第64話 ご褒美
「取りあえず正座しろ……」
「はい……」
俺はドキ先輩の命令に大人しく従い、この冷たく硬い廊下に正座をする。
土下座までした方が良いのかな?
「目を瞑れ……」
この状況で目を瞑るのはとても怖いが、このドキ先輩に逆らうのも怖いので目を瞑る。
念のため歯を食いしばっておこう。
そうじゃないと殴られた時に大変だからね。
と言ってもドキ先輩に殴られたら、そんなささやかな抵抗は誤差の内ですけどね。
俺がこれから起こる大惨事を想定して目を瞑りながら必死に歯を食いしばっていると、顔に何かが近付いてくる気配がする。
最初はドキ先輩のこぶしかと思ったが、それにしたらとても遅く、吐息のような音も聞こえる。
それはゆっくりと近付いてきて……。
チュッ
俺の右頬に柔らかい感触と共にお日様の匂いの奥に、甘くミルクのような匂いが交じり合った、とてもいい香りが漂ってきて鼻腔をくすぐる。
え?
俺は目を開けて右頬が感じている柔らかい感触の方に視線だけを向ける。
そこには目を瞑り顔を真っ赤にしながら俺にキスをしているドキ先輩の顔が有った。
小さくぷるぷると震えているのがとても可愛い。
俺が見ている気配に気付いたのか、ドキ先輩も目を開けたので二人の目が合う。
「ここここ、光一! め、目を瞑れって言っただろ!」
真っ赤な顔を更に真っ赤にしたドキ先輩が慌てて俺から離れて両手で顔を覆い隠す。
殴られる物と思って覚悟をしていた俺は、この不意打ちでドキ先輩と同じように顔が赤くなっていった。
「い、いきなりどーしたんですか千花先輩!?」
ドキ先輩は俺の問いに覆った手の指を少し開き、片目だけチラッと露出させてこちらを恐る恐る見てくる。
その姿は可愛さ濃縮果汁100%とでも言うべきか、まさに筆舌に尽くし難いほどとても愛らしい。
「お、俺だって光一が頑張ったご褒美をあげたかったんだよ! でも、でも、俺はほら、こ、こんなちんちくりんだし、萱島先輩みたいにおっぱい大きくないし、そんな事しても嬉しくないだろうと思ったんだ……」
そう言って自分のスレンダーと言うよりぷにぷに幼女な体形と、萱島先パイの先程まで俺が顔を埋めていた、見た目以上に大盛りな胸を交互に恨めしそうに見ている。
コンプレックスで泣きそうな顔をしているドキ先輩を見ると庇護欲に駆られて思わず、『俺はおっぱいの大きさなんて気にしませんよ、大きいおっぱい、小さいおっぱい。おっぱいも色々有るけれど、それは全て同じおっぱいです。おっぱいに貴賤などありません』と言って抱き締めたくなったが、それをするとセクハラで訴えられそうなので、その言葉をそっと心に仕舞い込んだ。
「だ、だから他の物って思って……。は、初チューだったんだぞ!」
そう言ってまた手で顔を隠してモジモジしているドキ先輩。
やばい! 可愛さMAX過ぎるだろ。
誰だよこの生物を地上に爆誕させたのは!
「その気持ちとても嬉しいですよ。ありがとうございます」
俺はこの可愛いが人の皮を被って現界している
ドキ先輩は、その言葉にモジモジのステージが更に一段上がったかのようで、ぷるぷると体を震わせている。
俺に対しておっぱい無いからファーストキスをご褒美って豪華過ぎじゃないかと少々申し訳ない思いでいっぱいになるが、その気持ちはとても嬉しい。
おっぱいに押し付けるのと違って、ファーストキスは減るからね。
それにおっぱいの大きさなんて本当瑣末な事で、親しい女性からのハグは誰が相手でも嬉しい物ですよ。
まぁドキ先輩の場合、恥ずかしさのあまり抱き締める力が強過ぎて、俺の頭がスプラッタになった可能性が有ったのでキスだったのは九死に一生を得たのかもしれませんけどね。
しかしファーストキス頂きましたけど、ホッペにチューの場合でもそう言うのかな?
