第73話 朝チュン

『……ここは、何処だろう?』


 俺はふと気付くと何処かでうずくまって、目を瞑って必死に何かを叫んでいた。

 いや、叫んでいるのは俺じゃない、身体は俺だけど俺じゃないそんな現実的ではない感覚……。

 叫んでいる内容も全く聞こえないし、どんな気持ちで叫んでいるのかも分からない。

 そんな中、俺は目を開けた。

 これも俺じゃなく、身体が勝手にした事だ。


『え? もしかして、俺は泣いているのか?』


 開けた視界は、像をはっきりと結ぶ事無く涙で滲んでいた。

 ただ、辺りは茜色に染まり、時刻は夕暮れで有る事だけは辛うじて分かった。

 身体が、俺の意思を他所に頭を上げる。


『なっ! 何だこれ?』


 俺は目の前に広がる光景に言葉を失った。

 

 目の前には、焼け焦げた瓦礫の山。

 土壁が所々残っている所からすると、どうやらここには大きな屋敷が建っていた様だ。

 夕日に照らされているその瓦礫は、いまだに炎の中で燃えているように感じた。


『なんで、こんな廃墟の前で泣いているんだ?』


 今起こっている事が理解出来ない俺は、周囲の状況を確認しようと辺りを見回そうとする。


『あっ、この身体は俺じゃないんだっけ? え? あれ?』


 先程とは違い、今度はこの身体は俺の意志通りに動き辺りを見渡してくれた。

 本当に意志通りなのかは分からない。ただ辺りを見たいと言うこの身体と、俺の意識がシンクロしただけかもしれない。


 見える周囲の光景も、目を開けた時に見た景色と同じくあたり一面の瓦礫の山。

 やはり夕日に照らされて、まるで燃えているかのようだった。

 いや、実際に所々煙が上がっているところがあるので、少し前までここは火の海の中だったのだろう。

 無人の廃墟かと思ったら、そうじゃなかったようだ。

 いくつもの人影が見える。

 あちこちを走り回っている人、怪我している人、そんな人に肩を貸して一緒に歩いている人。

 中には俺と同じく、焼け焦げた廃墟の前でうずくまっている人も見えた。


『本当に……何処なんだここは?』


 誰もその答えを教えてくれない。

 まるで地獄のような目の前の光景に、ただ疑問の呟きだけが零れすぐに消えた。

 ここに来て、ふと心の中に何かがちくりと針で刺した。

 最初はほんの小さい痛み。

 そして、その痛みはやがてダムの決壊のように、激しい悲しみ濁流として俺を襲った。

 しかし、なぜ悲しいかは分からない。

 ただ、何か大切なモノを失ったと言う強烈な想いだけが、俺の心を意識の彼方に押し流していく。


 悲しみの濁流の中、薄れ行く意識にある俺は身体の視覚を通して、あるモノ・・が見えたのに気付いた。


『あれは……、中庭にある木?』


 視線の遥か先、小さく見えるそれは、大きな山の中腹に一際目立つ大きな木。

 俺の知る山のシルエットとも全く違うし、学園に続く坂に立ち並ぶ住宅街さえ存在しない、木々に覆われた普通の山だったが、山の中腹の少し開けた場所にポツンと立っている大木を見て、何故か俺はその大木が学園の中庭に有るあの木だと言う事が分かった。


『そう言えば、今日美佐都さんと一緒に見たっけ』


 それに気付いた途端、心の中の悲しみの渦は消えていた。

 いや、悲しい気持ちは残っている、だけど先程のような荒々しいモノじゃなく、重さ自体は俺が支えるには大き過ぎるままだが、心の中に静かに広がっている大きな大きな湖……、そんな感じだった。

 それ以上に、俺の心の中には一縷の光……、希望と言っていいのかもしれない。

 そんな感情が湧いてきていた。


『行かなくちゃ……』


 そう思った途端、俺の身体は俺の想いと完全にシンクロした。

 俺は立ち上がり、あの大木を目指して走り出した。


『もしかしたら、あそこには……。|あの人が……』


 …………………………。

 ……………………。

 ………………。

 …………。

 ………。




「……くん、コーくん」


 ん? 誰かが呼んでる?


