第18話 逃走
「コラーーーッ!! 牧野ーーー! 何処行きやがった!! この人で無しーーー!!」
閑静な住宅街に、相変わらず俺を探す千晶ちゃんの怒号が響き渡っている。
まぁ、いきなり『ちゃん』付けだけど、先輩の妹で俺より年下だし、逆に呼び捨ての方が近しい感じがしてちょっと恥ずかしいからね。
そんな事より……。
止めて! 俺の名前をそんな悪口と共に公衆の面前で声高に叫ばないで!
俺の事に気付いた千晶ちゃんが鬼の様な形相で俺を捕縛しようとして来たので超反射でダッシュして逃げたのだが、俺への悪口を大声で叫びながら追って来るので周囲の目が突き刺さって痛い。
幸いな事に、痴漢だとかスリとかそんな犯罪臭のする様な酷い悪口は含まれてなかったので、恋人同士の痴話喧嘩の末に追われていると言う様な、少し生暖かい眼差しが多かったのが救いだ。
いや、これが俺の近所だったら自殺もんなのだが。
千晶ちゃんはどうやら体力的にドキ先輩の様な異能力者の様な身体能力の持ち主ではなく、一般的な中学生の女の子の体力しかなかったので、追いつかれる事も無く、徐々に距離は開いていっていた。
そして、曲がり角を曲がったすぐの場所に児童公園の入り口が有り、丁度人が隠れそうな位大きいつつじの茂みを見つけたので、咄嗟に潜り込んだ。
つつじの茂みの中は子供達が秘密基地にしていたのか、俺でも小さく丸まれば十分入れるスペースが空いており、茂みの隙間から丁度道路を見る事が出来るので、千晶ちゃんの様子も確認出来るだろう。
おっ、丁度千晶ちゃんも曲がって来たぞ。
さすがに俺がここに隠れているなんてのは思わないだろうし、このまま気付かずに通り過ぎて行ってくれるといいんだが……。
「な、どこ行った牧野! クソッ! 足の速い奴め……ハァハァハァ……」
案の定、俺を見失った千晶ちゃんは立ち止まり辺りをきょろきょろと見回していた。
この子口が悪いな。
まるでドキ先輩(悪鬼)モードの時の様だ。
しかし、改めて見ると顔は確かに似ているが、他の千林ーズと違ってどこからどう見ても普通の女の子だ。
腰まで伸びた綺麗なストレートの黒髪。
今は鬼の様な形相しているけど、道を尋ねた時の顔はかなり可愛かった。
あの時も思ったけど、ポックル先輩達が成長したらあんな感じになるんだろうなと思わせる。
いや、千歳さんも同じ容姿なんで、あの三人は今後も成長なんかしなさそうだし、よく考えたら千晶ちゃんは姉じゃなく妹だ。
姉妹の中じゃ彼女だけが特殊なんだけど、一般的には普通の女の子なんだよな。
う~ん、森小路一族の血はややこしいよ。
千晶ちゃんは父親に似たのかな?
「どこ行ったんだ? 私の
なっ!!
今の千晶ちゃんの言葉に、俺は思わず大声でツッコミを入れそうになってしまったが、ツッコミどころが多過ぎて、何処を優先すれば良いのか迷ってしまった刹那の時間のお陰で、冷静になって我に返る事が出来た。
ツッコミストとしては、その程度の優先順位など一瞬で導き出さなければならず、刹那と言えども迷う事なんて未熟で恥ずかしい事なのだが、今はその未熟さに感謝しよう。
……いや、一体俺は何言っているんだ?
取りあえず、先程の言葉を冷静に整理しないとね。
まず『傷物』と言う言葉からツッコもうかな。
…………。
傷なんか付けて無いっての!!
そりゃ、ちょっと性格を矯正したり、ファーストキスを頂いたりしたけど……。
アレ? そんなに間違った表現じゃないのか?
いやいやいや、少なくともこんな真昼間の住宅地の真ん中で言われちゃうと人聞きが悪い所な騒ぎじゃなくなるよ。
次に、『のうのうと二酸化炭素を吐き出している』か。
酷くない? ちょっと酷くない? なんか生物として否定された感じなんだけど?
その後の『度し難い』って言葉もJCが言う言葉じゃないよね?
何より『千花たそ』ってなんだよ!
『たそ』だよ『たそ』、妹が姉に対して『たそ』だよ!
伝え聞いている内容では、溺愛していると言う話しだったけど、思った以上に深刻じゃないか?
冗談で言う事はあるだろうけど、怒りに任せて吐いた言葉に混じってるってのは、かなりのマジもんだと思うぞ。
う~ん、そりゃ千林ーズが可愛いのは分かるし、その中でもドキ先輩(可憐)やドキ先輩(もじもじモード)の可愛さは別格だったけども、『たそ』はなぁ~。
この少し歪な愛の重さが、ドキ先輩のコンプレックスを更に追い込んでいたんじゃないだろうか?
そして、以上の件から言える事は、見付かれば命が無いって感じ。
可愛かった大好きなドキ先輩が、他の人間の影響で変わってしまったんだ。
俺でさえ、そんな事になったらその相手に嫉妬してしまうと思う。
そんな相手からの言葉なんて何を言っても聞く耳持たないだろうな。
端から言葉が通じなさそうな相手の場合、ぬらりひょんスキルと言えども一筋縄にはいかない。
こんな時は誰かに仲介して貰って言葉が通じるレベルまで持っていかないとね。
千林ーズ、特にドキ先輩から説得して貰おう。
「あっ! あっちで何か動いた! そこか! 牧野!」
ギクッ! 見つかった?
