第86話 覚醒


 楽しんでいる。

 それが、今の状況だと自分でも解っていた。


 このまま、左腕の力を増せば殺せる。

 右腕の爪を立てれば、仲間に出来る。


 それが一番解っているのは本人。


 だが、次第に力が失せ、苦悶の表情を浮かべるこの少女を見ていたいと、そう思う残虐な自分が現状を維持していた。

 この少女の運命を左右できる存在として。




 想定外。


 唐突。


 突如。


 突然。


 その事を表す言葉は数ある。



 苦辛(くしん)。


 激痛。


 倒懸(とうけん)。


 これは、そんな言葉では表しきれない。


 左の脇腹に炎を注入され、脳へと燃え移って行く。

「ガバッ。」

 その苦悶の声と共に体内を巡る炎を吐き出すかと思えた。



 血走る目。そう言うが、走っているのは怒りの炎かもしれない。


 焼ける痛みの根元(こんげん)を、怒りに燃える目が睨む。




 少し前。


 跳ね転がる石。それは、柱だったものであり、今しがた白頭巾に投げ付けられたもの。

 二本の刃によって受けられ、砕けた一つが、何かの意識に操られる様に、ペーターの頭へ直撃した。



「いて!」

 頭を抑えた両手。

 痛みにより完全に覚醒した。


「もう!」

 おまけのに怒り。


「ご主人様。悪戯は止めてと…。」

 自分の間違いに気付くまで、しばしの時を要した。


「ここは…。」

 見覚えのない場所での目覚めの反応は誰もが酷似する。


「痛てて…。」

 頭に当てた右手の平を見る。

「血は出てないな…。」


「えっ!?」

 驚いたのは甲の方。


「何これ…。」

 両手を裏面と反しながら確認する。


 そして、今度は両手を頬に当てる。

「何が…。」


 両手の平に触れる感触は『毛』。それも、フサフサの『毛』。それは、手の甲よりも深い『毛』。


「な、何が…。」

 問いかけるが答えるものはいない。


 目線を下げる。


 胸元にも同じくフサフサの『毛』。


 ズボンは上から触診。


 結果は、やはりフサフサの『毛』。

 自分の中には、疑問しか無い。


 見回す。



 その光景が目を釘付けにした。


 首を締められ、吊り上げられる白頭巾の姿。

 両足は藻掻き、宙を泳ぐ。



「!?」

 衝撃的過ぎる光景。それは言葉を忘れさせた。

 その上、その光景はペーターから更に自らに起きた異変さえ忘れさせた。


「ご主人様!」

 上げた声を両手で口に戻した。



 床に転がる鈍い光がペーターに囁く。

「あれは。」

 言うよりも早く立ち駆け出していた。



 これがレイモンド神父が見た駆け出した影である。



 走りながら身を低くし、鈍く光るものを手に取る。

「待っててよ。」

 両手で持ち、突進の構え。


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