第88話 生徒会室へ
「どうしたの牧野くん?」
スマホ画面見て首を傾げている俺に対して、不思議そうに涼子さんが聞いて来た。
「いや、なんか変なメッセージが来て……。なんだろ? ちょっと意味聞いてみます」
俺は乙女先輩からの言葉の意味を確認する為に、スマホにメッセージを打ち込む。
◇――――――――――――――――――――
橙子ちゃん:gf#(
藤森先輩おはようございます:こーいち
なんですかそれ?
――――――――――――――――――――◇
……。
あれ既読にならないな?
それだけ打って直ぐアプリを閉じたんだろうか?
あっ既読付いた。
書き込んでくれるかな?
「牧野くん、ちょっとうちに見せてみ?」
何が書き込まれるか待っていると、桂さんが怪訝な顔でそう言って来た。
プライベートの内容なので見せて良いのか迷ったけど、見ても意味が分からないので、まぁいいかと皆に見せてみる。
「え~? 何これ~?」
「文字化けかしら?」
「何だこりゃ? いたずらか」
「寝ぼけたんですかね」
4人は笑っているんだけど、桂さんだけは何か考え込んでいる。
そうしている内に他のメンバーのメッセージが流れてきた。
◇――――――――――――――――――――
くるみん:あはははは藤森何よソレー
牧野くんおはよー
――――――――――――――――――――◇
あれ? 乙女先輩じゃなかった?
その後も次々既読のカウントが増えて行く。
ただ、それもこのグループ8人に対して2人足りない。
◇――――――――――――――――――――
るみるみ:いっちゃんおはよ~
藤森先輩それだけ送って既読になら
変な
るみるみ:ミス へんな 大阪弁あかんw
桃山先輩もおはようございます
みゃー:みんなおはよう!
なんだろうね
ち~ちゃん:みんなまってなんかちかが
――――――――――――――――――――◇
ん? ウニ先輩どうしたんだ? 平仮名で分かりにくいけど『ちかが』ってドキ先輩の事か?
何で途中で送って来たんだ?
「牧野くん、ちょっとええやろか?」
悩んでいた桂さんが、何かを思いついたみたいで声を掛けてきた。
顔は蛇の顔じゃなく何やら真剣な面持ちだ。
「どうしたんですか?」
「その子なんやけど、何か危険な事に巻き込まれる可能性って有ったりするん?」
危険な事? どういう事だ?
急な桂さんの『危険』と言う言葉に心臓がドクンと跳ねる。
「いや、心当たりはないですが……。何か分かったんですか?」
俺だけじゃなく皆も桂さんの顔を見る。
「牧野くん、さっきの文字スマホで打ってみ?」
俺は言われた通りに乙女先輩が送って来たメッセージを打ち込む。
え~と、英数に切り替えて、左真ん中の中央で『g』、右上を上フリックで『f』、中央上を右フリックで『#』、最後に左真ん中を右フリックで『(』。
入力欄に『gf#(』が表示される。
「出来ましたよ」
「じゃあ、今のをかな入力にして同じよぉ入力してみ」
かな入力? 良く分からないけどやってみるか。
え~と、まずは左真ん中の中央……。
「な!!」
俺は入力された文字を見て背筋が震えた。
そこに表示された文字は……。
『たすけて』
「ど、どう言う事ですか!」
俺は慌てて桂さんに問い質した。
なぜ乙女先輩が助けを?
「お、落ち着きな、牧野くん。うちかて何でかは分からんて。ただ、それってよく有る叙述トリックなんよ。うちの漫画でも使うた事有るんで、もしかしたら思て」
俺の問いに桂さんは困った顔をしてそう説明した。
「す、すみません。でもなんで……」
ただの悪戯にしたら悪趣味すぎる。
乙女モードになった今はこんな事しないだろうし、いや元の乙女先輩でもこんな悪戯をするような人じゃない。
「その子が叙述トリックをしようとしたんか、それともかな入力に変更し忘れた、いやする余裕が無かったか、それはうちには分からへんけど、何か有ったのは確かやと思う。なんか心当たりはないん?」
「皆に助けを……? そうだ! 美佐都会長か桃山先輩なら何かわかるかも」
俺は先程打ち込んだ『gf#(』と『たすけて』の文字に続いてギャ……美佐都さんと桃山先輩に確認する言葉を入力して送信した。
◇――――――――――――――――――――
gf#(たすけて :こーいち
美佐都会長に桃山先輩なにか
心当たりないですか?
ち~ちゃん:さっきの文字をかな入力すると
たすけてになるってちかが言っ
てる
るみるみ:え?
