第94話 御陵邸を目指して
「お姉さんは御陵家の住所知っているの?」
軽トラに向かって走ってる最中、少し気になってお姉さんに聞いてみた。
ずっと会っていなかったみたいだし、勇んで飛び出して知らなかったじゃ、さっきの俺と一緒だしね。
今ならまだ芸人先輩に聞きに戻れる。
「美都乃ちゃん家は学生時代何回もお邪魔したし、今度遊びに行くからって確認したら変わってなかったわ。まぁ、こんな形で行く事になるなんて、さすがの私でも想像してなかったけどね」
お姉さんは少し自嘲気味にそう言った。
そう言えば、美佐都さんが生まれた時に会いに行ったと言っていたっけ? なら大丈夫そうだ。
校門前広場に停めていた軽トラが見えてきた。
正直水曜日にこの場所で、大勢の先輩達を前にして演説を行った時は、こんな事になるなんて思いもよらなかった。
あの時は、ただ美佐都さんへの欲望を剥き出しにしている先輩達への苛立ちと、この場から逃れようと言う気持ちでいっぱいだったんだ。
まさか、それによってこの学園の創始者と対峙する運命が決定づけられるなんて想像もしなかった。
不意に視界の端に何かが映る。
気になって目を向けると、あぁこれか……。
「お姉さん、ごめんちょっと待って」
俺はお姉さんにそう言うと、走る足をそちらに向けた。
そして、
「これが創始者の旦那さんの功績を称えた石碑よ。さっき光善寺さんだっけ? はお墓と言ってたけど、勝手にお墓を作るのは法律違反だし、どうなんだろ?」
俺の意図に気付いたお姉さんもやって来て、後ろから解説しれくれた。
確かに目の前にはお墓と言うより、立派な慰霊塔の様な石碑が建っている。
お姉さんはそう言うけど、あの美都勢さんと光善寺君なら色々手を回して実際にお墓にしてそうだ。
だって、ここは幸一さんが一番居たいと望む場所……。
よく見るとその石碑の両脇には、まだ枯れていない仏花が添えられている。
恐らく金曜日に美都勢さんがお供えしたのだろう。
あの木の下で出会った美都勢さん、本当に嬉しそうだった。
その後、俺に裏切られたと思った悲しみの大きさを思うと胸が張り裂けそうになる。
これ以上、彼女に悲しみを負わせてはいけない。
俺はそう心に決め、幸一さんの墓前に手を合わせた。
俺の肩に乗っているモグも俺の真似をしているようだ。
さすがに意味は解っていないと思うけど……。
お姉さんとドキ先輩もそれに倣い手を合わせる。
『幸一さん、あなたの心残りを俺が絶対に何とかしてみせます。安心して下さい』
俺は目を開け改めて二人と一匹に檄を飛ばした。
「俺達の目的は、時間を稼いでくれている学園長と理事長の信頼に応えて、美佐都さんに橙子さんを救い出す事。そして創始者を悲しみから解放させる事! 三人とも俺に 力を貸して欲しい!」
俺は幸一さんのお墓を背に皆に向けて右手を上げた。
「分かったわ! 頑張りましょう!」「オー!」「チュー!」
皆も俺の言葉に応えてくれる。
『お願いだよ……』
え?
ふと、俺の背後から何かを懇願するような、男の人の声が聞こえた気がした。
俺は慌てて振り返ったが、そこには幸一さんのお墓が有るのみ。
「コーくんどうかした?」
俺の突然の行動を不思議に思ったお姉さんが聞いて来た。
俺はそれに答える様に首を振る。
「何でもないよ! さぁ行こう!」
俺は軽トラに向けて走り出す。
『幸一さん。安心してください』
俺はそう心の中で呟いた。
「じゃあ、コーくんは助手席に! 千花ちゃんはその膝の上で良いかしら? モグを抱いていてね」
お姉さんが俺達にそう指示をした。
正直助かったよ。
また後ろに乗せられるのかとドキドキした。
ホッと安堵した俺は、ドキ先輩を連れて助手席側に回り込む。
「お? そこに居るのは牧野じゃないか! おはよう! あ゛! そ、それにレッドキャップも居るのか?」
俺達が軽トラに乗り込もうとした時に誰かが声を掛けて来た。
この声は確か……?
