第17話 約束


「それでは、今期第一回目の合同委員集会を終わります。各委員長、副委員長の方々本日は集まって頂きありがとうございました」


 今日は木曜日。

 紅葉さんの怪しげな薬のお陰で傷が癒えた俺は、生徒会完全復帰を果たし副生徒会長のウニ先輩と共に第一回目の委員集会に参加して、たった今司会進行を務め終えた所だ。

 今回は主に顔見せの意味合い的な意味合いの集まりだった事も有り、内容も自己紹介で終始したお陰も有って、何とか滞りなく無事に閉会する事が出来た。


「マ~ちゃんお疲れさま~。僕こう言うの初めてだからドキドキしたよ~」


「千尋先輩もお疲れ様です。いや~緊張しましたね~」


 他の委員の人達が帰り、俺達だけ後片付けで会議室に残っていると、先程の皆の前での少し男らしい態度から一転して、普段通りに戻ったウニ先輩が俺に労いの言葉を掛けてくれた。

 そう言えば、ウニ先輩も今期からいきなり副会長にされた、ある意味被害者なんだよね。

 学園挙げての大事件に発展したと言う、今期生徒会選挙。

 話を聞いているだけで、よく不祥事として警察沙汰にならなかったなと思う位の出来事だった様なのに、ウニ先輩は姉であるポックル先輩の副生徒会長就任のお願いをよく聞く気になったよな。



 ――― ウニ先輩。本名千林 千尋。この刻乃坂学園の二年生。

 そして現生徒会副会長だ。

 生徒会書記である千林 千夏ことポックル先輩と、学園最凶 "レッドキャップ"の異名を持つ千林 千花ことドキ先輩とは三つ子の関係であり、外見も髪型と性別以外は他の姉妹と瓜二つ所か瓜三つ、いや母親含めたら瓜四つ……。

 と言うか、もうクローンと言っても良い程そっくりだ。

 三人とも高校二年生とは思えない程、小っちゃくて可愛い。

 ……勿論母親の千歳さんはこの感想から除外している。


 先程知ったんだけど、どうも普段は結構サバサバとして男らしい言動だったりするようだ。

 副会長として取り仕切る姿は結構堂に入っており、なるほどただ単にポックル先輩の弟だから選ばれたと言う訳では無いと思った。

 聞いた話だと、妹の超天才であるドキ先輩程では無いにしても、学年二位の乙女先輩に次いで学年総合三位と言う華々しい肩書きを持っており、可愛い外見だけでなく実力としても信任投票で男性でありながら副会長の座をもぎ取ったと言うのも納得だ。

 恐らく副生徒会長として、ウニ先輩以外の適役は居なかっただろう。

 宗兄は能力だけなら生徒会長だって完璧にこなしただろうけど、残念ながらギャプ娘先輩と言う存在が居た所為で、男性と言う理由だけで選ばれなかったと思う。


 と言う事なのだが、皆が居なくなった途端に、ゆるゆるのきゃぴきゃぴの普段の可愛いウニ先輩に戻ってしまった。

 思えば生徒会の皆の中で、ギャプ娘先輩を筆頭に裏の顔を持っている人多いよな。

 唯一違うのは桃やん先輩くらいなものか。

 ウニ先輩は他の姉妹と同じく俺の事を慕ってくれており、隙を見てはスキンシップを要求してくるちょっと困った先輩でも有る。

 女の子であるポックル先輩やドキ先輩よりは、抱っこやおんぶに抵抗感は無いのだけど、外見に騙されているだけで、冷静になると俺より年上なんだよな。

 今も俺に向けられている千林なんかもう超絶スマイ可愛い妖精の様な笑顔を見ていると、そんな些末な事どうでも良くなってくるのが最近ちょっと怖いな。

 本当に千尋さん含めて不思議な人達だ。


 恐るべし! 千林一族! ……あぁ、森小路一族が正しいんだっけ?


「マ~ちゃん、怪我治ってよかったね~」


「ありがとうございます。すっかり元気になりましたよ」


 心配していた薬の副作用も無く、すこぶる調子が良い。

 本当に凄い薬だわ。

 色々なパワーワードを含む断片情報で紅葉さんの過去が少し気になっているんだけど、あれから会えてないんだよな。

 今度会ったら詳しく聞かないと。


「じゃあ、そろそろいいよね?」


「ん? 何がですか?」


「や・く・そ・く」


 ウニ先輩がウインクして、人差し指を立てながらそんな事を言って来た。

 あまりの可愛さに腰が砕けそうになったが、落ち着け俺!

 今目の前に居る可愛い生物は、男性で! しかも俺より年上だ!

 外見で騙されて思わず抱きしめたくなるなんて、ただの気の迷いなんだ!


