第7話 彼女
彼女から駅で逃れて電車に乗った。珠理ちゃんと一緒にいるととても疲れる。初めて昨日会ったからではなく、今まで見えないものを見せられたからだ。あと行動がとても大胆で女子高校生とは思えないほど隙だらけだ。たぶん僕のことを犬かなにかと思っているからに違いない。そうだと気が付いているのにいちいち心と身体が反応してしまう。10年分のエネルギーを使い果たしたみたいだ。
いまだに肩に乗っている感覚がある。今まで気にしていなく見えていなかったのに、見えるって言われただけで、こんなにも感じてしまうのか。
いくら田舎であってもこの時間帯はすし詰め状態だ。同じ制服を着た人で一杯だ。
この中に何人の幽霊がいるのだろうか。僕には分からない。きっと珠理ちゃんにはこの何倍もの人がいるのかと思うと、かわいそうだ。
電車で30分ぐらい揺れると、席はスカスカだ。町からさらに田舎に向かう電車に乗っているから当たり前だが人がどんどん減っていく。古びた無人の駅が最寄駅だ。今日は僕以外に2人降りた。疑心暗鬼でこんな田舎に降りる人間は全員幽霊に思えてしまう。
古い家ばかりだ。ビルとかマンションはなく、この辺りで2階建て以上の建物は、お金持ちの石川さんの3階建ての一戸建てぐらいだ。
かと言って、自然にあふれているわけではない。クマや鹿が出てくることはない。居るのは野良猫、野良犬、ハクビシンぐらいだ。集落の周りに田畑があり、ちょっと離れたところの国道沿いの大型店が並ぶ、中途半端な田舎だ。何もないわけではないが、中途半端に存在する。いつもそう思いながら、家まで10分ほど歩く。
それぞれの家から、明かりが漏れる薄暗い路地を歩いて帰る。人は居るけど、ひとりである。今、この状況で幽霊に出会っても、頼れる人が居なく、家まで逃げ切らないといけないと思うと、とても怖い。そんなことを思うのは、自分以外の足音が聞こえている気がするからだ。
少し早歩きになり、珠理ちゃんのことについて考えた。別に珠理ちゃんではなくてもいいのだが、彼女のインパクトが強くて気を紛らわすには最強だと思ったからだ。
まずどうして彼女は、あんなにも可愛らしいのか。おめめがクリクリである。あんな子猫のキャラクターどっかで見たことがある。それにあの長く美しい絹のような髪、身長150㎝とくれば完全に美少女だ。しかし、同い年の人たちより経験値が高いことが分かる。人の何倍苦労してきたのだと一緒に居て痛いほど分かる。
彼女はときどき暗くなる。過去のトラウマを思い出したみたいに、そして、その暗さを隠すかのように、にこにこ笑いながら冗談を言う。まだ出会って、ほんの少ししか経っていないのに、ここまで分かってしまうのは、珠理ちゃんが純粋に感じたこと感じたまま行動に移しているからなのかもしれない。
もしくは、彼女の過去があまりにも暗いからかもしれない。
毎日どこでも幽霊が見えるなんて信じられない。例え、幽霊よりも人が怖いとしても。
いつの間にか家の鍵を開けていた。当たり前だが部屋は真っ暗だ。誰も居ない。家に帰るとまず電気をつけてすぐにテレビの電源を入れる。寂しいからだ。音量を上げて自分の部屋で着替える。しっかり笑い声が聞こえる。
昨日作ったカレーを温めテレビの前に座り食べる。これが日常だ。親が休みの日は、一緒に食べるのが落ち着かなく嫌だ。
もしもと考えるがそのもしもの想像ができない。これ以外の生活を生まれてこのかたしたことがないからだ。
カレーを食べ終え、皿を洗おうと台所へ向かおうとすると、チャイムが鳴った。その場で足を止め、音を立てないようにした。幸いにもテレビはニュースをしていてそこまでうるさくない。もう一度チャイムが鳴った。変わらずそのままいた。きっとまた保険の人だろう。
もう、珠理ちゃんのところの保険会社に入ったと言えば、帰ってくれるかもしれないが、まだ契約書を書いたわけではないから、また長々と話を聞かされるかもしれない。昨日みたいにポストに名刺を入れて帰ってほしい
ガチャっと音がした。
そして、ドアが開く音がした。
親が帰って来たのだと思ったが、そんなはずはない。鍵を持っているからわざわざチャイムを鳴らす必要はない。もしかして泥棒。手に持っていたカレーの皿をソファーの上に置いた。
「達也さん、佐藤達也さんいますよね。」
聞き覚えのない男性の声が聞こえた。逃げ切られるように部屋の窓を開けて、スマホを片手に玄関に向かった。
「どうも、達也さんですね。」
そこには背の高い男性が居た。話し方は腰の低いのだが、何かこちらを憎んでいるように殺気がある。
「すみません。鍵が開いていたもので。」
嘘である。鍵を忘れるなどありえない。靴を履いたまま家に入ってしまうよりありえない。怪しいより怖い。それにこの人ひとりじゃない。後ろに何かがいるようだ。
「今日は、娘が大変お世話になりました。」
優しく聞こえた。顔の表情がよく分からない。
「いえいえ、そんなことはありません。」
適当に応えてしまったが、誰の何を言っているのだか。脊髄を舐められたみたいに寒気が襲った。人ではない。そう確信した。となると娘というのは、チーちゃんのことなのか。幽霊に親はいるのかと疑問に思ったが、そうとしか考えられなかった。
「ところで、娘のことをどう思います。」
なんだいきなり、ここで答えを間違えると命を失う気がする。
