第76話 お披露目会
「おっそ~い! 皆牧野くんの成果報告を待ってたんだからね」
俺が生徒会室に入るや否や、桃やん先輩が声を上げた。
そして生徒会室の中は異常な雰囲気に包まれている。
いや、俺が遅れたからと言う訳では無く、ただ単に締め切り前の追い込みによって、皆の気持ちが昂ぶっている事が大きいと思われる。
皆PCや、書類を前に必死な形相で作業を行っていた。
そりゃそうだ、昨日は、
今日が短縮授業で本当に助かったよ。
とは言え、昨日の事は皆にとっても必要だった。
それまでの経緯を全く知らない千林姉弟にしても、宮之阪や八幡にしても、巻き込む事になったのは申し訳無いけど、何も知らぬまま巻き込まれるより、俺達がこの学園に対して何をしようとして何を守ろうとしているのか知って欲しかったし、出来れば力を貸して欲しいと思っている。
まぁその後の暴走劇場は必要無かったんだけどね。
しかし、俺が生徒会室に入って来た事によって、ピリピリムードは少し収まった気がする。
「牧野くん、話は二人から聞いたわよ。ご苦労様」
ギャプ娘先輩は俺を優しく迎えてくれた。
「それと、昨日はありがとうね」
続けてそう感謝の言葉を述べてくる……のだが、見る見ると顔が赤くなってアウアウと言葉にならない声をあげる。
恐らく暴走劇場の事を思い出したのだろう。
そんなギャプ娘先輩の赤面した顔を見てると、俺もちょっとドキドキして来た。
いや、ちょっとじゃないよな。
だって、最初にギャプ娘先輩から抱き付かれた時は、俺としてもまだ思考が正常だったので一番印象に残っているからだ。
二番目は勿論最後のファーストキス未遂の宮之阪。
三番目はどんどんエスカレートしていく野江先生への恐怖だったな。
あとのは、正直なところ贅沢過ぎるとは思うんだけど、なんだかベルトコンベアに載せられてる加工食品の気分で、次から次へと入れ代わり立ち代わり流れ作業的に抱き付かれたもんだから、正直後半になるにつれ有難味が薄れていったんだよ。
あぁお姉さんとドキ先輩は別の意味で印象が残っているかな。
言うなればロシアンルーレット的な意味でね。
実際幾度かは三途の川でおじいさんと会って来たよ。
「ち、違うのよ、ア、アレの事じゃなくて、私の話を聞いてくれた事よ」
「そ、そうですよね。あれは、どちらかと言うと、俺の方がありがとうって感じで……、ハハハハッ」
「「「「なっ!!」」」」
その俺の言葉に皆が反応する。
そして口々に俺に対して文句を言って来た。
「こーちゃん! 私にはお礼言わなかったじゃないの! 酷い!」
「そうやで、いっちゃん! こうなったらアイスにジュースも付けて貰うで」
「ほうほう一年達とはそんな約束をしてたのかい? 牧野く~ん。ただより高い物は無いんだよ~?」
「「言葉より、高い高いがいい~」」
「わ、私も、恥ずかしかったけど、一生懸命頑張りました」
「お、俺は別に……、その」
「牧野くんは罪な男だね~」
皆からの抗議の言葉に俺はタジタジだ。
皆に感謝していないとか、そんなつもりじゃなかったんだけど……。
宮之阪は朝にアレは夢だった事にしようと言ったじゃないか。
八幡はちゃっかりしてるよな、初めて会った時の気弱で可憐な頃が懐かしいよ。
桃やん先輩……。後でジュース買ってきます。
ハハハッ千林姉弟は相変わらずだなぁ~、一人一セットづつですからね?
さすがドキ先輩! でも姉兄をそんなに羨ましそうに見なくてもちゃんとしてあげますよ。
あぁ、萱島先パイも居るのか。
まぁ昨日の成果報告がまだなんだからそりゃ来るよね。
…………。
あれ? 今一人だけこのメンバーの中で聞きなれない事を言った人居なかった?
あまりの事で感想言い忘れちゃったんだけど。
え~と、現在この部屋にはいつもの生徒会メンバーに加え、昨日と一昨日に引き続きドキ先輩と萱島先パイが居るだけだよな?
……うん、今日はお笑い芸人とお飾り部長の二人はこの場に居ない。
昨日も突然来たと思ったら、皆が正気に戻った後は、特に挨拶するでも無しにササッと消えていったよな。
本当に何しに来たんだろう?
