第77話 完成

 

「……私って、要らなかったんじゃ?」


 急に宮之阪がそんな事を言い出した。

 何を言い出すのかと思ったけど、目の前で行われているドキ先輩の活躍振りを見てると気持ちは分からなくもない。

 俺でさえ少し自信を無くしていたりするし、会計補佐として臨時のお手伝いでここに居る宮之阪にとっては深刻だろう。

 けど、そんな事は無いと声高に言ってやる!


 何故そんな事を言い出したかと言うと、色々と騒動を起こしたお披露目会だったが、時間が押している事も有り、会報製作作業を再開したところでそれは起こった。


 覚悟はしていたけど、やはりやる事が多過ぎて、皆が皆必死な形相で作業に打ち込んでいる。

 そこで驚いたのが萱島先パイとドキ先輩の活躍だ。

 萱島先パイは元から俺にこれは雪辱戦だと述べていた通り、自分が望んだ通りの歓迎写真を撮り終えた高揚感も加わり、ノリノリで会報のレイアウトやデザインと言った方面での作業を一人で担当してくれていた。

 ページ毎のレイアウトを見直し、各項目の担当に新しいデザインの指示をしている。

 当初、この土壇場に来てのやり直し指示に、全員から悲鳴が上がっていたが、確かにそのデザインやレイアウトは素晴らしく、昨日の件で想いが一つとなっている俺達は、少しの妥協も許したくも無い不退転の意気込みだったので、気合を入れ直して修正作業に取り掛かった。


 そして問題のドキ先輩なのだが、その活躍ぶりは凄まじく、天才児と言う言葉の意味をまざまざと見せ付けられた。

 主に去年の各予算の収支報告の見直しを担当して貰っていたのだが、俺達が予め予想していた作業時間と言うのが馬鹿らしくなる程のスピードで各予算の再計算作業をで行っている。

 あまりのスピードに当初半信半疑だった俺達は、計算機を使って答え合わせをしたのだが、全てにおいてドキ先輩の計算は正しく、速度も圧倒的に早かった。

 これには本年度予算計画の作成を行っていた会計の桃やん先輩やその補佐の宮之阪も舌を巻いた。

 正直この作業が一番時間が掛かると思われていたので、各自担当の作業が終わり次第、皆で分担して行う筈だったので、この分だと昨日の遅れなんて直ぐに取り戻せそうだ。


 と思っていたのだが、ここで宮之阪が自信喪失してしまい、泣きそうな顔で冒頭の言葉を零す事態が発生した。

 元々人手が足らないと言う理由で、臨時徴集されたていの宮之阪だ。

 自分以上に有能な人物が現れたのだから、そりゃあ自分の存在価値を見失っても仕方が無い。

 しかし、どれだけ優秀だとは言え、ドキ先輩は言わば部外者だ。

 それに本当の採用理由は、桃やん先輩と乙女先輩の計画で創始者から俺とギャプ娘先輩を守る為のカモフラージュと言っていたが、最初から幼馴染達に目を付けていた訳じゃない。

 あの時、二人に言った『根性を気に入った』と言う言葉は嘘じゃ無かった筈だ。

 俺としても皆としても、もう宮之阪は生徒会の仲間だと思っている。

 存在価値なんて関係無いし、無かったら皆が与えてやる。


「そんな事は無いさ、俺はお前の事が必要だと思っているよ。宮之阪」


 勿論俺だけじゃなく生徒会皆もそう思っているよ。

 俺は自信喪失して涙目になっている可哀想な宮之阪に笑顔でそう言った。


 シーーン……。


 暫しの静寂。

 そして皆は眼を点にして口をポカンと開けている。

 あれ? なんで皆そんな顔して黙ってるの? 俺そんな変な事言った?

 皆も宮之阪が必要と思っていると思ったんだけど……?


