第60話 アホ継先輩
「そう言えば光一~。パパが俺の事で話したい事が有るから会いたいって言ってたぞ」
ヒッ! な、なんですと!
悪の秘密基地を後にした俺達は少しペースを上げて、次から次へとクラブの取材を回っていたのだが、その移動の最中ドキ先輩が飛んでもない事をポロッと口にした。
「あと妹もなんか御礼をしたいから是非連れて来て欲しいって言ってたな」
それお礼はお礼でも、お礼参りってやつなんじゃあ?
謝罪しに行かないといけないとは思っていたけど、何か思ってたよりも事態は深刻なのか?
ちょっとポックル先輩とウニ先輩が納得してたんで、もしかしたら千林一族の皆も納得してくれたりしないかなぁ? とか甘く思ってた。
仕方無いやはり一度は謝罪しに行かないとまずいか。
「ちなみに千歳さんは何か言ってました?」
先日会った時は結構気に入ってくれている雰囲気だったのにこの件で嫌われたりしたらちょっと凹むな。
「ママ? ママはなんか家に招き入れる良い口実を得たとか喜んでたぞ」
ゾクッ!
何か今悪寒がしたんだけど?
その家に招き入れるって責任取れとかそう言うアレなんじゃないか?
う~ん何か千林家に行くのがとても怖くなってきたなぁ~。
と言うか、ドキ先輩はナチュラルにパパママ呼びなんだ。
「千花先輩。今はちょっと生徒会のことで忙しいんで、来週この問題が一段落付いたら改めて御伺いしに行くと言うのを伝えてもらえます?」
あからさまな逃げなのだけど今これ以上負担を背負うとオーバーフローしそうなので問題の据え置きさせてもらいたいかな。
「分かった。パパにそう伝えておくぞ」
ホッこれで一安心だな。
もしかするとなんやかんやで有耶無耶になったりするかもしれないしね。
そう言えばポックル先輩も言っていたけど下の妹も千林スタイルなんだろうか?
「下の妹さんって、やっぱり先輩達に似てるんですか? なんか結構しっかりしてるって千夏先輩が言っていましたが」
ああ見えてもポックル先輩って長女としてちゃんとお姉ちゃん然としているのにそれより姉気質と言うのが気になるんだけど?
「千晶の事か? 顔の雰囲気はそっくりだぞ。だけど一番下の癖に俺達の事をいっつも子供扱いするんだ。特に俺の事なんて一日一ハグとか言って抱きついてくるんだよな」
千晶って言うのか、顔がそっくりって言う事はやっぱり千林スタイルなんだな。
ポックル先輩が言っていた通り姉気質って言うのは本当なんだ。
それにドキ先輩の事がお気に入りなのか……。
元は
家の中ではあの"ぷに事件"の後のふにゃころなドキ先輩だったようだしそれを気に入ってたとしたら今の足して二で割ったドキ先輩は受け入れがたい物が有るかもなぁ~。
ちょっとポックル先輩とウニ先輩に頼んで何とかなだめて貰わないとダメかもしれない。
「高い高いしてくれるのは嬉しいんだけどな……」
ドキ先輩のその言葉はどうやってポックル先輩とウニ先輩に妹さんをなだめて貰おうかと思案していた俺の耳には届かなかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「え~と次は……おっ? やっとラストですね。最後のクラブは映画研究部ですか」
途中やたらと物が燃え上がるのを見るのが好きと危ない発言をする化学部の先輩や、俺の背中が煤けてると言ってくるカルタ部の部長とか愉快な面々は居たのだが生物部より濃いクラブが無くて助かった。
確かに運動部よりは曲者が多かったとは言え全員芸人先輩レベルなら今日中には終らなかったよ。
「この学園の映画研究部って何する部活なんですか? 研究ってずっと映画を見て批評したりとかですか?」
先程のレクリエーションの時間に久し振りに近所の映画好きのお兄さんの事を思い出したのでちょっと映画研究部に興味が出てきた。
この街に帰ってくるまですっかり忘れていた。
思い出は悲しい物として心のどこかに置き去りにするようになって以降、楽しい思い出程強く封印して形を無くしていた。
そのお兄さんをなんて呼んでいたかな?
