第80話 繋がっている
「あ~そう言えば忘れてた! ごめんなさい~、今日急に女子会する事になっちゃったのよ! だから夜来れないの。う~出来立ての牛すじ楽しみにしてたのに~」
焼飯を頬張りながら涼子さんが思い出したように頬を膨らませて言って来た。
その頬は不貞腐れたからですか? それとも頬袋ですか?
そっか~、ちょっと残念。
お姉さんも夜は町内会の会合が有るって言ってたし、黄檗さんは追い込みで忙しいらしいし、今晩は俺一人だなぁ。
ここ最近必ず誰かが夜に居た所為で、ちょっと寂しく思う。
「そうなんですか。残念ですが大量に作りますからね。ちゃんと取り置きしときますよ」
出来立てじゃないけど、明日はもっと味が漬かって美味しくなるだろう。
その為にも腕によりをかけて作らないとね。
皆の喜ぶ顔を想像して俺はやる気を奮い立たせた。
「牧野くんは優しいわ~。本当大好きよ」
「ブフゥッ! 急に変な事言わないでくださいよ!」
涼子さんの不意打ちに俺は顔が火照って来るのを止められない。
さっきの好きって言いかけた事も加わって激しく動揺してしまった。
そんな俺を見て涼子さんは『フフフ』と笑っている。
もう! 純情な俺をからかって!
「本当に涼子さんは冗談ばっかり言って! 牛すじ煮込み無しにしますよ!」
恥ずかしさのあまり俺はそう言って立ち上がり台所に向かった。
あの場に居たらゆでダコになってしまうよ。
後ろから涼子さんが涙声で『ごめんなさ~い』と謝ってるけど、無視無視。
この人って本当に懲りないよね。
まぁ、実際はそんな事しないけどね。
さて、牛すじ煮込みの再開だ!
牛すじは既に2回目の油抜きに入っている。
ここでしっかりと油を抜いておかないとギトギトのドロドロになって大変なんだよね。
最初は油抜きすると旨味まで逃げてしまうかと思ってしなかったんだけど、作る途中で後悔したんだよな。
灰汁と牛脂で味噌を混ぜようとしても、溶いた味噌の大部分が灰汁や牛脂に絡め取られてしまって、灰汁取りの時に味噌まで取っちゃうんだよ。
その後が本当に大変だった。
薄くなった味を調えようとして調整に失敗してとんでもなく塩辛い牛すじ煮込みになってしまった悲しい思い出……。
その時はまだコンニャクを入れてなかったんで、本当に救いの無い料理になってしまったんだ。
まぁこの時のトラウマで肉じゃがの時に不覚にも醜態を晒してしまったし、コンニャクに対する思い入れも強くなったんだよ。
さぁ、その救世主であるコンニャクの下ごしらえだ。
まずそのままだったらちょっと臭いので、軽くお湯で茹でる。
本当に軽くね。
その後、キッチンペーパーで拭いて表面の水分を取ってから、塩をまぶしてゆっくりと力を入れて手で握る。
ちぎれない様に気を付けながらギュッギュと握って水分を抜いていくんだ。
ある程度水分が出てきたら、それをキッチンペーパーで拭き取って、また塩をまぶして握りしめ水分を抜いていく。
これを何回かすると、ちょっと細長くしおしおとなったコンニャクが出来上がる。
そして出来たコンニャクを適当にちぎってボールに入れておく。
こうすると、よく味が染みて美味しいコンニャクになるんだよな。
そのままだと含んでる水分が邪魔して味がなかなか浸透しないからね。
里芋は今の季節旬じゃないので冷凍の水煮を買って来た。
便利だよねこれ。
昔何度か自分で湯掻いたけど、泥を落とす時もシンクが泥だらけになっちゃうし後片付けが大変だった。
泥臭さが良い所では有るんだけど、最初の時なんて泥さMAX過ぎてダメだった。
だから最近は冷凍の水煮を使っているんだよね。
基本的に俺は、しなくていい苦労はしない主義だ。
……いや、最近の俺が言う事じゃないか。
乙女先輩が言うように最近の俺は人生ハードモードを爆進中だしね。
いや、別に望んでる訳じゃんないんだけどね。
本当にどうしてこうなった?
「そう言えばあたしの漫画読んでくれた?」
俺が冷凍の里芋を袋のまま軽く水に晒して解凍していると、涼子さんが突然そんな事を聞いて来た。
あ~、そう言えばデビュー作の冒頭数ページ読んだ以降手を付けてなかったよ。
一昨日色々とネタバレされたしすっかり読んだ気になっていた。
「え、あぁ、あのちょっと最近立て込んでてまだデビュー作の1巻だけなんですよ」
しかも冒頭の数ページだけどな。
「え~、そうなの? まぁ仕方無いか。最近忙しかったもんね。落ち着くまで待ってるわ。生徒会のお仕事頑張ってね」
ちょっと不満気だけど、俺が大変と言う事を分かってくれているみたい。
楽しみにしてくれているみたいだし、月曜日に全てが終わったら気合いを入れて読んでみようか。
さて、全部の下準備が終わったぞ。
大鍋に水を半分くらい入れて沸騰させて具を入れる。
そして出汁とお酒と醤油と砂糖を具が完全に漬かるまで入れる。
後は落し蓋してローリエを入れて、中火で暫く煮る。
いや、ローリエ入れる意味が良く分かってないので、必要かは分からないけど何か俺の煮込み料理にはチョコ玉子とローリエはセットなんだよ。
鍋に灰汁と油が浮いて来たら、それを掬い取る。
あれだけ油抜きしても、まだ出てくるんだよな。
これを取らないと、あの悲劇の再現になるから頑張らないと。
「うん、そろそろ良いかな?」
俺は灰汁が浮き上がらなくなった鍋を見て満足して頷く。
そしておもむろに味噌をオタマに乗せて菜ばしでかき混ぜながら溶き入れる。
もうローリエ邪魔だから取っておこう。
よし、後は弱火でコトコト煮て、たまに落し蓋取ってかき混ぜよう。
もう少し煮詰まったらチョコ玉子の出番だけど、それまで休憩だな。
「牧野くん出来たんじゃない? とってもいい匂いよ? ちょっとだけ味見させて!」
居間に戻ろうと振り返ったら、そこには涼子さんが至近距離で立っていた。
いつからそこに居たんです?