「コーくん!! 大丈夫?」


 これは、お姉さんの声? 何でお姉さんが俺を呼んでいる……? あっ。


「ハッ! ……ゆ、夢?」


 俺は飛び起きて辺りを見ると目の前で、お姉さんが心配そうにしていた。


「凄いうなされてたわよ? 大丈夫? コーくん」


 お姉さんが俺の額に手を当てて熱が有るのかを確かめてくる。


「う~ん、熱は無いみたいね。どうしたの? 怖い夢でも見た?」


「あ、あぁ。なんだかとっても怖い夢を……。ん? あれ? あれれ? 思い出せない。どんな夢を見てたんだっけ?」


 お姉さんに今見た夢を話そうとしたが、全く思い出せなかった。

 すっぽりと記憶から消えている。

 けど、心の中に残る悲しみだけは微かに感じる事が出来た。


「う~ん、思い出せない……」


「まぁ、夢ってそんなものだからね。怖い夢なら忘られた方が良かったんじゃない?」


 お姉さんが、夢の内容を想い出せなくて悩んでいる俺を見て、笑いながらそんな事を言って来た。

 確かに一理ある。


「そっか。そうだね。そう言えば今何時?」


「今は、朝の五時を回った所ね。もう一度寝る?」


「いや、朝風呂浴びて頭をすっきりしたいし、何より先生も準備が有るでしょ。もう起きるよ」



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 ジャーーーー! バシャバシャ。


「ふぅ~、何とか目が覚めたかな?」


 悪夢を見たと言う感覚と、その内容を思い出せないモヤモヤで頭が少し混乱していた俺だが、シャワーを浴びてなんとか意識がはっきりしてきた。

 昨夜はあの後、お姉さんと涼子さんが、寝ている野江先生をパジャマに着替えさせ、取りあえず俺のベッドに寝かせ付けた。

 パジャマは服を取りに帰ったついでにお姉さんが持ってきた奴だ。

 ピンクのフリフリが付いた可愛らしいパジャマなんだけど、お姉さん普段はこんなの着てるのか……。

 勿論だけど俺は、お姉さん達が眠っている野江先生を着替えさせてる間、隣の部屋で大人しく待機していたよ。

 事故でも下着姿を見たと言う事が知られたら、それだけで既成事実と言われ兼ねないからね。


 その後、涼子さんの部屋から持ってきた布団を俺の部屋に敷き、お姉さんと涼子さんはそこへ、俺は掛け布団だけ持って居間でそのまま雑魚寝にする事にした。

 お姉さんは久し振りに一緒の布団で寝ようとか、涼子さんも川の字で寝たらいいじゃないとか言ってくれたが、変な意味でない事は分かっているのだけれど、正直年頃の男子としては嬉しいより色々と思う所が有って逆に辛いので辞退せざるを得なかった。


 今日一日色々と興奮したからね!



