第59話 ジャンボリアン

「それじゃあ撮るよ~。はいチーズ」カシャッ!


 芸人先輩の余りの変わり様にドギマギしながらも、取りあえず部員全員に撮影の主旨を説明して、生物部としての歓迎のポーズを考えてもらった。

 白衣を脱いで制服姿となった芸人先輩はちょこんと中央に立ち、スカートの両裾を少しだけ摘みお辞儀する、所謂淑女の礼カーテシースタイルで立っている。

 さすがにお辞儀は軽く腰を曲げるのみで顔は真正面を向いており、とても愛らしい笑顔でポーズを取っている。


 く、芸人先輩の癖に生意気な!


 いや、さすが製薬会社のご令嬢と言う事か! 様になり過ぎていてすごく悔しい!


「光善寺先輩? その頭はどうしたんですか? 先程のもじゃもじゃはウイッグか何かだったんですか? あんな短時間でそこまでストレートになるとは思えないんですが?」


「ん? あぁ両方地毛だよ。昨日この施設に泊り込んでたんだが、シャワー浴びた後乾かさないで寝落ちしてしまってああなってただけだよ。アレぐらいドライヤーとブラシでイチコロさ」


「あやまれっ! 世の女性にあやまれ!」


 俺の母さんなんか雨の日とか涙目になって『髪が纏まらない~』って洗面所に長時間篭ってるぞ?



 そんなこんなで次の部活に向かう為、この怪しげな施設からやっと脱出出来る喜びに早足で出口に向かおうとしたのだが、出鼻を挫かれたかのように芸人先輩に呼び止められた。


「あ~牧野くん、ちょっと隣の部屋まで来てくれないか? 君に見せたいものがある」


「なんですか見せたいものって?」


 芸人先輩はそれ以上何も言わず、奥の部屋の方に向かったので大人しく付いて行く。

 この部屋の向こうって、もしかして合成獣キメラが居たりしないよな?


「さっき君に言っただろ? おススメの子が居るって?」


 扉を開けながら芸人先輩はそんな事を言って来た。


「そう言えばいっていましたね」


 おススメって言われても不安しか浮かんで来ないな。

 それは教室で飼える位の大きさに収まっているのだろうか?


「え? 博士! それって実験体Zツェットの事ですか?」


 おい! 周りの部員がざわめき出したぞ?

 なんか実験体とか言ってるし、しかもなんで『Z』がドイツ語読みなんだよ!


「光善寺先輩? 何か周りが不穏な発言してますけど大丈夫なんですか?」


 芸人先輩は不敵に笑ってる。

 その顔も何か似合ってて愛くるしいなぁ~くそっ。


「あぁ先程牧野くんを観察したが、彼ならあの子を押しつけられ……ゲフンゲフン。託せると確信した!」


「今とんでもない事言い直しただろ! ゴラァ!」


 何か厄介者を押し付ける気満々だよこの人。


「さぁこの子だよ」


 そう言って俺にそのおススメの子とやらが入っているゲージを見せる。


「何でそう何事も無くスルー出来るんですか……」


 もう色々と諦めて、取りあえずその厄介者とは何だろうと恐る恐る覗き込む。

 何やらやや灰色がかったこげ茶色の毛玉の様な生き物と目が合った。


「え? 涼子さん……?」


 その姿に思わず俺の口から俺も思ってもみなかった言葉が零れ落ちる。


 そうそのゲージの中に入っていたのは……涼子さん……いやいやそんな筈は無いでしょ。

 その中に入っていたのは目玉がくりくりとした、これってハムスター?

 飼った事がないので良く分からないが、そのハムスターと思われる小動物が俺の事をじーっと見つめている。


 あぁ、改めて見直すと目元が腹ペコモード(ビースト)時の涼子さんにそっくりだ。


 なんかころころぷにぷにして可愛いな。

 何か緊張したけど普通に可愛い生き物じゃないか。


 痛! なになに?


「涼子って誰だい? 生徒会メンバー以外にも女を囲っているとは恐れ入ったね」


「いやそんな……あっ痛い」


「光一! それ本当か?」


「違いますって、二人して抓らないで下さい」


 囲っているとは酷い言いがかりだ。

 ただ単によく家に入れてご飯を食べさせてるだけなのに。


 ……あれ? それって囲っていると言うのかな?


 いやいやいやいや、アレはそう言ったものじゃないよね。


「大和田さんの知り合いの人になんか似ていたからぽろっと出ただけですよ。そんなんじゃないですって」


 元々お姉さんと友達だったんだから嘘は付いてないよね。


「ハムスターに似てる人ってどんな人なんだい?」


「いや俺もびっくりしたから思わず口から零れたんですよ」


 少しジト目だが何とか二人とも抓る手を離してくれた。


「これハムスターですよね? いや~可愛いなぁ~。しかし、ハムスターって結構んですね。もっとと思っていましたよ」


 目の前に居るこの愛らしい涼子さんモドキのハムスターの率直な感想を述べた。

 今まで写真でしか見た事がなかったのでハムスターと言う生き物が、こんなドッジボールドッジボール位の大きさがあるとは思わなかった。


「いや……牧野くん。君の言った通り私の知識でもハムスターは大抵手の平サイズだよ」


「これ形状的にジャンガリアンハムスターだよな? でも俺もこんなサイズ知らないぜ?」


「え?」


 萱島先輩とドキ先輩が明らかに異様な物を見る目で涼子さんモドキをそう批評した。

 どう言う事だろう?

 芸人先輩の顔を見ると相変わらずの愛くるしい顔で凄くどや顔をしている。

 こう言う顔も似合うのか。


「ふふふ! 良くぞ気付いたな? それは新種のハムスター! キンクマのでかさにジャンガリアンの丸くてころころぷにぷにした可愛さを兼ね合わせた! その名もっ! ジャンボリアンハムスターだ!」


 なんか又もや後ろにババーンって大爆発の効果が入りそうな勢いで芸人先輩が言い切った。

 しかしハムスターに詳しくない俺には、ただ単にでかくてころころした涼子さんモドキにしか見えないので、いまいち反応しづらいのだが、この短時間で培ったスキルを使わずには居られない。


「ダジャレかよ!」



「しかし、でかいな。キンクマとしてもでかくないか? 可愛い事は可愛いんだがジャンガリアンの形状のままでかくなるとなんかこう少し怖いな」


「でも可愛いな~。なぁ先輩! 俺にもくれよ~」


「いや~この子はやっと仕上がった所で、今のところこの世にこの子一匹なんだ」


 んん? 何か今怪しい事を言ったぞ? こいつはただ単にそのキンクマという奴とジャンガリアンという奴の合いの子じゃないのか?


「これ、ただの雑種じゃないんですか? 犬とかで最近ミックス犬とか流行ってるじゃないですか。チードルとかテレビで見ましたよ?」


「はははは! 残念だがキンクマとジャンガリアンは厳密には別の種なので交配は通常無理なのだ! そこで我が研究所でゲノム解析を行い遺伝子操……ゲフンゲフン。まぁ色々と頑張ったお陰で長寿命で屈強なこの子が産まれてきたんだよ!」


「あんたが一番生命を冒涜してるわ!」


 既にクリーチャー製作済みだったよ。

 『色々』の詳細聞くのが怖いな。

 この人最初の印象通り本当にマッドサイエンティストだったわ。

 しかし、この愛くるしい淑女スタイルでこんな言動されると、何か違う扉開いちゃいそうで怖い。


「しかし、何でこんな可愛いのにそんな厄介者扱いしたんですか?」


 俺がゲージに近付き指を隙間に入れ涼子さんモドキの頭を撫でようとした。


「君! 指を入れるのは危ない!」


 そんな俺を見た部員達が、凄く驚いた形相をしながら急いで駆け寄り、俺を止めようと声を上げる。

 しかし、ゲージに差し入れた俺の指を見た途端、その顔は驚愕の表情のまま固まった。

 その行動が何の事か分からず、俺は涼子さんモドキの頭を指で撫でる。

 涼子さんモドキは気持ち良さそうに目を瞑って大人しく頭を差出して俺に撫でられていた。


「そ、そんな……あのZツェットが人に触らせるなんて……」


 御飾り部長さん、何かとんでもなく問題発言してないか?

 人に触らせない様な凶暴な生物を、俺は押し付けられようとしていたのか?


「フフフフ。思った通りだ。牧野くんならこの凶暴なZツェットを従えさせてくれると思っていたよ」


 芸人先輩、なんかやけに自信満々に言ってるな?

 先程の値踏みで何か確信が有ったのかな?


「光善寺先輩? その自信の根拠って何ですか?」


「感だ!」


「そんな不確かな根拠で俺の指食い千切られてたかもしれないのかよ!」


 ビクッ!「チュッ!」


 あぁ涼子さんモドキが俺の声にビビッて涙目になってる。


「ごめんごめん。はいはい怖くないよ~」


「チュッ!」


 俺の言葉が分かったのか、また俺の指に向けて頭を差し出した。


「意志の疎通まで……この少年は何者なの?」


 もうこの人もノリノリだよね。

 実は壮大なドッキリとかじゃないだろうな?

 更に奥にあるあの扉から『大成功』って書かれた札を持った人が出てくるとかないよな?


「もしかして、もう人に馴れたのかしら?」


 御飾り部長が自分も撫でようと指を伸ばす。


「シャーーーー!!」


 涼子さんモドキがその指に対して激しい威嚇をした。


「キャーー! やっぱりその子にだけなんだわ!」


 お飾り部長が驚いて手を引っ込める。

 これまずくないか? クラスで世話するのに俺以外にこんな態度なんてとてもじゃないが飼えないじゃないか。


「コラ! 他の人にそんな態度取っちゃダメじゃないか! そんな態度取っていたらお前を飼ってやる事出来ないぞ?」


 まぁ通じる訳はないんだけどね。

 それに折角俺に馴れているんだからちゃんと引き取るよ。


「チューーゥ……」


 あれ? 何か反省した態度っぽい声出したぞ? もしかして通じたのか?


「なんか、もう大丈夫かもしれませんよ?」


 俺がそう言うと皆が信じられないと言う顔をした。

 お飾り部長が意を決して恐る恐る指を近付ける。

 すると思った通り威嚇する気配はないようだ。

 それどころか不本意ながら頭を差し出しお飾り部長に撫でさせた。


「凄い! この子の頭を撫でれる日が来るなんて……う、うぅ」


 何か感動して泣き出した。

 これは今日泣かした女の人リストにはカウントしなくて良いよね?

 その後『俺も!』『あたしも!』と部員達が撫でて同じく感涙してるんだけど……。

 う~ん、この部って芸人先輩だけじゃなく部員全員のノリがバラエティ番組っぽいよな。


「あぁ皆さん。その子ストレスが溜まり出してるから、そろそろ勘弁してあげてください」


 なんか眉間に怒りマークが見えて来た気がする。

 しかしこいつの名前が必要だなぁ。

 いつまでも実験体Zツェットとか涼子さんモドキのままでは可哀想だ。

 何が良いかなぁ~?


「なぁテンコ? このハムスターはもしかしてメスかな?」


 俺が名前を考えてるとこのやり取りの一部始終を眺めていた萱島先輩がおもむろに芸人先輩に尋ねた。

 メスと言うのに何か意味が有るのかな? 馴れやすいとか?


「ああそうだよ。この子の性染色体XX、所謂メスだが。それが何かあるのかい?」


 芸人先輩も不思議そうに尋ね返した。

 あれ? 飼育のベテランもメスだからと言う理由にに心当たりは無いのか。


「なるほどね。分かったよ牧野くんに懐いた理由が」


 萱島先輩は手をぽんと叩き頷いた。


「何か分かったのかい? 出来れば後学のために教えてくれないだろうか?」


 芸人先輩は興味心身と言った顔で萱島先輩に纏わり付くように尋ねている。


「う~ん、これは牧野くんだからと言う話なので参考にはならないかもしれないけど……。彼の異名は全自動攻略機と言ってね。相手が女性の場合、本人は無自覚なのに初対面からいきなり相手を攻略し出すんだよ。特に心に闇を持っている女性は効果抜群だ」


「萱島先輩! 周りに誤解を与えるような事言わないで下さいよ。ほら皆引いてるじゃないですか」


 おや芸人先輩とお飾り先輩のお二人さん? 何故かとても納得している顔するのは止めてください。

 そんな納得されても困ります。


「なるほどなぁ~。今後の研究においてとても参考となる情報を得る事が出来たよ。どんなに凶暴な生物でも性染色体XXを持つ生命体なら、牧野くんの協力を仰げれば制御出来ると言う事だね」


「止めてくださいよ! そんな怪獣映画のヒロインみたいな立ち居地で俺を語るのは!」


 古い怪獣映画って大抵がヒロインの涙で解決するって落ちだったよなぁ~。



「そう言えば餌は何を食べるんですか?」


 飼うにあたって何を食べるかの情報は必要不可欠だよね。

 涼子さんに似てるから何でも食べそうだけどやっぱり銀紙で包まれた四角いおつまみは嫌いなんだろうか?


「基本的に何でも食べるよ。ただやはりハムスターに食べさせてはいけない食材は与えない方が良いだろう。塩分の高い物や油っこいのもそうだしチョコも厳禁だね。後は葱類とかの溶血作用の有るのもダメだ。まぁ基本は特製ペレットをあげたら良いよ。それは支給するから無くなったら取りに来たら良い」


 そう言えば餌は支給って言ってたっけ。

 チョコはダメなのか。

 涼子さんに似てるからチョコ玉子好きかなと思ったのに残念だ。

 あっ餌入れの中の餌を食べ出した。

 モグモグと一心不乱に食べてる。

 モグモグ……? モグ……モグ……そうだ!


「よし! お前の名前はモグだ!」


 俺がそう言うと周りの皆はジト目で見てくる。


「牧野くん? 君あまりにもネーミングセンス無さすぎじゃないか?」


「光一……それはこいつが可哀相だぞ……」


 あれ? なんか評判悪い?

 見た目のままのピッタリな名前だと思うんだけど……。


「なぁモグ~? お前はこの名前嫌か?」


 俺がそうモグ(暫定)に尋ねる。

 先程なんか伝わったみたいな感じだったし。


「チューーーチュッ」


 あっなんか喜んでるっぽい?

 まぁ実験体Zツェットよりは可愛いしね。


「ほら、なんか喜んでますよ?」


 俺がそう言うと周りの部員達が何やら怪しい目で俺を見てくる。


「……動物と意思を交わせる人間」

「貴重なサンプルだ……」

「脳細胞が欲しいな……」

「クローンを作るのはどうだ?」

「では、髪の毛でも……」


「おおーい! なに皆して不穏な事を言ってるんですか!」


 ここ本当に高校の生物部なんだよね?

 悪の秘密結社とかじゃないよね?

 なんか将来この施設が人類の敵とかになったりしないか心配になってきたよ。



「じゃ~取材が残ってますのでもう行きますね」


 ここに居たら命を狙われそうな雰囲気なのでそろそろ次のクラブに向かおうか。


「あぁ頑張ってくれたまえ。モグに関しては来週までに特製ゲージを用意するからその時に取りに来てくれ」


 特製ってのがもうなんか怖いよな。


「分かりました! じゃ~モグ~来週までに大人しくしてるんだぞ~」


 俺がそう言って手を振ると……あれ? モグもなんか手を振ってないか?

 俺は目を擦ってもう一度モグを見ると普通に餌をモグモグと食べている。

 周りも特に気にして居ないのでやはり気のせいだったのか?


 俺はそう自分に言い聞かせたのだが、芸人先輩の色々頑張ったと言う言葉が頭から離れなかった。


「あの人の事だから頭脳も弄ったとか言いそうで怖いよな」


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