ダダダダダダダッーーー!
あ、あれ? なんかそのまま公園前の道を走り抜けて行ったぞ?
助かったのか?
「待てーーー!! 牧野ーーー………」
なんかどんどん声が遠ざかっていくな。
ちょっと抜けてる子なのかな?
何にしろ助かった、今の内に……。
よし、道には誰も居ないな。
「ふぅ、千晶ちゃんがちょっと馬鹿で助かったよ。 えーとスマホで現在地を確認っと……」
ポケットからスマホを取り出し地図アプリを立ち上げた。
あちゃー結構離れたみたい。
まぁ、今度は目的地がちゃんと分かっているんだ、すぐ着くだろ。
最初から住所聞いておけば、こんな苦労は……って、これさっきも言ったなぁ。
「ほう、誰が馬鹿だって?」
「え?」
俺が地図アプリを見ながら千林家までの道をシミュレートしていると背後からドスの効いた声が聞えて来た。
俺は信じられない事態にゆっくりと振り返る。
そんな馬鹿な! 千晶ちゃんはさっき通りを走って行ったじゃないか。
「引っ掛かったな牧野! 馬鹿はどっちだ!」
「ぎゃぁぁぁぁーーー! 出たぁぁぁぁ!!」
げぇ! 千晶!
くっ、通り過ぎて行ったのは俺を謀る罠だったのか!
こいつ、出来る!
けど、ここで捕まる訳には!
「あっ待て! この」
捕まえようとして来た千晶ちゃんの手から何とか身を捩って躱した俺は、そのまま素早く横をすり抜けてダッシュした。
頭は回るようだが、身体能力はやはりただの中学生女子か。
高校生男子の俺に適う筈もない!
……年下の女の子相手に何してるんだろう?
いや、どっちにしろ今掴まる訳には行かないよね。
何としてもポックル先輩達に説得して貰わないと、このままじゃ、逃げ切ったとしても、今後安心して夜道歩けないよ。
家の場所はもう分かっている。
少し遠回りになっても今度は何とかなると思う。
本当に足治ってて良かったよ。
「待てぇぇーーーー!」
待たないっての! だって命が惜しいもんね。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「はぁはぁ、やっと巻いたよ。今度こそ追って来ないよな?」
暫くぐるぐると住宅地を走り回り、なんとか千晶ちゃんを引き離し事に成功した。
これで安心して千林家に行けるな。
念の為、南から回り込もう。
「えーと、現在地現在地。あっ着信が三件も来てる。現状を説明しておいた方が良いかな。出来れば途中で合流した方が安全だし」
トゥルルルル、トゥルルルル ガチャ。
『もしもし? 牧野くん? すごく遅いじゃない。合流出来なかったの?』
「千夏先輩ごめんなさい。それが、千晶ちゃんには会えたんですが、会った途端に物騒な事を叫びながら鬼の様な形相で追いかけて来まして……」
『あちゃ~、やっぱりそうなったのね』
「いや~怒っているって言うのは聞いていましたけどここまでとは……」
『まぁ、あの子凄く千花の事を可愛がっていたしね。私達の事はたまにしか抱っことか高い高いしてくれなかったもの。いっつも千花ばっかりだったのよ』
…………。
なに妹にそんな事ねだってるんですか千夏さん?
いや、私達と言う事だからウニ先輩も含まれてるんだろう。
さすがに千歳さんは入ってないと思いたいけど。
「このままじゃ、先輩の家に行くのも大変ですし、家の前で待ち構えられてると近付けませんよ。すみませんが迎えに来てくれないでしょうか? 一緒なら襲われる事は無いと思いますので」
『分かったわ。何処で落ち合う?』
「え~っと、南から大きく回ろうと思うんですよ。先輩の家の南東にファミレス有るの分かります? 地図載っていたんですけど。はい、確かそんな名前でした。あの、そこで落ち合うってのはどうでしょう?」
『分かったわ。念の為、千花は自宅に待機させておくわね。今の状態で一緒に居る所を目撃したら、あの子何するか分からないし。私と千尋で向かうわ。千尋おいで! 牧野くんを迎えに……って、あれ? え? 今……』
「どうしました? 千尋先輩に何か有ったんですか?」
『いえ、今玄関から千尋が出て行ったから……。あの子電話の内容聞こえていたのかしら? まぁ、ファミレスの名前は私から言ったんだし、勘の良いあの子なら理解するか。じゃあ、私も出るから牧野くんも向かってて』
「分かりました。じゃあお願いしますね」
『えぇ、じゃあまた後で』『お姉ちゃん呼ん……』
プツッ、ツーーツーー。
ん? 今切れる寸前にウニ先輩の声が聞こえた様な?
ポックル先輩の話では既にこっちに向かっているみたいな事言っていたけど……。
呼ばれたのに気付いて戻ってきたんだろうか?
……まぁ、いいか。
取りあえず、目的のファミレス目指そう。
ファミレスに向かって走っている最中、俺はある事に気付いてしまった。
なんて事だ、千秋ちゃんに追われる恐怖で、そこまで頭が回っていなかったようだ。
「これ口実に延期出来たじゃないか!」
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