みゃー:え?
ち~ちゃん:あっまーちゃんもわかった?
くるみん:いや、何それ? え? 藤森冗談だろ?
何か書いて!
千夏:何か分からないけど何か有ったんだと
思うどうしよう
――――――――――――――――――――◇
桃山先輩も何もわからないのか?
そう言えば美佐都さんは何で何も書いてくれないんだ?
昨日から二人とも書き込んでくれていなかった。
もしかして二人とも何か有ったのか?
焦りだけが募り、思考が纏まらない。
スマホの画面には、皆が美佐都さんと橙子さんに呼び掛けるメッセージが書き込まれ続けている。
それでもやはり既読数が8人にならない。
◇――――――――――――――――――――
既読が8人になりません。 :こーいち
二人に何か有ったのかも
くるみん:そういえばプライベートの方も昨日
から既読になってない 藤森の
るみるみ:なんで?
みゃー:何が有ったの? せんぱーい返事して
千夏:みんなお願い
ママが生徒会室へ集まってって言ってる
ち~ちゃん:僕達は車だけどみんな集まってて
すぐいく
――――――――――――――――――――◇
!! 千歳さんは何か知っているのか?
◇――――――――――――――――――――
分かりましたすぐ行きます :こーいち
くるみん:わかった! 今すぐ行く
るみるみ:わかりました
みゃー:はい
――――――――――――――――――――◇
俺は立ち上がり、着替える為に寝巻を脱いだ。
「ど、どうしたの牧野くん! いきなり服を脱いで! 条例と言う物が有ってね?」
「こ、こら! あたし達が居るんだぞ? そんな、ちょっ、あたしだって、その心の準備が……」
「ブハァッ、は、鼻血がまた……」
「初めてですけど、ドンとこいですよ!」
「あんたら! ちょっと冷静になりや!」
なんか皆とんでもない事を言っているけど無視だ無視!
桂さんだけはこの状況を分かってくれてるな。
あっ、口ではそう言ってるけど、目は俺をガン見して涎たらしてる……。
俺はそんな涼子さん達女性陣を無視して、制服に素早く着替えて部屋を飛び出した。
「待って牧野くん! どこ行くの?」
「ちょっと学園に行ってきます。鍵はそこに置いてるので帰る時はちゃんと玄関から出て鍵閉めて下さい」
俺はそう言って玄関に手を掛けた時にスマホが鳴った。
「なんだ? こんな時にって、お姉さんか!」
このタイミングでお姉さんとは。
もしかして千歳さんといい、何か知っているのか?
「もしもし、お姉さん?」
『コーくん起きてる? すぐに外に出る用意して!』
「どうしたの? 何か事情を知ってるの?」
『あっ、もしかしてそっちにも連絡来たの?』
やっぱり何か知ってるんだ。
「いや、取りあえず生徒会の皆で学園に集まるって事になってる。お姉さんは何か知ってるの」
『そう、丁度良いわ。でも説明している暇は無いの取りあえず着替えて外に出て、もうすぐマンションの前だから』
そう言うと電話を切られてしまった。
どういう事なんだ?
相変わらず訳が分からないが、取りあえずお姉さんは何かを知っていて俺を連れてどこかに行こうとしているんだろう。
俺は玄関を出て、廊下から外を見ると、通りの向こうから凄いスピードでこちらに向かってくる軽トラが見えた。
どうもあれがお姉さんのようだ。
慌ててマンションの下に降りると、もう軽トラは止まっており助手席を開けて待っていた。
お姉さん早過ぎないか? 法定速度超過し過ぎだろう。
「こーくん! 早く! まずは学園に向かうわよ!」
「わかった!」
俺はそう言うと助手席に乗り込みドアを閉める。
「牧野く~ん! 良く分からないけど無事を祈っておくからね~」
「「「「頑張れ~!!」」」」
涼子さん達がマンションの前まで降りて来て俺を激励してくれている。
ありがとう! 勇気を貰ったよ。
俺は涼子さん達に手を振った。
「じゃあ飛ばすわよ! 舌噛まない様に気をつけて!」
今時珍しいミッション車のようで、何やらガコガコとシフトチェンジしてエンジンが唸った。
いきなりMAXスピードで動くトラック。
凄いGで俺の体を押さえつけられる。
「うぐっ! お姉さん怖い怖い! 飛ばしすぎだよ!」
親父はどんな急いでいる時も安全第一な運転なので、こんな怖い運転の車に乗ったの初めてだ。
