第65話 封じ込めてきた想い

「本当に何があったんだよぉーーーー!」


 皆が次々に俺に事情を聞いて貰おうと話してくる為、俺の理解が追いつかない。

 口々に何か言っているけど同時に言われても分からないので、一つずつ整理していこうか。


 取りあえず学園長の件はなんとなく分かるし、置いといていいだろう。

 ただ和佐さんの事を口外してはいけないと言う噂が本当なら可哀相なので、後で助け舟を出そうかな?


 乙女先輩が俺の事を労って優しい言葉をかけてくれる事に関しては、こんなの乙女先輩じゃない! と言う気持ちもあるのだが、正直なところ嬉しい。

 いや、そう言えば部活巡りに出発する前には、もうこんな感じだったような?

 もしかして、あれから元に戻っていないのだろうか? それはかなりの問題な気がするが……。

 ギャプ娘先輩が言っている『どう言う事?』と言うのは、そう言う事なんだろうな。

 なんかそんな感じな事を言っているのが外から聞こえたし。


「牧野くん、お願い! この二人になんか言ってやって!」


 これで残りの問題は宮之阪と千林姉弟か。

 いや、既に千林姉妹の事は解決済みだ。

 今二人は俺の両脇に貼り付いているので、俺は手を二人の腰に回して抱きかかえる形になっている。

 二人とも満足した顔しているからこれで良いみたいだ。

 何か子持ちのお父さんのようだが悪い気分ではない。


 ただ、ウニ先輩はまだしも、ポックル先輩まで人目をはばからずダイレクトに貼りついて来るとは、これは先程のドキ先輩のホッペにチューを知られたら俺のほっぺたが二人の唾液でベトベトになっちゃわないだろうか?

 天使のような妖精二人に左右からチューの嵐は、夢のような一時だとは思うんだけど、さすがにそれは色々と面倒事になりそうな予感の方が大きいので知られる訳にはいかないな。

 ドキ先輩も張り付いて来ても良さそうなんだけど、その気配が無いのでチラリと見るととても勝ち誇っている顔をしていた。

 多分『抱っこだけで喜んじゃってまだまだお子ちゃまね』とか考えているんだろう。

 あ……、今ナチュラルにウニ先輩の事を年上の先輩男子だと言うのを忘れていたよ。

 あぶないあぶない、ウニ先輩からのチューは人前では絶対阻止しないと変な噂が立ちかねないな。


「助けて牧野く~ん。床が冷たくて硬いの」


 残りは宮之阪だけど、これは最近運命に翻弄されている俺へのエールと言う事だろうか?

 確かにこの学園に来てから、親父の代から続く運命の歯車とでも言うべきか、俺の意志とは違う別の力によってハードな道を歩まされている錯覚に陥る時が多々有った。


「宮之阪、ありがとうな。俺は大丈夫だよ。絶対創始者を説得して見せるさ!」


 取りあえず応援してくれている気持ちを汲んでいい笑顔で返しておこう。

 おや? 宮之阪が肩を落として残念そうな顔してため息付いてるぞ?

 桃やん先輩と八幡も額に手を当ててやれやれと言った雰囲気を醸し出している。


 あれれ? なんか間違ったのか?


「えっと、宮之阪? どうしたんだ?」


「ううん、大丈夫。ちょっとこーちゃんの鈍感力を侮っていたわ」


 それ100%褒め言葉じゃないよね。


「牧野く~ん。足が痺れてきた~」


 さて次はギャプ娘先輩と乙女先輩の問題解決か。

 乙女先輩を見ると、とても優しい顔でにこにこと俺を見てくる。

 いや~正直、出会ってから今日までたった数日の付き合いなんだけど、この姿違和感半端ねぇ~!

 考えたくないけど、これドキ先輩の時と同じような事が起こったのだろうか?

 今まで小さい時から罪悪感に苛まれ続けていた乙女先輩。

 大好きだった学園長は全てを知っていて尚、自分をもう一人の娘のように可愛がってくれていた、と言う事実を知って今まで肩肘張って生きてきた自分から解放されたと言う事だろうか?

 ん~、じゃあこれは俺の所為じゃなく学園長の優しさのお陰と言う事かな?


