第24話 主人公

「……宗兄? なんであんなに辛そうな顔してるんだろう」


 宗兄の顔はまるで死人のように青ざめている。

 歩いている方向の先には部室棟があるから映研部に向かっているんだろうと思うけど、一体どうしたと言うんだ?

 何か有ったんだろうか?


「あっ、宗兄……え?」


 死人のような顔の宗兄が悪の秘密基地に続く林の中にいる俺に気付いたようで、チラリとこちらを見て目が合った。

 俺は挨拶をしようと笑顔で声を掛けた途端、宗兄は急にまるで俺から逃げるかのように走り出してしまった。


「一体どうしたというのかね?」


 いまだ俺の手で頭を掴まれている芸人先輩が俺の動揺を察してか声を掛けてきた。

 さっきまで嬉しそうに喘いでいたのに、なんかいつもの尊大な悪の科学者チックな喋りに戻ってる。

 こんなの放っておいて今すぐ宗兄に逃げた理由を聞きたかったんだけど、なんだか決戦の日の生徒会室での芸人先輩の事を思い出して理由を言わないといけない気になった。

 なんだかんだ言って、芸人先輩って物事を達観してるところが有って、あの時も俺にとって的確なアドバイスをしてくれたんだよな……認めたくないけど。


「いや、廊下を歩いていた宗兄が突然走り出して……」


「宗兄……あぁ萱島君の報告にあった『滝井宗助たきいそうすけ』の事か。ふむ……」


 それだけ言うと芸人先輩は顎に手を当て何かを考え込みだした。

 アイアンクローしたままなのに器用だな。

 けど、考える様な事があるって事は、何か知っているのかな?


「どうしたんですか? 何か心当たりでも?」


「ん~~生憎と彼のことは全く知らん」


「なんだ。思わせぶりだから何かあるのかと思いましたよ」


 ちょっとがっかり。

 しかし、あの辛そうな顔……何か力になれる事はないんだろうか?

 やっぱり追っかけるか。

 俺は芸人先輩をホールドしていた手を離すために緩めようとした時、芸人先輩が口を開いた。


「どうするつもりだね?」


 俺はその言葉の意味を捉えかねて手を離すのを止め芸人先輩を見る。

 どうするって……どういうこと?


「そりゃ追いかけて訳を聞くんですよ」


「やめときたまえ。それはお勧めできないよ」


「お勧めできないって、なんでですか?」


 芸人先輩の真意が全く分からない。

 辛そうにしている友人に手を貸すのは当たり前じゃないのか?

 そりゃぬらりひょんのように生きてきた今までだったらいざ知らず、この街に帰って来て、そして美登勢さんと幸一さんのすれ違いから生まれた辛く悲しい御陵家の因縁を解決した今は、宗兄のあの辛そうな顔を見て放っておけないよ。


「私の眼は現在牧野くんの手に覆われて滝井宗助の逃げた姿を見ることは出来なかったが、先程の言い方だと君を見て逃げたのだろう?」


「えぇ! だからこそ理由を聞かないと。何か困ったことが有れば手を貸せるかもしれない」


 そうだ、みんなが言っているじゃないか。

 実感こそ無いけど皆して俺のことを『全自動攻略機』だって、『俺に助けられている』って!

 だから!


「おいおい、君は自分のことを何でも思い通りにできる物語の主人公か何かと思っていないかい?」


「なっ! ……」


 返す言葉が出ない、今の今そう思い切っていた。

 実感が無いと言いながら、皆がそうだと言っていたから……恥ずかしい。


「そ、それは……」


「『それは』なんだい? あぁ、それはあながち間違っていないよ。君はちゃんと主人公さ」


「止めて下さいよ。今それ反省しているんですから」


 なんだよ全く、否定しておきながらそう言うなんて意地悪だなぁ。

 う~~確かに最近色々と大変な事が何とかなったから調子に乗っていたよ。


 と自己嫌悪に陥っていると芸人先輩が左手をパタパタと横に振り出した。

 突然なんなんだろうと思ったらどうやら俺の背中の居場所を探しているらしい。

 手を離して走り出そうとちょっと右手を伸ばし気味な状態でアイアンクローをしていた為、千林一族ほど小さくはないものの同年代の女子平均より小さい芸人先輩の短い手じゃ俺の身体にと手が届かないようだ。

