第13話 懐かしい味
「遅いわね~。黄檗さん~」
あれから待つこと30分……。
俺の腹の音はMAXに鳴り響いている。
そろそろ俺のお腹と背中がくっつきそうだ。
「本当ですね。まぁ俺の台所ですからね。自分の所と勝手が違うんで、道具とか戸惑ってるのかもしれませんね」
更に待つこと20分……。
「さすがに遅いわ! 私のお腹と背中がくっついちゃうわよ!」
そう言って立ち上がった涼子さんだが、それは俺の台詞です。
まぁ、このまま放っておいて、腹ペコモンスターになられても面倒なので、分けてあげようかな。
「確かに遅いですね。ちょっと皆で様子を見てきますよ。」
「いえ、皆で行った方が良いわね。どうせコーくんの部屋に行く事になるんだし。それに黄檗ちゃんからの連絡無いのもちょっと心配だわ」
確かにお姉さんの言う通りだ。
三十分って言っていたのに、一時間近く連絡無いのは心配だよ。
もしかして、やっぱり俺の言葉に怒って帰っちゃったんじゃないか?
俺達は慌てて咲さんの部屋を後にし、俺の部屋へと向かった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「台所には居ないみたいですね?」
部屋の前には着いたけど、消していた部屋の電気は点いている物の台所の窓には人影が映っていなかった。
奥の方にも動いているような気配は無い。
どうしたんだろう?
鍵は……掛かってるな。
本当に帰ってしまったのか?
いや、下の駐輪場にはまだ黄檗さんのバイクが有るから少なくとも帰った訳では無いと思う。
もしかして、何か足りない材料でも買いに行ったんだろうか?
俺の鍵は黄檗さんに預けてしまっているので、お姉さんの持つ合鍵を使い部屋に入った。
「あっ、良い匂い。料理は? あぁ、ちゃぶ台の上に並べてありますね」
台所にはやはり人影は無かったが、黄檗さんが作ったと思われるとても食欲をそそる匂いで満ち溢れている。
料理自体は完成していた様で、既に居間のちゃぶ台の上に人数分の料理が配膳されていた。
良かったね、涼子さん。
あなたの分も有りますよ。ちょっとだけモヤっとするけどね!
しかし、何処に行ったのだろうか?
トイレかなとも思ったけど、トイレの扉に付いている小さな刷りガラスの窓を見る限り、中の電気は点いてないので、恐らく居ないだろう。
あっ!
有ろう事か涼子さんは躊躇無く、トイレの扉を開けて確認した。
中に黄檗さんが居たらどうするつもりだったんですか?
目が合ったら気まずいなんてもんじゃないですよ!
いや、真っ暗の中、鍵も掛けずにトイレに篭るなんて事する人は居ないと思うけども。
一体何処に行ったのかと居間に向かったのだが、ふと視界の隅に見える隣の部屋のベットの上に、誰かがうつぶせになっているのが映った。
慌てて目を向けると、その服装から黄檗さんなのが分かる。
疲れて寝ちゃったのか?
「あの……、黄檗さん? どうしたんですか?」
恐る恐る声を掛けたが反応しない。
やっぱり寝ちゃったんだろうか?
そう思った途端、うつぶせ状態の黄檗さんが、首だけをクルッと素早くこちらに向けてきた。
ヒッ! なになに? 急にそんなホラー映画っぽく動かれると怖いんですが?! 寝てたんじゃないのですか?
「どう言う事ですか?」
「へ?」
どう言う事って、どう言う事?
急にどうしたんですか黄檗さん?
「何で、このベットから女性の匂いがするんですか? それも若い女の子の匂いです。数は……、九人。一人男の子? が居ますね。あっ、すみません。若くない人も若干一名交じってます」
え? 何それ? 女の子の匂いが俺のベットから? 何だそれ?
咲さん達とのスマホ争奪戦は大分前だし、お姉さんが入院中布団を干したって言っていたから違うだろう。人数も違うしね。
あっ! 日曜日のアレか。
『一ゴロ十秒』とか言って、皆して俺の布団をグチャグチャにしたあれ。
あ~なる程ね、人数もぴったり……ん?
ヒッ! なんで分かるんですか? 人数構成まで!
男の子? ってのはウニ先輩で、若くないのは水流ちゃんだろう。
何も無かったんだけど、アレをどう説明したら良いんだ?
何言っても墓穴掘りそう!
いや、そもそもどうして匂い嗅いだだけで分かるの?
