


(ご主人様の悪戯か! 気持ち良く寝ているのに!)

 怒りが、更に意識を浮き上がらせる。

(抗議してやる!)

 意識が微睡みの海から、浮上した。




 柱だったものを撃ち出すために咬ませた爪を、駆ける力を反発させる楔(くさび)に換える。


 白頭巾は、柱だったものを受けた代償として腕の痺れに始まり、体に広がるふらつき、そして足がよろけた。


 一足跳び。


 眼前に迫る銀の牙は、既に狂暴な右の爪を振り上げている。


 白頭巾は、その一撃を迎え討つための銀の短剣を上げる。


 刹那。


 瞬。


 秒。


「遅いですよ!」

 銀の牙の勝ち誇る声と共に振り下ろされた一撃。


『カィーン。』

 金属を弾く音を伴う。


 瞬。


 宙を舞う。


『カラン…。』

 持ち主を失った銀の短剣が床に転がる。



 瞬前。


 白頭巾が迎え討つ構えよりも早く銀の牙の一撃が、銀の短剣を弾き飛ばしていた。



 目的を果たした右腕。


 だが、左腕も遊んではいない。


 白頭巾の首を掴むと締め上げた。


 そのまま持ち上げ、銀の牙の顔と高さを合わせた。


 結果、宙に浮いた白頭巾の両の足は踏む場所を探すかの様に藻掻く。


 反撃。


 鉈で締め上げる左腕を斬る白頭巾。

 だが、それは力無く、巻かれている鎖と音を出すだけに終わる。


「ふん。」

 右の手首から先の振り。

 それだけで、鉈は弾かれた。


 そして、

『カラン…。』

 床と共演し音出した。



 口が、鼻が、頬が、目が、眉が、笑う。


 それらが、勝ち誇る笑い顔を作る。


「逃げないと思いましたよ。」

 勝利は口を軽くし、雄弁にする。

「お優しい貴女の事だから絶対にね。」


 返答の代わりは、両手で巻かれた鎖を力無く交互に叩く行為。


「従者等、捨て置けばよかったものを。」

 目を瞑り、首を左右に振る。まるで、残念だと言う様に。


 そう、あの時白頭巾がかわさなかったのは、後にいたペーターを庇っていたから。

 心がペーターの存在を教えていた。




 白頭巾が吊された状況。


「ど、どうしよう!?」

 慌てるレイモンド神父。

「こんな時は、教えてもらった深呼吸。」


 一度。


 二度。


 三度。


「出来る事を考えろ。」

 自分に言い聞かせる。

「考えろ。考えろ。」


「あっ!」

 思い出した。白頭巾に渡された銀粉の玉を。

 ポケットから小袋を出し確認する。

「よし。」


 次に、番号を付け並べた道具。


 殆どが、用途不明。


 だが、その中の一つが目に止まる。


 それは、小さめの銀のナイフを五本並べ、専用に革の帯に通したもの。


「これなら。」

 手に取り、あの小袋共々に胸に抱く。

「神様、どうかお助けください。」

 助けを乞う言葉だが、神父には勇気を振り絞る意味を持つ。


「白頭巾さん。今行きます!」

 踏み出す一歩。


 床を踏みしめる前に、視界を横切る。

「ペーターさん?」

 白頭巾と銀の牙を挟んだ王の間の反対側。

 磔の大岩の辺から駆け出す影。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る