映画のDVDは元々おじさんのコレクションと言うことだったけど、おじさんも快く見せてくれたんだよな。
映画だけじゃなく将来の夢とか色々と話した事をおぼろげに思い出す。
遊んだ期間は短い間だったけど一人っ子だった俺は本当の兄のように思っていたし、向こうも弟のように面倒を見てくれた。
それに俺が引っ越す事になった時はお兄さんは凄く悲しんでくれたんだ。
俺も悲しかった、いやコレクションの映画を見れなくなった事じゃなくて純粋にお兄さんとのお別れが、だよ。
しかし、最後に言ってくれた『I'll be back』はどっちかと言うと去っていく俺の台詞だったんじゃなかろかと当時からちょっとモヤッてる。
引っ越してからも暫くは手紙のやり取りをしていたけど……、あれ? なんで手紙のやり取りを止めたんだっけか?
ズキンッ
痛っ! また、お兄さんの事を思い出そうとすると頭が痛くなってきた。
なんなんだ一体?
いや、今はそんな事に気を取られている訳には行かないな。
「ん? 気になるかい?」
「え? えぇまぁ、昔は良く映画見てましたしね」
「ここの部はね、映画を見たりもするだろうけど、作る方がメインだね。毎年部員達が各々で作った短編映画を文化祭で一挙に上映するのがこの部の伝統だよ。特に去年の文化祭で上映した、今の部長が撮った作品は凄く好評だったようだ。私は運悪くその上映時間に間に合わなかったので未見だけどね」
「へぇ~自分達で作るんですか。それは凄いですね。その好評だった映画見てみたかったなぁ。今年リバイバルとかしないんですかね」
研究部って付いてるから勘違いした。
好評だった短編映画ってどんなのだろう?
出来れば今日見せて欲しいけど時間が無いよなぁ。
「その年の新作は投票で次回持ち越しする作品を選ぶ催しもしていてね。勿論その作品は選ばれてたんで今年も上映すると思うよ」
「それは良かったです。今からそれを作った部長に会うのが楽しみになってきましたよ」
俺がそう言うと萱島先輩はちょっと困った顔をした。
「う~ん、それは……。まぁ実際に会ってみた方が早いかな。ほら部室が見えてきたよ」
なんだろう? また奇人変人だったりするのだろうか?
映画監督って変な人多いと聞くし、ご多分に漏れずその部長も変人なのかな?
コンコン!
『遅いだろ! どれだけ人を待たせるんだ! これだから生徒会の奴等は!』
うわっむっちゃ怒ってる!
さすがに寄り道が過ぎたか~。
やっと着いた部室のドアをノックした途端、中から凄く不機嫌そうな声が聞えて来た。
ガラッ。
「すみません。遅くなりまして」
訪問したすぐは、先輩達に怒られるってのは、今までも何回か有ったので慣れたものでは有るけれど、この先輩はちょっとイライラし過ぎだよな。
しかし、この声って何処かで聞いた様な……?
「あっ! 貴様は!」
「あっ! あなたは!」
怒っている声の主と、その声の主を見て驚いた俺の声が綺麗に重なった。
その声の主とは俺の事を今もその目で射殺すかの如く睨んでいるアホ継先輩だった。
そう言えば今まで回ったクラブに一緒に俺を責めてきた他の先輩はちらほらと居たがアホ継先輩は見なかった。
萱島先輩が困ったような顔していたのはこう言う事か。
それにリストの最後だったのも乙女先輩が気を回してくれたのかもな。
しかし、まさか映画研究部に居たなんて……、なんかイメージとは真逆だ。
あれだけ親のプレッシャーに苛まれ承認欲求の塊のような焦り方をしていたから理系のクラブかそれこそ塾通いでどの部にも所属していない所謂帰宅部なのかと思っていた。
「あの~昨日はどうも」
なんか気まずいなぁ~。
俺は内心同情と言うか親の存在のプレッシャーを受け続けてきたこの人の事を少し尊敬し始めているんだけど向こうは昨日の今日だから俺の事を心底憎んでいるのだろう。