まぁいいか、それよりさっきの会話と今居るメンバーを照らし合わせてみようか。
まずギャプ娘先輩、宮之阪、八幡に桃やん先輩、千林シスターズ+1と萱島先パイか、うん、これは分かるな。
いつも通りの反応だ、……と言う事は?
俺は該当するその人の方に顔を向けた。
そう、そこに居たのは乙女先輩、いや乙女先輩だけど乙女先輩じゃない。
ああ、ややこしいな。
いつもの斜に構えて、如何に人をからかうかと言う事だけを考えている様な
昨日あの時あの廊下、学園長に過去の過ちを知られ、それでも温かく包んで貰えた事に号泣し、最後に俺を優しい顔で見送ってくれた
あわわわわわっ、戻ってないよ、これ!
一晩経ったら元に戻ると思ってたのに。
ギャプ娘先輩の変化は彼女の為にとって必要だっただろう、ドキ先輩の件は千林一家にとっては一大事だけど学園生活においては、多少落ち着いたよね?的な感じだし、桃やん先輩が言うには、この変化はギャプ娘先輩と同じく彼女の為でもあったらしい。
でも、これはどうなんだ?
斜に構えて人を小馬鹿にしたような笑みを絶やさなかった乙女先輩だが、今そこに居るのは純粋可憐、聖女の様な優しい顔をした、まさに深窓の令嬢と言う言葉がぴったりな素敵な女性だ。
そう言えば学園長は二人だけの時には素直で可愛い子と言っていたけど、これはそんな範疇を超えている気がするんだが?
こんなの……、こんなの乙女先輩じゃない!
「どうしたの? 牧野くん。顔がおかしいわよ? あっ、ごめんなさい。おかしな表情してるわよ?」
ッ!! 良かった! 中身はあまり変わっていないみたいだ。
俺は、ホッと胸を撫で下ろした。
あれれ? でもなんだかいつも以上に心が痛いぞ?
…………。
そうか、優し気な口調で騙されているけど、言葉自体はいつも1.5倍位辛辣で、しかも可憐な顔から放たれるそれはダイレクトに心に刺さるんだ!
アハハハ、瞳から心の汗が溢れてきそうだよ。
「本当に大丈夫? 何か辛い事あったの?」
心の痛みに耐えている俺を見て、乙女先輩は心配そうな顔をしながら俺に尋ねてくる。
一応見た目通りのやさしさは有るんですね。
えぇ、辛い事はたった今有りましたよ。
う~ん、これは俺の自業自得なのだろうか?
以前の乙女先輩の言葉は、悪意の顔の裏に潜む善意を読もうとしていた為、装飾された悪意を拭い去るのは簡単だったので何とも思わなかった。
だけど、この乙女先輩は、善意の顔に善意の言葉、そこに無自覚の悪意が丁寧に練り込まれているので前より質が悪い。
「だ、大丈夫です。少し心が痛いですけど、その内慣れてみせますよ」
俺は引き攣る笑顔で強がりを言ってみせた。
相変わらず心配そうな顔で俺を見てくる乙女先輩だが、これ以上無自覚の悪意を投げかけられると立ち直る事が出来無くなるかもしれないので話題を変えようかな。
「皆、昨日はありがとう。お陰で元気が出たよ」
そうだ! 昨日のアレは、皆からの激励だったと思えば元気も勇気も100倍だ。
どんな困難にだって打ち勝てる気がするよ!
「牧野くぅ~ん? どこの元気が出たのかな~?」
「なっ! なんて事言うんですか桃山先輩!」
この人はブレないよな!
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「わぁ~! 良いじゃない! 一昨日の運動部も良かったけど文化部も気合い入ってるわね」
ギャプ娘先輩がPCの画面に映る昨日の写真を見て称賛の声をあげる。
皆落ち着いたので、改めてこの二日間の俺達の成果のお披露目会を行っていた。
昨日は文化部と言っても実際は屋内系の運動部も混じっているんだけどね。
水泳部に関して言えば、なんとこの学園って屋内プールが有るんだ。
けど、学園長達の計らいで顧問が不在となっており、事故防止の為プール使用禁止だった。
その為、昨日は水着ではなくジャージだったのには正直がっかりしたよ。
い、いや別に女子水泳部の水着が楽しみだったとかそう言う意味じゃないんだ。
だって水泳部が水着を着ていないなんて、太陽の存在しない暗黒大陸の如く、この写真の主旨である新入生を歓迎する感じと言うのが全く出ない気がしない? うん、そう言う意味なんだよ。
「あれ? この人って昨日生徒会室に居ませんでした?」
宮之阪が生物部の写真を見て声を上げる。
そこに写っているのは我が校が誇るお笑い芸人集団だ。
真ん中に立っているのは芸人先輩。
くっ、写真で見てもムカつくくらいとても愛くるしい顔で微笑んでいる。
まるでPC画面の向こうから俺のこの動揺を嘲笑っているかのようだ。
く、芸人先輩の癖に生意気な!