「なななな、何を根拠に!」
激しい動揺がそのまま言葉に出てしまい、それによってまるで俺がやましい事をしたと言う疑惑を強固な物にしてしまっている感じがしないでもない。
いや、確実に黄檗さんの目が鋭さを増してるので、疑惑を強固な物にしてしまっている。
「さすが黄檗さんね~。臭気判定士の資格は伊達じゃないみたい」
要らないよ! そんなプチ情報!
なんですかそれ! 初耳ですよ!
「何故なんですか? しかも、まだ二日しか経っていないくらい新しいです」
日付けまでビンゴ! って、そこまで分かる物なんですか、その『臭気判定士』って。
「いやいやいや、そんな誤解ですって。何も無いですよ」
「しらばっくれてもダメです? もしかして不純異性交遊ですか? そうなんですか?」
少しドスの利いた声で、相変わらずベットの上に横になりながら俺の事を睨んでくる。
「そ、そそそそ、そんな訳無いじゃないですか! 濡れ衣ですって!!」
「あぁ~そう言えば、土曜日に学校の友達達が来て『一ゴロ十秒』とか言って遊んでいたわね」
黄檗さんの激しい追及にあからさまに怪しい勢いで焦っていると、お姉さんが思い出したようにそんな事を言い出した。
あっ、そう言えばお姉さんも居たんだよねその時。
もっと早く言ってくれよ!
「あぁ噂に聞いている、生徒会ハーレムの人達ですか……」
「人聞き悪いですよ! ハーレムってそんな訳無いじゃないですか!」
あれ? 何で黄檗さんだけじゃなく、涼子さんや咲さん、それにお姉さんまで俺の否定の言葉に呆れ果てたって目で見て来るんですか?
止めて下さい。誤解です。
「まぁ、いいです。それより『一ゴロ十秒』……ですか。ふん、勝ちましたね。私はかれこれ十分以上はゴロゴロしています。匂いも上書き済みですよ」
「なんですかそれ! あぁ! よく見ると布団がしわくちゃじゃないですか! 折角綺麗にしたのに!」
「なに? それは負けてられないな! あたしも寝るぜ!」
「あたしも~」
「ちょっ! 二人とも待ってくださいよ! 止めてーーー!!」
三人でくんずほぐれつ、俺のベッドの上で傍若無人な振る舞いで布団を荒らしていく 。
「ふぅ、コーくんは相変わらずねぇ~」
「お姉さん! だから笑い事じゃないよ!」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
それから暫く後、
俺は途中から諦めの境地に至ったので、冷凍してあった黄檗さんの分の味噌煮込みを解凍していた。
「牧野さんごめんなさい。少し調子に乗りました」
少し? う~ん、前々から思っていたけど、どうやら俺と黄檗さんの『少し』と言う言葉の解釈には大きな溝が有るようだ。
溝と言うか、標高差かな?
厳密に言うと、マリアナ海溝の底とエベレストの山頂くらいの標高差。
「い、いえ、良いんですよ。 それよりどうしました?」
「料理にかけるあんを作ろうと思いまして。皆さんを呼んでから作ろうと思っていたんです」
あん? あぁ、あんかけ料理なのか。なるほど、あんは熱々の方が美味しいもんね。
「それなら、片栗粉は冷蔵庫の野菜室に入ってますよ。好きなだけ使って下さい」
「ありがとうございます。でも私も買ってきちゃいましたので……。では、新しい方は封を開けずにプレゼントしますね」
そう言って、黄檗さんが料理の仕上げのあんを作りだした。
醤油とかその他の調味料は、今まで料理を教えてくれていたので勝手知ったる人の家と言った感じに棚やら冷蔵庫から取り出して使用している。
どうも、鶏そぼろのあんを作るようだ。
鶏のミンチをグリンピースと一緒に炒めていた。
何かそれだけの事なのに、一切無駄が無い。
凄い手際だ! それに料理も良い匂い!
