第22話 ツンデレ

「なんなのよ! 皆して! そいつの何処が良いって言うのよ!」


 とうとう混乱が頂点に達した様で千晶ちゃんはその場で絶叫した。

 その言葉はとても正しいと声を大にして俺は言いたい。

 いいぞ! 千晶ちゃんもっと言ってやって!

 キミだけがこの場で正しい思考を持っているんだから。

 実際は俺の事を貶されているんだけど、なんだか千晶ちゃんを応援したくなってしまった。


「千晶……あなたもいずれ分かる様になるわ」


 肩で息をしながら涙目になっている千晶ちゃんに千歳さんが諭すように言葉を掛ける。

 その声には母親の慈愛の籠った優しい……って、そんな声色で何を言ってるんですか千歳さん。

 最低限嫌われなくさえなれば、あなた達程分かって貰えなくていいですよ。

 と言うか、俺自身あなた達が理解出来ないですし。


「もう! もう! 皆してなによ! ぐすっ……ぐすっ……みんな大っ嫌いなんだから!!」


 母親からのによって、千晶ちゃんはそう叫んだかと思うと玄関に向かって走り出した。


「ちょっと! 待ちなさい千晶!」


 千歳さんの呼び止める声も空しく玄関から扉が閉まる音が聞こえて来た。

 どうやら外に出て行った様だ。


「ど、どうしよう。千晶を怒らせちゃった」

「ママがあんな事言うから」

「でででもも〜ホントの事だもん」

「そ、そりゃ光一の良さは知って欲しいぞ」

「うんうん」


 残された千林一家は千晶ちゃんが怒って出て行った事実に訳の分からない事を言いながらおろおろとするばかり。

 何なんだこの小動物達。

 と言うか千歳さん、普段は千林フェイスながらとても頼りになる大人な雰囲気を醸し出してると言うのに、何でウニ先輩達と一緒になって突然親猫の姿を見失った子猫みたいにテンパってるんですか。

 外弁慶ですか? もしかして普段もこんな感じで千晶ちゃんに迷惑掛けたり面倒見てもらってたりしてませんか?

 なんか容易に想像出来て千晶ちゃんの苦労を偲んでしまいそうになる。 


 ダメだ! こうしちゃいられない!

 頼りにならない千林一家にこのまま任せておけないとばかりに俺は千春さんを両脇から抱え上げ足から降ろし立ち上がった。


「どうしたの牧野君?」


「どうもこうもないですよ。追いかけて謝らなくちゃ」


 俺はそれだけ言うと玄関まで走った。

 今ならまだ間に合う筈だ。

 すぐに追いかけて謝らないといけない。

 俺の所為で千林家の幸せを壊しちゃいけないんだ!


 ……何よりこのままこの場に留まり続けるのは怖すぎる!

 唯一まともな思考の千晶ちゃん戻ってきて!





「ど、どっち行った?」


 玄関を飛び出した俺は周囲を見回して千晶ちゃんの姿を探した。

 ここは閑静な住宅街。

 最近都市計画によって整備されたようで、道幅は広く見通しが良い。

 しかし、その反面幾つかの似た様な家が一塊になって碁盤の目ように並んでいる為、そこを曲がられると土地勘の無い俺では探すのは難しいだろう。

 千晶ちゃんが逃げ出してからそんなに時間が経ってないし、何とか後ろ姿だけでも追えたら……。


「あっ! 居た!」


 少し離れた曲がり角に人影消えていくのが見えた。

 一瞬だったけどその人影が着ていた服は千晶ちゃんの服の色だ。

 何しろ先程まで逆に追い駆けられる立場だった手前、遠くからでも千晶ちゃんの接近を察知出来るように服装や髪形は記憶にバッチリ残っている。

 あのたなびく髪も千晶ちゃんに間違いない!

