第61話 静寂


 放心。


 心ここにあらず。


 白頭巾の次は神父だった。


 白頭巾の言葉を聞き、今だ信じられない自分。


「…。」


「ん…。」


「さん…。」


「父さん…。」


「神父さん…。」

 次第に近くなる呼ぶ声。


「は、はい。」

「大丈夫?」

 白頭巾が覗き込んでいた。

「すみません。」

 右手で後頭部を押しながら謝る。


「また、荷物運びと弾の込め直しをお願いしたいんだけど…。良いかしら?」

「任せてください。」

 覚悟を決めるように、大きく頷く。

「助かるわ。」


「でね。これを。」

 荷物から小袋を取出し、中の一つを摘み出し見せた。

「これは?」

 それは大粒の葡萄の粒程の大きさのもの。

「中に銀粉が入ってるから、いざとなったら投げて。」


 あの時、指弾で打ち出したもの。

「解りました。」

 取り出した一つを小袋に戻し、そのまま神父に渡した。


「あっ。」

 思い出したように、

「投げる時は、足元を狙って地面に投げてね。」

「は、はぃ。」

 驚きの言葉。

 神父は相手に向かって投げるものとばかり思っていた。

「動く相手に当てるのは難しいのよ。」


 女人狼との攻防は当てる為の駆け引きだった。見ていれば直ぐに理解できたであろう。


「本当は隠れる、近付かない、逃げるが良いんだけど…。たぶん、そうも言ってられない状態だと思うのよ。」

「解りました。」

 覚悟を決め、小袋を上着のポケットに入れた。


「後ね…。」

 少し恥しそうに見えた神父。

「はい。」

「ご飯お願い。」

 落差。

 戦いの雰囲気漂う室内の空気が一気に和んだ。


「戦い後はお腹空くのよ。」

 恥しそうに見えた正体はこれのようだと。

「お婆さんからも食事は必ず取りなさいって言われてるし。」

 お腹を擦る。

「私しっかりご飯食べないと、頭がふらっとするの。」


 我々の言う[脳貧血]である。よく[貧血]と言われるものであるが、正確には[脳貧血]と[貧血]は違うらしい。



「解りました。」

 返事をしつつ、

(これからボス人狼との戦に挑もうというのに、お腹が空いたなんて…。この娘には、戦いはやはり日常なのかもしれない。)

 改めて思う神父。


「お願いね。私は道具を用意するわ。」

 そう言うと机の上に荷物を広げ始めた。




 静寂に音を付けるのは、料理と準備。


 無言で、それぞれの作業を行う。



 しばらく後。


 今度は、静寂に匂いが付いた。


 料理が発する美味しい魔力に魅せられ起きた事件。


『ぐーっ。』

 魔法にかかったのは腹の虫。本人の意志とは無関係に鳴いた。


 静寂を満たしたのは、気まずい空気。


 堪らず神父が、

「も、もう…。」


 いたたまれなく白頭巾が、

「あの!」


 同調するのは、神世の時代からの習わし。



「出来ました!」

 最後の味見。それが空気を変える魔法の一言となる。



「いただきます。」

 直ぐに食べ始める白頭巾に対し、御祈りを済ませてから食べる神父。

 ここ数日変わらない光景。


 不意に神父に浮かんだ言葉『最後の晩餐』。

 その考えを吹き飛ばすように頭を振り、食事を口に運んだ。


 こんな状況で喉を通らないと思っていたが、あっさりと胃袋へ入って行った。


「神父さん。」

 白頭巾が神父へ笑顔と共に、

「どんな時でも食べる。食事は血となり肉となる。それは人が生きる源、そして力の源。食べて元気を出すのよ。」

「はい。」

 続く、二人の食事。



「ごちそうさま。」

 白頭巾が食事終え、

「ごちそうさまでした。」

 少し遅れる神父も、最近の日常。

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