「先輩! それに空手部の皆さんも! どうしたんですか? こんな時間に?」
俺が振り返った見た先にはリーダー先輩率いるムキムキマッチョな空手部の先輩達が立っていた。
「いや、俺達空手部は休日の早朝は自主練としてこの坂をダッシュ30周してるんだが、この時間から校門が開いている事が珍しくてな。10周目の休憩がてら様子を見に来た所なんだ。お前達こそどうしたんだ? なんだか急いでいるようだが?」
この坂をダッシュで30周かぁ~。
さすが空手部の先輩達だ。
とは言え、余り時間が無いし、事情が事情なので上手く誤魔化すか。
「コーくん! 早く乗って! ん? あ! あんた達空手部ね!」
「あ! あなたは、いや貴女様は!」
俺達がモタモタしている事に痺れを切らしたお姉さんが、助手席側の窓から顔を出して声を掛けて来たのだが、空手部の面々を見て少し顔をしかめた。
あぁ、そう言えばお姉さんって、空手部の事あまり良く思ってなかったみたいだよな。
何が有ったんだ? 『貴女様』とか呼ばれる程、慕われているっぽいのに。
しかし、今はそんな事はどうでも良いか。
「すみません、先輩。今ちょっと急いでいまして……」
「ふん! 丁度良いわ! あなた達、上から強い順に荷台に乗れるだけ戦力として借りるわ! 付いて来なさい!」
俺の言葉を遮り、お姉さんが先輩達に大声で指示した。
その声に空手部の皆から歓声が上がる。
今まで慕っていながら近付く事さえ出来なかった先輩達は、本人からの助力要請に歓喜しているようだ。
「押忍! 分かりました! 大和田さんの頼みとあらば、何処にでもお供します!」
リーダー部長はとても嬉しそうなのだが、その後ろで早くも他の部員達による熾烈な戦力選出争いが繰り広げられている。
「あんたら! 時間が無いんだ! とっとと決めな!」
半ギレ声の圧力を発しながらお姉さんが怒鳴る。
いや、この圧力は半ギレじゃなく全切れに近いか。
空手部の皆はその声と圧力に直立不動になって震えている。
俺とドキ先輩にモグは、その怒りのとばっちり受けない内にと、そそくさと助手席に乗り込んだ。
俺は助手席に座ると膝の上にドキ先輩をちょこんと乗せる。
ドキ先輩の膝の上にはモグだ。
大人しく抱かれている所を見るとモグもドキ先輩の事を気に入ったようだ。
お姉さんの言葉にも大人しく従っているし、これはやっぱり『強者は強者を知る』現象なのだろうか?
二人一席なんで、シートベルトをどうしようかと思ったけど、お姉さんの運転荒さを考えると体重の軽いドキ先輩はそのまま飛んで行きそうだったので、ドキ先輩の上からかける形で締めた。
それにより俺とドキ先輩が凄く密着する事になったのだが、もうなんか、お日様の匂いの中にほんのり甘いミルクの香りが混じってて本当に良い匂いで、しかもとても柔らかくて、凄くドキドキする!!
「大丈夫か? 光一? 心臓の音が凄い聞こえてくるぞ?」
丁度俺の胸の辺りにドキ先輩の頭が来るので、心臓の高鳴りが聞こえて来たみたいだ。
顔を真上に見上げる形で俺を見て来る。
少し心配そうにしている顔がとても可愛い。
何か恥ずかしいな。
「大丈夫ですよ、千花先輩。それよりシートベルト苦しくないですか?」
話を逸らそうとドキ先輩にシートベルトの締まり具合を尋ねた。
二人重ねなんてした事ないし、どれだけの時間乗るか分からないからあまりキツイと、しんどくなるかもしれないからね。
「うん? 大丈夫だぞ? 光一とぴったりくっついているお陰で暖かいし……」
俺の顔を見上げながら、笑ってそう言ってくるドキ先輩……って、あれ?
見る見る顔が真っ赤になって、ふにゃけてきた。
「はわわわわわぁ~。こ、光一にぎゅって、ぎゅってされてるぅ~」
あっ! ドキ先輩がなんかモジモジモードに戻ってる!