 俺は千晶ちゃんが消えた曲がり角に向かって走り出した。



 (外見的)異能の千林家の血を引くとは言え、何故かどこからどう見ても一般人と変わらない外見の千晶ちゃんは、その見た目通り普通の身体能力の持ち主なのでそんなに足は速くない。

 やっぱり身体能力まで異常なのはドキ先輩だけみたいだ。

 だからさっき逃げ切れたんだしね。

 案の定俺は全力ダッシュで曲がり角を曲がると、走っている千晶ちゃんの後姿を見付ける事が出来た。


「おーーい! 千晶ちゃーーん! ごめんよーーー!」


 千晶ちゃんの後姿に向かって俺は大声を出して謝った。

 声は聞こえたのだろう。

 千晶ちゃんが走りながらこちらをチラと振り返る。


「バカッ! 恥ずかしいから近所で私の名前を大声で言うなーーー!!」


 千晶ちゃんは俺に向かって叫んだ。

 う~ん、そりゃそうだ。

 同世代の男に謝りながら追われているのをご近所さんに見られたら絶対変な噂が立つよな。

 友達に見られたりなんかすると恥ずかしくて死にたくなると思う。

 本当に一々千晶ちゃんの言葉は至極真っ当な物に聞こえる。

 千林一家や涼子さんに千晶ちゃんの爪の垢を煎じて飲ませてやりたいな。



「俺が悪かったから話し合おうって!!」


「追いかけて来るな!! 私の事はもう放っておいてよ」


 名前は言わない様に謝りながら走る俺。

 そして追い掛けて来るなと言って逃げる千晶ちゃん。

 そんな二人だけど、速力の差から距離は徐々に狭まって来た。

 あと少しで追いつくぞ。


 そりゃ本気で走ればあっと言う間に追いつけるんだけど、追いついたからと言って安易に触れちゃったりしたら『痴漢!!』とか叫ばれる事が予想される。

 そうなったら一巻の終わりだ。

 誰かが聞き付けて警察に通報されちゃうよ。

 だから俺の呼び掛けに応じて立ち止まってくれる事を期待しているんだよね。

 いや、まぁ怪しい男が女の子を追いかけてる事自体が傍から見ると完全アウトなんだけど。


「キモい! キモい! あっちいけっ!! お前なんか死んじゃえ!」


 追いかけるのを諦めない俺に対して、千晶ちゃんはとうとう直接的な悪口に切り替えて来た。

 どこにでも入り込んで誰とも適度な友好関係を築き揉め事を起こさないのをモットーにぬらりひょんスキルを磨いてきた俺としては、こんな幼稚な悪口なんて全然効かない……。


「ぐふぅっ!」


 あれれ? 心がとても痛い。

 なんだかむっちゃ効いてるぞ?

 なんでだ? 今までも引っ越し先での心無い非難なんか気にせずにぬるっと仲良くなってたじゃないか。

 それにこの街に帰ってきてからも、ギャプ娘先輩との出会いや校門での演説事件、それに部活写真巡りに御陵邸での直接対決。

 数々の悪意の籠った言葉にも耐えて来たと言うのに。


 そ、そうか! 今まで俺が対峙して来た人間は俺と同年代以上の人間ばかりだった。

 千晶ちゃんと言う年下の女の子から『キモい』なんて言う直接的な悪意がこもった悪口を言われたのは初めての経験なんだ。

 それに全く知らない相手ならいざ知らず、知り合いの妹と言うそれなりの接点を持つ近しい存在と言うのも影響しているんだと思う。

 多分傷付くのを恐れて閉じていた心の扉が、最近の数々の出来事によって開いて来ている事も大ダメージの理由なのだろうな。

 と言う事で千晶ちゃんの悪口は俺にとって効果抜群だったようだ。

 心が痛い……。


 そのまま膝から崩れ落ちそうになるのを何とか踏み留まる事に成功しまた走り出す。

 うううっ、このタイムラグの所為で距離が開いてしまったよ。


「バーーカ! バーーカ! キモ男ーーー!!」


 自分の悪口によってダメージを受けている俺を見て気を良くしたのだろう。

 千晶ちゃんは小悪魔みたいな顔をしてちらちらと振り返る度に更なる悪意の鉄槌を俺に打ち付けてくる。

 俺に対して初めて見せた笑顔がこれってのはなんだかなぁ~?