 うん、そうしておこう。


「そんなに無視するなら、泣いちゃうんだから。グスン……」


「あ~もう泣かないで下さいよ。ごめんなさいって!」


 学園長を程よく無視していたら、とうとう泣き出してしまったので仕方無く構ってあげる事にした。

 しかしアラフォ―が『泣いちゃうんだから』って……。


「え~とお姉さん? ちょっと学園長をお借りしますよ」


 相変わらず鬼の形相のお姉さんに断りを入れる。


「コーくん! 学園長側に付くの? なら敵ね! 覚悟しなさい!」


 物騒だな、お姉さん。


「違いますよ。少しだけ確認したい事があるんです。ただその回答によっては学園長の味方をします」


 和佐さんの死後に始まった両家の悲しい確執が本当ならば、俺はお姉さんを敵に回してでも学園長の味方になろうと思う。

 俺の言葉にたじろぐお姉さん。

 俺がここまで言うのに驚いたようだ。


「それに娘の前で土下座させるのはどうかと思いますよ?」


 親が土下座している所なんてちょっとショックだよね。


「あぁそれは私が許可したから」


 おっと、ギャプ娘先輩の御墨付きか。


「ならこのまま暫くそのままでいいか」


「牧野くん酷い!」


 涙目で見てくる学園長。

 噂の真相がどうあれ、ここまで話が拗れない前に、もう少し上手く立ち回れたと言う気がしなくも無いので、この程度の罰は仕方無いよね。


「千夏先輩、千尋先輩、すみませんが降りてもらえますか?」


 いまだ貼り付いてた二人を降ろし、俺は学園長に近付いた。

 そして耳元に顔を近付け、まず状況を皆に聞こえないように小声で尋ねる。


「……学園長、まず状況を」


「あふんっ。ダメェ! 牧野くぅん。私、耳は弱いのぉ」


 なんか俺の吐息が耳に当たったらしく、やけに色っぽい声を出して喘ぐ学園長。


 …………。


 俺は立ち上がりお姉さんの方を見て頷く。


「もういいかな! お姉さん、この人殺っちゃって下さい!」


「ごめんなさい! 急に耳元に息が掛かったからびっくりしちゃったのよ~」


 本当にこの人は。


「っとにもう。……え~と何処まで皆に話しました? 後夜祭前夜の件は言ってないでしょうね?」


 アレを言っていたらさすがに俺でもお姉さんは止められない。

 それは今までも言っていないだろう、と言うかもしその事を知っていたら今の二人の友情は存在していなかったと思うし。


「さすがに言ってないわよ。私も命は惜しいもの。え~と、まずは皆に言ってなかった歓迎写真が原因で、文化祭最終日に人知れず別の学校に移った事を言ったのよ。移った事情は生徒会記録にも載っていないから、さっちゃんも水流ちゃんも知らないからね」


 そう言えば途中で居なくなったのをお姉さんは知らなかったな。

 知っていたのは直接聞いた乙女先輩と、それから伝え聞いた桃やん先輩と萱島先パイだけだったっけ。


「なんで載ってないんですか?」


 桃やん先輩曰く、当時の書記がノリノリで一大スペクタクルな恋愛物に仕上げているらしいけど、学園長が学校を去った話に関しては乙女先輩からの話を聞くまで知らなかったようだ。


「私が去った後にね、当時書記だった子だけに事情を説明して紹介写真に纏わる内容の改竄をお願いしたのよ。そしたらなんか整合性を取る為とか言って全部書き直したみたいで、現在の様に生徒会記録の枠から外れて小説みたいに凄く盛られてしまったのよね」


 なるほど、そんなとこにまで、この人の魔の手が伸びていたのか。


「何故わざわざそんな事を?」


 俺のこの問いに学園長は苦笑交じりの顔をしている。


「生徒会記録はね、当時私が管理していたのよ。一目惚れでは有ったけど、それなりに最初は反発したりしてライバル同士だったのよ? 『私達は対等。仕事は完全分業でお互いの仕事に関して口を出さない』ってのが二人のルールだったの。だから牧野会長と言えど、生徒会記録に書かれている内容を詳しく把握していなかったのよ。まぁ、彼の事だから自分できちんとメモを取ってデータとして纏めていたし、他者の記録は必要無かったってのも大きいけどね」


「あぁ、そうですね。親父なら必要な情報は自分で管理すると思います」


「だからね、私が去った後に記録から事情を推測されない様にと、歓迎写真の件は小さな失敗エピソードとして改竄して貰ったの。多分その子も周りの話を盛り上げる事で目立たなくしようとしてくれたのかも知れないわね」