『え? え? ここ何処? 見知らぬ部屋で寝てるなんて、もしかしてまたなの?』


 シャワーを浴びてさっぱりした俺は、先程の夢の事もすっかり忘れて台所でみんなの朝食を作っていたのだが、突然俺の部屋から何やら野江先生の声が聞こえて来た。

 どうやら、見知らぬ部屋で寝ていた事に気付いた野江先生が、混乱して何やら喚いている様子だ。

 お姉さんと涼子さんの落ち着くようにと言う声も聞こえてくる。

 丁度良かった、もう少ししたら起こそうと思っていたんだよ。

 だって、昨日そのまま寝てしまった野江先生なんだから、さすがに女性として朝にシャワーぐらい浴びたいだろうしね。


 俺はおはようの挨拶がてらに四人分のコーヒーをトレーに載せて部屋の扉をノックする。

 昔から朝のコーヒーは俺の仕事だったんだ。

 親父も母さんも朝早くて忙しかったりするし、それに俺の淹れたコーヒーが一番って褒めてくれるのが嬉しくて、いつの間にか朝にコーヒーを入れるのが俺の役目になっていた。


「おはようございます。コーヒー淹れましたよ。開けていいですか?」


「いいわよ~」


「えっ? その声は牧野くん? えっ? 」


 野江先生はまだ混乱少し残っているようだった。

 まぁお姉さんの了解が取れてるので入っても大丈夫だろう。


 ガラッ


「おはよう、皆。コーヒーどうぞ。え~と、野江先生大丈夫ですか?」


 野江先生を宥めている二人と、その本人である突然現れた俺に驚いて目を見開いている野江先生に寝起きの挨拶をした。

 野江先生は俺のベッドの上に上半身だけ布団から出して座り込んでいた。


「え? 牧野くん? どう言う事? もしかして私奪われちゃっ……ては無いようね……」


 野江先生は、なにやら慌てて布団の中に手を突っ込んで、下腹部辺りをごそごそと何かの存在を確かめる様に動かしていたが、それが無事・・だと分かると少し残念そうな顔をする。


 ハハハハ、何の無事を確かめたんです?

 いや、ちょっと知りたくないのでこれ以上は詮索するのは止めときますね。

 と言うか、残念な顔をするのは止めて下さい。


「取りあえずコーヒーでも飲んで目を覚まして下さいよ」


 俺はそう言って皆にコーヒーを振舞った。

 皆コーヒーを一口啜り、ふぅと一息。

 そんな落ち着いた最中、野江先生がポツリと飛んでもない事を呟いた。


「……これが朝チュンモーニングコーヒーって奴なのね」


「ブッ! ゴホッ、ゴホッ。先生何言ってるんですか! 違いますよ!」


 手渡したコーヒーを飲みながら野江先生は昨日の続きよろしく、そんな事を呟いたので俺は噴出してしまった。


 その言葉に咽せ返る俺は、発言主である少し嬉しそうな顔をしてコーヒーを飲んでいる野江先生を見つめる。

 恋に夢見るアラサー乙女な野江先生。

 積み重ねた恋愛漫画の知識を以て、幾人のカップルを誕生させてきた実績を持つ自称恋愛マスターの彼女は、恐らく今までシミュレーションと言う名の妄想で、朝チュンシチュエーションを夢見てきたんだろう。


 ごめんなさいね、がっかりさせて。


 いつか素敵な人と本番を迎えられる日が来る事を祈っていますよ。

 けど、このノリはまだ刷り込みが続いているって事だろうか?

 あっ、目が合ったからってあからさまに照れるの止めて下さい。


 何かちょっと可愛いです。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「アハハハハ、冗談、冗談よ、牧野くん。昨日は嬉しい事がいっぱい有ったからね。ちょっと浮かれちゃってただけよ。そもそも私はこれでも教師よ? 生徒と付き合おうなんて思う訳無いじゃない。それに牧野くんは私の弟より若いから、どうしても異性って言うより弟って感じにしか思えないのよね」


 俺が作った朝飯を皆で食べながら、幾つか昨日の事について探りを入れると野江先生は、さもおかしいと言った風に俺達の懸念を笑い飛ばした。

 俺達は、その発言にほっと胸を撫で下ろす。

 そうか、俺を弟みたいに思って、からかってただけなのか。

 まぁ弟さんの部屋を漁ってエロ本探す様な姉だしな。

 そう言うものかもしれないね。


「それにしても酔っ払って恥ずかしい所を見せちゃったわね。昨日の事は学園の皆には秘密にしといてね?」


 野江先生がウィンクしながら俺にそう言ってきた。

 思いの外、キュートなその仕草に少しドキリとした。


「ええ、絶対に言いませんよ。秘密にしておきます」


 実際俺としても、何もやましい事が無かったとは言え、担任が一晩一人暮らしの家に泊まったなんて事をクラスの誰かに知られると色々と邪推されたりとか面倒臭いので知られる訳にはいかないよ。

 過去の経験上、風評被害を拭い去るには多大な労力が必要なのは嫌と言う程味わっているからね。


「……(フフッ、男の人との二人だけの秘密)」ボソッ


「え? 何か言いました?」


 野江先生は俺の言葉の後に急に下を向いて何やら小声で呟いて体をプルプルっと震わせたが、俺も含め皆その零れた言葉を掬い上げる事が出来なかった。


「ん~ん、何でも無いわ。フフフフ」


 野江先生は顔を上げてそう言ったが、一瞬だけ妖艶な表情を浮かべたように見えたが気のせいだろうか?