「ぐっ!」


 だ、大丈夫だ。

 今の彼女は俺がダメージを受けている様子を見て楽しんでいるだけだ。

 言葉に込められた悪意は先程よりは若干薄いので何とか耐えられる。

 俺の走るスピードはあからさまに落ちてはいるけど。


 千晶ちゃんはここぞとばかりに俺を引き離そうとスピードを上げた。

 俺も引き離されまいとスピードを上げるけれど、少しばかり心が折れかけており思った様に足に力が入らない。

 う~ん、今日はもう説得諦めようかな?

 このまま追いかけっこしても埒が明かないし、それ以上に彼女を説得出来る気がしないんだけど。

 皆が俺の事を全自動攻略機とか言う不名誉なあだ名で呼んだりするけど、あれはたまたま幸運が重なっただけで、千晶ちゃんみたいな普通の女の子相手にはこんなもんだ。

 攻略なんて烏滸がましい事この上ないよ。


 千晶ちゃんが逃げるのは俺が家に居るからだろう。

 『今日は帰る』と声を掛けたら、彼女も逃げるのを止めるんじゃないかな?

 そして家に帰っておかしくなっている千林-ズ+2の洗脳を解こうとするだろう。

 今日の所はそれでいいや。

 俺は走るのを止めて千晶ちゃんに今日は帰る事を伝えようと声を掛けた。


「おーーい……って、前見て! 前!」


 丁度千晶ちゃんは十字路に入ったところだった。

 相変わらず俺の方をチラチラと振り返っおり、前方どころか左右も碌に確認していない。

 俺達が走っている縦路に対して、交差する横路の方が広く脇に歩道も造られているようだ。

 信号は無いんだけど、それなりに車通りも多いだろうに確認せずに飛び出したら危ない……。


 そう思った瞬間だ。

 十字路の横からけたたましいトラックのクラクションが聞こえて来た。

 突然の事に驚いた千晶ちゃんは音の方を見て恐怖に顔を引き攣らせて立ち止まった。

 そしてそのまま動かない。

 どうやら恐怖で身体が硬直してしまったようだ。


 それを見た俺は考えるより早く身体が反応して足を思いっ切り踏み出し跳んだ。

 間に合え! 間に合え!!

 俺は全身の力を振り絞り走る。

 たかが十数メートルの距離がとても長く感じる。

 目に映る情景はまるでスローモーション。

 ここ最近何度か経験した意識だけが集中し過ぎてる状態だ。


 くそっ! 俺の身体! もっと早く動けよ。


 身体が思う様に動かないもどかしさの中、クラクションとそれに被さる急ブレーキの音だけは認識出来た。

 それは目の前で固まっている千晶ちゃんに確実に近付いているのが分かる。


 そうだ! 母さん(心の悪魔)だ!

 出て来てよ母さん! 力を貸して!!


 神にでも祈る思いで俺の心が生み出した(と思ってる)母さんに向かって叫んだ。

 今までいくつもの窮地をソレで乗り越える事が出来た。

 今回も……。

 思い込みでも妄想でも何でもいい! 千晶ちゃんを救えるのなら!!


 『はい。母さんよ』


 来たっ!! 母さん力を貸して!

 知り合いの妹がトラックに轢かれて死んじゃう!


 『あら、それは大変ね。じゃあ身体のリミットの外し方を教えましょう。だけど二~三日は筋肉痛で動けなくなるわよ』


 お願い!! それくらいの代償で千晶ちゃんを救えるなら安い物だ!!

 俺は母さん(心の悪魔)の希望の光の様な言葉に安堵した。


『分かったわ……って、あら? どうやら必要無さそうね。じゃあ気を付けてね』


 え? 母さん? 必要無いってどう言う事?

 ちょっと! 消えないでよ!!


 急に母さん(心の悪魔)がそんな言葉を残して意識から消えてしまった。

 再度出て来てもらおうと呼び掛けたが全く反応が無い。

 やっぱり妄想は妄想だったんだ。

 分かってはいたけど、こんな事って……。

 なんとかなると思ってしまった分、落胆が大きい。

 俺は絶望の海に放り投げられた。


 トンッ。


「え?」


 自分の所為で千晶ちゃんが死ぬかもしれないと言う絶望によって目の前が真っ暗になっていた俺の背中に何かが触れた。

 まるで誰かが優しく送り出してくれるような、そんなタッチで俺を背中を押された感触。

 その瞬間、俺の肥大して加速した意識に身体が追い付いて来た様な錯覚に囚われる。


 違う! 本当にスピードが増してる!!