「そう言われたら居たような……? この人はこの学園の最大スポンサーである光善寺製薬の御令嬢、光善寺 淀子さんなのよ。でも淀子さんが学園内でこんなきちんとした格好をするなんて変ね。年始の挨拶回りくらいかしら?」
そう言いながら不思議そうに画面に映る芸人先輩を見ている。
「これが光善寺なの? 信じられない。この三年間ボサボサ頭によれよれの白衣を着ているところしか見たことないよ!」
愛くるしい芸人先輩を見て、桃やん先輩は出会ってから初めて見せるような驚愕した顔をしている。
この人が驚くなんて、それ程までなのか! この姿!
俺はてっきりドッキリ企画で、この落差で俺を驚かせようとしていたんだと思ってたよ。
でも、わざわざこの姿をして写真を撮らしてくれたと言う事は、それだけこの歓迎写真の事を理解して力を貸してくれたと言う事なのだろう。
今度有ったらちゃんとありがとうって言わなくちゃな。
「私はこの人嫌いです」
乙女先輩は嫌そうな顔で頬を膨らませている。
こんなに素直に感情を吐き出す乙女先輩ってちょっと新鮮だよな。
でも、それはなんとなく分かりますね。
だって二人とも相手の上位に立って喋りたがる所がそっくりですもん。
二人してマウント取り合っている姿が簡単に想像つきます。
「恐らくテンコはずっとその格好を続けるつもりだよ。少なくとも牧野くんの前ではね」
俺を見てにやりと笑う萱島先パイ。
「なんですか? その意味有りげな言い回しは? ただ単にドッキリ企画みたいなものでしょう? それにそうだったとしてもこうやって正体を告知したからもうする必要が無くなっただけですよ」
萱島先パイってどうも含んだ物の言い方するんだよな。
本当に困ったもんだと皆を見ると全員萱島先パイに注目していた。
あれ? なんで皆そんな『またか!』みたいな目で萱島先パイを見るんです?
「も、もしかして?」
ギャプ娘先輩が萱島先パイに恐る恐る尋ねる。
その問いに萱島先パイはうんうんと頷いた。
「既にテンコは攻略されたよ。彼女は今まで対等に話せる友人を欲していた。あぁ私は除外だ。友達では有るけど彼女が欲していた対等とはまた違う。彼女が欲していたのは、彼女の言葉をきちんと受け止め、間違っていたらちゃんと違うと言ってくれるような友人だよ。私はそう言うのは普通に流すからね」
それって、漫才のツッコミ要因を探していたって事じゃないのか?
やっぱりあの人って芸人だよな。
「そして、そこに現れたのが牧野くんだ。彼女の発言に的確に入れるツッコミは見事だったよ。傍から見てると牧野くんからのツッコミを受ける度に、だんだんと恍惚とした表情で喜びに打ち震えていっていたのがありありと分かったよ」
ツッコミって言い切った! やっぱり漫才の相方探しじゃないか。
それにツッコミに対して恍惚ってただのMッ気なだけなんじゃ……?
「そんな……油断していたわ。じ、じゃあ他はどうなの?」
ギャプ娘先輩だけじゃなく、他の皆も固唾を飲んで萱島先パイからの回答を待っているようだ。
「安心したまえ」
萱島先パイはにっこり微笑む。
その回答に一同はホッと胸を撫で下ろしていた。
「一昨日も含め両手を超える事は無かったよ。男女含めて私の予想より3人は少なかった。それだけこの学園には心に闇を持っている生徒が少なかっただけとも言えるかもしれないが、私の見立てでは光でさえも時間の問題だろね。これからは全方位全自動攻略機とお呼びした方が良さそうだ」
「いやぁーーーー! なんか色々増えてるぅーーーーー!」
皆は萱島先パイが語った言葉に頭を抱えて絶叫した。
「ご、誤解ですよ! 闇とかなんですか! それに男女含めてとか、光でさえもとか、勝手に変な属性付け加えていかないで下さい!」
俺はどんどん増えて行く不名誉な異名と属性に対して、撤回の声を上げたが皆の絶叫の声にかき消されていった……。
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