「? そうですか? なら良いんですが。あっ先生お風呂入るならどうぞ」


 俺は食べ終わった皆の食器を台所に持って行こうと立ち上がりながらそう言った。


「ありがとう。そうさせてもらうわ。大和田先輩、服ありがとうございます。助かりました」


 お姉さんにお礼を言いながら立ち上がり、俺と一緒にダイニングスペースまで歩く。


「そこの扉が風呂ですんで、どうぞ」


 俺は玄関横の扉を指し示す。


「ありがとう牧野くん。……本当に昨日は変な事を言ったりしてごめんなさいね。さっきも言ったけど私達は教師と生徒なんだから、そこはきっちり線引きしないとね」


 野江先生は恥ずかしそうにしている。

 さすがに酔った勢いとは言え、生徒の前で恥ずかしい事を色々とぶっちゃけてしまったのは、野江先生的にもかなり恥ずかしかったようだ。

 昨日の言動が刷り込みによるものなのかどうかは、本当の所は分からないけど、ずっと心を苦しめてきたストレスが解放されて、更に愚痴を言える先輩と再会したんだから、逆に俺が居た事によって吐き出せなかった事も有るのだろう。

 だからどうしても俺をからかう方向に話が行ってしまったのかもしれない。

 今度は居酒屋で学園長も交えて三人で昔話に花を咲かせてくださいね。

 ある意味黒歴史レベルの失態にとても恥ずかしがっている野江先生名誉回復の為、一応フォローをしておこうかな。


「いや~、俺としては先生の可愛らしい意外な一面を見る事が出来て、ちょっぴり得した気分です。だから気にしないで下さい」


 俺は野江先生ににっこり笑ってそう言った。

 相手を褒めつつ得をしたと言う事によって、自分の失態がプラスになったと思い込ませて羞恥心を取り除くぬらりひょんスキルの一つだ。

 あまり喜びすぎると不自然すぎて逆効果、だからちょっぴり。

 とは言え、得したと言うのはあながち嘘でもないんだよな。

 最初は身の危険は感じたけど、そんな気が無いと知った今となっては、あれはあれで楽しかったし、背中のプニプニは実際得したしね!


 ブルブルブルブルッ!


 んん? 急にどうしたんだ?

 野江先生は先程と同じ様に急にうつむいたと思ったら、つま先から順に頭の天辺まで突き抜けるように体を震わせた。

 突然の急な動きにびっくりしたけど、そう言えば今朝は少し寒いし、風邪でもひきかけているのだろうか?


「大丈夫ですか? 今朝は冷えますし風邪ひかないように気をつけてくださいね」


 俺の言葉に顔を上げた野江先生はとてもいい笑顔で微笑んでいる。

 その笑みの奥に宿る怪しげな光を見たような気がしたけど気のせいかな?


「大丈夫よ。気を使ってくれてありがとう。牧野くんは優しいわね。でも、可愛らしいなんて、先生をからかうものじゃないわよ? フフフ」


 あちゃ~、さすがに先生に対して『可愛らしい』は、生徒である俺が言うのは失礼だったか~。

 でも、野江先生は楽しそうに笑っているし怒ってはないみたいだ。


「……そう、私は先生……(今はまだね。でも卒業したら……フフフ)」ボソッ。


 風呂に向かう野江先生はボソッと何かを呟いて小さく笑ったが、最後の方は良く聞こえなかった。

 変な雰囲気を纏っているが気のせいかな?

 まぁいいか。


 それより今日は記念すべき生徒会会報第一号の締切日だ。

 昨日の遅れを取り戻さなければいけないんで気合を入れなきゃね!


「よし今日も一日頑張るぞーーー!」


 俺は台所で気合の雄たけびをあげた。

 後ろでお姉さんと涼子さんも応援してくれた。

 元気百倍だ。これで頑張れる!



