第10話 ト〇ワ荘
「んじゃあ、改めて! 光一の退院と、あたしの引っ越しを祝してカンパーーイ!!」
「「カンパーーーイ」」
「……カンパ~イ」
現在、俺はまだ引っ越して来たばかりのダンボールだらけな咲さんの部屋で、ささやかなパーティーと言うか飲み会と言うか、そんな感じの会に出席していた。
本日の参加メンバーは、咲さんと涼子さん、それにお姉さんと俺だ。
他の漫画家集団のメンバー達は仕事の追い込みで今日は来れないとの事で全員でのパーティーは後日と言う事らしい。
取りあえず俺はまず宿題を終わらせて合流したのだが、三人は既に出来上がっており、料理も食い尽くされていた。
ううぅ、俺の晩飯……。
仕方無く俺は、残っているおつまみを肴にジュースで飢えを満たす事にした。
銀紙に包まれた四角いの美味しい~!
そんな事は置いておいて、お姉さんはいつの間に咲さんとこんなに仲良くなったんだろう?
なんか旧知の友みたいなノリで楽しそうにお喋りをしている。
そう言えば、漫画家集団とお姉さんは俺が意識を失っている間に会ってたんだったな。
『こちらとしても収穫が』って言うのは咲さんの引っ越しの事を言っていたのか。
「しかし、光一! 活躍は聞いたぜぇ? 創始者相手に大立ち回りしたそうじゃないか!」
咲さんが突然思い出した様に肩に手を回して嬉しそうに聞いて来た。
と言う事は、必然的に俺の二の腕辺りに、ぷにゅぷにゅと気持ち良いモノが当たるので思わず硬く……、あぁ緊張で身体が硬くなるって事だよ? うん。
「大立ち回りって、そんな……、俺はただ単に説得しただけで……。それを言うなら、それこそお姉さんや先輩、それにモグ達が頑張って道を切り開いてくれたから創始者の所まで辿り着けたんですよ」
「モグ? なんだそれ?」
「あぁ、そうか。モグって言うのは俺が飼う事になったハムスターなんですよ」
「ハムスターの……お陰? 何だそれ? う~ん、まぁ良いや。そのモグとやらはお前の部屋に居るのか? あたしハムスター好きなんだよ」
咲さんは何か凄くわくわくした顔でモグの事を聞いて来た。
やっぱり咲さんって内面は普通に女の子なんだな。
普段の男前な姉貴肌の顔付じゃなく、少しふにゃけた顔になっている。
「いえ、それが俺は今こんな状態ですからね。なので知り合いに預かって貰ってます」
「そうかぁ~! 残念だ~。まぁ今度会わせてくれよ」
「勿論ですよ。でもびっくりすると思いますよ? ねぇ? お姉さん」
「ふふふ、そうねぇ~。私も最初ビックリしたもの。でも目を見てすぐに分かったわ。彼女はデキる! ってね」
「びっくり? 彼女って、メスって事か? それにデキるって? 何だか良く分からないけど、まぁ会うのが楽しみだ。っと、それは置いておいて、なんだかんだ有ったみたいだけど、それでもお前の力が学校の規則を動かしたのには違いない。ほらご褒美だ!」
そう言うと、咲さんは俺の頭を優しく引き寄せ、有ろう事か自分の胸に俺の顔を押し当てて抱き締めた。
ヒッ! これは
夢で桂さんと鈴さんい植え付けられた
うん、すぐさまそんな些末な事は虚空の彼方に消え去り、その雄大でたゆたう母なる海の如く
それにより、まるで俺の中の呪いの如く刻み込まれた巨なんと……、いや、巨乳に対する忌避感は浄化され、清々しい春の木漏れ日の温かさに包まれているような心地良さで、まるでメビウスの輪を彷彿とさせるその何処までも果てが無いような、
…………。
いや、これ窒息しかけてるよ! 顔全体が咲さんの胸に埋もれて息が出来てないよ!