 何とか昂ぶるリビドーを抑えて、ウニ先輩が言って来た言葉の意味を考える。

 約束? 何の約束だろう?

 なんか約束していたっけ?

 お姫様抱っこ? 肩車? いや、それは全部昨日やったよな。

 他に何が有ったっけ?


「約束って何でしたっけ?」


「もうっ! マ~ちゃんったら忘れたの? うちに遊びに来るって言ったじゃないか~」


「うわぁぁぁぁーーーーー! そうだったーーーーー!」



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 ……と言う事で、俺は約束の土曜日を迎える事となった。

 色々と理由を付けて、更なる引き延ばしを図ったんだけど、千林シスターズ+1による、うる目この世の物とお願いは思えないアタ超絶的なック可愛いさの前に陥落してしまったんだ。

 

 電車に揺られること30分、俺はとうとう千林シスターズ+1が住むこの閑静な住宅街へと足を踏み入れる事となった。

 駅に先輩達の迎えは来てくれないらしい。

 なんか俺を歓迎する為に色々と準備が忙しいからと、地図だけ渡されてしまったんだけど、ある意味死刑宣告みたいな気持ちだし、俺の歓迎とかそんなの別に良いんで一緒に付いていて欲しかった……。

 ドキ先輩を不良化? いや、千林家の中ではモジモジ甘えん坊モードだったと言う性格と、学園内でのレッドキャップモードを足して二で割って、若干スパイス大目なちょっぴり辛口な性格に変えてしまった事への謝罪の為の訪問なんだし、正直気が重すぎる。

 母親の千歳さんは怒ってはいなみたいだけど、父親と妹さんはかなりお冠らしい。

 うん、まぁ仕方無いよね。

 父親にしてみれば、自分の娘を傷物にされたと思ってもおかしくない事だし、妹さんもモジモジ甘えん坊なドキ先輩の事が大好きみたいだった様だ。

 それを俺の所為で、今の性格にしちゃったんだから。

 まぁ、俺としてはレッドキャップモードより、今のドキ先輩の方がマイルドになって良いとは思うんだけど……。


「あぁ……、嫌だなぁ~。やっぱり誰かに付いて来てもらった方が良かったか……」


 俺が日曜日に千林シスターズ+1の家に謝罪しに行くと言うのを知った皆が『自分も付いて行く』と言ってくれていたんだけど、格好付けて『俺の責任だから俺一人で謝罪しに行くよ』とか言っちゃったんだよな。


 そう、本当は日曜日に行く事になっていたんだよ。

 今日は土曜日。

 なんで今日ここに居るかと言うと、昨日の夜にポックル先輩から電話が掛かって来て、『日曜日って皆に知られちゃったんで、皆が後を付けて来て大変な事になると思うから、内緒で土曜日にしましょう』と言って来た。

 多分……、いや絶対にポックル先輩が言う通り、皆が面白がって乱入して来てグダグダになる未来が予見出来たので、その時は思わずポックル先輩の案に乗っちゃったんだよね。

 そう言う事で、用事も無かったし急遽土曜日の今日になったんだ。


「よく考えたら皆が乱入して来た方が、有耶無耶になって良かったんじゃないのか?」


 う~ん、先輩の言葉に騙されたかも……。



 地図を頼りに歩くけど、初めて歩く住宅街って、似たような通りが多いもんだから、どうやら道に迷ってしまった様だ。

 地図自体ポックル先輩が書いたと思われる、簡略化したファンシーな似顔絵の入った手書きの地図が、かなり大雑把だった所為も有ると思う。

 恐らく幾つかの通りが省略されていて、それを曲がってしまったんだろうな。


「青い屋根の家と言う事だったけど、それらしい家は見えないな。う~ん、分かる所まで一回戻るか……」


 俺は振り返り来た道を戻ろうとするが、行きと帰りでは見て来た景色の印象が変わるので、余計に迷ってしまい、駅への道まで分からなくなってしまった。

 約束の時間はもうすぐだ、このままだと間に合わないな。


「ハッ! このまま道に迷いましたと言って帰っちゃおうか! 仕方無いよね、この地図が悪いんだし」


 ピロリロ~ピロリロ~。


 名案を思い付いた俺が逃げ帰る為に駅に向かおうと思った矢先、突然スマホのベルが鳴った。

 このタイミング……、そして待ち受けに表示されている呼び出し人の名前……。


「はぁ~、連絡来たらさすがに逃げ帰れないか。これこそ仕方無い。……もしもし、千夏先輩? いや~道に迷っちゃいまして~」


『え~そうなの? ちゃんと地図を渡したじゃない』


 その地図の所為なんですけどね。

 素直に住所を教えてくれていた方が、地図検索とかですぐに辿り着けたと思うんだ。

 まぁこの地図の掛かれている可愛い似顔絵とか、染みついてるお日様と甘いミルクの様な千林匂いだけでパヒ可愛いと断ューム言出来る香りはマイプレシャスとして今後も保管させて頂こうと思う。


「いや~、どうも曲がる所を間違えた様です。ここは……どこだろう? あっ郵便局が見えますね」


『え? 郵便局? あら~、結構遠くまで逸れちゃったわね。しょうがない。今から迎えに行くわ。え? ちょっと千晶ちあき! 待ちなさい!』


 ん? どうしたんだ? 電話の向こうで誰かに何か叫んでるな。

 千晶? あっ確か妹さんの名前だったっけ? 今、中学生でドキ先輩大好きっ子の。

 何が有ったんだろうか?