「ボシュゥゥゥゥゥーーーー」


 急にやかんが沸騰した時のような謎の奇声が生徒会室に響き渡る。

 何事かと声がした方を見ると、宮之阪が顔を真っ赤にして茹で上がり、口から魂が抜けかけてるかのように放心していた。


「大丈夫か? 宮之阪?」


 俺の問い掛けにも反応せず、あちらの世界に行ってしまったかのような宮之阪。

 俺は慌てて宮之阪に近寄りホッペをぺしぺしと軽く叩く。

 勿論本当に軽くだよ。

 すると『えへっえへっ』と先程の芸人先輩の話じゃないが、少し恍惚とした表情で変な声が漏れてきた。

 正直頬を叩かれて嬉しそうに笑う様は、ちょっと人としてどうなんだろうと思ってしまうな……。


「牧野くん? 今の言葉はどう言う事なの?」


『えへっえへっ』と不気味に笑う宮之阪に若干引いていると、ギャプ娘先輩が声を掛けてきた。

 顔は笑っているが、その表情とは裏腹にとてつもない圧力を感じる。

 よく見ると回りも同じ顔をしていた。


「え? 皆も思っていますよね? 宮之阪の事が必要って」


 俺のその回答に皆はまたもや眼を点にして口をポカンと開けた。

 え? その反応。あれ? 皆違うの?


「乙女心を弄ぶなぁぁーーーーーー!!」


 皆が皆、そう、あっちの世界から還ってきた宮之阪さえも綺麗にハモッて声を上げた。


 なんでーーーーー?


 その後改めて指摘されると、確かに俺の言い方は拙かったと思う。

 先日のプロポーズ事件を彷彿させる台詞だったとも思う。

 そうだよね、乙女心を弄んだと言う言葉も納得は出来るとは思うよ?

 主語を『俺』じゃなく『皆』とすべきだった事も反省してる。

 でもね? これは少し酷いんじゃないかな?


 俺は目の前の机の上に置かれた大量のスイーツで、楽しそうにお茶会をしている皆を見ながらそんな事を思う。

 その大量のスイーツは、急に湧いて来た訳では無く、先程俺が近くのコンビニで買って来た物だ。

 それらは全て皆の乙女心を弄んだと言う理由で奢らされた。


 俺のお小遣いが……、トホホ。


 ウニ先輩は乙女じゃないだろうと思うのだが、『心は乙女だもん』と言う良く分からない主張をされ、仲間外れも可哀想だからと仕方無く買ってきた。

 切羽詰った現実から目を背けたくなる気持ちも分かるんだが、そんな楽しそうな顔をしてのんびりお茶会してて良いのですか?


「こーちゃん、励ましてくれてありがとうね。嬉しかったよ」


 お茶会の終わり際に、宮之阪がそれとなく財布の軽さに嘆いてた俺の傍にやって来て、皆に聞こえない位の声で俺に嬉しそうにそう言ってきた。

 ふぅ、幼馴染のこの笑顔が見れたのならこれくらいの出費は安いもんだな。

 それに皆も楽しそうだし、よしとするか。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 その後、現実逃避から我に返った俺達は、より一層悲壮な顔をして作業を開始した。

 時折そこかしこで悲鳴が聞こえてくる。

 今部屋に響いたのは俺の悲鳴だったかな?

 もう阿鼻叫喚の様相を呈してきたのでそんな事も分からなくなってきたよ。


 そんな中、俺が行なった部長インタビューの文字起こし作業をしていたポックル先輩が『う~ん、う~ん』と唸っているのに気が付いた。

 何か問題でも有ったのかな?

 インタビューしたのは俺なので、悩んでいるポックル先輩を見るとちょっと責任を感じてしまうな。


「千夏先輩、どうしました? インタビューで何か問題が?」


 録音外でも色々と話をしたので文字起こしのアドバイスが出来るかもしれない。


「あっ牧野くん。問題と言うより、これを公表していいのかなって思って」


 PC画面を見ると文章自体は出来ているようだった。

 文字数も一応レイアウトに入る程度に纏められていた。


 え~と、内容はと言うと……。

 そこには『試験管ベビー』や『実験動物』、『強靭で死なない肉体』、『人間より強力な生物の製造』等の普通のクラブ活動紹介には、およそ出て来ないパワーワードがずらっと並んでいた。


