第24話 教会、再び


「そろそろ行きましょうか。」

 白頭巾はバスケットを抱える。



 前を行く白頭巾が、自分の思っていたのとは違う方向へ曲がった。

「あれ? 街の北側へ行くんじゃあ?」

 思わず声が出ていた。

「行く前に教会へ寄ろうと思って。」



 教会の前。

「神父さん。入っても良いかしら?」

「構いませんよ。」

「では。」


 中へ入るとバスケットを手近な椅子に置き、中から手の平サイズの筒を出した。

 その筒を目に当て、スルスルと伸ばす。


「あれは?」

 神父は好奇心に勝てずペーターに聞いた。

「あれは、遠眼鏡(とうめがね)だよ。」

「あれが、遠眼鏡ですか。聞いた事はありますが、実物は初めてです。」


 その会話の横で白頭巾は、遠眼鏡を使い天井を見ていた。


「やっぱり…。」

 ボソリと漏らした白頭巾。

「何か天井にあるのですか?」

 神父が聞いたのも当然だろう。


 白頭巾が神父に向き、

「こちら側の事は知らない方が幸せよ。」

 その言葉に、はっとした神父が見た白頭巾の顔は、いつもの笑顔では無く、暗い真剣な表情だった。


「とは言え…。」

 先程の表情が一変し、少女らしさが戻る。

「これからも、神父さんには協力をお願いしないとだし…。」

 考える姿はやはり少女そのもの。


「神父さん。これを。」

 遠眼鏡を渡し、

「あの辺りを見てください。」

 天井を指さした。


「おーっ。よく見える。」

 遠眼鏡が見せる初めての景色に驚き感動した。

「剥がれかかっているけど、円の中に何か描いてあるでしょ。」


 遠眼鏡で目的のものを探し当て、

「はい。何かの絵柄ですか?」

 それを絵柄と言わないのは、ゼロでは無く零(れい)の割合の人。そう、怪物退治の専門家と呼ばれる人達。[『零』には、極々僅かと言う意味があります。]

「あれは、私達だけが使う符丁(ふちょう)です。」

「符丁ですか。」

 その意味を考えた時に浮かぶのは疑問。

「えっ? 何故、あんなところに符丁があるのですか?」

「ジャン爺さんのお話にあった村人を殺した旅人は…。」

 神父の頭で全てが繋がった。

「お話の旅人は、貴女と同じ専門家…。」

「そう言うことね。」


 もう一度、遠眼鏡で符丁を見る神父。だが、意味など分かるはずもなかった。

「当時の事を符丁として、ここに残した。最初に見た時に、もしやと思ったけど…。お話を聞いてね、確かめに来たの。」

「まさか、昔にもこの街に怪物が現れていたなんて…。」

「もしかしたら、その怪物と今回の事件は繋がりがあるかもしれないわね。」

「えっ!? 話からすると、かなり昔の出来事では?」

 また驚く神父に、

「あら、数百年生きる怪物なんてざらよ。」

 悪戯っ子の様な笑顔で答える白頭巾。



「判ったのは怪物が『人狼』だって事。最初に、動く死体を見た時にピンと来たんだけど…。符丁で確信できたわ。」

「『人狼』って…。あの伝説の?」


 ひと呼吸置き、

「伝説っていうのは、真実を隠す一番良い方法よ。」

 神父の背中をゾクリと駆け上がったのは、怪物が存在したと判った恐怖か。目の前の少女が別世界の存在だと、改めて判った恐怖か。


「他にはありますか?」

 恐怖は好奇心を増すのだろうか? つい、聞いてしまう神父。

「うーん。もう少し、符丁があったみたいだけど。剥がれたりして、読めないものもあるから。」

 見上げた天井は確かにその通りだった。



 その後も天井を観察を続けた白頭巾は、また革表紙の本を出し記録を取り始めた。

「いつも記録をとっているのですね。」

 何気ない質問だった。

「えぇ。記録を残しておけば、次の世代に役立つでしょ。」

「そうですね…。」

 怪物との戦いは、終わる事が無いのだと神父は知った。


「それにね。私、時々記憶が飛ぶの。」

「えっ!? 記憶がですか…。」

「うん。お婆さんの話だと、小さい頃の病気が原因だとか…。」

「…。」

 聞いた自分が返す言葉を失った神父。



 パタンと本を閉じ、

「行き…。」

 割り込むように、聴こえてくる子ども達の元気な声。

「マーシュ神父様ですね。」

「そう、ですね。」

 白頭巾の質問に答えた神父。


「行きましょ。」

 改めて言った。


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