 意図は分からないけどなんか俺に触りたいらしい。

 身体を近付けた方がいいのかなと思っていると芸人先輩が怒り出した。


「ちょっと! 遠いよ牧野くん! 折角背中を叩いて励まそうとしているのに」


「励ますってなんですか。さっきの先輩の言葉が正しいです。俺ちょっと最近調子に乗っていました。ごめんなさい」


 俺がそう言うとパタつかせていた左手を戻し腕を組み始めた。

 そして少し溜息を吐くと喋り出す。


「ふぅ、さっきの言葉は私が悪かったよ。今言った通り君は主人公さ。これは間違いない。今この学園に渦巻く流れの中心は君なんだ。校門での演説から始まり伝統に縛られていた部活動写真や全校集会の部活紹介を変えた君を全校生徒が注目している。御陵家に纏わる真相を知らずともね? これを主人公と言わずしてなんと言うんだい」


 それはそうかもしれないけど、それら全て俺だけの力じゃない。

 俺の力だけだったら美都勢さんを説得できたとしてもそれは救済とはならなかった。

 そもそもこんな言い争いをしても仕方無い。

 本当に宗兄が心配ならすぐにでも走り出したらよかったんだ。

 けど、それが出来なかったから……芸人先輩と話を……ううん、違うな逃げてしまったんだ、俺も。

 だってあの宗兄の顔はとてもショックだった。

 俺を見てとても辛そうな……そして目に恐怖浮かべている悲痛な顔を。

 心がズキンズキンと痛む。

 だからその痛みを誰かに慰めて欲しかったんだと思う。


「そんなすねないでくれ。言い方が悪かった。私の悪い癖でね、ついつい問題点だけを掻い摘んで話してしまうんだよ」


 そう言いながら俺の右手をポンポンと叩く。

 あぁそろそろ手を離して欲しいのかなと思って力を緩めると、両手でガシッと俺の右手を抑えてホールド状態を維持しようとした。

 そしてグイグイと力を込める。

 え? もしかしてこの状況でもっとアイアンクローをして欲しいとでも言うのか?

 やっぱりこの人はMなんじゃあ?

 俺は大人しく右手に力を込めてアイアンクローを継続した。


「問題点? 問題点ってなんですか?」


 俺のアイアンクロー継続に満足したのか両手を離して再度腕を組みだした芸人先輩は俺の問いに答えてくれた。


「ふむ、先ほども言ったように君を見て滝井宗助は逃げて行ったのだろう? と言う事はだ。まだ君の出番じゃないと言う事さ」


「俺の出番?」


「ああ、そうさ。物語には『起・承・転・結』と言う流れが有る。そして彼は君を見て逃げ出した……これは所謂『起』に当たる。それなのにいきなり君は『結』を求めているだろう?」


 芸人先輩の例え話の言い回しはよく分からないけど、解決出来るなら早い方がいいじゃないか。

 それだけ苦しむ時間が短くなるんだし、なにより宗兄のあんな顔なんて見たくない。


「確かに君ならば無理矢理『結』に持って行くことが出来るかもしれない」


「光善寺先輩が何言っているか分かりません。それに俺にそんな力は……」


 さっきまで俺ならどうにかできるんじゃなんて自信が有ったけど、そんな自信は芸人先輩本人にポッキリ折られちゃったからね。

 俺に出来る事なんて……。


「そりゃ君だけの力じゃ無理だろう。けど君はそんな無理な状況を乗り越えて御陵家を救ったじゃないか」


「あれは俺だけの力じゃないですよ。俺を信じて力を貸してくれた皆のお陰……あっ、そうか」


「分かったかい? 君は周りを助け、そして周りが君に力を貸す。そして大きな力になっていくんだ。それが君の力だよ」


 それが俺の力と言うのは言い過ぎだと思うけど、入学してからの二週間で俺は知ったじゃないか。

 俺一人の力じゃなく皆と力を合わせないといけないって。

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