俺を睨むその目がそう物語っている。
「チッ、そう言えば部活紹介写真は広報の仕事だったな。クソッ、忌々しい」
う~ん、マジで嫌われているな。
その気持ちは分からなくもないけど、俺自身は不可抗力なんだし逆恨みはお互い不幸になるので何とか晴らしたいよ。
なんたって映画研究部の作品と言うのを見てみたいし。
「あの~先輩が部長なんですか?」
アホ継先輩は一番上座となる席に座っているので恐らくそうなんだとは思うんだけど、萱島先輩が言っていた去年素晴らしい映画を作った部長と言うのが、このアホ継先輩ってのがにわかに信じられない。
「それがどうした! 何か文句があるのか!」
凄い剣幕で怒鳴られた。
「まぁまぁ部長。そんなに怒らない怒らない。そんな顔は部長らしくないじゃないですか」
「そりゃ生徒会に入りたかったって言う気持ちは分かるんですが、実は私達今年も部長と映画を撮れるのが嬉しいんです」
「そうだぜ! もしお前が生徒会に入ってたら意地でも連れ戻そうと俺達で計画していたんだ」
「お前達……」
口々に部員達がアホ継先輩を優しくなだめている。
その言葉に頬が緩むアホ継先輩。
俺は今目の前で繰り広げられている光景に素直に驚いた。
この人はこんなに部員達から慕われているのか。
俺の中でアホ継先輩に対する尊敬する気持ちが更に強くなるのを感じた。
去年素晴らしい映画を作ったと言うのもこれなら信じられる。
それに何故だろう? なんだかとても嬉しい気分になってきた。
「お前! 何がおかしい!」
「いえ、部員達に慕われている先輩を見てたら、なんだかとても嬉しくなってきて」
「ぐッ、クソッ、訳の分からない奴め」
俺自身この気持ちは訳が分からないのだが、俺のその態度にアホ継先輩が初めて俺に対して悪感情以外の表情を見せた。
まぁ呆れ顔って奴なんだが。
「なんで俺が先輩に部長なのか聞いたのかと言うとですね。先程今年の部長が撮ったと言う映画がとても素晴らしかったと言うのを聞いたからなんですよ。それでその映画を撮った監督が誰なのか知りたくて尋ねたんです」
監督と言う言葉に反応してまんざらでもないと言う顔をするアホ継先輩。
「そんな見え透いたおべっか使っても何も出ないぞ」
口ではそう言っているんだけど、顔は少し赤みが差して来ており嬉しそうだ。
かなりチョロイ気もするけど、別に俺はおべっか使ったわけでもなくこれは本心からの言葉だ。
「何かお前と話すと調子が狂うな。まぁあいい。とっとと終らせるぞ。まず写真だ。おい皆整列!」
アホ継先輩は……う~ん、なんかこの呼び方良心呵責に苛まれてきたなぁ~。
あの時は親からのプレッシャーで焦って突っかかってきただけな様だし、この人自体は悪い人じゃないのは好評だったと言う映画の件や部員に慕われている事から分かるんだよな。
しかも先程の部員の話からする俺以外にはこんな態度は取らないようだし。
敬意を持って監督先輩とでも呼ぼうか。
で、その監督先輩は部員達に伝統の部活写真スタイルで整列させようとしていた。
この人が俺の話を聞き入れるか分からないが出来るなら全てのクラブが新入生を暖かく迎え入れる写真で統一したいと思う。
「すみません。その写真のことなんですか……」
俺は監督先輩に声を掛け今行っている歓迎写真撮影の主旨を説明した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「いいじゃんそれ。実はずっと思ってたんだよな。あの写真なんか気持ち悪いって」
「そうですね。面白そうじゃないですか。やりましょうよ部長!」
「衣装とか着込んで撮ったら新入生も興味持ってくれるでしょうね」
おおっ、部員達はノリノリだ。これならいけそうかな?