「仕方無いじゃない! 一刻を争うのよ! まずみゃーちゃんと八幡さんを回収するわ」
お姉さんはそう言うと宮之阪の家、そう昔俺が住んでた家の方向にハンドルを切った。
方向は違うけど俺のマンションより学園に近い為、ある意味道なりに進む事になる。
そう言えば八幡の家は知らないな。
「八幡はどうするの?」
「八幡さんの家なら、うちで仲介したから知ってるわ。みゃ―ちゃんの家より学園に近いの」
そうなのか、そう言えば二人で帰ってたな。
しかし不動産屋って顔が広い。
「あっ! 居た!」
懐かしの我が家、そして宮之阪の家の前の通りを学園に向かって走っている制服姿の宮之阪が見えた。
「コーくんは後ろの荷台に乗って!」
道交法違反な気がするが、この際仕方無い。
「宮之阪! こっちだ! 早く」
俺の声に気付いた宮之阪が立ち止まり振り向く。
顔は悲壮感溢れていた。
そりゃそうだな。
俺の顔も同じ表情をしているだろう。
それでも俺の顔を見たら安心したのか少し表情が緩んだ。
「こーちゃん! どうしよう」
宮之阪がそう聞いて来たが、俺も答えを持っていない。
ただ、ここで不安がらせてもいけないので、俺はハッタリを言った。
「大丈夫! 俺が何とかしてみせる! 取りあえず学園に行こう。早く助手席に乗るんだ」
俺の言葉に安心したのか笑顔で頷く宮之阪。
俺は彼女のこの笑顔の為にも今言った事を現実にしないとな!
そう心に決めて荷台に飛び乗った。
「うっうわ! 怖い! 落ちるよお姉さん!」
そう言えばさっきもこうだったよね! 忘れてた!
俺のマンションと飛び出した時と同じく、突然の急加速で俺は車から振り落とされそうになる。
「コーくん! しっかり掴まってないと落ちるよ!」
遅いよお姉さん! 危うく死に掛けた。
宮之阪はよく耐えられたな、今のスタートダッシュ。
俺怖くて悲鳴上げたのに……、いやバックミラーからチラッと見える宮之阪の顔は顔面蒼白で引き攣ってるな。
声も出無いと言う奴か、可哀想に。
少しすると八幡の姿が見えた。
どうやら身支度もそこそこに飛び出したようで、制服の宮之阪と違いジャージ姿だった。
よく見ると髪も所々寝癖で跳ねている。
「八幡! こっちだ、こっち!」
俺の声に立ち止まる八幡の顔は悲壮感を通り越し、既に瞳から大粒の涙を流して泣いていた。
ドクンッ。
その顔を見て俺の心臓が少し高鳴る。
その表情に見覚えが有った。
それは彼女と最初に出会った、一人親友とはぐれ公園の隅で泣いていた、あの寂しさに震えていた可憐な少女の姿。
大阪に引っ越して最初に出会った女の子。
今の八幡と、当時の姿が重なる。
「いっちゃん。どうしよう? あたしどうしたらいいか分からなくて……」
口調も当時に戻っているようだ。
八幡は元々今ほど大阪弁はきつくなかった。
どちらかと言うと、今の八幡は自分を作っている様に感じられたけど、やはりそうなのか?
俺は荷台から飛び降り八幡の傍に駆けよって頭を撫でる。
これは大阪時代、出会って間もない頃の、まだ今のように社交的では無く、いつもおどおどして俺やアキラの後ろに隠れていた八幡に対する定番の慰め方だ。
頭を撫でられた八幡はその頃と同じ様に目を細め、大人しく撫でられる手に身を任せてる。
「大丈夫だ! 俺に任せとけって」
これも当時の合言葉。
これでいつも八幡は元気になってくれたんだ。
当時は『達』だったけどね。
「ありがとう、いっちゃん。元気出て来たわ。早よ学園行こ!」
フフッ、口調も戻ってすっかり元気を取り戻したみたいだ。
「こーちゃん? なにイチャイチャしてるの?」
地獄の亡者の様な響きの声が俺の耳に突き刺さる。
4月の早朝とは言え、物理的に周囲の温度が異常に下がった気がした。
声の主の方を見ると宮之阪がまるで見た物を凍らせる魔力を秘めているかの目でこちらを睨んでいる。
あぁそう言えば、月曜日に俺が八幡と再会した時もこんな感じだったよね。
「ち、違う! そんなんじゃないって」
取りあえず宮之阪がなぜ怒っているのか分からないけど今そんな時じゃないので機嫌を戻して貰わなければ。
「いっちゃん、じゃあ、どんなのだったの?」
ぐはぁっ! 八幡が昔の口調と表情で切なそうに聞いてくる。
どっちを立ててもどっちが傷付くDead or Deadの選択肢だ!