「何故そこまで……? いや、そうか親父に内緒で自分だけが罰を受ける道を選んだんでしたね」


「ええ、そうよ。あの頃はまだ家が絶対の力を持っていると思い込んでいたの。牧野会長には私を追いかけて欲しかった気持ちも有ったけど、やっぱり牧野会長の力を信じきれていなかったのね。だから牧野会長が事情を察して追いかけて来ないようにと痕跡を消そうと思ったの」


 学園長はまた少し悲しい顔をした。

 好きな人を信じてあげれなかった後悔なのだろう。


 本当にこの人はとことん人間関係に不器用で、でも一生懸命で、何とかしよう何とかしようと頑張って、しかしやっぱり不器用だから裏目裏目に物事が動いていく、そんな人生を送ってきたんだ。


 何かため息が出るくらい愛すべき人物だな、学園長は。



「コーくん、美都乃ちゃんとくっつき過ぎ~。なんかやぁらしぃ~」


「お姉さん、何言ってるんですか! もうちょっと待っててくださいよ」


 もう、お姉さんはお姉さんで本当に異名の通り嵐のように状況を引っ掻き回す人だよな。

 今の発言で周りがざわついて来たじゃないか。

 千林姉妹+1なんて3人で手を広げながらにじり寄ろうとしてるぞ?


「……そこまでは分かりました。で、なんで土下座させられてるんですか?」


 不器用な所為で、周りを誤解させて行く困った学園長だけど、同情するポイントは多々有るんだよね。

 余程の事が無いと娘さえも土下座を許可する事態になり得ないと思うんだけど?


「私が教師として学園に戻ってきてさっちゃんや水流ちゃんと一緒に歓迎写真のリベンジをする所までは皆真剣に聞いてくれたのよ。そして牧野会長にあの女狐が……。あっごめんなさい。あなたのお母様だったのよね」


 今更謝ってくるけどお姉さんから何回も聞かされているその語句については聞きなれているので俺は特に気にならない。


「あぁ別にいいですよ。俺は気にしていませんし」


「本当? でもまぁ今後、もう女狐って言うのは止めとくわ。で、あなたのお母様が現れて、そして私が失恋して和佐さんに慰められて恋に落ちた、と言うくだりまでは皆目に涙を溜めて聞いてくれていたのよ」


 ちょっと聞き捨てならない語句が聞こえた気がしないでもないが、取りあえず置いておこうか。

 まぁ恋愛劇としては自分の事をずっと思ってくれていた人の気持ちに気付き恋に落ちると言うのはある意味王道的なお話だし、実際俺もその話に感動した。


「ならなんで土下座を?」


「いや~、今でも牧野会長の事も大好きだし、あの人の事も大好きとか、今じゃ御婆様と茶飲み友達ってのを喋ったら皆怒りだしてね。なんでもっとちゃんと皆に説明しなかったんだ! だからこんな事になるんでしょ~って言われたんで、てへぺろしながらごめんねって言ったらこんな事態に……」


 ……あ~なるほどなぁ~、なぜこの人は自ら墓穴を掘ろうとするんだろうか?


 この人は真面目な話の最中でも、隙有らばふざけようとしてくるからな。

 しかし、それについては事情を聞いている俺にとって少し胸が痛くなる事でもある。

 この人がふざける時は、大抵辛い現実を紛らわせようとしているんだ。

 恐らく和佐さんの事をこれ以上語れないと言う所まで来たんだろう。

 だからおちゃらけて誤魔化そうとした。


「学園長。『 』さんの話は聞きました」


 俺は意を決して学園長に俺の聞きたい事の本題を切り出した。

 苗字を言った瞬間、学園長は目を大きく目を見開いていた。

 この態度が和佐さんの事を『公言してはいけない』と言う、あの噂の証明となる。


「なんで……それを? あっ写真馬鹿が喋ったのね」


 学園長が今まで見た事が無いきつい表情で、離れたところに立っていた萱島先パイを睨む。

 事情が分からない皆はその態度に驚いていたが、当の萱島先パイは涼しげな顔で受け止めていた。


「怒らないであげて下さい。それよりやっぱり噂は本当だったんですね。和佐さんの事を誰にも言ってはいけないと言う事は……」


 俺の言葉に少し表情を和らげ、噂を肯定する様にコクリと頷いた。


「御陵家が和佐さんの死後、河内森家に冷たくしたと言うのは本当ですか?」


 その言葉を聞いた途端、学園長は俺の肩を掴み泣きそうな顔で否定する。


「そんな事は無い! 私達はすぐにあの人の実家に行こうとしたわ! でも門前払いされた。……そしてその内、私があの人が死んで喜んでるとか、私が殺させたとかそんな噂が……。その後、暫くしてあの人の家の代理人を名乗る弁護士が来て、一方的に絶縁を言い渡して来た……そして誰にも公言するなと……」