 流れる景色もすごい勢いで俺を通り過ぎていくぞ!!


 これならトラックより早く千晶ちゃんに間に合いそうだ。

 もしかして誰かが背中を押してくれたって言うのか?

 いや、今そんな事は関係無い!

 一秒でも早く千晶ちゃんの元へ!!


 正体不明の力によって加速した俺はとうとう十字路に差し掛かった。

 そしていまだ道路の真ん中で固まったままの千晶ちゃんを、迫るトラックより早く肩に担ぎ上げてそのまま走り抜ける。

 本当はお姫様抱っこをしたら格好良いんだろうけど、さすがにそんな余裕は無くまるで米俵を担ぐみたいになってしまったのは仕方無いよね。



「馬鹿野郎ぉぉーーー!! あぶねぇだろがーーーー!!」


 背後からトラックの運転手と思われる男の怒号が聞こえて来てそのままトラックは速度を上げて通り過ぎて行った。

 止まって文句を言いに降りて来るかと思ったけど、幾ら飛び出しとは言え俺達が怪我でもしていたら車の運転手にも前方不注意の過失責任は発生するから逃げたんだろう。

 まぁ俺には怪我は無いし、千晶ちゃんは……。


「千晶ちゃん! 大丈夫? 怪我は無い?」


 よく考えたらまるでラグビーのタックルの様な速度で抱きかかえたんだ。

 必死だったからもしかすると何処か怪我をしたかもしれない!

 俺は声を掛けながら千晶ちゃんをゆっくりと地面に降ろした。


「本当にごめん。俺が追いかけたばかりに怖い目に遭わせちゃって……。何処か怪我してない?」


 俺はもう一度千晶ちゃんに声を掛けた。

 しかし千晶ちゃんはまだ恐怖で放心しているのだろう。

 俺の事をじっと見たまま固まっている。

 どことなく顔が赤いのは痛みを我慢しているからだろうか?


「千晶ちゃん? 大丈夫? どっか痛い?」


「え? あっ……、だ、だだ大丈び……大丈夫です」


 少し覗き込むように顔を近付けながら再度優しく声を掛けると、やっとフリーズが解けた様で弾けた様に俺から離れながら更に顔を真っ赤にした千晶ちゃんが慌てふためいている。


 なんか噛み噛みだな。

 しかし、そんなに飛退かなくても……。

 俺が顔を近付けたのが嫌だったのかな?

 ちょっとショック。


 う~ん、助ける為とは言え、抱きかかえた事を怒って『痴漢~』って大声出されたらどうしよう?

 もう一度謝っておくか。


「千晶ちゃん、ごめ……「ありがとうございます!!」


 俺が謝ろうとした瞬間、千晶ちゃんは大声を出して頭を下げて来た。

 良かった~! 急に大声出すから一瞬びっくりしたよ。

 一応助けた事に感謝してくれているんだ。


「いや、元を辿れば俺が悪いんだから、お礼なんて良いんだ」


 俺の言葉に千晶ちゃんは頭を上げて俺を見詰めて来る。

 目を潤ませているのは、まだ少し恐怖が残っている為だろう。

 もう大丈夫と安心させてやるか。


「本当に千晶ちゃんが無事で良かった」


 俺はこのまま仲良くなれるようにと、飛び切りの笑顔で千晶ちゃんに微笑んだ。

 すると俺の思惑とは異なり、千晶ちゃんはプイっと顔を横に向けてしまった。

 あれ~? 顔を背けられたぞ?