そんな事をしている場合じゃないのに~!
「こら! あんた達! 今はそんな青春してる時じゃないでしょ! 早く乗りなさい。女の子は詰めて助手席に二人乗って!」
俺が答えに困っていると我慢の限界が来たお姉さんに怒鳴られた。
半切れ超えているお姉さんの迫力に、俺達はビビり慌てて言われた通り車に乗り込んだ。
でもナイス! お姉さん! 腰抜かすレベルの恐怖だったけど助かったよ。
相変わらずのMAXスタートダッシュで振り落とされそうになりながらも何とか堪え、坂を上りとうとう校門が見えて来た。
「大和田先ぱーい! こっちこっちー!」
あれ? 野江先生が校門で手を振っている?
「どうしたんですか野江先生! なんで居るんですか?」
連絡来てから来たにしては早すぎるだろ? ってふぐぅあ!
開いている校門に飛び込み急ブレーキをかけて車が止まった為、俺はキャビンに思いっ切りへばり付くように体をぶつけた。
お姉さん、運転荒過ぎる……。
なんとか立ち直り軽トラから降りた俺達だけど、宮之阪と八幡は二人して『クルマコワイ、クルマコワイ』と呟いている。
あぁ、可哀想に、トラウマにならなければいいんだけど。
「私、丁度今日宿直当番だったのよ。朝いきなり美都乃さんから電話が掛かって来て、『生徒会の皆が来るから校門と生徒会室の鍵を開けておいて』って言われたの」
な! 学園長が? どうして?
「学園長も来てるんですか?」
「いや、それだけで切れちゃったのよ。だからこれ以上は私にもわからないの」
俺の問いにオロオロしてそう答える様を見ると野江先生もチンプンカンプンのようだ。
「そうだ! お姉さんは何か知ってるの!?」
「あたしも詳しくは分からないわ。ただ『御婆様に嗅ぎ付けられたから牧野くんを学園に連れて来て、使者をそっちに寄越すわ』って」
え? 御婆様って、それって創始者の事か?
その時俺の脳裏に夢で見た美都勢さんの太陽の様な笑顔が浮かんだ。
いや、あれはただの夢だ。
そう思い、浮かんだソレを振り払う。
「そんな……」
「嘘……」
宮之阪と八幡が言葉を失い、顔面蒼白でガクガクと震えている。
俺の親父と学園長の悲劇を知っているので、その恐怖に震えているんだろう。
くそっ! 俺の所為で巻き込ませてしまった!
俺は自分の愚かさに腹が立った。
いや、今は俺の愚かさを嘆くよりも何が起こってるのかを知るのが先だ!
「皆早く行きましょう! もう桃山さんは先に行ってるわ」
「え? 先輩もう来てるんですか? ……って、急ぎましょう。使者とか言う人はまだなんですね?」
「ええ、取りあえずこの校門から入って来た人は他に居ないわ」
俺達は走って生徒会室を目指す。
何が起こっているんだ?
創始者に嗅ぎ付けられたって、写真の事だよな?
それに橙子さんの『たすけて』って言葉……。
くそ! 嫌な予感しかしない!
じゃなくて、もうこれは確信だ!
俺達は生徒会室が有る校舎に行くべく中庭が見える渡り廊下に差し掛かかった時、ふとあの木が視界の隅に見えた。
俺は思わず立ち止まり木の方を見る。
夢で見たあの出来事。
今回は消えず、最初に見た夢まで思い出した。
あれは本当に夢だったんだろうか?
とても悲しくて、でもとても幸せな物語。
美都勢さんと
次の瞬間中庭に一陣の風が吹き荒れ、俺は思わず目を閉じた。
「あれ? 今のは?」
風が止み、目を開けると一瞬、親父? いや、俺? そこに一人の男性が立っていたのが見えた。
その顔は何か言いたげで、そしてとても悲しい顔をしている。
確か、学園長室からの帰りにも木の傍に立っていたっけ。
誰なんだろう?
しかし、目を擦りもう一度見たらその姿は消えていた。
「コーくん! なに立ち止まってるの? 早く行くわよ!」
今あった出来事に呆然としている俺にお姉さんが声を掛けてきた。
皆も立ち止まって不思議そうに俺を見ている。
今のは俺の見間違いだろうか?
あんな夢を見たから?
「ごめん、すぐに行く」
俺は今起こった事を胸に仕舞い、また皆と共に生徒会室を目指して走った。
美佐都さんと橙子さんの無事を祈って。
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