第14話 体育教師
「マジかよ……」
俺は朝起きてあまりの事態に驚愕していた。
あっ、涼子さんや黄檗さんとは関係無い事だよ。
あの後、そのままオールナイトの飲み会に雪崩れ込みそうになったけど、『え~良いじゃない~この部屋でも~』と言う涼子さんや『一緒に呑もうぜ!』とか言う咲さん、それに『先生の所に泊まり込んで仕事をすると、編集部に伝えてあるので明日はオフみたいな物です』とかとんでもない事を言っている黄檗さん等のダメな大人達と、保護者の癖に『それもそうね』とか言って宴会を止めようとしないお姉さんを追い出して安息の時間を手に入れた。
……いや、壁を通して普通に笑い声が聞こえてくるんで安息では無なかったな。
これ近所迷惑だよなぁ~。
引っ越す二人だけど、本当はこれが原因なんじゃないだろうか?
そして、話を戻して翌朝俺が何に驚いているかと言うと、寝る前に紅葉さんから貰った怪しい塗り薬を、わざわざ俺の為に訳の分からない材料を掻き集め作ってくれたとの事だし、折角だからと清水の舞台からノーロープバンジーするつもりで、少し傷が開いた太ももに塗ってたんだよ。
で、いまその傷跡を見てみたら……。
「傷が完全に塞がってる……。痛みも全く無い……。何これ、逆に怖い!」
と言う通り傷が完全に塞がっており、縫い付けていた糸が体外に排出されたのか傷跡に張り付いていた。
パンパン
「叩いても痛くない……。やっぱり怖い! 何なのこれ? 本当に人体に使用しても良い物なの?」
恐るべし紅葉さん一族の秘伝の薬!
これ世の中に出せばノーベル医学賞受賞するよ。
ビィィィ――――
「あっ、お姉さんかな? 迎えに来たにしたら早いな」
カチャカチャ、ガチャリ。
「ゴーぐん……ごべん~。うっぷ……」
ダダダダダッバタン! ジャーーーー!
部屋に入るなりお姉さんは猛ダッシュでトイレに駆け込んで、水を流す音で隠し切れないボミット感溢れる音を出している。
「ふぅー、ゴメン~コーくん。昨日飲み過ぎたと言うかさっきまで飲んでたのよ。今日送れそうにないんでタクシー呼んで貰っていい?」
あ~、あぁ……。
死んだような顔してトイレから出て来たお姉さんは、申し訳無さそうに謝って来た。
まぁ、ある意味丁度良かったかな?
紅葉さんの薬のお陰で歩いて行けそうだし。
……いや、他に悪影響が無いか実験の意味も兼ねて、学校に行くまでに確認しておきたいしね。
「タクシーは良いよ。何か紅葉さん家秘伝の薬を塗ったら治っちゃったし」
「治ったって……、コーくんそんな馬鹿な……って本当ね……。何それ怖い。それ本当に人体に塗っていい薬なのかしら?」
俺と同じ事を言って驚いているお姉さん。
やっぱりそう思うよね。
「紅葉ちゃん家の秘伝の薬ねぇ~。まぁ彼女代々退魔師を営んでいた一族の末裔って言ってたから、そう言う物も有るのかもね」
んん? 今何か不穏な言葉が聞こえたような?
しかし、お姉さんと紅葉さん、俺が入院中にすっかり打ち解けて、今じゃ親友みたいになっているんだよな。
強者は強者を知るって奴なのか? まぁ、俺に危害を加えた件は、事情が事情だったしね。
それに面倒見の良いお姉さんの事だし、後輩でもある紅葉さんも庇護対象に入ったのかもしれないな。
「じゃあ、ごめんね。じゃあ、ママは咲ちゃんの所に戻って飲み直してくるわ」
「……。あまり飲み過ぎたら体に毒だからね? あとママじゃないけど」
そんなこんなで、お姉さんはまた咲さんの部屋に戻って行った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「え~! こうちゃん!? 足大丈夫なの?」
俺が久々に歩くいつもの通学路の風景を楽しんでいると、後ろからみゃーちゃんの声がした。
まぁ、普通驚くよね。
だって昨日会った時は、まだ足引き摺っていたしね。
「い、いや、先週紅葉さんから貰った薬を昨日塗ってみたら、なんか治っちゃったんだよ」
「紅葉さんの薬? 何それ怖い。それ本当に人体に塗っていい薬なの?」
あぁ、みゃーちゃんも同じ感想か。
うん、そう思う。俺今でも怖いもん。
副作用有りそうだし。
「でも、紅葉さんって妖怪退治の専門家だもんね。そう言う薬持ってても不思議じゃあないか~」
んんん? 今みゃーちゃんからも、とても不穏な言葉が聞こえたぞ?
「え? 宮之阪? 今なんて……」
「え? いっちゃんやん! おはよ~! 足大丈夫なん?」
みゃーちゃんに不穏な言葉が俺の聞き間違いなのか聞き返そうとしたその時、後から八幡の声が聞こえて来た。
「ん? あぁ、おはよう八幡。紅葉さんの薬を塗ったらね……」
「あぁ、小さい頃から鞍馬山で烏天狗と修行したって言っとったもんな。そう言う秘薬の製造法を知っとってもおかしくないか」
えええっ? 今更に衝撃な言葉を聞いた気がする!
聞き間違いじゃないよな?
