第66話 腑に落ちた

「だ、ダメよ。だって公言するなと言われてるし。特に美佐都には伝えられないわ」


 美都乃さんは俯き両手で自分の体を抱き締め震えている。

 可哀想に今まで相当自分を追いつめていたのだろう。

 口にしてはいけないと言う言葉が、強く心を縛り付けているようだ。


「そうじゃないです。見方を変えるんですよ。さえしなければいいんです。ここに居る皆はここから外にこの話を持ち出したり、誰かに言い触らす事なんてしません。要するにこのメンバーだけ・・の話にするんですよ。心の重りは信頼出来るみんなで分け合うば分け合う程軽くなるもんです。それに今の美佐都さんなら、この話も受け止められると思います」


 俺の言葉に震えが止まり弾かれた様に顔を上げる。


「!! 見方を変える? それって……、で、でも……」


 美都乃さんはそのまま周りにいる皆を見回す。


「美都乃ちゃん……。お願い、話を聞かせて? ここに居る皆は誰にも言わないわ。それに皆で美都乃ちゃんだけじゃなく、美佐都ちゃんも守ってみせる」


 お姉さんがそう言うと皆が頷く。

 その言葉に美都乃さんは小さく息を吐いた。


 美都乃さんはゆっくりと立ち上がり静かに事情を語り出す。

 まずは俺に語った和佐さんの死後に周りの圧力に負けじと、いつでも明るく冗談を言える様に振舞おうと努めた事を話す。

 これに関しては、その姿しか知らない先輩達は嫌疑の目を向けていたが、意外にもお姉さんと野江先生は納得が言ったと言う顔をしていた。

 二人して『だからなのね』と言い合っている。

 俺も少なからず、この性格に関しての話は半信半疑だったが、その様子からすると本当だったようだ。

 野江先生なんて『ずっとプチ大和田先輩みたいと思っていたのよね』とか言ってるし、やっぱりお姉さんがモデルだったようだ。


 その後、話は和佐さんの事に移っていく。

 それによると、結婚すると決まった辺りから、きな臭い噂がじわじわと広がって来てはいたらしい。

 和佐さんの死後の話は、ほぼ俺と萱島先輩の想像通りの展開だった。

 一気に噂が広がり、それと共に河内森家は御陵家に対して急激に態度を硬化させていった。

 そして、最後は美都乃さんに対して和佐さんを殺したのはお前だとでも言うような口調で罵ってきたとの事だ。

 このくだりではお姉さんが怒りで体を震わしていた。

 眼に涙を溜め、周りの空気が歪んでいるかと思う程の気迫で、それに怯える周囲の皆が後ずさっている。


 俺も怒りによって全身総毛立って来るのを感じた。

 そんな俺を心配したのか、宮之阪が俺の肩に手を置いて不安げな顔で見てくる。

 その眼差しで少し気持ちが落ち着き、宮之阪の気持ちに微笑み返した。

 それを見た千林シスターズ+1も我も我もと俺の脚にすがり付き同じような顔で俺を見上げてくる。

 その愛らしい仕草に救われた気分になり思わず笑みが零れてきた。


 そして話は河内森家の代理人が言ってきた内容に差し掛かった。

 代理人を通しての要求は、両家は絶縁、そして戸籍も元々和佐さんが入り婿だったので、美佐都さんは非嫡出子として河内森家からは存在しない子と言う扱いで、父親が和佐さんと言う事を公言する事も禁止すると言う酷い内容だった。


 これに関して当初は創始者がそんな事は認められないと裁判を起こそうとしたらしいが、一連の騒動で美都乃さんの精神的ショックが大きかった為、身重のまま裁判で戦うのは母子共危険と判断されて、ほぼ泣き寝入り状態だったらしい。

 さすがの萱島先輩も事実がここまで酷い物だとは思わなかったようで青ざめていた。


 美都乃さんはこの事を美佐都さんに泣いて謝っている。

 当の美佐都さんと言えば……。


 !!


 鉄面皮モードのように、無表情で美都乃さんを見つめ話を静かに聞いている。

 しまった! また心を閉ざしてしまったのか?

 俺は事を焦りすぎてこうなる事を予想出来なかった自分に後悔した。


「美佐都さん! 大丈夫ですか?」


 俺は慌てて美佐都さんのもとに駆け寄り両肩を掴み声を掛ける。

 その声に皆が美佐都さんに注目した。

 美都乃さんも泣くのを忘れ、目を見開いて美佐都さんを見つめている。

 皆の引き攣っている表情からすると、俺と同じ事を考えているようで、誰かがごくりと唾を飲み込む音が聞こえて来た。

 しかし、そんな俺達を尻目に美佐都さんからの回答は予想していない物だった。


「ええ、大丈夫よ。色々とショックだったし、悲しい事は悲しいけど、逆に今まで気になっていた事が全て腑に落ちた。その気持ちの方が強いのよ」


 美佐都さんはそう言って俺に優しく微笑みかけた。


「え? ど、どう言う事でしょうか?」


 表情から心を閉ざした訳ではない事に安堵したが、その言葉の意味を掴みかねていた。

 美都乃さんが語った真実を超えて『腑に落ちた』と言う気持ち?

