第84話 楽しい時間
「次は私かしらね? 私は
咲さんの自己紹介が終わった後、待ってましたと言う勢いで深呼吸の人……祥子さんが声を上げた。
ほんわかな優しい本当の意味のお姉さんキャラな雰囲気で自己紹介をしてるんだけど、この人結構ぶっ飛んでるよな。
有名な男性アイドル事務所の名前が時々零れるからアイドル好きなんだろう。
でも、この人のお陰で一生の宝物と言える記憶の一ページを頂く事が出来たので感謝しないと。
それに、一つこの人の発言で気になった事が有るんだ。
それは先程の料理の感想。
「よろしくお願いします。祥子さん。俺の料理どうでした?」
先程の感想からこの人だけは、料理する側の目線で評価してくれたのでちょっと嬉しい。
油抜きの重要さを知っているんだから自分でも料理されるんだろう。
「うん、よく出来てるわ。コンニャクもちゃんと下ごしらえしてるから味が奥まで染みてるし、里芋もホクホクね。それにこの牛すじの煮込み具合は結構な時間煮込まないとダメなのに味噌が塩辛くならずにどことなく甘味が有るなんてやるじゃない。このまろやかな味はただの砂糖ではないわね? 何を使ったの?」
おぉ! この人少し食べただけなのに、ここまで俺の料理を分かってくれているなんて凄い!
コンニャクの下ごしらえも分かってくれているし、 何よりチョコ玉子の存在にまで気付くなんて。
とっても嬉しい!
「それは、チョコレートなんですよ! 俺が使っているのは玉子型をしているお菓子なんですが、ホワイトチョコの周りに普通のチョコがコーティングしてあって、これを使うと白と黒のチョコが良いハーモニーを奏でて甘味だけじゃなくてまろやかさも加わるんです! それにコンニャクの下ごしらえも気付いて貰えるなんて、嬉しいです!」
分かってくれた嬉しさに、丁度隣に座っていた祥子さんに思わず乗り出して語った。
あれこれと調理法を話して祥子さんの意見を伺う。
最初の内はにっこり笑って答えてくれていたが、段々と口数が少なくなり、とうとう呆然とした顔をしだした。
周りもおいしそうに食べてる涼子さん以外は俺と祥子さんを見て固まっている。
それに、俺は祥子さんに覆い被さらんとばかりに乗り出して近付いている事に気付いた。
あ……、しまったーーーー! あまりの嬉しさに空気読まずに熱弁してしまった。
しかも、初対面の女性に興奮して近付くなんて変態行為だと引かれても仕方が無い。
いや、下手すると警察呼ばれてもおかしくない。
俺は慌てて離れて謝った。
「す、すみません、祥子さん。調理法を分かってくれた嬉しさでつい興奮してしまいました」
さすがに気持ち悪がられて逃げられても文句話言えないよ。
この人から色々と料理の事を聞きたかったんだけどな~。
やっぱり土下座までした方が良いかな?
ちらりと祥子さんの方を伺った。
あれ?
祥子さんは相変わらず固まっているんだけど、表情がちょっと残念そうな顔をしている。
それに両手をよく見ると、いまにも振り被らんばかりに左右に広げた状態だ。
一瞬頭の中にアイアンメイデンって言葉が浮かんだけど何だったっけ?
「あの? どうしました?」
恐る恐る奇妙な格好の祥子さんに尋ねた。
祥子さんは俺の声に慌てて平静を装った。
「な、何でもないのよ。ちょっと若い子の熱意に興ふ、ゲフンゲフン、いえ、呆気に取られただけなんで気にしないで」
「牧野くん命拾いしたなぁ~。あとちょっとで抱き付かれてたんよ?」
「すんでの所で身を引くなんて牧野くんはやるな~。抱き付く瞬間助けようと身構えてたぜ」
「粟津先生? 条例違反スレスレですよ?」
「こ、こら皆変な事言わないでよ! そんな事無いんだから! あまりに一生懸命に熱く語る物だから、なんだか応援してあげたくなっちゃっただけよ」
偶然だけど避けたら失礼だったかな?
残念そうな顔していたし。
「私の作品はお料理がよく出てくるんで、色々と取材とかして勉強してるのよ。今度じっくりとお料理談義しましょうね」
「はい! 是非!」
最初は身の危険を感じたりしたけれど、この人は俺の料理の事を分かってくれるとてもいい人だ。
今度色々と教えて貰おう。
「次は私ですね」
そう言うと、鈴さんは何故か大きく息を吸い込んだ。
どうしたんだ?
「え~と私の名前は
…………。
鈴さんは事故傷悔……間違った、自己紹介を息継ぎ無しで、それはまるで句読点無しの500文字の文章を朗読するかの様に笑顔で一気に言い切った。
途中理解し難い、いや、したくない語句が有ったのは聞き間違いとしておこう。
って言うか怖ぇぇぇーーーーー!