「八幡! 今なんて……」
「おー! こーいちじゃないか! 足大丈夫なのか?」
「え? あぁ……」
なんて事が有って、その後も紅葉さんの事を聞こうとすると邪魔が入り結局聞きそびれてしまった。
まぁ良いか、今度本人に聞こうっと。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「こーいち? 今日の体育どうするんだ? 念の為今日も休むか?」
一時限目が終わり、休み時間に入った時にコーイチが話しかけて来た。
あぁ、今日の三時限目は体育か。
よく考えたら俺にとって今日が初の体育授業なのか。
一週目は特別編成の短縮授業で結局体育は無かったんだよな。
俺が先週目を覚ました丁度一週間前の火曜日に初の授業が有ったみたいだ。
「いや、本当に治ったのかの確認の為に、今日から出てみるよ」
「無理するなよ? あぁ、出るなら一応体育の先生に言っていた方が良いかも。出る時は事前連絡する様に言伝頼まれてた」
「え? そうなのか? じゃあ、リハビリも兼ねてちょっと行ってくるかな」
「多分体育教官室に居ると思うぞ。一緒に付いて行こうか?」
「いや、場所は生徒会広報の地図作成の時に知ってるから大丈夫だ。休み時間が終わる前にパッと行ってくる。そう言えば先生の名前ってなんて言うんだっけ?」
「え~と、確か
蛍池? どっかで聞いた名だな? 何処だっけ?
まぁ、会ったら分かるか。
「ありがとう。ちょっと行ってくわ」
俺はコーイチと別れて廊下を歩いて体育教官室を目指す。
所々ですれ違う先輩達は挨拶をしてくれた。
これも俺に期待してくれている証拠だな。これからも期待に添える様に頑張らなければ。
と、新たな決意を胸に廊下を歩いていると、窓の外から声が聞こえて来た。
「こら! 待てぇぇ! どう言う事だ! 野江ーーーー!!」
ん? 野江?
聞こえて来る声は野江と言う人物を追いかけているようだ。
野江って、水流ちゃんの事か?
またうっかり発動して怒られているんだろうか?
いや、さすがにそれは無いか。
学校の中で追いかけられる教師って無いよな。
「ちょっ! 違うって! そんなんじゃないって! 別に抜け駆けとかじゃなく、って言うか私はそんな制約受けてないし!」
あぁこの声は水流ちゃんだ。
やっぱりなにかうっかりを発動したのかな。
窓から中庭を覗くと水流ちゃんが駆け抜けて行くのが見えた。
その後ろには赤いジャージを着た女性が、かなり怒った表情で追いかけているのが見えた。
ん〜? あのジャージは生徒のじゃないっぽいな? 何者だ?
まぁ、良いか。頑張れ赤ジャージ。
俺は心の中でそっと水流ちゃんを追いかける赤ジャージの女性にエールを送った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
体育教官室は体育館の一階の隅に有るのでちょっと距離が有ったが、本来なら間に合う筈だったのに、水流ちゃんの件で思わぬ時間を取られたので仕方無く途中から走って来た。
う~ん、水流ちゃんめ!!
しかし、走っても痛くないな。
……マジでこの薬凄くない?
「失礼しまーす。蛍池先生はいますか?」
俺は声を掛け体育教官室の扉を開けた。
中には何人かの先生が寛いでいる。
どれが蛍池先生だ?
「ん? 蛍池ならさっき出て行ったぞ? すれ違わなかったか?」
「え? そうなんですか? いや、会わなかったです」
そうかもしれないけど顔を知らないから仕方無い。
「そうか、何か用か? 用事なら言伝しておくぞ」
「ありがとうございます。1-Aの牧野 光一と言います。本日から体育授業を受けると言う事を言いに来ました」
「牧野? おぉ~、どこかで見たと思ったら! 部活紹介の立役者じゃないか! ありがとうよ。俺も現役時代ずっと不満だったんだ。分かった言伝は伝えておくぞ」
「お願いします。では」
その場に居た体育教師達が口々に俺に礼を言って来た。
皆凄く嬉しそうだ。
そうか、この人もずっと不満だったんだな。
皆が喜んでくれて本当に良かった。
しかし、ふと思ったんだけど、この学園の先生ってOB率高くない?
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
そんなこんなで、三時限目の体育の時間が来た。
授業が始まる前に準備運動をしておかないといけないらしく、二時限が終わったと同時に更衣室に皆で駆け込んだ。
どうやらとても怖い先生らしく、一人でも時間に遅れると連帯責任としてスクワット100回させられるらしい。
今時珍しいスパルタ具合だ。
「ん? お前? 確か牧野だな? 怪我していたと聞いていたが、本当に今日から授業に出て大丈夫なのか?」
足の具合を見つつ、コーイチと柔軟していると誰かが声を掛けて来た。
内容からするとこれが体育教師の蛍池先生なのか?
蛍池……蛍池……、誰だっけ?
なんか最近聞いた名前だったような?
あっ! 思い出した!!
蛍池って、確かお姉さんが何故か嫌っている空手部顧問の名前だ!
しかし、この声はなんか想像と違うぞ?
お姉さんの口振りからてっきり……。
俺がその声の主、蛍池先生の方に顔を向けると、そこには先程見たあの人。
赤ジャージの女性が立っていた。
「おっ、お前女だったのか……!」
と言う声は勿論飲み込んだ。
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