第83話 試食会

 

「牧野くん~、安心したらお腹空いちゃった! 牛すじの味噌煮込み食べた~い!」


 う~ん、涼子さんの知性が普段に戻ってきているな~。

 どうも隣人美人モードのパワー切れみたいだ。

 しかし、飲み会帰りなのにもうお腹空いたのかな?

 太ってるって指摘されたと勘違いして焦っておきながら、違うと分かった途端に食べてちゃ勘違いが本当になっちゃいますよ?

 と言ってもまぁ、この人の場合大丈夫か。


「分かりました。直ぐ用意するんで座っててください」


「やった~! 今週ずっと楽しみだったのよ~! 牛すじ牛すじ! みっそ煮っ込み~」


 そんなに楽しみにしてくれていましたか。

 それはご馳走し甲斐が有りますね。

 涼子さんは嬉しそうにリビングまでスキップしながら走っていった。


「皆さんはどうですか? いっぱい作っていますのでよろしければどうぞ」


 一応薦めてみたけれど涼子さんと違い、普通の女性だと思うんでどうなんだろうか?

 酔いは冷めて来ているみたいだけど、お腹は空いてないんじゃないのかな。


『いい機会じゃねぇか? 本当にあの子があたしらの野望を担えるかどうか見定める必要も有るしな』

『この匂いは味噌煮込みの匂いだったのね』

『うちの感やったら、あの子は間違い無いん思うんやけど』

『あたしはもう決めてますから』


 何か不穏な会話が聞こえるけど、何か俺を巻き込もうとしてるんだろうか?

 深呼吸の人、なに残念がってるんですか?

 冷静になって考えてください。

 逆に嫌でしょう、味噌臭い男子って。


「いや、どっちにしても腹が減って来てるし、お言葉に甘えさせて貰うぜ」


 あれ? 飲み会行ったのにこの人達もお腹空いてるのか?

 もしかして、この集団は腹ペコモンスターズの集いなのか?


「分かりました、準備しますね。どれくらい食べられます? 飲み会に行かれたって聞いてますけど?」


 涼子さんは底無しなんで食べるだろうけど、普通の女性だとどれくらい食べられるんだろう?

 出したは良いけど、『多くて食べられない~』って残されたらちょっと勿体無いかな?

 まあ残したものは間違い無く涼子さんが食べるんだろうけど。


「あぁ、気を使わせてしもたみたいやね。うちらは大丈夫なんよ」


「私達ね、あの子の食べっぷりを見るのが好きなのよ。いつもあの子の食べっぷりを肴にお酒を飲みつつ少しづつ頂くの。だからいつもは一つの所でゆっくりするか、二次会になだれ込んだりするんだけど、今回は一軒目直ぐでここに来たから」


 あぁ~なるほど。

 俺はリビングで牛すじの味噌煮込みを美味しそうに食べている涼子さんを見て納得した。

 俺も同じくこの人の食べっぷりが大好きだから、料理作ってる所あるもんな。

 実際料理するのは好きだったけど、ここに越して来るまでは別に毎日作っていた訳じゃない。

 休みの日は母さんが作る事も勿論有ったし、めんどくさい時はスーパーで御惣菜を買ってたりもした。

 でもこの人の、この『美味しい~!』って顔は、どうしても俺の料理でして貰いたいって思っちゃうんだ。


「あぁ~先輩のあの幸せそうな顔……、ペスを思いだ、ゲフンゲフン!」


 ウサギの人、いまとんでもない事言った!

 ま、まぁそれぞれの思惑はどうであれ、涼子さんはみんなに好かれているようだ。


 ん? ?


「あーーーー! 涼子さん! なに俺の晩飯を食べてるんですか!」


「牧野くん! とっても美味しいよ~! ほらこれで機嫌直して。はい、あ~ん」


 あ~ん、パクッ!


「モグモグ、ゴクン。 本当にもう! すぐに用意しましたのに!」


 ちゃっかり俺の席に座って、俺の晩飯を食べ出していた涼子さん。

 この人はなんでこんなにマイペースなんだよ。

 でも、これだけ美味しそうに食べてもらえると、本当に作って良かったって思うよ。


「「「「すごくいい…」」」」


 え?