ここ最近、幾度か窒息での臨死体験を経験した俺は、さすがに身体が学習した様で完全に落ちる前に意識を取り戻した。
すかさず俺は咲さんにタップをして放して貰う様に合図をする。
だって、次に臨死体験した時に、前回流されたお爺さんモドキがこちらの岸に辿り着いて待っていたら怖いもんね。
タップ、タップ。
プニョン、プニョン。
え? 何これ? 手が跳ね返される!
凄く弾力が有る何かに、タップしようとした俺の手は跳ね返された。
それによって生じた波動が、少し離れた所で埋まっている俺の頭をぐにゃんぐにゃんと揺らす。
こ、これは……! もしかして!!! 俺がタップしたモノって!!
「キャッ!!」
頭の上から可愛い感じの声がしたかと思うと、俺は凄い力で突き飛ばされた。
「ご、ごめん! 大丈夫か光一? 急に触るもんだからびっくりしたじゃないか! けど、幾らなんでもいきなり胸を触るってのは手順を飛ばし過ぎだぞ?! 物事には順序ってものが有るんだからな!」
突き飛ばされた衝撃から回復した俺が咲さんの方を見ると、咲さんが突き飛ばした事を謝りながらも、俺のした行為について咎めて来る。
一瞬祥子さんが言っていた『胸をジロジロ見てきた男を殴り飛ばした』と言う言葉が脳裏に浮かんで恐怖におののいたが、咲さんの顔は激怒って言う感じでは無く、少し頬を赤らめて恥ずかしそうに口を尖らせていた。
その様子から今すぐ殴りかかってくる事は無さそうなので、ホッと胸を撫で下ろす。
……ん? ちょっと待って? 胸を触る手順って何? と言う事は正しい順序なら触ってもOKって事? いやいや、そう言う事じゃないよね。
「今のはママもちょっと感心しないわ。 女性の胸を叩くなんて事したらダメじゃない。暴力はいけないわ」
まず、ママじゃないです。
それに叩いた訳じゃなんじゃないんだけど……。
と言うか、少し論点ずれてるよ、お姉さん。
そんな事より、まず俺の顔を自分の胸に埋めさせた咲さんに付いては何かコメントは無いのでしょうか?
「オッパイ触るだなんて、牧野くんもなんだかんだ言ってもやっぱり男の子なのね。安心したわ~」
だから違いますって! それより俺を何だと思ってたんですか?
安心されても困りますよ。
お姉さんと同じく、あなたの先輩が行った痴態に関しては何も触れないのですか?
しかし、なんかこのまま誤解されたままだと、色々大変そうなんで弁解しなくちゃ。
「咲さん、誤解です! 胸を触ろうとしたんじゃなくて、顔が埋もれて窒息しそうだったんで放して貰おうと思ってタップしたら当たっただけですって」
「あっ……」
俺の言葉に納得したのか、咲さんは少し間の抜けた声を漏らした。
みるみる顔が真っ赤になっていき、焦ってアタフタと手を揺らしている。
その仕草だけでも、激しくたゆんたゆんしているのに目が奪われそうになったけど、今はそこに視線を向けるのは止めておこう。
言葉に説得力が無くなる。
「ご、ごめん光一! 男の子ってこうやったら喜ぶってのを聞いて……、ちょっと力の加減を間違えたみたい……」
俺が心の中で見たい欲求と戦っていると咲さんが大声で謝って来た。
それ誰に聞いたんですか? いや、まぁそりゃ喜びますけども……。
誰か知らないけどありがとう!
