第11話 お姉ちゃん
「引っ越す順番は、桂、祥子さん、鈴の順番だ。まぁ、フットワークの軽さ的にそう決まったよ」
ある程度落ち着いたので、俺の心の準備の為に一応今後の引っ越し予定を聞いたら咲さんがそう説明してくれた。
桂さんが次に来るのか~、と言う事は俺の下の部屋だよね。
ドタバタしたら怒られそうだから気を付けないと。
あの蛇みたいな目で睨まれたら怖いからね。
「しかし、フットワークですか? どちらかと言うと大所帯の咲さんが一番フットワークが重そうですが」
「ん? あぁ、あたしん所はさっき説明した通り、元の仕事場はそのままだし、あたしが常駐しなくても仕事は進むしね。思うよりもフットワークが軽いんだよ」
「なるほど~。そう言えばPCでマンガ書いてるって話ですもんね」
それでも問題は有りそうだけど、確かにフットワークは軽そうだ。
「他の連中はアシスタント達の通勤や、借りてる部屋の賃貸契約、あと単純に金銭の問題等々でなかなか難しくてね。桂はダブル家賃を払っても良いってんで、取りあえず光一の下の部屋を抑えたんだよ。だから引っ越してくるのはもう少し先だな」
そこまで無理して引っ越して来なくても良いのにと言う言葉が、今にも喉から零れそうになった俺だけど、ぐっと飲み込んだ。
「鈴はどうしても光一の下が良いと愚図ったんだが、デビュー一年ちょっとだし、去年卒業と同時に東京に引っ越して来たばかりだからな。金銭的に厳しいのと、次に空く部屋がお前の上と言うのを聞いてそこを予約した事で落ち着いたんだよ」
え? 俺の上下ってその二人に挟まれるって事ですか? なんかとても夢見がとても悪そうなんですけど……。
毎晩あの夢にうなされそうだなぁ。ブルルルッ。
「どうしたんだ光一? 急に震え出して?」
「い、いえ、何でも無いですよ。ははは」
「そうか? まっ、なんにせよ、これからよろしくな」
「はい、よろしくお願いします。と言っても暫くは俺料理出来ませんからね」
昨日また傷が開いた所為で長時間立つのが、ちょっと辛い。
そう言えば、紅葉さんに秘伝の薬とか言うのを貰ったっけ。
何やら怪しいモノが入っていたっぽいけど折角だから今晩使ってみようかな?
「当たり前だろ? あたし達もそれ位は弁えてるさ。なぁ? 涼子」
「え? えぇ……。う、う~ん。うん、我慢する!」
涼子さん、そんなに唇を噛締めて断腸の思いって顔をするのを止めて下さい。
何故か凄く罪悪感が湧いてくるんですが……。
本当にこの人は……、何か面倒を見てあげたくなるんだよな。
年上なのに困ったものだ。
姉と言うより、妹? いや違うな。やっぱりペット的な何かだな。
今の顔もやっぱりモグに似てるし。
二人を会わせたらどうなるんだろうか? 今から楽しみだな。
「まぁ、そんなに落ち込まないで下さいよ。すぐに治りますって」
「そう? 楽しみに待ってる。でも無理しないでいいからね?」
お? 涼子さんから思わぬ言葉が飛び出した。
絶対『明日には治る?』とか言ってくると思った。
「涼子さん……、そんな優しい言葉をいえる様になるなんて。大人になりましたね」
「な、酷い~! あたしは立派な大人ですぅ~」
唇尖らせて『ですぅ~』は普通に子供ですよ?
「ごめんごめん。そうですね大人ですね」
「でしょ? 分かればよろしい」
これで納得するんだからやっぱり子供だなぁ~。
まぁそこが良い所ではあるんだけどね。
「そう言えば、黄檗さんも今日は来ないんですね。まだ忙しいんですか?」
さっきチラッと黄檗さんの名前が出た時から気になっていたんだよね。
結局、あの養分吸い取り抱き付き事件の後、入院中に一回会ったっきりだからなぁ。
しかも、その時は心配掛け過ぎて暴走させちゃってたし。
「あぁ、黄檗さんねぇ~。ほら、入院中にやらかしちゃったじゃない? アレで『牧野さんに会わす顔が有りません~』って言ってね、今日も電話で誘ったんだけど断られたのよ~」
「え~、そうなんですか? 俺としてはビックリはしましたけど、それよりも避けられる方が辛いなぁ~。なんか寂しいなぁ」
あの事は気にしなくていいのに。あの後口紅がなかなか落ちなくて焦ったけど、結構嬉しかったりしたんだよね。
ぺろぺろはどうかと思うけど、美人な人からのハグやキスを嫌がる奴は居ないよ。
まぁ、唇だけは死守したけどね。
ファーストキスはさすがにアレで失うのはちょっとね。
しかし、今思うと不思議なんだけど、何故かベットで黄檗さんに抱き締められた時にとても懐かしいって気持ちが溢れて来たんだ。
それに、このまま黄檗さんと会えなくなるのだけは嫌だ。
何とかまた部屋に来てくれる様になってくれれば良いんだけど……。
「まぁ、あたしもね、黄檗さんがあのままなのは駄目だと思うのよ~。折角彼女の心が動き出した所なのに、また閉じ篭っちゃう可能性が有るからね~。う~ん……、そうだ! 良い事思い付いた!」
心が動き出したって言う意味が良く分からないけど、この人の思い付きって絶対良くない事と言うのは分かる。
そもそも、俺に会いたくないってなっているのは、俺に『お姉ちゃん』発言をさせた所為だからね。
本当にこのまま任せていいのか?