「牧野さん……。ありがとう」
俺が黄檗さんの料理の手際を感動して見ていると、黄檗さんは料理の手を休めないまま、俺に『ありがとう』と言ってきた。
「え? 何をです? あっ台所を貸した事ですか?」
「うふふ、内緒です」
黄檗さんは一瞬だけ振り返って俺に微笑みかけた。
秘密ってなんだろう? 今日は黄檗さんを傷付ける事しかしてないと思うのに。
「あぁ、そうそう。これから私の事を本当のお姉ちゃんと思って甘えてくれてもいいのですよ?」
また台所の方を向き直り、相変わらずの手際で鶏そぼろあんを作っていると、黄檗さんはとんでもない事を言って来た。
あまりの事に噴出しかけるのを堪えて咽そうになる。
もしかして、さっき『おねえちゃん』と言った当て付けで、俺を
「ゲホッゴホッ。えぇ? あっ! さっきの事はすみません。俺も何であんな事言ったのか自分でも分からず。本当にごめんなさい」
「謝らないで下さい。とても嬉しかったんですから。私はあなたと出会えて本当に良かったと思っています」
そう言うと、また手を止めて振り返り俺を見てほほ笑んだ。
黄檗さんも最近は大分表情が柔らかくなって来たよな。
最初の頃はもっと冷めた表情で淡々としていたんだけど、俺は今の優しい笑顔の黄檗さんが好きだ。
「俺も、黄檗さんに会えてよかったと思っています」
「ありがとうございます。もう少しで出来ますんで座って待っていて下さいね」
「分かりました。本当に楽しみですよ」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「「「「いただきまーーす」」」」
「はいどうぞ。お口に合えばいいんですが」
俺達はちゃぶ台に並べられた黄檗さんの手料理の前に座り、いただきますをした。
料理は、鶏そぼろあんが掛かったハンバーグ? それにしてはちょっと色が薄いかな?
たねは何だろう? でもとってもいい匂いで美味しそうだ。
既に限界を超えた俺のお腹が悲鳴を上げているし、取りあえず食べてみよう。
パクッ!
「ん? ……これは? 肉だけじゃない? 少し薄く優しい味なんですが、でも奥に深い味わいが有りますね」
口に入れたハンバーグ? は見た目の色の薄さと同じく、一口目は少し淡泊な感じなんだけど噛めば口の中に旨味が溢れて来る。
鶏そぼろあんとの相性もぴったりで、とてもおいしい。
それにこの味は、遠い昔どこかで食べた事が有るような、とても懐かしく、そして幸せな気持ちが心の奥底を刺激する。
『また、食べる事が出来た』そんな既視感を覚えた。
「これは、私の得意料理だった、鶏ミンチに豆腐とおからを混ぜたハンバーグなんです。昔、身体の弱く濃い物を食べられなかった弟に、少しでも美味しく食べて貰おうと色々と工夫して作り上げたレシピです。でもごめんなさい、病院食みたいな味気無い料理で……。もっと普通のハンバーグとかカレーとかの方が、牧野さんのお口には合ったかもしれません」
「いや、そんな事無いですよ! 凄く美味しいです。それに、それに……なんだか……とても懐かしい感じがして……この料理大好きです」
うん、この料理はとても大好きだ。初めて食べたはずなのに身体が、いや心が知っているそんな感じがする。
「あら? コーくんどうしたの?」
急にお姉さんが俺の顔を見て驚いた様に言って来た。
何の事だろうと首を傾げると、咲さんも口をあんぐりして止まっていた。
涼子さんだけは箸は止めずに、ヒョイパクヒョイパクと次々に料理を口に入れているけど、その視線は俺の顔を凝視していた。
俺の顔に何か付いているんだろうか? と思って頬に手を当ててみると……。
ベチャ。
え? 濡れている? どう言う事?
反対の頬に手を当てると、やはりそちらも濡れていた。
いつ水を被ったんだ? いや、これは涙? 俺の目から涙が溢れてる?
「えぇ? あれ? あれれ? なんで? 勝手に涙が?」
俺自身、今俺の身に起こっている事を理解出来ず、ただ両手で涙を拭った。
なんで泣いてるんだ? もしかして料理に感動したのか?
懐かしいと感じた事で、思わず涙が出ちゃったんだろうか?
「ほらほら、牧野さん。手で擦ると痕になりますよ。ハンカチをどうぞ」
黄檗さんは俺の突然の涙に驚かず、優しく声を掛けてハンカチを渡してくれた。
受け取る際に黄檗さんの顔を見ると、またとても暖かく慈愛に満ちた笑顔で俺を見詰めていた。
その笑顔を見ていると、本当に『おねえちゃん』と思えて来る。
「ありがとうございます。ごめんなさい。なんか黄檗さんには情けない所ばかり見せてしまってますね」
前に泣いた時も黄檗さんとお姉さん、一応涼子さんに慰められたんだよな。
本当に情けないや。もっとしっかりしなくちゃ。
「ふふ、良いんですよ。これからもよろしくお願いしますね」
黄檗さんは情けない俺に、そんな言葉を掛けてくれる。
これからもよろしく? そりゃ勿論!
「はい!!」
その後の言葉に、思わず『おねえちゃん』って言葉が飛び出そうになったのは内緒だよ。
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