 あ~、これはお笑い芸人のインタビューか。

 さすがポックル先輩! 良く纏めてありますね。

 あぁ『試験管ベビー』はただの戯言なので、削っても良かったですけどね。

 昨日萱島先パイのオカルトチックなインタビューも、とてもで纏められてましたし、本当に凄いですよ。


「これでいいです! 完璧ですよ」


 俺はいい笑顔で、困惑した顔もまた一段と可愛いポックル先輩にサムズアップをした。


「ええええっ! 本当にいいの? これ絶対部員来ないわよ?」


 俺の回答に更に困惑しているけど、これで良いんだよ。


「だって、大事な同級生をそんな危険な所に送り出す事なんて出来ませんよ。見てくださいこの写真。この笑顔で誘い込んで悪の組織の一員に育てようと企んでる、まさに食虫植物か蟻地獄ですよ。俺としては同級生が悪の手先に堕ちるのを見過ごせません。だから極力被害者を出さない為にも、そのままでお願いします」


 この紹介を見てまともな奴だったら近寄ろうとしないだろう。

 俺の回答にポックル先輩は納得した顔をした。

 しかし直ぐに顔を曇らせる。


「どうしました? 何か問題でも?」


「う~ん、逆にこのインタビュー文を見て入ろうと思う人が居たら、それはそれで悪の組織の戦力強化に繋がりそうだなって思って……」


 確かに……。


「いやいや~、そんな物好きそうそう居ませんよ~」


 と言ってポックル先輩を笑顔で説得した。

 言われると、そんな不安が過ぎったりするんだけどね。

 かと言って、芸人先輩の発言だからと勝手に改竄してはいけない。

 このインタビューの趣旨から反するし、全て先輩達の大切な想いなんだ。

 だけど、今からインタビューのやり直しは絶対したくない。

 だって、全員下校の今日でも確実に悪の研究所に居るだろう事が想像出来る芸人先輩なんだけど、昨日と今日の連続であの人へのインタビューを行える程の体力は残ってないからね!


 ……少し遠い未来、なぜこの時にポックル先輩の意見を素直に聞かなかったのかと後悔する羽目になったのは別の話だ。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 バンッ!


「牧野くん! さっきは良くもやってくれたわね! 覚悟しなさい!」


 突然勢いよく生徒会室の扉が開き、野江先生が生徒会室に乱入して来た。

 どうも合同職員会議が終わって、そのまま走って来たようだ。

 しまった、あの時は捨て台詞を吐いて逃げていく野江先生の後ろ姿に満足したけども、こうなる事を想定していなかった!

 俺は逃げようと思ったのだが、突然の音にびっくりしてしまい反応が遅れてしまった。

 それに野江先生のスピードは恐ろしく素早く、椅子から立ち上がる前に背後を取られてそのままヘッドロックされる。


「こら! 私が遅刻しそうなのに意地悪して!」


 野江先生はグイグイと腕を締め上げながらそう言って来た。


「イタタタタ! 先生! ごめんなさい! でもっそれは自業自得ですよ! ってギブギブ!」


 俺はその行為に悲鳴を上げた。


「何ですって~! このこの!」


 俺の反論に野江先生は怒りの言葉と共に更にグイグイと力を入れてくる。


「やめて~!」



 って、実は言う程、痛くないんだよ。

 さすがに手加減をしているんだろうな。

 本気出して首を締め上げたりしたら、常人レベルの力でも十分事故る事も有り得るしね。

 でもここで余裕を見せると、それ以上の制裁をされる事が予想出来るんで痛がっている振りを続けているんだ。


 なのに、なんで反論してお仕置きを長引かせてるのかって?


 いや元々は野江先生の責任だからね、そこはちゃんと主張しないと。

 別に後頭部にムニムニと当たるオッパイの感触を楽しんでいる訳じゃないんだよ?

 不当な要求の言いなりにはならないと言うプライドの為なんだよ。


 本当だよ?


 野江先生は気付かずに、息をハァハァと荒げる位頑張っているけど、俺としてはお仕置きと言うよりご褒美だね!


「野江先生! 牧野くんも反省してるし、そこら辺で勘弁してあげて下さい!」


 ふぅ、乙女先輩優しいですね。

 他の人は俺が苦しんでいるのを見て、何故だか楽しそうに微笑んでいるのに。

 その優しさは、ありがた迷わ……、いやありがたい事です。


 あっ、よく見ると心配そうな表情をしていますが、額に青筋が浮かんでますね。


 もしかして、この逆パフパフな状態なのに気付いてしまったんですか? 他の人は気付いていないのに。

 さすが元策謀家の乙女先輩です。

 仕方無いか……、ここらが潮時だろう。


「野江先せ――」


「ちっ、気付かれたか、感の良い奴め……」ボソッ。


 え? なんか俺のセリフに被せてすぐ後ろで舌打ちと共に、凄いセリフが聞こえてきた気がしたんだけど?