 後ろの四人がハモッて呟いた。

 振り向くと四人で固まって何やらコソコソと緊急会議が始まっている。

 コソコソと言っても、とても興奮しているのか結構丸聞こえなんだけど……。


『おい、何だよ今の! 凄く自然に『あ~ん』ってしてたぞ? 日常かよ! 新婚かよ! 』

『タニーズJrくらいの男の子と食べ差し合いが出来るなんて、ここは夢の空間なの? うっ鼻血が……』

『なっ! あれはうちが夢に描いていた口論中のあ~んによる和解攻撃! そんな奥義を事も無げに行うなんて、やはり天才か……』

『はぁ~、素敵~。私もあの輪の中に……』


 なんか色々言ってるけど、傍から見るとそんな風に見えてたのか!

 なんか日常茶飯事だから、いつの間にか普通に思ってた。

 お姉さんとか普通にやってくるし、涼子さんの場合なんか大抵代わりに何か欲しい時とか、今みたいに都合の悪い事を誤魔化す時にやってくるから、呆れの感情が強くて慣れてしまっていたよ。


 そっか~、他の人が来た時はちょっと気を付けないとな。

 特に学園の皆が来た時は絶対見せてはいけない。


「大丈夫ですか? ティッシュをどうぞ、え~っと?」


 深呼吸の人が鼻血を出したので、取りあえずティッシュを渡そうとしたのだが、そう言えば名前を聞いていなかったので、どう呼べばいいのかと固まってしまった。

 まさか、深呼吸の人とは呼べないよね。


「ありがとう牧野くん。ずずず……、そう言えば自己紹介がまだだったわね」


「そやったねぇ。なんか女子会の時にあんたんの事、色々聞いとったさかい、うちら的には知ってるつもりでおったんよ。ほんますまんかったねぇ」


 涼子さん、なに言いふらしてるんだ?

 変な事まで言ってないだろうか?


「色々聞いたぜ~? 何やら学校では全自動攻略機とか言われてるそうじゃないか~。まぁその片鱗は先程見せてもらったけどな」


 そう言って巨乳の人は鈴さんを見た。

 それを受けた鈴さんはニコニコしてるんだけど、何か怖いよその笑顔。


「それは誤解ですよ! こら涼子さん! マジで変な事を外で言い触らすのは勘弁して下さい!」


「あら? 私は嘘を言っていないわよ~? 大和田さんが『困ったわ~』とか言いながらちょっと自慢気な顔して言ってたもん。ほらほら怒らない。あ~ん」


 あ~ん、パクッ!


「モグモグ、ゴクン。本当にもう! 皆さん誤解ですからね? まぁ取りあえず座ってください。直ぐに用意しますんで、自己紹介はその時にでもお願いします」


 俺はそう言ってコンロに鎮座している鍋の元に向かった。

 どんどん変な情報が広がって行っているなぁ。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「うんめぇ~! 最高だろこれ!」


「あらまぁ、ちゃんと油抜きしてるのね。えらいわ~」


「はぁ~、こらおいしいわぁ~。+30点やわ~」


「私男の人の手料理って初めて、とってもおいしい」


 俺の料理の試食会が始まったのだけど、口にした途端皆感嘆の声を上げた。

 よかった、喜んでくれたようだ。

 でも牛すじ煮込みって脂っこいから、ダメな人はダメらしいんでちょっとドキドキだったんだよね。

『苦手な味だわ~』とか言われたらちょっと凹んじゃってたわ。

 と言うか、蛇の人合計で60点加点してますが、まだ100点に届かないのですか?

 俺の最初の評価そんなに低かったんですか?


「お好みで七味もどうぞ」


「おう! 気が利くな。いいおさんになるぜ! ガハハハハ」


「なっ! 何言ってるんですか!」


 う~ん、何かからかわれているなぁ~。


 各々俺の牛すじの味噌煮込みの感想を言い終わり、少し落ち着いたので自己紹介をしようと言う事になった。

 俺達は丸いちゃぶ台の周りに、俺の向かい側が定位置の涼子さん、俺の両隣が鈴さんと深呼吸の人、涼子さんの周りが巨乳の人と蛇の人と言う並びで座っている。


 まず俺が自己紹介をしようとしたけど既に知っているからと断られた。

 う~ん俺の与り知らぬ所で知られているってのがとっても怖いんだけど。

 しかも情報源が涼子さんってのは先程の全自動攻略機でも実証済みだ。

 訂正の意味も含めて自己紹介やりたかったんだけどなぁ~。


「じゃあ、あたしから自己紹介しようかね。まずあたし等は全員涼子と一緒の雑誌で連載している漫画家だよ。んで、あたしの名前は穴太 咲あのお さきってんだよろしくな。ちなみにペンネームじゃないぜ。そうだな? 咲って呼んでくれ」


 巨乳の人は穴太 咲さんって言うのか。

 ペンネームと言うと『ラジオネーム匿名希望さん』みたいな奴だよな。

 涼子さんも『深草京子』ってペンネームだったっけ?