「とても、可愛らしいと思います。」
震えながら言った。吹雪のように彼からの視線を感じるが、決して顔を上げない。彼の白と黒色のブランド物のスニーカーだけが目に入っていた。
「そうだろう。今が一番カワイイ時だ。」
とても嬉しそうだ。やっぱりチーちゃんの親だと確信した。
「そうですね。まだ幼いですね。」
たぶんまだ、間違えてないと思う。
「そうだなあ。」
空気が変わった。さっきまで真っ黒だった男性の後ろにいくつもの顔が見えた。笑っていたり睨んでいたり無表情だったり、顔だけが見えた。
「そんな娘にお前は何をした。」
胸ぐらをつかまれ壁に押さえつけられた。
殺される。生まれて初めて本気で思った。抜け出そうともがくも全然離れない。
「何をしたんだ。答えろ。」
彼が声を荒らげるたびに、空気が大きく振動するのが分かる。
「何もしてません。何もしてません。」
とても早口で言った。ぶるぶると唇が震える。
「嘘をつくなあ。正直に言えば許してやる。」
絶対嘘だ。しかし、このままだと片手で首を絞められる。
「彼女が膝の上に乗ってきたのに、気が付かなかったんです。床に頭をぶつけてしまって、すみませんでした。」
「お前の膝の上に乗せただと。」
「あと、カバンの中に入れたのは、僕じゃなくて友達で、それに娘さんも喜んでいましたよ。」
息継ぎせずに言い切った。
「カバンに入れた。」
ため息みたいに言った。静かになった。無音とはこのことを言うのだろう。耳が痛くなる静寂。それは一瞬だった。
「殺す。」
その言葉は直接、頭の中で言われたようだった。鬼のように睨みつけ右手を首に当てた。だんだん力が強くなって絞められているのが分かる。
もう死ぬのか。よく分からない幽霊に殺されるなんて、こんなことなら早く幽霊保険に入っていればよかった。死ぬ前というのは、こんなにも時間がゆっくり流れるのか。ゆっくり苦しんでいくのが分かる。
「やめて、パパ。」
彼の力が弱まり支えきれなくなった僕は、壁に沿ってゆっくりと崩れ落ちた。聞いたことがある可愛らしい声の方を見て、ゆっくりと目を閉じた。
「珠理ちゃん、どうしここにいるの。」
男は撫で声を出して彼女に甘えた。
そっちかと思い後悔した。遠くで彼女たちが話すのをニヤニヤしながら聞いた。
「達也君、ごめんね。」
はっと目を開けると彼女がいた。制服を着ていて何だか安心した。
「私のパパがごめんね。何か勘違いしちゃったみたいで。」
「何のこと?ていうかどうしてここに居るの?」
寝言みたいにムニュムニュ言った。
「話すと長くなるから明日話すね。パパが待っているの。いいよね。」
うんと頷くしかなった。そのまま玄関から出た。
忘れ物を取りに帰るように戻って来た。
「それとチ―ちゃんにお礼言っておいてね。そこに居るから。」
「そこにって、僕見られないから。」
疲れていて呂律が回らない。
「見えるでしょう。膝の上。」
重たい瞼を無理やり広げた。
「ホントだ。見える。どうして、何した?」
ただ、大声を上げた。徹夜明けみたいにテンションがおかしくなっていた。
「私?何もしてないけど、ただパパがねえ。ちょっと力出しちゃったから。このあたりの霊の強さが強くなっているの。」
良く見れば、知らないおじいちゃんがそこに立っていた。白い杖を突いた白髪のおじいちゃんだ。店のマスコットキャラクターみたいに扉を開けてすぐのところに立っている。
「大丈夫よ。2、3日で見えなくなるから。」
そういうことではないけど、何も言えなかった。頭が混乱していた。
「それにこれで分かるじゃない。誰が霊感を持っているかって、ハンコ押してもらってね。なるべく早く。」
じゃあねを押し付けて外に出て行った。
「ちょっと待って。」
彼女は笑顔で手を振ってドアを閉めた。
僕の混乱した顔が気に要らないのかチーちゃんは僕のほっぺを上に押し上げた。その真剣な顔がおかしくて笑ってしまった。
杖の付いたおじちゃんがまだ立っていた。こんなにもはっきり見えていれば幽霊と思わないかもしれない。でも、幽霊が見えない人には全く見えないらしいから、おじいちゃんに反応したら霊感あり確定だ。
たぶん、もう少しで帰ってくるはずだ。ドアにしっかり鍵をかけ、玄関で待つことにした。あぐらをかきチーちゃんを太ももの上に乗せる。足をばたつかせて、ときどきこちらを上目遣いで見る。かわいなあと思っていると、突然の睡魔が襲って、気を失うように寝てしまった。
気が付くと自分の体に毛布が掛けられていた。玄関の電気は消え周りは暗闇だった。相変わらず玄関にはおじいちゃんが立っていた。親は寝てしまったらしい。やっぱり思った通りだ。ハンコを貰うのはまだ時間がかかりそうだ。
ベッドで眠ろうと立ち上がるがずっとあぐらをしていたせいで足がしびれてよろけて壁に顔面をぶつけた。
腰が痛い。自分の部屋に行く前に、遺影に手を合わせた。いつもと同じ顔で彼女は応えた。
部屋に行くと電気もつけずにベッドの上に倒れた。そういえば彼女はどこに行ったのだろう。
ふと、枕の横にはいつもない何かがあった。とても柔らかくまるで生きているみたいだ。それを優しく抱え布団の中に入れた。お休みと言い彼女の頭に手を置いた。
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