同じ名前でも味が違うビール? 「まなニャンは知っています」
・一話完結スタイルです。
・気になる種類のビールやお店のお話からどうぞ。
・ふんわり楽しくお気軽に。難しいことはほとんど出てきません。
今年の春から社会人になった”舞浜みつき”は、ビール好きの教育係”常陸野まなか”から、日本には大手メーカーが作る以外にもいろいろなビールがある事や、その場で作られたビールをすぐに飲めるお店が身近にある事を教えられる。
そんなみつきが、ふんわり楽しくお気軽に、先輩や同僚たちといろいろなお店でいろいろなビールを飲むうちに、いつのまにかビールの知識がついたりつかなかったりする物語。
§ § §
「ん──」
職人技のビールや、手作りのビールなどを意味するクラフトビール。そんなクラフトビールがたくさん飲めるビールバー、通称ビアバーのカウンターで、常陸野まなかはスマホを手に何やら悩んでいた。
まなかの横で不思議そうな顔をして、まなかを眺めているのか、舞浜みつきである。みつきの教育担当がまなかであり、2人とも会社の寮のお隣同士という縁もある。
「まなかさん、どうされたんですか?」
「……ええと……。多分、なんだけど、これ、頼んだのと違うビール……じゃないかな?って……」
「えっ?! じゃあ変えてもらわなないとじゃないですか!!」
驚くみつきを、まなかが慌てて止める。
「いいの! お店のみんな、忙しくしてるし。それに……みつきちゃんだって間違えること、あるでしょ? これが何か当てるのも……楽しいんだよ?」
少し俯いて、はにかみながら言葉を選ぶまなか。
「そっかー、そういうビール好きならそういう楽しみ方もあり、なんですねー」
「うん……自分の好きなお店なら、少しでも忙しい時は負担にならないようにっていうか、応援できればだし……ね」
「なるほどー。そういうものなんですねー」
謙虚な様子を見せる姿に、今なら聞いてもいいかな?と、みつきはいままで聞きそびれていた疑問を投げてみた。
「そういえばまなかさん、ビールを飲みながらよくスマホ触られてますけど、なにされてるんですか?」
思わず投げかけられた質問に、まなかの表情がじんわりと変わっていく。最初は、もしかして後輩を退屈させてしまったのではという反省。そして、もしかして自分の姿が変なのではという恥ずかしさ。最後は、とは言え後輩の質問には答えなきゃという決意。
「ええと……いままで飲んだビールを、記録、してるの……」
「えっ!? もしかして全部ですか??」
驚くみつきに、スマホを片手に少し恥ずかしそうにまなかは俯く。ちょうどそこに、集中していたオーダーを片付けて、店員の川越毬花が戻ってきた。
「あっ、もしかして、まなニャンメモのこと話してる?」
赤くなって更に俯くまなかの代わりに、毬花がにやにやしながら説明を始める。
「うちで扱ってるクラフトビールはね、各地のブルワリー、あ、醸造所っていう、お酒を作るところね。その作り手さんが毎回工夫しながら作ったりしてるんだけど、作り方を変えて味が変わっても、そのビールの名前が変えないところもあるの。だから、まなニャンは毎回メモっているの」
「ってことは、味が違うのに同じ名前のビールがあるってことですか?」
驚いた顔を浮かべたみつきに、毬花はおどけて言葉を重ねた。
「まなニャンは知っています。ビールの名前が同じでも、味が違うことがあることを──」
「あ、マリ姉それ、ぼーっと生きてんじゃねーよ! っていうセリフの番組ですよね。ちょっとネタ、古くないですか(笑)」
「えー? 古くないよ」
多少は流行遅れの自覚があるのか、タハハ顔で毬花は続ける。
「ちなみに、名前が全く変わらないビールもあるけど、第2版とか第3版ってつけたり、西暦をつけることもあるよ。全然違う名前になることもあるの。そもそも、提供する温度が違うだけで香りや味が変わることもあるし、同じビールの樽の飲み始め、真ん中、最後で味が違ったりするものもあるよ」
「ひゃー、もうそれ、何が何だかわからないです。しかも、味の好みの違いも考えたらもう、どうしたらいいのか……」
みつきがもうお手上げだという表情を浮かべると、ちょっとからかいすぎたと思ったのか、いつものやさしい笑顔の毬花に戻った。
「自分が美味しいと感じられればいいのよ、なんだって! 名前も味もいろいろあるように、飲み方だって人それぞれでいいの。好きなように楽しんで、ね」
「はーい! あせらずに、お気に入りを探しますね!」
「うんうん、よいお返事です」
恥ずかしい思いからようやく復活したのか、まなかが顔を上げ、何か聞きたそうな顔で毬花を見つめている。
毱花はテンションそのままでまなかに向き直った。
「はい、次に質問がある子はー……じゃあ、まなかくん!」
毬花の先生口調に、まなかも応える。
「せんせー、もしかしてこのビール……2番?」
「ん? ……あっ、もしかしてそれ!! ごめん、間違えてる! まなニャン、20番って言ってたもんね! それ2番だ。ほんっとごめん! すぐ変える!!」
そう畳み掛けつつ手を合わせる毬花に、まなかはおどけて返す。
「いいのよ、自分が美味しいと感じられたから。このままで……。ちゃんと2番って当てられたし」
「もー、それさっきの私のせりふじゃーん。あっ、ちょっと待っててね」
まなかの優しさを感じ取って毬花はほっとした表情を浮かべると、同じくおどけて感謝の気持ちを返す。そして、何かを思い出すとキッチンの奥へと向かい、いそいそと戻ってきた。
「これ、お詫びのしるし。新作メニューを試作してたんだけど、もしよかったら……」
そこまで小声でこっそり言い残すと、毬花は料理の載った小皿を2人の前にそれぞれ置いて、他のテーブルから呼ばれ、カウンターを離れていった。
「わ、おいしーですよこれ!」
早速手を伸ばして平らげたみつきは、嬉しそうな笑顔を浮かべつつ、先ほどまでの会話を思い返して、自分もメモを取ったり、飲んだことがあるビールも、また頼んでみようかなあと考えるのだった。
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