 しかし、下の名前呼び?

 ちょっと恥ずかしいな。


「え、えっと咲さん? よろしくお願いします。料理がお口に合ったようでよかったです」


 俺は先程の『ジロジロ見た男をぶん殴った』と言う言葉にビビリ、極力目を胸に行かないように気を付けながら挨拶を返す。

 俺の思惑に気付いたのか、巨にゅ、咲さんが苦笑して頭を掻いている。


「あ~、この人がさっき物騒な事言ったから気にしてるんだと思うが、逆に顔をガン見される方が気を使うんだよ。さすがに年頃の男の子が見て来たって殴ったりしねぇよ。もっと自然にしてろ」


 うっ、やっぱり不自然だったか。

 と言っても、そこまで自己主張が激しい物を目の前に置かれると、視界が極単に狭められるので仕方無いんですよ。


「すみません、でもそう言うの嫌そうでしたし、それに気を付けないとずっと目が離れなくなりそうで……」


 あっ、最後のは余計だったか! 思わず本音が出てしまった!

 セクハラだって怒って帰ったりしないだろうか?

 いや、そっちの方が俺の身の安全的に良かったりするのか?


「ガハハハハ! お前本当に素直と言うかズバズバ本音を挟んで来るのな。逆にそうハッキリ言われると清々しいぜ! まぁ確かに小さい頃からジロジロと見られて嫌な思いしかしてないのは確かだけどな。それに肩は凝るし、作業中邪魔でしかないし、こんなのいい所無しなんだぜ?」


 良かったのか良くなかったのか怒られはしなかったけど、しかし、う~ん、本人的にはそんな物なのか。

 俺的には思わず拝みたくなるほど尊く感じるんだけど。


「それはうちらに対する嫌味やろか?」


「そうですよ! 穴太先生!」


 蛇の人と鈴さんが咲さんに抗議しだした。

 まぁこの二人は比較的スレンダーと言うか、自己主張控えめな体形なんで、持っている者の嘆きは、持たざる者にとってただの自慢にしか取れないんだろう。

 深呼吸の人と涼子さんは咲さん程ではないにしても、それなりの物をお持ちなので同意と言うか同情をしているみたいだ。


「「あら? 牧野くんの方から、何かイラッとする邪念が届くんやけど?」のだけど?」


 ヒィッ! この人達もエスパーか!


「咲さんの気に触らない程度に気を付けます」


「あぁ、よろしく頼むぜ」


 咲さんはにっこり笑ってサムズアップをして来た。

 なんか豪快で男勝りな感じだけど、とても頼れる姉貴って感じで気持ちいい人だな。


「この子ってこんな男勝りな外見に似合わず、作品はすっごく可愛い画風でとても乙女なストーリー展開の学園物を書くの。サイン会の時とかファンの子がびっくりするって有名なのよ。かく言う私も最初会った時、驚いてお茶吹いちゃったわよ」


「そーなんですか!」


「こ、こら! 祥子さん! 似合わずって事ぁ無いだろ! こう言うのは逆の性格の方が書き易かったりするんだよ」


「あらごめんなさいね。でも逆って事は無いと思うわよ? フフフ」


 深呼吸の人が咲さんの事をからかって言ってるけど悪意は無く、どうも咲さんの事を可愛がっている風に思える。

 現に咲さんも本気で怒っている訳でも無く、半ば笑いながら文句言っていた。

 こう言う、言いたい事を言い合える関係なんだろうな。

 しかし、咲さんが可愛い画風の乙女な漫画を書くのか。


 う~ん、でも分かる気がするんだよな。


 男勝りってのはそうなんだけど、俺と涼子さんのやり取りを結構羨ましそうにしてたし、外見の所為でそう振舞っているだけで本当は乙女な心の持ち主なんじゃないだろうか?

 どこか本当の自分を偽っているような、そんな印象を咲さんから感じた。

 

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