 突然の大声とその内容に周りが騒然となる。

 それだけ言うと学園長は床に両手を付き顔を伏せた。

 俺の心がふつふつと怒りによって震え出して来たのが分かる。

 どんどんと床に広がる水溜りの大きさがそのままの悲しみの大きさだろう。


 ちらりと見たも顔面蒼白で両手を口に当てている。

 今聞かせる必要がない人にこの話を聞かせてしまったかとも思うが、母親の本当の想いを知らしめるチャンスではないだろうか?

 土下座を許可したなんて言う、母親を幻滅させたままよりずっと良いだろう。


 そして、噂は間違いであり、本当でも有った。

 恐らく俺と萱島先輩が想像した通り、和佐さんを特定の誰かと結婚させようとしていた勢力が悪意の噂を流した。

 そして、和佐さんの家は和佐さんを失った悲しみで、その噂を確認もせず鵜呑みにして絶縁を言い渡して来たのだろう。

 生まれてくる子が息子・・だったらまだ対応が違っていたのかもしれないが、御陵家の血を引いている・・に価値が無いと判断したのかもしれない。

 美佐都さんは父親の名前さえ取り上げられ河内森家から捨てられた。


「美都乃さん。落ち着いてください」


 俺に名前を呼ばれた美都乃さんは弾かれたように顔を上げ俺の顔を見てくる。


「え? 牧野会ちよ……。あっ、いや牧野くん……」


 俺の声が親父の声に聞こえたのか、美都乃さんは俺の事を『牧野会長』と呼びかけた。

 それ程、いま彼女の心は悲しみと混乱に満ちているんだろう。


「美都乃さん。愛する和佐さんの事を誰にも喋る事が出来なくて今まで辛かったでしょう。もう大丈夫です。辛くなった時は俺に言ってください。愚痴なら何時でも聞きますよ。和佐さんが好きだったって言う紅茶を飲みながらね」


 その言葉に美都乃さんの顔はくしゃくしゃとなり、俺に抱き付いてきて大声で泣き出した。

 その突然の出来事に皆が慌てて寄って来るが、俺は皆に来ない様に手で制する。


「少しこのままにしてあげて下さい。18年間封じ込めてきた想いが噴出してきてるんですから」


 俺の言葉に萱島先パイ以外の皆は首を傾げるが、おとなしく俺の言葉に従いその場で立ち止まり俺と美都乃さんを不安げに見守った。

 暫くすると落ち着いたのか、時折ヒックヒックと嗚咽が出るものの泣き声も収まりだした。


「落ち着きましたか?」


 俺はまるで子供を相手するかのように頭を優しく撫でながらそう尋ねる。

 傍から見ると、高校一年生の俺が、親と同い年の女性に対しこんな態度を取っているのは不思議に思うだろうけど、……いや俺もそう思う。

 けど、なぜか俺の心はこうすべきと訴えかけて来て、俺もその言葉を否定する気は起きなかった。

 まるで、娘か孫が泣き付いてきて、それを宥めるような感覚。

 自分でもおかしいと思いながらも、それを当然と思う俺も居た。


「ええ、ありがとう。大分落ち着いたわ」


 美都乃さんはそう言うと抱き着いていた手を外し俺から離れた。

 涙で化粧が崩れているが、それでもこの人の綺麗さを奪う程じゃない。

 閉じ込めていた想いを吐き出す事が出来て多少はすっきりしたのか、少しはにかみながら優しく微笑み俺を見ている。

 いつものおちゃらけた顔ではなく、美都乃さんが言っていた元の性格である真面目で良い所のお嬢様……と言うには少々御歳が……良い所の貴婦人と言った面持ちだ。

 俺はその顔を見て一つの事を思い立った。


「美都乃さん。俺思うんですが、今この部屋にいる皆に和佐さんの事を話してみてはどうでしょうか?」


 その言葉に美都乃さんは表情を強張らせ震え出す。

 それはそうだろう、彼女が18年間言葉にしたくとも出来なかった事だ。


 でも俺はこのままにしてはいけないと思う気持ちでいっぱいだった。


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