「ち、千晶ちゃん?」


「な、なんでもない! ……です。きょ、今日はありがとうございました。で、でもお姉ちゃんの事は……。お姉ちゃんとの仲は認めた訳じゃないですからね」


「あっ、千晶ちゃん」


 千晶ちゃんはそう言ってまた走り出してしまった。

 俺は声を掛けて止めようとしたけど、今度は十字路の手前で一旦立ち止まり左右を確認してから渡ったので声を掛けるのを止める。

 来た道を戻ったと言う事は、多分千林家に帰ろうとしているのだろうしね。

 俺はゆっくりと歩きながら遠ざかっていく千晶ちゃんを追う事にする。


「しかし、確かあの時誰かに押された様な気がしたけど。あれは何だったのかな?」


 丁度十字路にさっきとは違うトラックが走って来ているので、俺はそれが通り過ぎるのを待ちながら、いまだ背中に残る感触の事を思い出していた。


 なんだったんだろうね? 本当に。

 必要無いと言って消えて行った母さん(心の悪魔)だけど、実際は無意識に身体のリミッターを外す事に成功していたのかな?

 普段使っていない筋肉が動き出したから、それが誰かに押された様に勘違いしたのかも……。

 それにしちゃ、なんかとっても小さい手の感触だったんだよな~。


 そんな事を考えながら十字路の向こうを走っている千晶ちゃんの後姿を見守っていた。

 また車に轢かれそうになったら危ないもんね。


 その時、視界の隅に何か違和感を覚えた。

 なんだろう? と思い、そちらに目を向ける。

 するとそこには……。


「あれ? 千歳さん……?」


 十字路の向こうにある小さな曲がり角になんと千歳さんが立っていた。

 正直パッと見全員同じに見える千林家だけど、やっぱり重ねた歳の影響だろうか先輩達と千歳さんでは醸し出す雰囲気が少し違う。

 千歳さんは化粧も相まって大人な女性って感じがするからね。

 あそこに見えるのはそんな大人な雰囲気を纏っている千林ーズなので多分千歳さん。

 一瞬俺達を追い駆けて来たのかと思ったんだけど、何処か様子がおかしい事に気付いた。

 娘を心配して追い駆けて来た割には通り過ぎた千晶ちゃんには目もくれず俺の方を見て微笑んでいる。

 それにさっき千林家で会った時は髪はフワッとパーマで白いブラウスと黒のスカートの姿だったんだけど、曲がり角に立っている千歳さんは和服を着て髪を結い上げていた。


 外に出て行った俺達を追い掛ける為に外出着に着替えたのかな?

 けど和服って着るの大変なんじゃなかったっけ?

 それに追い駆けるのに和服は無いよね?

 一体何なんだ?


 目を凝らして確かめようとした瞬間、目の前をトラックが通り過ぎて行く。

 道路の向こうの千歳さんに集中していた所為で、驚いた俺は慌てて後ろに飛び退いた。


「うわっ! びっくりしたぁ~。……え~と、千歳さんはと……? あれ? 居なくなってる」


 帰ったんだろうか? そう思った俺は千歳さんを追い掛ける為、十字路を渡り先程まで千歳さんが居た曲がり角まで走った。

しかし、曲がり角の先には既に千歳さんの姿は無い。


「あれ~? おかしいな? ……まぁいっか。俺も千林家に戻るとしますか」



 少し納得出来ない所も有るけど、俺は千林家に向かって歩き出す。

 この後、何事もなく無事に千林家に辿り着いた俺は、結局夕飯までご馳走になった。

 千晶ちゃんもちゃんと先に家に帰っていて安心したよ。

 ……まぁ一度も目を合わさずに口もまともに聞いてくれなかったけどね。

 たまに目が合うとやっぱりプイっと横を向いてしまう。

 それでも悪口言われたり逃げられたりしなくなっただけでも良しとするか。


 それに帰る時には『もう来なくていいけど、来たかったら来れば良いわ……別に歓迎しないけど』と言ってくれたし。

 最初に会った時のままなら絶対『二度と来るな』で切って捨てられていたと思うから、かなり前進したと言えるだろう。

 良かった良かった。



 そう言えば千歳さんは俺が出て行く前の格好のままだった。

 ちなみに他の千林ーズも和服なんてのに着替えているのは居なかった。

 追い駆けて来たか聞こうと思ったんだけど、ついタイミングを逃してしまって聞けなかったな。

 今度聞いてみよう……と思ったけど、次の日皆に黙って勝手に千林家に行った事がバレた俺は、生徒会の皆に責められたのでその事をすっかり忘れてしまった。



 俺がその着物の人物の正体を知ったのは暫く後の事となる。

 本当に恐るべし千林一族……。

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