良く分からないや。
「それよりすみません。千花先輩も手伝ってくれたのにまだお礼を言っていませんでした。今回の成功は千花先輩のお陰でもあります。本当にありがとうございました」
モジモジMAXなドキ先輩を見ていたら、そう言えば部活巡りのお礼を言うのを忘れていた事を思い出し、俺は改めてお礼を言った。
改めて思うと萱島先パイだけじゃなく、ドキ先輩も居たから成功したと思う。
特に昨日なんかは俺の背中で寝ている事で、あの恐れられているレッドキャップを手懐けたと先輩達が驚き、そのお陰で交渉がスムーズにいった場面が多々あった。
寝ぼけて首を締め付けてきた所為で、三途の川を見た場面も何回もあったけどね。
それに今日だって、俺がドキ先輩と仲良くしているのを見て、態度を変えた先輩も居た。
当初の目的のボディーガードと言う出番は無かったけど、それ以上に先輩との交渉で役に立ってくれたんだ。
「本当か? 本当に俺ちゃんと役に立ってたのか?」
ドキ先輩が覆った手の指を大きく開き両目を露出させて恐る恐る俺に聞いてきた。その仕草もとても可愛くて腰が砕けそうになる。
「本当ですよ。今回千花先輩が居なかったら無理だったと思います」
「光一ィィーーーー!」
ドキ先輩は俺の言葉に覆っていた手は離し満面の笑みで俺に飛びついてきた。
そのアメフトのタックルと錯覚するような激しい勢いに倒れそうになるが、何とか耐えてまるで幼子を抱っこするような形で受け止める。
そしてそのまま俺に貼り付いているドキ先輩の頭を優しく撫でた。
ドキ先輩も自分が役に立っているか不安だったんだろう。
ポックル先輩からボディーガードを依頼され、いきなり出番かと思いきや勘違い、そして人格が変る出来事があり、その後はずっと寝っぱなしだった。
今日もボディーガードとしての出番も無く、映画研究会の時もやっと出番かと思いきや俺に注意されている。
可哀相に、そりゃ不安だったに違いない。
この人は俺の事を子分って思っているみたいだし、あのままじゃ親分として立つ瀬が無かったといった所だろう。
子分としては親分をフォローしないとね。
ヨシヨシ。
……。
「萱島先輩何してるんです?」
視線の先にはカメラを構えている萱島先パイが居るのだがシャッターの音はしていないので写真は撮っていないようだけど……?
「何をしてるかって? そりゃあ写真を撮っているんだよ」
「え? シャッター音が聞こえませんでしたが?」
「あぁ音を立ててはいけない場面での撮影とかも有るからね。うちの部のデジカメは改造してサイレントにも出来るようにしてあるのさ」
なんですと? と言う事は?
「それ盗撮用じゃないですかーーー!」
萱島先パイは俺の叫びにニヤニヤと笑ってシャッターを押し続けている。
いつだ? いつからだ? 確かめなければ!
「あ、あの、どこから撮ってました?」
と聞いてみたのだが、よく考えたらこの人がシャッターチャンスを逃す筈も無く、間違いなく最初からなんだろうなぁ。
萱島先パイは案の定にとてもいい笑顔だ。
「そりゃ、君が正座した時からだよ。いや~本当に君の傍に居ると次から次と私の大好物のシーンが飛び込んでくるね。このままずっと君の傍から離れたくないくらいさ」
最後の言葉に少しドキりとしたが、この人の事だからただ単にシャッターチャンスの為だけなのだろう。
とは言え先程のドキ先輩からのキスは門外不出にして貰わなければ。
「さっきの写真は誰にも見せないでくださいよ?」
「え? 萱島先輩さっきのチュー撮ってたのか? うわ~恥ずかしい! 絶対誰にも見せないでくれよ~」
俺の言葉に状況が分かったドキ先輩も先程の自分の行動が誰にも見られたくなかったようで必死に誰にも見せないようにお願いしている。
「あぁ分かっているよ。私はパパラッチとは違うからね。そこは弁えているさ。あと千花、明日にでもプリントアウトした写真を君にあげるから楽しみにしているといい。牧野くんはどうだい?」
盗撮用の改造しておきながらパパラッチと違うと言うのは釈然としない気持ちも有るのだが信じる他あるまい。
写真を貰えると言うその言葉にドキ先輩はとても喜んでいる。
俺はと言うと欲しい気持ちもあるんだが……。
「う~ん、俺は遠慮しておきますよ。欲しいことは欲しいですけど、俺の部屋を家捜しする保護者気取りの人やその友人が居るんで見つかるとややこしいですからね」
あの時は引っ越してすぐだったのでまだ部屋に何も無かったお陰で助かった。
……いや、だからと言って今部屋に何かやましい物を隠している訳じゃないよ? 本当だよ?