「あっ、あの野江先生? 今何か言いました?」


「ん~ん。何でもないわ。もうっ、牧野くん? 私も悪かったけど、今度先生をからかったりしたら承知しないんだからね?」


 そう言って俺を優しく叱りながら解放してくれた。

 う~ん、やっぱり俺の聴き間違いだったか。

 それにしても、もう少し楽しみたかったよ……。

 しかし、野江先生って今まで異性と手を繋いだ事もまともに無いと言っておきながら結構無防備にスキンシップしてくるよな。

 やっぱり俺の事は弟と思っているのか?

 まぁそれはそれで役得なのかもね。


 なんて事を思っていると急にほっぺを左右に引っ張られた。


ふふぃのほり藤森ふぇんふぁい先輩? ふぁんふぇほっふぇをなんでほっぺをふぃっふぁるのでふか引っ張るのですか?」


 乙女先輩がジト目で俺を見ながら俺の頬を抓っている。

 とっても痛いです。

 これは先程と違って救いの無い純粋な暴力ですよ?

 やっぱり俺の企みはバレていたのか……。


「不埒な牧野くんにお仕置きです」


 乙女先輩はそう言って俺のほっぺを引っ張りながら、ぷく~と自分の頬を膨らませた。

 あっなんかこんな乙女先輩可愛いかも。

 先程の野江先生のヘッドロックと違い、傍から見ると微笑ましいように見えるけど、実際は結構な痛みに耐えながら俺はそう思った。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 そんな事が有りながらも俺達は各自作業を進めた。

 相変わらずあちこちから泣き言の悲鳴が上がっているが、既に俺達の中ではそれは一種の癒しのBGMのように感じる程に感覚がマヒしてしまっていたりする。

 知らない人が見たら恐らく、亡者の悲鳴が轟くこの世の地獄のようだっただろう。

 そして日が沈み、夜の帳が降りる頃に、とうとう俺達が待ち望んだその瞬間がやって来た。


「え~と、皆? 各自の作業報告をお願い」

「こっちは終わったよ~」

「同じく終わりました」

「こちらも完了しました」

「うん、これでよし! 終わったで~」

「「終わったよ~」」


 おっ皆終わったのか? こっちももう少し。


「終わりました!」


 やった! 完成だ!


「「「「「「「「終わったーーーーーー!!」」」」」」」」


 俺達はやり終えた達成感で、一斉に雄たけびを上げる。


「おめでとう皆! よくやったわね」


 野江先生騒動の暫く後、事後処理を終えて生徒会室に来ていた学園長が俺達に労いの言葉をかけてくれる。

 二十五年の時を越え、自分達が目指した因縁の部活紹介写真の完成を間近で見る事が出来て感動しているのだろう、目に涙を溜めている。

 この瞬間の為に学園に教師として戻ってきた野江先生も、目に溜まった涙を拭っていた。


「お母さん!!」


 感極まったギャプ娘先輩が学園長に抱き付き、学園長はそれを優しく受け止める。

 ある意味、この写真の申し子と言えるギャプ娘先輩。

 親父と学園長が思い付きから始めた事が切っ掛けで、それが創始者の心を縛っていた事を知り、そしてそれを解放しようとし、逆に怒りを買って別れさせられた。

 この部活紹介写真が無かったら、もしかしたら親父と学園長は結婚していたのかもしれない。

 それを思うと、この親子の抱擁はとても神秘的な光景のように思えた。


 と、ここで気付く。


 俺だってそうじゃないか。

 俺もこの写真のお陰でこの世に存在していると言えるだろう。

 そう思うと、ここに俺が立っているのだって、なにやら不思議で運命の神秘を感じる。



 俺はふと部屋の隅に飾られている兄貴生徒会旗に目を向けた。

 それは、追い込みの熱気を冷ます為にと開けられていた窓から入り込む風に吹かれ、垂れ下がる布地が小さくはためいている。


 その姿はまるで、俺達に『よくやったぞ』と優しく褒めてくれているように感じた。


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