お姉さんも、涼子さんも『あぁそうだったのね』みたいな顔をして頷いている。
「いや、咲さん、俺も触った事自体は事実ですから! こっちこそごめんなさい」
すかさず俺も謝った。
言った通り、触った事は事実だからね。
こう言うのは蒸し返されると厄介なので先に謝っておくに限る。
しかしここ最近、女性の胸に触れる機会は幾度か有ったけど、ここまでの代物は今までの生涯含めても初めてだった。
いや、自分で言っててなんだけど、『女性の胸に触れる機会が幾度か有った』ってなんだよ、普通無いよそんな事……。
「いや~、本当に慣れない事はするもんじゃないな。あたしとした事がとんだ大失態だったぜ」
少し落ち着いた所で、咲さんが申し訳無いように頭を掻きながら言って来た。
いや、俺も途中まではとても幸せでしたよ? これにめげずにもっと俺で練習してくれても良いんですよ?
なんて言葉はさすがに飲み込んだ。
「本当ですね~。穴太先生の『キャッ』なんて台詞初めて聞きましたよ~」
「なっ! 涼子! おまっ!」
「きゃ~! ごめんなさ~い」
「はいは~い、あんた達、ここはコーくんの部屋と違って隣は他の住人が居るんだから走り回らないの」
『キャッ』っと可愛い声を出した咲さんをからかった涼子さんと追いかけっこを始めた二人に、お姉さんが注意をした。
そうそう、そう言えば咲さんはここに引っ越して来たんだよね。
この部屋は三階の涼子さんの真上に位置する302号室だ。下は大丈夫とは言え、隣には別の住人が住んでいるんであまり騒ぎすぎると迷惑になるよな。
咲さんの所って結構な人数のアシスタントの人が居るって聞いたけど、その人達もこの部屋で作業をするんだろうか?
すこし狭いと思うんだけど。
「聞きそびれてたんですが、ここに越して来たのはどうしてなんですか? 確か元々おっきい仕事場って聞いてましたけど」
「あぁ、元の仕事場はそのままさ。あたしん所はPC使ったデジタル作画がメインだからな。あたしが書いた下書きをアシの所にデータで送るんだよ。すると離れた所でも仕事が進むのさ。WEBカメラで直接話して指示出来るしな」
「へぇ~、そうなんですか、ハイテクですね」
「ちょっと前にスタッフを増員したら少し手狭になってな。丁度あたしだけの作業場を探してはいたんだよ。と言っても、ずっとこっちに居る訳にもいかないから、行ったり来たりだろうけどな。がははは」
なるほど~、咲さんは幾つもの雑誌を掛け持ちしてるって言うし、アシスタントとかいっぱい居るのか。
けど、行ったり来たりは大変じゃないのかな?
今の仕事場は東京って話だったし。
「まぁ、ここに越してきたのは幾つか理由が有ってな。一つは幸子さんに頼まれたんだよ。住人が減って困ってるから、誰か当ては無いかってね」
「そうなのよ。まさか本人が来るとはびっくりだけどね」
「まぁそうなんだけど、もう一つは涼子の事かな。元々はこいつを俺の近くに越して来させようと思ってたんだよ。ここって編集部からも遠いし、東京に来いって言ってたんだけど嫌がってな」
「えぇ~だってぇ~、東京怖いじゃないですかぁ~。家賃も高いし~」
「あのな~、毎日の如く通わされている沙織の事を考えてやれよ。それに飲み会もわざわざあたし達が近くまで来てやってるんだぜ? それに原稿の手伝いに来るのも泊まり込みになるしな」
「ううぅ、すみません~」
「まぁ、なんだかんだ言ってお前の面倒を見るのは皆嫌いじゃないからな。だからあたし
ん? 今聞き間違えたか? 『あたし』の後に『達』って聞こえた気がするんだけど……?
どう言う事?
「うわ~ん。穴太先生~大好き~!」
「うっ、うわっ! こら抱き付くなって! ちょっ胸に顔を埋めてプルプルするなよっ! ちょっ、いや……だめ……あんっ」
俺が疑問に思って咲さんに尋ねようと思った途端、涼子さんが咲さんに抱き付いた。
まぁしかし、なるほどね~、涼子さんってなんか放っておけなくて、ついつい面倒を見てあげたくなる所が有るよね。
俺も晩飯をせっせと作っているのもそんな感じだよ。
と、目の前で抱き付いた涼子さんのプルプル攻撃に、艶めかしく悶え出した咲さんを眺めながら、さも悟ったような雰囲気を醸しながら納得した。
こう言うのを眼福って言うんだろうなぁ~。
ポカッ!