俺が上手くいきそうだと思っていると、急にそれを否定する言葉が部室に響いた。
「ダメだ!」
その場に居た全員がその声を発した人物を見る。
予想通りと言うかなんと言うか、その人物は勿論監督先輩だ。
腕を組みとても不貞腐れている顔をしてこちらを見ていた。
「おいおい部長。いつもならこんな面白そうな事率先して首を突っ込むじゃないか?」
同級生と思われる先輩部員がそう尋ねるのだが、監督先輩の表情は変わらない。
「確かに面白そうではあるが……ダメだ!」
「なんでなんですか部長?」
「俺もあの写真は好きじゃないが伝統は伝統だ。好きじゃないからと言って無下にして良いものじゃない。それに……」
「それに?」
皆が次の言葉を待って息を呑む。
「なにより! そいつの言いなりになるのが気に入らないっ!!」
その場の皆が『あぁ~』と脱力しながら監督先輩のその言葉に納得した。
これはダメそうだなぁ~。
「すまん牧野くん。こいつ普段は物分りの良い性格なんだが頑固な所があってな。こうなったら頑として自分を曲げないんだ」
「君の案は面白そうなんだけど、部長の気持ちも分かるんでこれ以上説得出来ないわ。君が悪くないのは分かってるんだけど……ごめんなさいね」
先輩部員達が困った顔をして俺にそう説明してくれた。
本当にこれはダメそうだ。
「いえ、俺が無理言ったんですから仕方有りませんよ」
監督先輩は俺に対して意地になっているんだけなんだろう。
何より断っておきながらもそう言う写真を撮ってみたいと言う気持ちも大きいらしく、むずむずと葛藤している面持ちだ。
とは言え、ここで俺が何か言っても恐らく更に意固地になって事態は悪化するだけだし、やりたいのにやれないフラストレーションから俺に対してのわだかまりも強くそして深くなっていく事が考えられる。
今日は無理でも仲良くなる機会はきっと来る筈だ。
全クラブで歓迎写真のお届けと行きたがったが、本当に仕方が無い。
「萱島先輩。撮影お願いします」
俺は諦めて萱島先輩に撮影をしてもらおうとそう声を掛けた。
萱島先輩は何も言わず頷いて準備を開始する。
俺が説得を諦めた事で萱島先輩はがっかりしただろうか?
この人の期待に応えられない事に少し心が痛む。
「光一? いいのか? なんなら俺がこいつらに言う事を聞かせても良いんだぞ?」
そう言ってドキ先輩は映画研究部の面々ににらみを利かす。
「ヒッ」
レッドキャップの異名は伊達ではなく、ドキ先輩が言葉と共に発した迫力に皆が悲鳴を上げて固まった。
「止めてください千花先輩! それは絶対にダメです。これはそう言うのじゃないんですよ。先輩達の想いを後輩に伝えていく為の大切な写真です。そんな無理矢理強制させるなんて事をしたら、今の写真と同じですよ。そんな事に意味なんか有りません」
監督先輩は俺の言葉に思うところが有ったのか、一人だけ俯いていた。
他の皆はと言うと、俺がドキ先輩に対して強く注意した事で顔が強張っている。
レッドキャップを怒鳴りつけた事、そしてこの後起こる血の惨劇を想像しているのだろう。
しかし、そうはならずドキ先輩は俺の言葉にシュンっとなってうなだれた。
一応ドキ先輩は俺の事を思って言ってくれたのだ。
うなだれて半泣きになっているドキ先輩を見ると罪悪感が半端無い。
俺は慌ててフォローする。
「千花先輩すみません。俺の事を思って言ってくれたのに、きつい事言ってしまって。気持ちはとても嬉しかったですよ」
俺はそう言ってドキ先輩の頭を優しく撫でた。
ドキ先輩はその言葉で機嫌を直してくれたようで、とても嬉しそうにはにかんでモジモジしている。
あーーーもう本当に可愛いな千林一族は!
さすがにその光景は監督先輩達も理解が追いついていないようで、映画研究部全員がポカーンと口を開けていた。
「はーいはい。皆~写真撮るから並んでくれないか?」
金縛りの様に固まって動かない皆に対して萱島先輩が声を掛けた。
その声にようやく皆は我に返り、口々に今起こった事を話し合っているようだ。
「おーーい! 早くしてくれないかな? 時間が押しているんだよ」
いつまで経っても並ばない部員達に対して、どうやら萱島先輩がキレてしまったようだ。
静かだが、ドスの効いた声で皆に注意する。
その声に恐れおののいた部員達は、すぐさま整列し背筋をピンと伸ばして固まった。
なんだかんだ有ったけど、何とか映画研究部の写真撮影は終了した。
全てのクラブで歓迎写真が取れなかったのは残念だけど、先程俺が言った通り無理強いでは意味が無いのも確かだ。
「ありがとうございました。あとは部長インタビューなんですが、先輩に一つだけお願いしたい事が有ります」
俺は真剣な表情で監督先輩にそう申し出た。
せめて、この人が何故この部に入ったのかだけは教えて欲しい。
お姉さんの話では昔は明るい少年だったと言う話だ。
それが、親からの跡継ぎへの期待と言うプレッシャーで人が変ってしまったらしい。
それなのに、少なくともこの部員達の前ではそんな気配も無く、明るい少年のままと言うのは部員の態度から分かった。
性格が変わる程のプレッシャーを受けながらも昔のままであり続け、皆から評価される映画を作ったと言う事は、この人にとって映画とは誰にも変えられない程の強い想い、原点なんだと思う。
その想いをこの人の口から直接聞いてみたい。
「なんだ? インタビューでも何か要求か?」
最初程の強い拒絶感は無くなっていた。
俺がドキ先輩に言った意味を理解してくれたのだろうか?
俺の真剣な眼差しを嫌悪だけじゃない表情で真正面から受け止めている。
「はい、実はインタビューも今までの様なただの部活紹介では無く、何故この部に入ったのか?、そして何を目指すのかと言う事を部長の方達に話して頂いているんです」
「……何を目指して……か」
そう言って監督先輩は俺の言葉を噛締める様に目を閉じた。
暫しの沈黙の後、監督先輩は目を開き俺の真剣な眼差しに呼応するかの様に、一切悪感情の無くなった真剣な顔を俺に向けた。
「良いだろう。お前の話に乗ってやろうじゃないか。お前が望むような話になるかは知らないがな」
「ありがとうございます!」
監督先輩の了承の言葉に俺が満面な笑顔でそう言うと、またもや呆れた顔をされた。
「本当に調子の狂う奴だな、お前は。まぁそれ程大した話じゃないしよくある話だ。そもそも俺がこの映画研究会に入ったのは正直に言うと最初は現実逃避みたいなものだった。ここに居る皆には悪いけどな」
現実逃避? その言葉に俺は驚いた。
いや、そうか。親からのプレッシャーへの救いをここに求めたのか。
部員の皆もこの話は知らなかったようで、監督先輩の言葉に驚きながらもその謝罪には首を振って応えていた。
「小さい頃から映画が好きだった。昔家には父さんが趣味で集めていた映画のDVDが大量に有ったんで毎日映画を見ている子供時代だったんだ。……小学校の時に将来の夢と言う作文で書いたのは映画監督だったよ」
少し寂しそうな顔をして監督先輩はそう言った。
過去形なのか……。
しかし、その昔話にどこか心がざわつく。
「小さい頃は父さんも俺の夢を楽しそうに聞いてくれていたよ。『俺もお前の撮った映画が見たい』と言ってくれていた。しかしうちの会社が大きくなって行くにつれて父さんは俺の夢を子供の戯言と笑うようになり、自分の跡継ぎとして現実を見てもっとしっかりしろと、コレクションを全て捨てて俺に勉強を強要するようになっていったんだ」
なるほど、これがお姉さんの言っていた事の真相なのか。
好きだった人に夢を笑われ、その道を閉ざされたんだ。
子供の頃にその仕打ちとは……、監督先輩が受けたショックは計り知れない。
「俺は父さんの言うがままに自分を捨てて、地元で有名なこの高校に進学したんだ。父さんは成績さえ上位なら学園生活に関しては何も言ってこなかった。だから俺は逃げ場の無い実家から逃げるように小さい頃に好きだった映画と言う言葉に惹かれこの映画研究会に入ったんだ。だからお前が聞きたかったような俺が何を目指してとかじゃない、ただ単につらい現実から逃げ出しただけなのさ」
そう言って監督先輩は力無く肩を落とし顔を伏せた。
その姿に俺の心がとても痛む。
「父さんには勿論部活の事は言っていない。帰宅が遅くなるのは図書室で勉強していると言い張っていたんだ。幸いな事にここの図書室の蔵書数は地元でも有名だから騙されてくれてたよ。そして俺はこの部に入ってまた映画に触れて、それに夢だった映画監督の真似事もする事が出来た。久し振りに自分を取り戻せて本当に幸せだった」
顔を伏せていた監督先輩は部活の話になった途端、顔を上げて嬉しそうに興奮して話し出した。
本当にこの人は映画が好きなんだな。
その姿に俺は嬉しく思ったがその反面いまだ心の痛みは治まらない。
……そう、この後の展開は予想が付くのだから。
俺はその事を思うと胸が締め付けられる。
彼も前回の生徒会選挙の被害者の一人だったんだ。
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