「まだですよ。チョコ玉子も入れてませんし、全然煮詰まってもいないので味も薄いからダメです」
俺は欲しそうな顔をしている涼子さんに対して、心を鬼にして味見を拒否した。
だって完成した美味しいのを食べて欲しいしね。
その後、無事にチョコ玉子を入れ終えて、最後の仕上げに差し掛かったところで、涼子さんのタイムアップが来てしまった。
う~ん、あとちょっとで完成だったんだけど、用事なら仕方無いか。
涼子さんの話では今日の用事とは新刊発売のお祝いと、俺の部屋に来るきっかけとなった缶詰状態の原因である手伝いドタキャンのお詫びを兼ねての女子会との事だ。
優しい友達に囲まれて良かったですね。
手伝いドタキャンはそのような事態をを招いた涼子さんの所為でも有るんですけどね。
でもそのドタキャンが無かったら、ここまで涼子さんと仲良くなる事や黄檗さんに出会う事も無かったので、俺に取ったらある意味恩人と言えるのか?
「牧野くーん! お昼ご馳走さまね~。」
「はい、気を付けて行ってらっしゃい。ちゃんと取り置きしておきますから安心していてください」
涼子さんはそんな挨拶しながらも、眼だけはしっかり鍋を追っていて名残惜しそうに帰って行った。
もうちょっとで完成だったから、少しぐらい味見させてあげても良かったかな?
いや、多分一口食べたらもっともっとと言って最後まで食べ兼ねないからなあの人は。
「コーくん、あたしも会合の準備が有るし帰るわね。明日また来るわ。牛すじ煮込み楽しみにしてるわね」
「うん、美味しいの作っておくよ」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
誰も居なくなった部屋の中にはテレビの音だけが流れている。
休みの日のこの時間、必ず誰かが居たので見慣れた部屋の中なのにいつもより広くて、とても静かに感じた。
ふと寂しさが心に広がり、俺は少し体を縮こまらせた。
一人になって、こんな気持ちになるのはいつ以来ぶりだろうか。
家に一人で居るのは慣れっこな筈だ。
引っ越し続きで親が不在なんてのは日常茶飯事だった。
だから夜でも家に一人で居るのは慣れっこな筈だ。
だけど、なんでだろうか? 今はとても寂しく感じる。
俺は弱くなってしまったのだろうか?
ピロロン、ピロロン
一人寂しさに震えていると、スマホのSNSアプリの着信音が鳴り響いた。
急いでスマホを手に取りメッセージを確認する。
生徒会グループからのメッセージのようだ。
緊急連絡用に登録していたのだが、実際にメッセージが送られてきたのはこれが初めてなんだよな。
誰からだろう? 何か急用でも有ったのかな?
◇――――――――――――――――――――
みゃー:こーちゃん元気?
――――――――――――――――――――◇
この登録名は宮之阪からのメッセージだ。
俺が寂しくて落ち込んでる事が分かったのだろうか?
まさかね。
◇――――――――――――――――――――
あぁ元気だよ。どうしたんだ?:こーいち
みゃー:こーちゃん今週いっぱい頑張ったから
疲れてるかなって思ったの。
――――――――――――――――――――◇
「なっ!」
そのメッセージを見て言葉を失う。
この不意打ちはダメだろう。
俺は込み上げて来る感情に目頭が熱くなった。
◇――――――――――――――――――――
昨日は美味しい寿司も食べたし:こーいち
元気いっぱいだよ。
――――――――――――――――――――◇
それに、お前の言葉のお陰だよ。
◇――――――――――――――――――――
みゃー:そう! よかった~!
――――――――――――――――――――◇
あぁ元気になった。
ありがとう、みゃーちゃん。
◇――――――――――――――――――――
るみるみ:こら~みやっち! 一人で抜け駆けは
アカンで~!
みゃー:そんなんじゃないって! 汗
くるみん:やっほー牧野くん元気~
千夏:こんにちわ。牧野くん。昨日はご苦労様。
いよいよ明後日ね。頑張って!
ち~ちゃん:僕も応援してるからね!
千夏:千花です。姉貴の使ってます。俺も応援
してるんで頑張って!
るみるみ:あっ! 皆ずるい! いい子ぶって!
あたしも応援してるで~
みゃー:勿論私も応援してるね!
――――――――――――――――――――◇
俺はスマホの画面に次々と流れる皆からのメッセージを読む事が出来なかった。
だって、涙で滲んでいたから。
……でも、これで大丈夫だ。
俺は一人じゃない、こうやって皆と繋がっている。
気が付くと先程まで俺の隣に居た寂しさは何処かえ消えていた。
◇――――――――――――――――――――
ありがとう! みんな:こーいち
――――――――――――――――――――◇
一つ残念だったのは美佐都さんと橙子さんの二人が来てくれなかった事かな?
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