「こら! やめろって!」
「いたい~! ごめんなさい~」
あぁ、終わってしまった。
咲さんは途中から面白がってプルプルしていた涼子さんに、とうとうキレて頭を叩いて引き離した。
叩いたと言っても軽い感じだけど、まぁなんと言うか、よく有るお約束みたいなものかもしれないな。
漫才みたいな流れる様なやり取りだった。二人仲が良いんだろう。
「本当にこいつはすぐに調子に乗りやがる。あぁ~最後の理由はお前だよ。光一」
「え? 俺?」
思っても居なかった急な言葉に頭が真っ白になった。
俺が理由? 何だろう?
「あぁ! 涼子ばっかりズルいじゃないか! せっせとご飯を作ってくれる年下男子なんて貴重生物を独占するなんて! ズルい! ズルい!」
最後ら辺はまるで駄々っ子みたいな口調で文句を言う咲さん。
あぁ、なるほどね~、そう言う事ねぇ~。ご飯ね~。
「えぇ~穴太先生ったら、そんな理由だったんですか~?」
「あらあら、コーくんは本当にモテモテね」
いやお姉さん、モテモテとはちょっと違うような気がしますが……。
完全に俺の飯目当てですし、どっちにせよなんかズレてるって。
「なぁ~、光一~? あたしにも作ってくれよ~? ちゃんとお金を払うからさ~」
咲さんが俺に
うわっ、なんか凄く柔らかくて……エロい!
くっ……残念ながらこのお願いを無下に出来る男は居ないと思う。
「わっ、分かりました! 作りますよ! 咲さん一人増える位どうって事有りませんし。お代なんか要りませんって」
「本当か! 優しいなぁ光一は~! あっ、でも……」
ん? なんだ?
俺の言葉に喜んでいた咲さんが急に何かを思い出した様に顔を曇らせた。
何だろうか? う~ん、そう言えばさっき気になる事をぽろっと言っていた様な?
『あたし達』だっけ? そう言えばこのマンションって空き部屋があと一つ有ったよね?
それにもうすぐ二部屋空くってお姉さんが言っていたっけ?
1+1+2=4……。
四って数字と言えば……?
「さっき気になる事言ってましたよね? 『あたし達』って……、もしかして……?」
恐る恐る咲さんに尋ねると、気まずそうに頷いた。
やっぱり? 本当に?
「ちょっ、ここをト〇ワ荘にでもするつもりですか!!」
「あ~それ良いな。 幸子さん? もし今後部屋が開くようなら連絡くれないか? 他の漫画家にも聞いてみるよ」
「あらそれは良い考えね! 漫画家ばかりが住んでるマンションが有るって地域活性に役立ちそうだわ!」
「ちょっと待ってよ、お姉さん! そんなのまず俺が出て行くよ!!」
「え~!! そんな~! 牧野くん、見捨てないで~」
「そんな事言わないでくれよ~。サービスするからさ~」
サービスってなんだよ!! ちょっと気になるだろ!!
涼子さんと咲さんが両方からそれぞれ腕を抱き締めて、さっきの咲さんの様に上目遣いで懇願してくる。
くっ! だからこれを無下に出来る男は居ないっての!!
仕方無いか……。
いや、サービスに惹かれた訳では無いよ? 本当だよ?
「分かりました! あとの三人くらいなら面倒見ます。でも、それ以上は勘弁して下さいよ!」
「「ありがと~」」
俺の言葉に感激した二人は俺の事を両方から抱き締めて来た。
う~ん、これはこれで幸せなのかもしれないな。
でも、これって涼子さんの言っていた『メシ奴隷』って奴じゃないだろうか?
「本当にコーくんはモテモテね」
お姉さん、やっぱりちょっとズレてるよ!
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