「それって伝説のOGである大和田さんだね。なるほど、それは確かにややこしそうだ。そう言えば今、生徒会室に来ているんだったね。丁度良い、一度会って話をしてみたいと思っていたんだ」
「どうでしょうか? かなり遅くなりましたし、もう帰ってるかもしれませんよ?」
まぁ今晩も晩飯一緒に食べる気だし、一緒に帰るとか言いそうだけどね。
「そうかもね。まぁもう下校時間もかなり過ぎてしまったし早く生徒会室に戻ろうか」
「そうですね。戻りましょう」
俺はドキ先輩を下ろすと生徒会室に向けて歩き出した。
ふと先程の萱島先パイとのやり取りの事を思うと今更ながら色々とやらかした事を実感して恥ずかしくなってきた。
そして手に残るマシュマロの感触の記憶を堪能していると、ふとこの学園が管理社会だったと言う事を思い出す。
「あーーーー!!」
俺は思い出したその事実に思わず声を上げる。
ヤバイ! アレは今まで以上にヤバ過ぎる。
女性の胸に顔を埋め更に揉みしだく所なんて通報ものだよ!
理事長はもとより自由奔放な学園長でさえドン引き案件だよ。
あまりの嬉しさに本当に調子に乗っていた!
「ど、どうしたんだい牧野くん? びっくりするじゃないか!」
萱島先パイはのんきにそんな事を言う。
「いや、さっきのあれ監視カメラ撮られていたんじゃないですか? かなりやばかったと思うんですがアレ」
「あーアレかい? 大丈夫だよ。私がそんなへまをする訳無いだろ? あの場所はちゃんと監視カメラが無い位置なのさ」
萱島先パイは得意げにそう言った。
「良かったーーーー! 本当に良かったーーーー!」
俺は萱島先パイのその言葉に心の内から溢れ出す歓喜の渦に体を震わした。
「やれやれ本当に君は現金だね」
「今度時間が有る時にその場所を詳しく教えてください!」
「やましい事に使う気じゃないだろうね?」
「いやだなぁ~、俺がそんな事をする訳ないじゃないですか!」
「光一? さっきのお前見てたら全然説得力無いぞ」
「ひどいなぁ~二人とも~」
そんな会話をしながら俺達は生徒会室に向かった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
他愛の無い会話をしながら廊下を歩く俺達は、生徒会室の扉が見えてきたというところで、部屋の中から叫び声がしているのを聞いて顔を見合す。
その場で立ち止まり様子を伺うと、やはり生徒会室内で何やら言い合いをしている事が分かった。
『そこに土下座しろーーー』
これはお姉さんの声か? 誰に向かって叫んでるんだろう?
『橙子!? その御芝居はそろそろ止めて? ちょっと調子が狂うわ』
『『藤森さんずるい~』』
ギャプ娘先輩と千林姉弟が乙女先輩に対して何か言っているのだろうか?
状況が分からない。
ただ何やらとんでもない事態に陥っている事だけは確かなようだ。
このままでは埒が明かないので俺は生徒会室の扉の前に立ち扉に手を掛ける。
後ろを振り返ると萱島先パイとドキ先輩がコクリと頷き俺に開けることを促してくる。
内心開けたくない想いが俺の心を席巻しているのだが、二人の目は促すと言うより強要に近い意志をビンビン発している為、俺は諦めて扉を開ける事にした。
ガラッ。
「な、なんだこの惨状は……?」
扉を開けた俺の目の前に広がる惨状に俺はゴクリと生唾を飲み込み、ただ呆然と立ち竦む事しか出来なかった。
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