「で? 何するんですか? ん? 電話?」
「そうよ。黄檗さんに電話掛けるのよ」
今更電話掛けるって、そもそもそれで一度断られてるよね?
どうするつもりなんだ?
「……あっ、もしもし黄檗さん? え? うん、今穴太先生の所で宴会中よ。そう、302号室の。うん、いいっていいって。それよりあのね、牧野くんからの伝言があるの。あっ、切っちゃ駄目って! じゃあ言うね? 『黄檗さんに会えなくて辛くて寂しいよぉ~』だって! ん? あれ? あれれ? もしもし? あ~電話切れてる……」
「ちょーー!! 何とんでもない事言ってるんですか! 状況悪化じゃないですか!!」
それにこれって弟さんのトラウマ刺激するんじゃ?
「え~、でもさっき牧野くん自分で言ったじゃない~」
え? 辛くて寂しいって? あぁ、確かに言ったか……。
「いや、言いましたけど! そんな猫なで声じゃないですよ! これ絶対怒っちゃいましたよ!」
「う~ん、いけると思ったんだけどなぁ~。今日は仕方無いわね。今度謝っておくわ」
「お願いしますよ? 本当にもう」
やっぱりこの人に任せたらダメだったよ。
……ん? お姉ちゃん? 何言ってんだ俺?
いかんいかん、入院中の時にそう呼ばないと噛み付かれたから、それがトラウマになっているようだ。
本人の前では言わないようにしないとな。
また暴走しちゃうよ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
それからしばらく、咲さんからのリクエストで部活紹介写真騒動の裏事情のあらましを披露する事になった。
御陵家のプライベートな話にもなるんで、どうしたものかと思ったけど、いきなり飛び出して行ってそのまま入院って事になったんで、皆にはとても心配させてしまったし、それに漫画の参考にしたいって懇願されたんで仕方無くね。
確か乙女チックな学園恋愛物を書いてるんだっけ?
うん、それなら気になるのも仕方無いよ。
べ、別におっぱい押し当てられながら甘えた声でお願いされたからじゃないよ? 本当だよ?
くそっ! 咲さんどんどん学習して上手くなっていくな。おっぱいの使い方。
本当に練習台にされてるんじゃないだろうか?
誰だよ! 咲さんにこんな事を教えた奴!
マジでありがとうございます!!
とは言え、さすがにお家事情に踏みいった内容は割愛させて貰ったよ。
学園長と和佐さんの事とかね。
お姉さんの口から学園長の事を語るのは別だろうけど、俺の口からは言って良いものじゃない。
それに咲さんも他人の家の事情より学園の規則を変えたと言う事の方が、興味が有るようで涼子さん共々興味深げに聞いていたよ。
幸一さんと美都勢さんの事は話の根幹に関わる事だから、夢の事は伏せてね。
そんなこんなで、夜も更けて行ったのだが、遠くの方から何やらエンジンの唸る音が聞こえて来た。
かなり飛ばしているようで凄い速さで近付いて来ている様だ。
もしかして暴走族? 暖かくなってきたし、ある意味風物詩的に活動が活発になる時期だよね。
いや、それにしたら一台の様だし、そもそも国道から遠いんで違うかな?
ブロロロロロン! キキィィィィ!!
あれ? マンションの前で止まった? 何だろう?
住人だったのか? いや、そんな大型バイクに乗った住人は知らないなぁ。友達なんだろうか? う~ん近所迷惑だ。
……あはははは、近所迷惑なら人の事を言えないか。
俺が越してきた事で、結構騒音含めてご近所さんに迷惑かけてるよね。
お互いさまかぁ~。
ダッダッダッダッダ!
おや? 三階に用事が有るのか? 凄い勢いで階段を駆け上がってくる音が聞こえるな。
エレベーターが一階にいなかったのかな? まぁ低層マンションなんでエレベーターより階段を走った方が速かったりするけどね。
何かすごい焦っているみたいだ。
しかし、302号室って階段の隣の部屋なのでよく聞こえるみたい。
俺の部屋は端っこなんで知らなかった。今度から静かに階段を登ろうっと。
多分202号室の涼子さんは階段を登る音で俺が帰ってきた事を判断してると思うし。
ビィィィーーー!
「え? この部屋? 誰?」
鳴り響いたインターホンに思わず、声に出して反応してしまった。
皆も思わぬ来訪者に驚いているようだ。
ん? 涼子さんだけなんかニヤニヤし出したな。
「はいはい、今出るよ~! しかし、誰だろ?
咲さんが扉を開けるために立ち上がりながらそんな事を呟いた。
誰だろう? 初めて聞く名前だな。
「環? さん?」
「ん? あぁ、うちのチーフアシだよ。今月前半の原稿は他社の分含めてあらかた終わったんで、特に今用事は無いはずなんだけどな。何の用事だ?」
「へぇ~、なんでしょうね」
そんな話をしながら、咲さんが玄関まで行って扉を開けた瞬間……。
「お姉ちゃん来たよーーーー!!」
そう言って飛び込んできたのは黄檗さんだった……。
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