「どうしたんですか先輩?」


『いえ、今千晶……、妹が『私が連れて来る』とか言って出てっちゃったのよ』


 えぇーー! それ本当に迎えに来る為なの? 先輩達が見ていない内に俺を始末しようなんて考えているんじゃないのか?


『まぁ、すぐ着くと思うわ。そこで待ってて』


 冗談じゃない。いきなり二人っ切りで会うのは御免被りたいよ。

 絶対ただでは済まないと思うし。


「いえ、それも悪いですし、先輩の家の方角を教えて貰えませんか? 途中で合流しようと思います」


『そう? そこからなら西の方。遠くにショッピングモールが見えるの分かる? そっち方向にまっすぐ行って、しばらく行くとコンビニが見えるからそこの十字路を左にまっすぐ行くと青い屋根が見えて来るわ』


「ありがとうございます。すぐ向かいます」


 よし、相手がやって来る道順が分かった。

 この先のコンビニの角を左から、ね。

 それさえ分かれば先輩達の家の位置も大体推測出来る。

 やって来る前にこの手前の道を曲がれば、妹さんに会わずに家に着けるだろう。



 ふ~、やばいやばい。これで一安心だ。

 後は妹さんに見付からない様にするだけ。

 会った事は無いけども、ドキ先輩の話では、妹は自分達に似ているとの事なので、御多分に漏れず千林スタイルなのだろう。

 それさえ知っていれば簡単だな。

 もし、さっきの道順と違う道から来るとしても、小さい女の子を見たら隠れたらいいだけだし。


「それに一応ダメ押しするか。 よく考えたらそこら辺に歩いている住民に場所を聞けば良かったんだ。おっ丁度いい。あそこに歩いている人に聞いてみるか」


 あんな世界遺産な親子が住んでいる家なんだから、地域住民が知らない訳無いよね。

 最初からそうしてれば、命の危険を感じる事も無かったじゃないか。

 タイミングよく前から女性が歩いて来るのが見えた。

 女性と言っても背は俺より少し下くらいかな? 俺と同い年くらいの女の子だ。

 高校生か、中学生くらいだろう。なら、この辺りの同世代の子の家も知っている筈。


「ちょっとすみません。ここら辺初めてで道に迷ってしまって……」


 あれ? なんかこの女の子怒ってる? しまった、声掛ける相手間違っちゃったかな?

 声を掛けてから気付いたけど、その女の子をよく見ると不機嫌そうな表情をしていた。

 無視されるかも……。


「あら、そうなんですか。どこ行こうとされてるんですか?」


 俺が思っていた展開とは異なり、不機嫌そうな女の子は俺の言葉に笑顔になってそう言ってくれた。

 良かった、道を教えてくれる様だ。

 これで無事に辿り着く事が出来るな。


 ……あれ? さっき不機嫌な顔をしていたから気付かなかったけど、この笑顔……。

 何処かで見た様な? 誰だっけ?

 目の前の女の子は、遠目から見た通り俺より少し下くらいの年齢の様だ。

 けど中学生にしては少し大人びた感じがする綺麗な顔立ち。

 他人の空似かな? まぁ良いか。


「ええと、この地図に書かれている千林さんの家なんですけど……」


「え? 私の家? それにこの文字、お姉ちゃんの字だわ……」


 はい? 今『私の家』って言った? それにポックル先輩が書いた地図を見てお姉ちゃんの文字って?

 え? え? そ、そんな。目の前に居る女の子は千林スタイルしていないよね?

 普通に年相応の女の子の背格好だ。

 

 い、いや、そう言えば、どこかで見た顔と思っていたけど、言われると千林シスターズ+1が成長したらこんな顔になるのか……?

 女の子は、何かに気付いたと言う顔をして、見る見る表情が笑顔から怒り様相に変わって来た。


「も、もしかして君の名前って、千晶……ちゃん?」


「お、お、お! お前が、牧野かーーーーっ!!」


 ぽかぽかとした日差しが眩しい正午前の閑静な住宅街。

 そんな一見平和そうなに見えるこの場所に、女の子の怒号が響き渡った。

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