第6話 光
「じゃあね、また明日。」
綾香ちゃんと校門の前で離れて、珠理ちゃんとふたりきりで駅に向かった。
「肩大丈夫?代ろうか。」
と聞くと
「見かけによらず優しいのね。」
と返されただけだった。そのまま歩くことにした。
学校と駅の間にある橋を渡っていると彼女が急にはしゃぎ出した。
「うわ、きれい。ねえ、私の肩に手を置いて。早く。」
200mほどある長い橋のほぼ真ん中で車は横を通るが歩道には僕たち以外居なかった。太陽はすっかり山の向こうに消え、余韻のような明るさが広がっている。彼女の黒髪を触れないようにしながら、彼女の小さな肩にちょんと手を乗せた。もう慣れてしまったのか、すぐにできた。
「見える?」
彼女が指さした川上の方には街灯の明かりが見えた。もちろん、水の上なのだからそんなはずはないのだが。
「もっとくっついて。腕を回して右肩に手を置きなさいよ。早くしないと消えちゃうから。早くして。」
彼女に言われるまま、左肩から右肩に手を移した。さっきまで気にしていた彼女の髪が腕全体に触れる。彼女の顔がすぐ横にあり、息の音が聞こえる。彼女独特の干したての布団のような体臭が草の濡れたような独特の匂いと混ざって僕を刺激する。
何も考えないように意識して彼女に言われるまま遠くの水面を見た。
「きれいでしょう。」
自然にため息が漏れた。宇宙の終わりのような暗闇の中に無数の光が眩い美しさを放っていた。その一つ一つの光は太陽の何倍もの明るさがあるのに、六月の終わりのホタルのような淡く儚い光に見えた。その光は初め水面を踊るようにゆらゆらしていたがだんだんと上へ登っていった。ある程度の高さ以上には完璧な暗闇が広がっていた。消えてしまうと、まるでもともと存在していなかったかのように思えた。
「あれは。幽霊が死ぬところ。幽霊っていうのは未熟な魂のことなの。幽霊が死ぬってことは、新たな生き物が生まれること。」
耳元で囁いた。そう言われると、さらに美しく思えてきた。ひとつひとつ自分の意志で光っているだからこんなにも心が奪われるのだろう。愛情のような温かいものが頬をゆっくりと伝っていく。涙がこんなにも綺麗なものなのか始めてそう思った。
何分経ったか分からない。1時間と言われても1秒と言われても納得するだろう。ただこれだけは言えた。生きていて一番有意義な時間だと。
光が消えた後も彼女から離れられなかった。
車が後ろを通るたびに邪魔な光が目をくらましていたのだと気が付き、数日遠出をして帰ってきたみたいに、目の前の景色が久しぶりに感じた。
彼女が少しこちらに首を向けた。完全に横を向けると僕の頬にキスしてしまう。トントンと生まれたての子供を撫でるみたいに優しく僕の頭を叩いた。僕はゆっくりと彼女から離れた。
鼻の頭に付いた彼女の長い一本の髪の毛を右手でそっと掴んだ。それを大切にポケットに入れた。
何事もなかったように歩き出した彼女に感じた悲しさと欲求を帳消しにするために。
橋を渡り終えるとすぐに信号で止まった。さっきまでのあれは何もなかったことにしようと別に約束したわけでもないのに一切話さなかった。夢でもみたのかと勘違いするぐらい無かったことになっていた。乾いた涙が目尻にこべりつき、それを爪で取る痛みを感じた時に夢じゃなかったと実感できた。
感情が高揚してきた。とにかく何かを珠理ちゃんに話したくて仕方なかった。
咳をするみたいに勝手に話しかけていた。
「気になっただけど、どうして写真部なの?他にも、あると思うけど。それに幽霊が見える部員を集めたいならオカルト部が似合っていると思う気がする。」
彼女がこちらを見た。顔色一つ変えていない彼女を見て悲しかった。もう気にすることをやめた。彼女の言うことを頭の中にメモを取るように聞いた。
「別に、私は幽霊を見える人を集めたかったわけではないのよ。純粋に写真が好きで、みんなで写真を撮って見せ合いしたかったただそれだけ。」
「普通の女子高生みたい。」
彼女の発言があまりにも普通だったのでとても嬉しく思った。彼女自身は幽霊ではないんだなあと思ったからだ。
「ニヤニヤ笑って。気持ち悪い。そうよ。私は幽霊が見えるだけのごく普通の女子高生よ。」
「幽霊が見えるだけで普通じゃないけどね。」
ふたりでほほ笑み合った。信号が青になり歩き始める前のほんの少しだったが純粋に嬉しかった。
「昔から写真が好きだったの。」
「僕も写真は好きだよ。思い出をいつまでも残せて、思い出すこともできるしね。」
「そうそう。そこに居る幽霊たちがしっかり写るし、みんなで思い出が共有出来るしね。」
「え?」
驚きのあまり声が漏れた。
「え?」
なぜか彼女も驚いていた。
「また、幽霊?」
「私が写真のことを好きな一番の理由は、幽霊が見えない人に幽霊を見せられるからよ。」
そう言った彼女の横顔口元が緩んでいるのに何だか寂しそうだった。
写真を通してじゃないと、幽霊が見えない人と共有できないから。僕はそう思った。
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