第62話 出立


「さあ、行きましょうか。」

「はい。」

「お昼ご飯は、三人で食べましょう。」

 笑う白頭巾に、

「では、お祝いも兼ねて腕によりをかけないとですね。」

 神父も笑顔で答えた。


 太陽はもう、人々が活動開始している時間の高さまで登っている。


 大きなバスケットを下げ、歩き出す白頭巾。その後に荷物を背負った神父が続く。

 ここだけ見れば、またピクニックの様だ。



 街を行き交う人は、新しい一日を希望と期待で始める。




「お早う。お嬢さん、神父さん。」

 街の人の忌憚(きたん)の無い朝の挨拶。

「今日は弟さんは居ないのかい

?」

 『どきっ』。それが神父の心臓の反応。

「今日はね。弟はお家でお仕事なのよ。」

「そうかい。そうかい。」

 今度は『ほっ』と胸ではなく、心臓を心の中で撫で下ろした。


「よかったら、また持ってくかい?」

 この前の朝市の女店主が、果物を勧めた。

「ありがとう。でも、これから神父さんのお仕事のお手伝いなの。」

 店主の目線に気付き、軽く頭を下げる。

「そうかい。そいつは残念だ。明日、弟とおいで。」

 満面の笑顔。

「ありがとうございます。ペーターが喜びます。」

 その笑顔が、店主を始めとする回りの人達も伝播した。


 ふと、

(これから、私達がやろうとしている事を、この人達が知ったら…。)

 その考えを払うように頭を振る神父。

 そして、

(そうか! この人達が知らなくていいように白頭巾さんは戦っているんだ。)

 気が付き、

(日常を護る。そうだったのか。)

 自然と胸が熱くなった。


「どうしたの?」

 独り悦に入(い)るところにかけられた声。


 少し照れながらも、白頭巾に、

「白頭巾さんは、人々の日常を護っているんですね。」

 小声で囁いた。


「えっ!?」

 驚き。

 そして、返すのも小声。

「そんなわけないでしょ。」

 否定。


「違うんですか!?」

 また、驚き。

「私はてっきり…。」

 落胆。


 束の間。


「では、何故…。」

 疑問。


「うーんとね。」

 思考。

「仕事だからかな?」

 答え。


「仕事ですか…。」

 不服。


「そう。これしか出来ないから。」

 そう言った白頭巾の笑顔が、この問答を終わらせた。



「では、また。」

 白頭巾のお別れの言葉で、朝市を後にする。

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