「そうなんですか。よろしくお願いしますね」
一瞬逃げ出したくなったけど、下手に刺激すると笑顔で追って来そうでとても怖いので無難に対応しておこう。
「ええ、よろしくね」
その笑顔、本当に怖いです。
「牧野くん? もうちょっと普通に引いても良いのよ?」
あっ良いんですか? でも逆上されたりしたら怖いし。
「とは言え、まぁ、こいつの言った通り男性との接触なんてあまりなかったから、ちょっと暴走してるだけで普段はもっと普通だから嫌わないでやってくれよ」
今の文章全部聞いて理解出来たんですか?
俺、半分くらいで脳が聞くのを断念してたんですが。
「そうなのよ~。普段はとっても面倒見が良くてしっかりした良い子よ~」
なるほど緊張していっぱいいっぱいなのか。
さっきも凄いもじもじしてたし、無理して明るく振る舞おうとして変な事を言っちゃったのか。
それより涼子さん? その物言いは、もしかして面倒見て貰ってるんですか?
「最後はうちやね。うちの名前は
本名を言おうとした瞬間、一瞬蛇の人の顔が歪み、言うのを止めてしまった。
何か有るんだろうか?
あの顔は辛そうだったので触らない様にしよう。
「あぁ気にさしてしもうたみたいやね、そんな大層な事とちゃうんよ。ちょっと本家と仲がよう無くてね。本名は
あちゃ~、こっちの顔に出てしまったか。
しかし、本家だの分家だのって本当に有るもんなんだなぁ。
「分かりました、
「うん、良い子やね。ありがと」
桂さんは先程までの蛇の様な笑いではなく、優しくにっこりとほほ笑んだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
それぞれの自己紹介が終わった後、みんなでおしゃべりタイムとなった。
買い込んで来ていたお酒も入りどんどん愚痴大会の様相を呈してくる。
「あたしは昔からこんな胸だったからよ? 周りの男子とかからよくからかわれたりしてな、悔しくて反発したりしてたら、いつの間にかこんな性格になっちまってたんだよ」
「はぁ……」
一昨日もこんな事会ったよな。
なんか、俺の家が飲み会場になりつつある件……。
「親はコリャ不味いって女子校に無理矢理入れさせられたんだが、これが逆にダメだったな。こんな性格の奴が女子校に入っちまったら回りは皆お姉さまお姉さまの大合唱で矯正される訳がねぇ。ガハハハ」
それは何か判る気がする。
咲さんは少し喋っただけだけどなんか頼り甲斐が有って一緒に居ると安心出来る気がする。
そりゃ女子校とかなら同年代の女子に人気が有りそうだ。
「でもな? あたしだってさ? 普通の青春は味わいたかったなぁ~って思っちゃったりする訳よ。こいつらは嫌味か~とかい言うけどな? あたしと話す男なんて、ずぅ~っと胸ばっかり見てあたしの事なんてちゃんと見やしねぇ~! わかるか?」
この人も絡むなぁ~。
野江先生もそうだったけど、普段ちゃんとしている人の方が色々と溜め込んでるんだろうか?
そう言えば、二人とも共通点が有るんだよな。
外からの要因によって自分と言うイメージが形成され、更にそれを望む周囲からの期待で、より強固に補強される。
そして本人が望もうと望まないと、気付いたら後戻り出来なくなっている。
野江先生は恋愛マスター、咲さんは男勝りな格好と性格。
これはこの二人だけじゃなく、学園長と創始者にも言えることなのか、それに俺だってそうだ。
周囲からの影響で自分を変えざるを得なかった。
いや、我が道を行くお姉さんや涼子さんは除いて、大なり小なり皆そうなんだろう。
最初咲さんから自分を偽っているって感じたのは、似たもの同士のシンパシーだったんだな。
「ほらほら、咲ちゃん飲みすぎよ。ごめんなさいね。普段はここまで酔っても絡んだりしないんだけど、牧野くんって聞き上手って言うか、なんか色々と喋りたくなってくるのよ」
祥子さんが咲さんをなだめながらそう言ってきた。
「そうやねぇ~。うちも初対面の人に本名言ったのは初めてやわ」
「穴太先生って心にこんな闇を抱えていたんですね」
鈴さん? あなたも相当な闇と言うか、深淵そのものの存在だと思うんですが。
「こら~光一! 聞いてるか~? 分かるか~? この気持ち~!」
咲さんの管巻きは最高潮だ。
さっきも思ったんだけど、この人って元々は乙女な性格だったんじゃないだろうか?
漫画の作風だって逆の性格だからと言っていたけど、本当はそうではなくそうありたかったと言う願望からじゃないだろうか?
「俺は分かる気がしますよ」
「「「「「え?」」」」」
俺の言葉に皆が注目した。
あれ? そこまで皆驚くことなのか?
