第84話 攻防 その五


 脊髄が危険を脳へと伝える。『ゾクリ』という感覚を背筋を走らせながら。


 手段は選ばない。この場を離れられば。


 両足に後ろへ跳べと司令を出す。届くまでの時間が、またももどかしいと感じる。


 両足が床を蹴り、ようやく離れる。


 走るのは痛み。熱を持った独特の痛み。

 今の攻撃で、がら空きになった左脇腹から脳へと駆け抜けた。



 再び、足が床に着いたのはお互いの間合いの外。


 痛みに狼の顔が歪み、右手は傷口を押さえていた。



 焼ける痛みが、自らの驕り高ぶりを戒める。

(この娘は本物だ。)


(何か、無いか…。)

 白頭巾を見据えたままに、狼の広い視野を巡らせる。



(あった。)

 見付けた好機が表情に出ないよう必死で堪える。


 上半身はそのままの位置。下半身を後ろへと下げる。

 両の腕がゆっくりと床へ付き、両前足となった。

 それは、四本足の狼の姿。


 目は白頭巾を睨み付ける。


 そのまま、距離を保ちながら白頭巾を中心とし、ゆっくりと右へ周る。


 喉を鳴らし威嚇も忘れてはいない。


 対する白頭巾は右半身の構え。右爪先で銀の牙を追い正面に捉え続ける。



 視線で見えない線を引きながら、白頭巾を中心とした円を描き続ける銀の牙。


 その一人と一匹の行為は、銀の牙が壁の近くまで来た時、終わりを迎えた。


 銀の牙の右前足に軽く触れる柱だったもの。

 そこが、終わりの場所と足を止めた。


 合わせ白頭巾も爪先を止めた。


 刹那!


 銀の牙の左前足の爪が床を咬む、続き両後ろ足の爪も続く。

 残った右前足を振る。その使い方は腕。

 それは大人の頭程ある柱だったものを、白頭巾へ撃ち出す行為。



「また、石投げ?」

 そんなものは、十分にかわせる。脳が両足に跳べと指令を出す。


 しかし、心が跳ぶなと叫ぶ。


 脳と心の葛藤。


 結果。


 勝した心の叫び。


 脳が指令を変えた。


 左腕を前に両手を斜めに交差させ、鉈を前に銀の短剣と同じ斜めに交差させた。

 そして、両脚を床に踏ん張り、丹田(たんでん)に込める力。

 それは、防御の構え。


 交差した腕の隙間から見える銀の牙の笑い顔。




(やられた。私もまだまだだ。)

 そんな事を思う白頭巾を衝撃が襲う。


 放たれた柱だったものが、交差した腕に直撃する。

 幸いなのは、一番に当たるのが鉈だということぐらい。


 白頭巾と衝突した柱だったものは、砕け数を増やしながら飛び散った。



 床の二本の線。

 描いたの白頭巾の靴の裏。

 描かせたのは、銀の牙が投げた柱だったもの。

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