 どう言う事なのだろう?


「まずはね、お母さんがお父さんの話を避けたり、真面目な話をしていても、すぐ冗談を言って周りを煙に巻いたり、事有る毎に『牧野会長が~』とか言ったりしていたのはそんな事情を抱えていたからと言うのが分かったのが一つね。お母さん、ずっと辛かったのね。今まで分かってあげられなくて本当にごめんなさい」


 そう言って美佐都さんは頭を下げた。

 その言葉に美都乃さんは感極まったようでその場にへたり込み、また声を上げて泣き出す。

 ただその表情は悲しみではなく自分の辛さを分かって貰えたと言う喜びの色が伺える。


「そして、小さい頃、私が望まれない子と言われていた理由も理解出来た」


 な!! それは違う!


 俺はその言葉に胸が引き裂かれる。

 それよりその言葉で俺以上に心が引き裂かれているであろう橙子さんを見た。

 案の定、橙子さんはガクガクと体を震わせ今にも倒れそうになっていた。

 俺は千林姉妹+1に断りを入れ橙子さんの元へ駆け寄り、優しく背中を撫でる。


「美佐都さん! それは違いますよ!」


 俺は美佐都さんの言葉を否定した。


「うん、それは分かってるわ。お母さんや御婆様、それに曾御婆様に橙子だって私を大切に思ってくれているのは分かっているの。勿論ここに居る皆もそう思ってくれている事も」


 その言葉に橙子さんは少し落ち着きを取り戻したようだ。


「今はっきりと思い出したわ。この話を聞くまで、自分でもあまり自覚が無かった感情が乏しかった時の事。何故そうなったかを。さっき橙子が私に謝って来ていたわよね」


 美佐都さんが橙子さんを優しく見つめてくる。

 橙子さんはその発言でまた体をビクッとさせたが、俺が両肩を掴み落ち着かせた。

 どうやら俺が居ない間に橙子さんは美佐都さんに子供の頃に要らない子と言ってしまった事を謝っていたようだ。

 この表情とこの言葉、その真意が分からない。

 ただ口調からは橙子さんを責めていない事だけは分かる。


「さっきは何を謝っているのか良く分からなかったけど、この事を言っていたのね。なら安心して。私がああなったのは橙子の所為じゃないわ。と言うかごめんなさい。実はあなたから言われた事を覚えていないの。本当に私にそう言ったの?」


 美佐都さんは首をかしげて橙子さんに聞く。


「はい、私が大人達が話しているのを聞いて、当時それの意味が分からず他の人に尋ねていた時に……、後ろに美佐都さんが立っていて……、辛そうな顔をして……、それで目が合った途端、駆け出していって……」


 橙子さんは悲痛な顔で当時の事を語っている。

 面と向かって言った訳じゃなく、噂をしている時に聞かれたと言う事か。

 その説明を聞いた美佐都さんは、何故か困った顔をしていた。


「覚えが無いのよね~。あっ、もしかしたら……」


 美佐都さんは何か思い出したのか、そう言って一人納得した顔をしている。


「もしかしたらなんだけど、その後数日間うちの周りに警備員が立ってなかった?」


 美佐都さんはそんな質問をして来たのだけど、どう言う事だろうか?

 ただ橙子さんはコクコクと頷いていた。


「やっぱりね……、安心して、思い出したわ。あの日廊下であなた達が何か話してたのは見たんだけど、何を言っているのかまでは聞いてなかったの。私がこうなったのは本当にあなたの所為じゃないの。それなのにこんな私の所為でずっと苦しんでいたのね。ごめんなさい」


 そう言うと先程の様に今度は橙子さんに頭を下げる。

 橙子さんはまた体を震えさせているが、これは先程までと違う、そうこれは美都乃さんと同じく今まで縛り付けていた心が解放された喜びによって引き起こされている歓喜の震えだろう。


 良かった! 美佐都さんが心を閉ざした原因は橙子さんじゃなかったんだ!

 俺までその嬉しさで涙が出そうになる。

 橙子さんは喜びのあまり俺の胸にすがり付いて泣き出した。

 俺はそんな橙子さんを片手で抱き、その背中を優しく撫でる。

 

 ピキッ


 少し場の空気が凍って皆の顔が引きつった気がしたが気のせいだろう。

 美佐都さんの額に何故か怒りマークが見える気がするのだが、そんな事は置いておいて、原因が聞きたくて俺は美佐都さんに尋ねる。


「美佐都さん、その原因を教えて頂けませんか?」


 何故か俺の言葉にジト目で見てくる美佐都さんだが、俺がその意図を汲みかねて首を傾げると何やら諦めのため息を吐き喋り出した。

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