「分かるって何が?」
咲さんは酔いが冷めたかのように呆気に取られた顔をして首を傾げる。
ここまで喰い付かれるとは思ってなかったので言っていいのか戸惑うな。
「いや、俺が言うのは生意気かもしれないんですけど、咲さんは確かに男勝りな外見してますけど、心はとっても女らしくて素敵な女性だと思うんですよ」
本当にこんな若造が言う事じゃないよな。
さすがに怒られるかも。
「何でそう思うんだ?」
いまだに呆気に取られた顔をしている咲さん。
周りの皆も同じ顔している。
これは下手な事を言ってもダメだな。
俺の本心を語ろうか。
「本当に生意気言ってすみません。俺今まで引越しを沢山してきて、行く先々で色んな人と出会って、自分の居場所を作る為にその人達に嫌われないようにって、その人達を観察して気に入られる理想の自分になろうってして来たんです。その内自分の元の性格と言うのが分からなくなってしまいました。今みんなの前にいる俺が本当の俺なのか自信が有りません。ただ好かれようとして猫被っているのかさえも本当は分かっていないんです」
俺の言葉に皆が押し黙り固唾を呑んで耳を傾けていた。
そう、俺は今の俺が俺なのか分かっていないんだ。
宮之阪やコーイチは変っていないと言ってくれているんだけど……。
俺は話を続けた。
「失礼だと思うんですが、咲さんから同じ匂いと言うか、周りからの期待に応えようと演じてきたと言う様に感じたんです。そしてその奥にある優しくて純粋な心も……。それが作風に現れているんだと思います」
皆が呆気に取られる中、咲さんだけがいきなりちゃぶ台に倒れこんだ。
「だ、大丈夫ですか? 咲さん!」
俺は慌てて咲さんに声を掛ける。
咲さんは顔を俺とは反対の方向に向けて動かない。
あまりの怒りで血が頭に登りすぎたのか?
やっぱり失礼すぎたんだ……。
俺が許してもらう為、謝ろうとすると咲さんはボソッと呟いた。
「こいつなんなんだよ……」
うわっ怒ってる。
「ダメだろこいつ……」
ううぅ、やっぱり言わなきゃ良かった。
折角仲良くなってきたのに……。
皆が血相変えて咲さんの顔を覗き込む。
あれ? 血相変えてた皆の顔が何か面白いものでも見るようにニヤニヤし出したぞ?
「あれれ~穴太先生~? 何で顔が真っ赤なんですか~」
涼子さんがニヤニヤしながら咲さんを見ている。
「うるせ~! 酔っ払っただけだ!」
「へぇ~、そならなんで、そんなにふやけた顔してはるん?」
「フフフ、そんな咲ちゃん見るの初めてね」
「もしかして穴太先生も攻略されちゃいましたか~?」
「ち、違う。そんなんじゃないって」
皆も後に続き、咲さんにニヤニヤしながら、からかうように喋りかける。
咲さんはそれに反論してるけど声からは怒気は感じない。
そんな中、俺だけが訳も分からずポツンと取り残されている。
「牧野くん? 気にしなくても良いわ。フフ、咲ちゃんは別に怒ってないみたいよ」
一人ポツンとしていた俺に、祥子さんが優しくそう言ってくれた。
良く分からないけど怒ってないのか、本当に良かったよ。
そうこうしている内に、咲さんは起き上がり恥ずかしそうな顔をしながら俺を見てきた。
「あ~、急にすまん。その、なんだ……、あたしの事そんな風に言ってくれた奴は初めてだ。ありがとな」
咲さんはそう言って無邪気な顔して笑った。
そこには男勝りな咲さんは居らず、優しい素敵な女性の笑顔が有った。
「お前もまだ若いのに色々苦労してんだな。しかし、さっきお前が言った言葉、安心しろ。今のお前はちゃんとお前だよ」
咲さんは続けてそんな事を言ってきた。
「何でですか? 本人の俺も分かってないのに」
何を根拠に?
俺はその言葉の真意が分からず首を傾げる。
「まずは猫被ってる奴が自分で猫被ってるなんて言わねえよ。そしてもう一つはずっと別の自分を演じてきた先輩であるあたしの『勘』だ!」
今度は男勝りで頼れる姉貴ないい笑顔でそう言ってくれる。
俺はその言葉と笑顔に救われた気がした。
そして、また一つ遠くから鍵の開いた音が聞こえた気がした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
その後、涼子さんが俺の演説DVDのことを思い出し、俺が止めるのを無視して上映会が開かれた。
皆は食い入るように見ている。
うわ~恥ずかしい!
そりゃそうか、漫画家さん的には大好物だろうこんな学園ドラマみたいな映像。
学園長がノリに乗って編集してるしな。
「しまった~! これ先に見るべきだった~。こんな事を仕出かす奴って知っていれば、さっきの不意打ちは受けなかったぜ」
咲さんがそんな事を言っていたが、どう言う事だろう?
まぁそんなこんなで、月曜の決戦を控えた土曜日の楽しい時間は過ぎていった。
しかし、一つだけ気になる事が有るんだ。
この人達って一体いつ帰るんだろうか? と。
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