 その後、下着を脱衣所に持っていくのを忘れたと、風呂上りバスタオル一枚で俺の前を通る野江先生が現れるというハプニングが発生したりしたけれど、俺は心を閉ざし冷静に対処した。


「あっ体に巻いていたバスタオルが落ちちゃったわ。牧野くん拾ってくれる?」


 ハハハ、なに言ってんだコイツ? マジ勘弁して下さい。

 弟扱いにも程がありますよ、思わずガン見しちゃったじゃないですか。


「こら! 水流ちゃん。いくら弟みたいに思ってるからって、そんな無防備な格好で年頃の男の子の前に出ないの!」


 あぁ、お姉さんに叱られた。

 教師なのにお姉さんに教育的指導されるなんて、相当なうっかりさんだよなぁ。

 それにそんな格好で部屋を歩き回ってると風邪ひきますよ?


「クチュンッ!」


 ほらほら、言わんこっちゃない。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「じゃあ、先生は先に行くわね! 遅刻したらダメよ?」


 お姉さんの服を着込み、涼子さんのメイク道具でパッパと化粧をした野江先生は、教師の登校は生徒より早いとの事で、俺がいつも登校する時間より一時間ばかり早く部屋を出ていった。


「なんか嵐のような人でしたねぇ」


 野江先生を見送って居間に戻ってきた俺はTVを見てくつろいでる二人に声を掛けた。

 なんかお姉さん以上に『嵐を呼ぶ者ストームブリンガー』だった昨日の野江先生の勢いに、かなり濃い面子である筈の腹ペコモンスターこと涼子さんや、元祖『嵐を呼ぶ者ストームブリンガー』のお姉さんでさえ圧倒されていたようだった。


「そうねぇ。でも元気の良さは学生時代でもあんな感じだったわよ。まぁ堅物と思っていたのは間違いだったけど、あれが本当の彼女だったのね。それにはちょっと驚いたわ」


 学生時代のカップル誕生の逸話は漫画からの知識によるもので、自分はずっと恋に憧れていた、元気いっぱいの妄想暴走少女だった訳だ。

 そのままあの年齢まで拗らせちゃったのは、やはり学園長の嫌いな相手と強制的に結婚させられたと言う思い込みが原因なのだろうか?

 学園長も結婚した時にラブラブアピールを周りにしてたら、野江先生も今頃は幸せな結婚をして、もしかするとその後の両家断絶も起きずに済んだ可能性すら有るんだよな。

 いや、これに関しては結果論だ。

 実際には周りにアピールすらする間も無いタイミングで和佐さんは亡くなってしまったんだから学園長を責める事は出来る筈もないな。


「でも楽しい人だったわね~。また色々とお話したいわ~」


 涼子さんは野江先生の事を気に入っているようだ。

 自分の漫画の熱烈ファンで、しかも高校教師と言う貴重な情報源。

 性格的にも相性良さそうだし仲良くなるのは必然だろうな。

 黄檗さんも涼子さん漫画のファン繋がりで話が合いそうだね。


「今度は居酒屋でやってくださいよ。多分俺が居ると言えない事とかもあると思いますよ」


 そうそう、俺の部屋を集会場に利用するのだけは阻止しないとね。


「じゃあ、俺もそろそろ出ますけど、お姉さん帰る時は戸締りして下さいね」


「はぁ~い、分かったわよ~。コーくんいってらっしゃい。生徒会報制作頑張ってきてね」


「涼子さん、今日は遅くなるんで夜飯は無理かもしれませんから昨日のハンバーグで済みませんけど冷蔵庫に入ってますから持って返ってください。あ~、くれぐれも夜までに食べないように」


「牧野くんマジ神な件! ありがとう~。いってらっしゃ~い。頑張ってね~」


 俺は二人声援を背に受けて学園に向かった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 この道を通るのも今日で丁度一週間目。

 今のこの状況を一週間前の入学式に向かう俺に話したら、どう言う反応をするだろうか?

 そのまま踵返して部屋に逃げ帰ったかな?

 いや、多分それを知ったとしても、俺と同じこの道を歩いて学園に向かっているだろうな。


「こーちゃーん」


 この声は宮之阪。

 彼女は嬉しそうな声で俺を昔のあだ名で呼びながら駆け寄ってくる。

 そう、こんなも、あの日あの時この道を歩いていなければ来なかった未来かもしれない。

 同じクラスの隣の席だ、いつかはこうなったかも知れないけど、それはじゃないだろう。

 俺はそんな事を思いながら挨拶を返す。


「おはよ~! 宮之阪!」


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