ギュッに関してですが、それシートベルトの所為ですからね?
俺の手は今フリーモードですよ?
「落ち着いて下さいって、千花先輩! これから御陵家に乗り込むんですから!」
真っ赤になってプルプルしているドキ先輩。
「そ、そんな事言ったって~。はわわわわぁ~」
でも、体は逃げずにそのまま俺に全体重を預けている。
うわっ! なんか全体重をかけられているのに重くない!
と言うか、この預けられている体重が、そのまま信頼感!って感じがしてとっても嬉しい!
「コーくん、いい加減しなさい。ちょっと女の子に節操無さ過ぎよ? 帰ったらお説教だからね?」
とてつもない殺気を放ちながら、俺にそう言ってきた。
「ひぃぃ! ごめんなさいぃぃぃ!」
その殺気に当てられた俺達は、胸のドキドキなんて何処へやら、プルプルと恐怖に震えながら大人しく抱き合った。
「大和田様!! 乗り込みました!」
軽トラをグラングラン揺らしながら空手部の先輩達が乗り込んできた。
少し多すぎないか?
後ろの荷台に8人は乗っているだろうか?
と言う事は、この軽トラには現在俺達3人と一匹、それに荷台に屈強な男が8人って合わせて11人も乗っているの?
この軽トラ、本当に動くのか?
と言うか、完全に道交法違反だからこれ!
「さぁ、御陵邸を目指して出発よ! 飛ばすからね!」
俺達はコクリと頷いた。
「押忍!!」
あっ! 先輩達立ち上がってたら危ない!
お姉さんはガコガコとレバーを操作しながら、エンジンを拭かせている。
またあの急発進の悪夢が再現されるのか!
「先輩! ちゃんと掴まってないと危ないですっうぁぁぁっ! あぁぁぁぁ!」
俺が言い終わらない内に軽トラは壮絶なるスタートダッシュをかました。
「うわぁぁぁぁ!」
「アヒィィィィ!」
「あぁ!
なんか先輩二人が急な加速で振り落とされたようだ。
「あんた達! ちゃんと掴まってないと落ちるよ!」
だからお姉さん先に言ってあげてよそれ!
「大丈夫ですかーー! せんぱーーーい! お姉さん止まって!」
「もう遅い! それに怪我してるかもしれないからね。連れて行けないわ!」
お姉さん? それあなたが理由なんですけど……。
「おぉ大和田
「落ちた二人の事を気遣って頂けるなんて感動だーーー!」
先輩達? 原因はお姉さんなんだからね?
「……見たところ落ちた二人の戦闘力は他の6人より低い様だし、居ても足手纏いだったから、まぁいいわ」ボソッ。
お姉さんあなたは鬼ですか! むっちゃ酷い事言ってるし!
これは、アレか? 学生時代に
う~ん、怒らせないようにしなくっちゃ……。
車はこれだけの大人数が乗っているとは思えないほどのスピードで校門を飛び出ていく。
この車、もしかして違法改造されていないか?
校門を飛び出ていくその刹那、俺は幸一さんの墓の前に誰かが立っているのを見た。
その顔は……。
おもむろにその男性が頭を下げる。
「行ってきます」
俺はそっと呟いた。
「ん? 光一何か言ったか?」
「何でもないですよ。さぁ行きましょう!」
俺はフロントガラスの先に、今だ見ぬ御陵家を見据えて気合いを入れなおした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ちなみにお姉さん、どれ位で着くの?」
場所が分からない俺は、取りあえずどれ程の時間が掛かるのか不安になり聞いてみた。
だって、
本当にむっちゃ怖いんだよ!
「隣県に有る幼稚舎や小等部の近くよ。大体30分ってとこね」
「へ、へぇ~そうなのかぁ……」
このスピードで30分。
法廷速度なら一時間以上は掛かるんだろうなぁ~。
まぁ終わりが分かったのは有り難い。
俺は覚悟を完了させた。
後ろからも時折悲鳴が聞こえてきている。
分かりますその気持ち。
さっき俺も死ぬ程味わったから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます