第3話 2018年9月18日 午後一 東京都港区高輪 鴉鷺商事本社 サバイバルコンペティションフロア テーブルテラス 苦慮
事態は最悪の一言に尽きる。サバイバルコンペティションフロアはただパニック、いや、どうにも収拾が付かない様だ。業務管理部からの販売規則遵守が適用され、納品が遅れに遅れている。機器の警報システムによって、発注スタンバイになるが、ここにどうしてもユーザーの注文書を付けろと来た。まるで話にならない。発注システムがいきなりセミマティックになっては、業務管理部が承認しなければ、手続きが全て止まる。
俺は意を決し、サバイバルコンペティションフロア角の窓際のテーブルテラスで、俺と業務管理部の蓮実課長と差しの会話に持ち込む。相手の対面は重んじなければならない。
業務管理部の蓮見課長が、愛くるしい丸めがねを上げながら、宣う。
「三船君ね、これ何度も皆に言ってるんだけど、本社部門の実務は全員派遣社員なんだよ。ここ痛い程、そう分かってるから。確かにね、一々発注一件毎の注文書貰えだなんて、無理は分かってるんだよ。でもね、派遣社員の総意で社会通念上のコンプライアンスに反する事は出来ませんって。本当何でここでだよ、私だって困ってるんだよ。そこは漏れ無くさ、ユーザーから毎月まとめて貰ってるから大丈夫って言ってるよ。でもね、どうにも頑ななんだよ。ここ、派遣会社三社の幹部とも膝詰めて話してるんだけど、どれも同じ最悪の回答だよ。社会通念上のコンプライアンス厳守。派遣社員がどうしても無理強いさせられようものなら、他の派遣会社に行くと聞かないんだってさ。ここ本当困るよね。業務管理部だけじゃなくて、コールセンターも、ITセンターも、サービス品質部も、うちの鴉鷺商事の実務部隊がごっそり抜けられたら、鴉鷺商事は破綻なんだよ。まあさ、景気が悪いと最適化とかで関係会社に正社員送り続けた悲劇がここなんだよ。そう三船君さ、ここ今は理解してくれないかな。取り敢えず一件一葉で発注著貰ってくれよ、頼む、お願い」
そうは言われても、鴉鷺商事のサバイバルコンペティションの売上げは全社の80%を占める。その一件一件の単価が高いのなら多少は楽だが、実際は手売りに近く、その都度の夥しい発注書はただ激務を極める。
鴉鷺商事の元は古めかしい通信製造機器メーカーだったが、ミレニアムのITバブルの需要に応えるべく、各社からの資材調達にも必死になったおかげで一気に飛躍した。そのおかげで俺も安定した一部上場会社に入社出来た。
俺も今でこそ大手ユーザーの、データーベース構築管理とか発注予測とか商品手配とかの販売補佐しているのだが、元は売れないどうしようもない営業で、後に販売促進に配置された。でも、だからこそ奮起も有り、日々、社会人になっても勉強は欠かさなかった。
入社から8年、大型書店と呼ばれた所に足繁く通い、遊興費を削っての書籍購入、遊ぶ時間を削っての勉強。これが、よくある無駄な努力にならなかったのは、とことん積み重ねたからだろう。大学を終えて勉強が止まった連中に比べれば至極当たり前ではある。
話は戻る。
その派遣社員の反乱。首謀者があいつなのは分かっている。業務管理部の孫紅華。
国際交流社員が、キャバクラのアルバイトしたらバツが悪いのは察する。見るからに美人が誰にでも媚びるのを見られたら焦るのも分かる。そして、国際交流社員の日々から何れは日本人と結婚して日本国籍を得るべく必死であろう。
何を焦る孫。副職としてキャバクラ嬢を申告して、税金をしっかり収めれば良い話だが、きっとこれは余罪があり、同士と共に鴉鷺商事で反乱している証しなのだろ。バツが悪い以外に、闇は深いか。
俺の真顔を見て、蓮見課長がただあんぐりして、そして。
「ええと、三船君、話が長かったね。ねえ、ここは頑張ろうよ。ともしびホテルプロジェクトなら大丈夫。ヘッドバンキング通信プロジェクトの又佐課長程大言壮語ではないし、東京2020調達プロジェクトの阿川課長代理みたいに暇を見つけては検証室で仮眠してないし。そう、リボーン銀行プロジェクト滝沢女史主管の様に毎日私を困らせないで欲しいな。いやそれが本当辛い。ねえ三船君、君の発注予測プログラムなら、何とかこの状況を回避出来る。頑張ろう。ねっつ、」
そう言う事なのである。この上下も無い自由さ。古めかしい通信製造機器メーカー筈であった鴉鷺商事は、サバイバルコンペティションフロアに限っては限りなく自由が利く。
あれか、細かく上げれば切りがないが、最近の困りごとは滝沢女史主管の露出が多くてただ困る。本人は全く意識の微塵も無いらしい。確かに今年の夏は熱かったが、透明なプラスチックのブラの紐を露出しては我関せずとばかり闊歩するのも如何であろうか。その姿で、リボーン銀行各支店にどう通っているかは、ああ冷房効きすぎるから、作業ジャンパー着てるし、それなら最初から羽織って下さいだ。
まあ、こんな事を考えていると、俺にも容赦なく和泉女史のハリセンが飛んで来るのでここまでにする。でもなブラ紐がか。
透かさず座に割込むショートボブが揺れる女史が来た、ああまさかだ。
「ちょっと聞こえたよ、蓮見課長。何を人の悪口切り出しては、三船を丸め込もうとしてるのさ。業務管理部の力量不足を押し付けないで貰えるかな。なあ、三船なあ、それともあのシステムにすっ飛ばすか」
「滝沢さん、阿川課長代理がソースを書いて、デジタルアナログ込みのモジュールをマルチメディアコピー機に増設し、発注書の読み込み判別を可能にしましたが、翌朝にはハックされました。アフリカ諸国からのサプリのスパムFAXで、スキャン追いつかずフリーズです」
「何だ、それは、」
「まあ、あれだね。鴉鷺商事は官公庁の仕事も多いから、押印は確実。平成初期には偽造も跋扈していらしいが、今時そんな事やったら警察に送り込まれるから、普通にやり取りした方が良いよ。サバイバルコンペティションフロアはね」
「だったら、三船、あっちは。あっちしか無いよ」
「新造アプリ、アメージングエクスプレスウェブサービスのシステムは駄目そうです。完全デジタル移行ですけど、まだまだアナログの取引先がいて、普通にFAX使った方が早いです。そもそも発注書だけ差し込みモジュールに、常時100人ユーザーのレンタル料金は割に合いませんよ」
「甘いな、三船君さ。そこはアメージングエクスプレスウェブサービスに事例紹介でバーターさせてロハにするんだよ。私がアメリカ本社にペラッペラで電話するよ」
「滝沢さん、それどう言う事例紹介ですか。我が社がピケされて、物理ハッキングされたので、サブシステム全開ですの笑顔爆発ですか。その笑顔で、俺は照れるべきですか」
「はん、やなっこった。そう言うのじゃなくて、三船の、の、の、そう言う所はまるで嫌いだな」
まあ、この滝沢女史主管には相変わらず何も言えない。基本女子の大塊なので、まるで底に辿り着けない。丁重に止める。そして、次に来るのは、忙しくて美容室に行けない俺に髪を切れとか、今晩プロジェクト交流会で飲みに行こうの、さあ、どちらだ。
滝沢女史主管、自らの髪をくしゃりと、ただ朗らかに。
「三船、髪長くなると、自然とウェーブ感出るんだな。ムースでちゃんと流せば、かなりモテるぞ。いや髪そのもの跳ねてるから、ちょいちょい毛先整えようか。リクライニングルームでコミュニュケーション取ろうぜ」
「仕事中ですし、和泉女史と鉢合わせになったら、またどえらい喧嘩になりますよ」
「別に、三船が私の味方になれば良いだけだ。三船は説教系苦手だろう。いや理詰めで返せるだろうけど、それ心地よい睡眠取れなくなるから、止めようよ。そもそもで言えば、和泉女史が有給の時に親密な打ち合わせすれば良いか。よし」
よしにも凄い情念が乗ってくる、こう言うのが俺の心地よい睡眠を妨げるのだが。いや、良いアドバイスもあるので聞いておきます。
それを見送ってか、滝沢が足を組み替えながらローファーの爪先で、さり気なく俺のふくらはぎを撫でる。このままのモヤモヤで俺の席に戻ったら、和泉女史が滝沢女史主管に猛抗議に行くのだが、さてと思った矢先に、滝沢さんがファイリングを持って検証室にまっしぐらに駆けた。それで良いと思います。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます