第58話 芸人養成所

 

「え~? ここには小動物居ないんですか?」


 先生が生物部に見に行けって言っていたのに。

 ここには居ないってどう言う事なんだよ。

 部長と思われるこのお笑い芸人に、俺が『生き物係』だと言う事を説明して、事前に配布用の小動物を見せて欲しいとお願いしたら、ここには居ないと説明された。

 辺りを見渡すと、とても綺麗で片付けられてはいるのだが、内装自体は外観と同じく怪しげな研究室の如く訳の分からない標本やホルマリン漬けが棚に並んでいる。

 どう見ても小動物を飼育している生物部と言う面持ちではなく、そこの扉を開けると中には合成獣キメラが飼われててもある意味納得出来るほどの怪しさだ。


「あぁそれらは現在来週から始まる各クラスへの配布用に生物部部室(表)に移送しているんだ」


「(表)ってなんだよ! んじゃあここは何処なんだよ!」


 先程から大小のツッコミをかれこれ両手で足りなくなるほど、このお笑い芸人に入れている。

 幾度かの実戦でツッコミと言う物の深遠を垣間見て、少しながら上達してきたのを自分でも実感出来た。

 やっぱりここはお笑い研究部の芸人養成所なんじゃなかろうか?


「表も有れば裏も有る。よく言うだろ? そうここは生物部(裏)の生物進か……生物部(裏)の研究じ……部室(裏)だ!」


「言いなれてないなら正直に言って良いから!」


 もう色々怪しすぎる。

 やっぱりその扉の向こうには合成獣キメラがいるんだろ。

 先生がいまいち動物実験していないって言い切る事に自信が無い理由が分かったよ。

 これ絶対黒だよ。バリバリしてるよ。むしろこれでしていない方がツッコミ入れたいよ。


「まぁそんな事は置いておいて。ようこそ私の研究室へ。私がの生物部部長の光善寺 淀子こうぜんじ てんこだ。以後お見知りおきを!」


 目の前のお笑い芸人は、腕を組みながら仁王立ちの格好で、威勢よくそう名乗った。

 特撮物なら後ろにババーンと爆発のエフェクトでも入ってそうな勢いだ。

 お笑い芸人の名前は光善寺 淀子と言うのか。

 まぁ俺の中では芸人先輩で通すけどな。

 しかし会うのはこれっきりにしたいなぁ~。

 もう俺が正直にって言ったもんだから、完全に開き直って研究室って言っちゃってるし。


「真ってなんだよ!? ……って言うか他の部員は居ないんですか?」


 案内された建物の中には幾つか部屋は有ったけど、扉は全て閉まっており、その中から人じゃない気配はビンビンに感じたものの、他の部員らしき人影は見当たらなかった。


「あぁ、現在部員達の殆どは先程言った部室(表)の方に出張ってるよ。配布用の小動物の世話や見に来る生徒達の対応とか色々忙しいからね。あぁ写真に関しては先程使いをやったからじきに皆揃うさ。真って言うのは生物部(表)に居る御飾り部長と違い、本当の生物部部長は私だからだ」


 まぁ部員が見当たらない理由は分かった。

 そう言えば、居ない訳無いよな、一人で小動物の飼育繁殖なんて無理だしね。

 でも萱島先輩が最初から部室(表)に案内してくれてたら、その御飾り部長とやらと楽しくインタビューして、そこに来ている部員達と写真を撮って平穏無事に取材を終える事が出来たんじゃないだろうか?


「……そうなんですか。誰も居ないんでこんな怪しい部だから先輩一人かと思いましたよ」


「君は顔に似合わずぐいぐいと失敬な事を連発するね。それはそれで気に入ったよ」


 気に入らなくて結構です……はさすがに言えないか。

 会ってしまったが最後、こんな怪しげな人物とは言え、一応先輩だしね。

 それに初めてペットを飼う身としたら色々と相談に乗ってもらう必要が出るかもしれない。

 出来る限りご遠慮願いたいとは思うけど。


「ありがとうございます。初めて小動物の世話をするので相談に乗ってもらう事が有るかも知れませんのでその時はお願いします」


 社交辞令として俺がそう言うと、芸人先輩は興味深げに俺の事を値踏みし出した。

 何故か俺の周りをぐるりと回ったり、俺の顔を覗き込んだりと意味不明な行動をとる。

 俺の顔を覗き込んだ際に、ちらりと髪の隙間から芸人先輩の瞳が現れ、目が合った。

 思いの外、澄んだ綺麗なその瞳に驚いた。


「ふむふむ、初めて小動物を飼うのか。良いだろう君には特別にとっておきを進呈しよう。丈夫で長生き、それでいて可愛いと三拍子揃った私おススメの子だよ。まぁその子以外もうちの部が世話した子達は全部丈夫だがね」


 え? この人のおススメ? なにそれちょー怖い。

 生物進化とか言ってたし絶対まともな生物じゃないよね。

 なんか厄介になった物を押し付けようとしてるんじゃないのか?


「その生き物って、火を吹いたりとか電気放ったりしませんよね?」


「……ふむ。うん、それは興味深い意見だね。今後の参考にさせて貰おうか」


「いや! そんなの参考にしなくて良いから!」


 ツッコミの熟練度がうなぎ上りだよ。


「萱島先輩? この人何処まで本気なんですか? 実はお笑い研究部の部長って事は無いですか?」


「君の気持ちは分からなくも無いが、彼女はあれでも本気なんだよ。ああ見えても彼女は有名製薬会社のご令嬢でね。この学園の古くからのスポンサーでも有って、彼女の親の代にこの施設を建てたそうだ」


 俺の素朴な疑問に萱島先輩は困ったような顔をしてそう言った。

 製薬会社が作った研究施設?


「それモロ動物実験してる奴じゃん!」


 やっぱり小動物を使って事件しているのか? それなら動物達を救わなきゃ!


「おいおい、君は私がそんな事をする人間に見えるかね?」


「はい!!」


 俺は生まれて初めてかもしれない、ここまで心の底から『はい』と言う言葉を口にしたのは。


「こらっ! それこそ失敬だぞ! 私は小動物達を実験の犠牲にならない世の中にする為に研究をしているんだ!」


 二三にさんツッコミたい気持ちを抑えてボイスレコーダーのスイッチを入れる。


「研究って先輩は高校生ですよね? それに何で小動物達を犠牲にしないなんて事を目指そうと思ったんですか?」


 何とか上手い事部長インタビューに持ち込む事が出来た。


「私は赤ん坊の頃から試験管やフラスコを玩具にして遊んでいたような子でね」


 あぶねぇな、ガラス物を赤ん坊に持たすなんて親はどんな管理してんだよ。


「まぁこれが本当の試験管ベビーって奴だな」


「それが言いたかっただけかよ!」


 やっぱりお笑い芸人だわ。


「はははは。ツッコミが良いと喋り甲斐があるな。勿論親も私がそんな物に興味有るからと、仕方無く樹脂製の玩具を渡していたようだ。そして物心付いた頃には友達と遊ぶより親の会社の研究室に入り浸っているような子でね。今まで友達と遊んだと言う思い出が無いんだよ。いや試験管とフラスコが友達だったから思い出は沢山有るかな、ははは……あれ? おかしいな何故か目に水が溜まってきた」


「先輩それはさすがにちょっとツッコミにくいですね」


「ちょっ! そこは盛大にツッコんでくれないと更に悲しくなるだろう! あれか? あえて放置する新手のツッコミか?」


 涙目声で抗議の声を上げる芸人先輩。

 いや、さすがにその自虐ネタは悲し過ぎますよ。


「ま、まぁ話を戻そう。コホン。そんな一人ぼっちだった私にもちゃんとした生き物の友達が出来たんだよ」


「何か遠回りな言い方ですね」


「あぁ、その友達と言うのは研究所で飼われていたハツカネズミ達だよ。白くて小さいその生き物を、私はすぐに気に入ってトム名付けて可愛がったんだ」


 ……トムって仲良く喧嘩する二匹組の狩る方の名前なんじゃ?

 それに全部含めてトムだったんだろうか?


「餌をやったりゲージを掃除したりと色々世話をしたんだよ。周りの大人は複雑な顔をしていたけど何も言ってこなかった。ある時数が減っている事に気付いたんだ。周りに聞いても死んだとしか言ってくれない。そんな筈は無い昨日の夜まで皆元気に走り回っていたんだ。信じられないと周りを問い詰めて真実を知ったんだ」


「先輩……」


 製薬会社の研究施設で飼っているハツカネズミ。

 それを意味する所は俺が先程から心配していた実験動物だと言う事。

 先輩が言った犠牲にしないようにと言う言葉はここから来ているのか。

 それなのに少し悪い事を言っちゃったな。


「悲しかった……。トム達は新薬の実験の為だけに生まれてその実験で死んでいく。人間が命を弄んで良いのか! と周囲に当り散らしたもんだ。とは言え今となったら動物実験の必要性は認めたくは無いけど理解は出来るようになった。これが大人になるって事なのかな……」


 あぁ、やっぱり群体としての総称がトムなんだ。


「先輩先程はすみません。そんな悲しい思い出を持っているのを知らなくて酷い事言ってしまって」


 前髪でよく分からないけど、恐らく悲しい過去を思い出し遠い目をして黄昏ているのだろう芸人先輩を見ると、申し訳無い気持ちになり素直に謝った。


「いやいや、良いんだよ。牧野くんは優しいなぁ~。まぁ医学、それに医薬品の発展には小動物への投薬実験が必要不可欠なのもまた事実だ。いきなり新薬を人間に使用する訳にも行かないからね」


 口では割り切っている様な事を言っているが、発せられる雰囲気からは納得していないと言う風に感じた。


「そこで私は考えた! 小動物を犠牲にせずかつ新薬開発が出来るにはどうしたら良いかと」


 おお! それは素晴らしいな。

 それが実現出来たら、動物実験の為だけに生まれてくる可哀相な命を無くす事が出来る。


「そして私は理解した! 小動物は短命で世代交代が早く、脆弱だから薬物投与での反応実験の検体にされ犠牲となり死んでしまうのだと言う事を!」


 おおぅ? 少し方向性が異なってきた気がしないでもないけど、まぁそうだよな。

 実験動物は薬物や試験環境での影響への即応性が高く、またその影響が世代を経てどのように作用するのかが求められる。

 実験動物と言えばある意味固有名詞的な呼ばれ方をしているモルモット、それにハツカネズミは有名だろう。

 そのほか人間に近いサル類も実験動物にされていると言うのも、昔近所のお兄さんと見たパニック映画で出てきて怖かった思い出がある。


「そこで私は一大決心をした! 短命で脆弱で実験の果てに死んでしまうと言うのなら、長命で薬物耐性も高く強靭な肉体にしてしまえば死なずに済むのだとね!!」


 おいおいおい! このお笑い芸人、なんか変なことを言い出した。

 その理屈はおかしいぞ?


「あの~、それってどんな実験しても死ねない生き地獄を、それこそ寿命が尽きるまで味わう可哀相な実験動物の出来上がり! と言う事になりませんか?」


 俺は素朴な疑問を芸人先輩に投げかけてみた。


「…………………」


 おや? 何か固まったぞ?

 何か汗をダラダラ流してるな。

 もしかしてそうなる事を考えてなかったのかな?

 いやまさかな~。そんな訳無いよな~。


「ははははは! なるほど~、言われたらそうだね。これは盲点だった。じゃあ方向性を変えて実験動物にされない様に人間より強力な生物すると言うのは……」


「ちょっと待て! 最初の志は何処へ行った! 人間より強い小動物って、それもう人類の脅威的な話になるから!」


 やっぱり考えていなかったよ。

 それどころか強力なクリーチャー作ろうと考えだしたぞ?


「ふむふむ、いいね~。牧野くんの反応は本当に良いよ~。……ところで、このインタビューみたいなのも仕事の一環なのかな?」


 あっ有耶無耶のまま話を強引に変えた!


「まぁそうですね。ちゃんと説明する前に話が始まったのでそのままインタビューをさせて貰いました。じつは今回……」


 俺はインタビューの主旨と部活紹介の件を説明した。

 さてこの部長は乗ってくれるだろうか?


「ふむふむ、萱島君が居たのでそんな気はしていたが、やはりそうか。良いよ。牧野くんの事も気に入ったし協力しようか。それにそのインタビューも面白いな。私も久し振りに昔の事を思い出してやる気が出てきたよ」


「写真の件知ってたんですか? てっきり生徒会の中だけの話と思ってたんですが」


 最後のやる気と言うのがすごく気になるけど、とりあえずこの芸人先輩がこの件を知っている事に驚いた。

 でもお互い知り合いぽい素振りだったし去年萱島先輩が話したのだろうか?


「彼女の実家はスポンサーだったと言っただろう? その付き合いは古く、この学園創立前から創始者の旦那さんと交流が有ったとの事だ。私が知っている創始者や学園創立に纏わる事、更には和佐さんの事などの色々な情報は、彼女から聞いたんだよ」


「えぇっ? 本当ですか?」


「まぁ、そう言う事だ」


 この人もある意味関係者だったのか。

 だから生物部(表)じゃなく、わざわざここに案内して俺とこの人を引き合わせたのか。


「去年も手伝ってやってたんだが、萱島君が途中で諦めたからね。私的にも不本意ながらあの無表情の部活紹介写真を撮られる羽目となった」


 あ~、お笑い芸人としてはあの写真は不満だったろうな。


「おいおい、それはあの時ちゃんと説明したじゃないか」


「それはそれ、これはこれだよ。萱島君~」


 う~ん、何か二人は結構仲が良さそうだな。


 バンッ!


「うおっ! びっくりした!」


「博士! みんな集まりました!」


 急に部屋の入り口が勢い良く開かれたかと思うと、そんな言葉と共に人が大勢入って来た。

 そちらに目を向けると、芸人先輩と同じく白衣を着ている少しおっとりした雰囲気の女生徒が先頭に立っており、その後ろに複数の生徒が見えた。

 先頭の女性が生物部(表)の御飾り部長なのだろう。

 と言うか、芸人先輩って自分の事を博士と呼ばせてるのか……。


「みんな遅かったじゃないか。とは言え、私も長話して自分の用意が出来てなかったな。牧野くんすまないが少しだけ待っていて欲しい」


 そう言って芸人先輩が立ち上がり何処かに歩いていく。


「どうしたんですか? 自分の用意って?」


「私だって年頃の女の子だよ? さすがに写真を撮るのにこの格好では恥ずかしいじゃないか」


 芸人先輩からとんでもない言葉に俺は少し耳を疑った。

 いやまぁ確かに年頃の女の子ではあるんだけど、そのコントみたいなマッドサイエンティストスタイルを普通に俺に晒してたんだから、そんな事に気にしない人だと思っていた。

 とは言え、あのもじゃもじゃ頭では、多少のおめかしなんて焼け石に水じゃないだろうか?

 一日かけてもどうこうなるとは思えないが……。

 服を着替えるんだろうか? それとも、もじゃもじゃ頭をジェルかなんかで固めるんだろうか?

 ヘルメットみたいになりそうだよな。

 そうなったら芸人先輩じゃなくてヘルメット先輩と呼ぼうか。




「もしもし? 牧野くんどうしたんだい?」


 俺がそんな事を考えながら暫くボーっと待っていると、誰かが俺を覗き込んでそう問いかけてくる。

 そこには肩下まで伸びた綺麗な黒髪を横に垂らして俺を不思議そうに見上げている少女が居た。

 その瞳はとても澄んでおり、照明に照らされ綺麗に輝いていた。

 その整った顔立ちで見つめられるとドキドキと心臓の鼓動が早くなる。


 誰だろう?


 俺の知り合いにこんな女性は居ないんだけど?

 でもこの瞳はどこかで……?


「あっ、あ、あの? ど、どなたですか?」


 動揺がそのまま言葉に出てしまって恥ずかしい。

 その女性は、そんな俺の態度を見て、とてもおかしいと言う風に上品に口に手を当てて笑った。

 その仕草もとても可愛いくて、また心臓が跳ねる。


「あははは! 何を言ってるんだい? 私だよ。 だよ」


 …………。



「お前かよっ!!」


 この日一番の改心のツッコミが炸裂した瞬間だった。


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