第61話 夢
「それなのに、去年の暮れに急に俺に生徒会に入れと言ってきたんだ。まぁ生徒会の肩書きが有った方が今後の箔が付くという事なのだろうな。そして、それがダメだったなら三年からは隣町に有る有名な進学塾に入れと要求してきた」
思った通りの言葉が監督先輩の口から漏れる。
やはり親から生徒会に入れと強要されたんだ。
生徒会に入る事、それはこの部活を辞めなければならない事を意味する。
監督先輩が自分からそんな選択をする筈が無いのは、先程語ってくれた話からも想像出来る。
しかも、それがダメなら塾に入れなんて、どちらにせよこの部を辞めなければいけないじゃないか!
小さい頃親によって引き裂かれた夢に再び触れる事が出来たのに、また親によって引き裂かれる事になったのか。
「生徒会に入ると部を辞めなければいけない、しかし部活は離れても生徒会ならこいつらと縁は切れる訳じゃないからな。だけど進学塾となると放課後残る事も出来なくなるだろう。だから俺には選択肢は無いに等しかったんだ」
なるほど……。
その言葉に俺は息が詰まる。
昨日俺に詰め寄ってきた先輩達の多くは、自分の欲望の為だけで生徒会に入ろうとしていたけど、この人からは自分の欲望とは違う想いが感じられていた。
あれは親の操り人形と言う訳ではなく、監督先輩なりのささやかな反抗の証、それに大切な人から引き裂かれたく無いと言う焦りから来る物だったのか。
それなのに俺って色々と失礼な事を考えてしまっていた。
なんだよアホ継って……。アホなのは俺の方だった。
「部長! そうだったんですね。正直俺達裏切られたのかとちょっと思っていました」
「なんで言ってくれなかったんだよ! それならもっと手伝ってやったのに」
部員達が先輩の告白に驚き問い詰めている。
「お前達と離れると言うのを言葉にするのが怖かったのもあるが、話すとお前達無茶しただろう。元々今回大混乱になるのは選挙前から分かってたしな。実際かなりやばい工作をして停学になった奴もいる。そんな騒ぎにお前らを巻き込みたくは無かったんだ」
少し恥ずかしそうに部員達にそう言った先輩の顔は凄く穏やかで優しい顔だ。
そんな監督先輩の顔を初めて見た俺は驚いた。
これがお姉さんの言っていた、素直で良い子だった当時の顔なのかもしれないな。
しかし、この顔ってどこかで……?
「「「「「部長!」」」」」
監督先輩のこの言葉に部員達は一斉に駆け寄って監督先輩に抱きついて泣き出した。
あまりにも在り来たりな青春群像劇の一ページの様では有るのだが、俺もその雰囲気に当てられて目頭が熱くなるのを止められなかった。
ふと隣を見るとドキ先輩も号泣している。
萱島先輩は……?
あぁ、なんか凄く興奮してシャッターを切りまくっているな。
ハァハァと荒く息をしながら『イイ、凄くイイよ!』と言って頬を上気させ愉悦の表情をしている萱島先輩。
そう言えば何気ない風景に写る普通の人々の写真が好きとか言ってたよね。
そりゃこんな青春真っ盛りな場面は大好物か。
ただ、昨日も思いましたがその姿はあまり人目に晒さない方が良いですよ。
凄く危ない人に見えますし、それにその台詞を吐きながら腰をモジモジさせてるのは……なんだかとってもエロいです。
この人もこれが無きゃとっても頼りになる先輩なんだけどなぁ。
「先輩、前回の選挙があんな結果になったと言う事はもしかして……?」
皆が落ち着いたので、俺は最悪の想定が現実にならない事を祈りながら監督先輩に尋ねると、監督先輩はもう俺の事を恨んでいる様子も無く、穏やかな目で俺を見詰めていた。
「あぁ、そうだ。俺は近々この部を辞めて塾に行かなければならない。一応前回の選挙が立候補者全員取り下げと言う騒ぎになったんで、人数の関係で指名制が実施される可能性が有ると説明して猶予は貰っていたがな。それでも中間試験終了までだ」
その言葉に部員が騒然となった。
辞めないで欲しいと口々に懇願している。
監督部長は清々しく晴れやかな顔でそれらの声を優しく受け止めていた。
「牧野、ありがとうな。何かすべて吹っ切れたよ。ずっとこの事を皆に言わなければと思っていたが、なかなか言えずにいたんだ。だけどお前のお陰でこの機会を得る事が出来た。本当に感謝している。今までお前にストレスをぶつけてすまなかった」
そう言って監督先輩は俺に頭を下げてきた。
吹っ切れたとはどう言う事だろうか?
「先輩! 顔を上げてください。それより吹っ切れたってどう言う事ですか?」
「言葉のままだ。指名制を狙ってはいたが、お前を見てると俺には無理だと悟ったよ」
なんでそんな事を……。
今までも何度か思ったけど、俺なんかより監督先輩の方が生徒会に向いてるんじゃないか?
「昨日の朝、あれだけの数の敵意を剥き出しにした奴等を前にして堂々としたお前の態度。そして、場の空気を全て味方に付けた演説。その敵対者側だった俺が言うのもなんだが、それはまるで映画のワンシーンの様で本当にスカッとしたんだよ。でも、それが逆に悔しくてキツい態度を取ってしまったんだ」
笑いながらそう言って、照れ隠しか頬をぽりぽりと掻いている監督先輩。
あれはそんな大層なものじゃない。
言った事を違える気は今更無いけれど、あの時は理不尽な言いがかりに対する怒りと、あの場から逃れる事しか考えてなかった。
「そして、さっきお前が千林千花に言った『想いを伝える』と言う言葉で目が覚めた。元々俺が映画を作りたかったのは自分の為じゃない。俺が映画から受け取った想いを、他の誰かに伝えていきたかったからなんだ」
満面の笑みで俺にそう言った監督先輩の顔……。
その顔に俺の記憶の中で何かが呼び起こされる。
「誰も寄せ付けずレッドキャップとまで呼ばれていた千林 千花が、お前に心許してる事もそうだが、それ以上に俺が今救われた気持ちになってる事が何よりの証拠だ。お前は親の七光りじゃなく、そう言う人の心を動かす力が有る事が選ばれた理由で、親の七光りしかない俺は選ばれる理由なんて無かったのさ」
最後は自嘲的にそう漏らす監督先輩だが、それは俺を買い被り過ぎだし、何より自虐が過ぎる。
「そんな、俺はそんな大層な奴じゃないですよ。先輩だってこんなに皆から慕われて、しかも皆から絶賛される映画を作ったって話じゃないですか」
しかも、部員達に迷惑が掛かるからと手伝わせなかった事からも優しい心も持っている事が分かる。
「なぁ萱島? 俺やそのレッドキャップ以外にも、既にこいつに助けられた奴らが居るんだろ?」
俺の言葉には答えず、萱島先輩にそう尋ねる。
「あぁ、既に片手では足りない位さ。今も絶賛量産中だよ」
その量産中と言い方はなんか俺としては釈然としないけど、萱島先輩は嬉しそうに答えた。
しかし、まだ監督先輩が夢を諦めなくて良い手は無いのだろうか?
そうだ! 学園長、そして理事長は自分を頼れと言っていたな、なら俺が頼み込めば何とかならないだろうか?
「先輩! 俺が学園長に推薦――」
「ふざけるな!!」
俺が言い終わる前に監督先輩は烈火の如く俺にそう一喝する。
「お前は俺の事を馬鹿にしているのか? 下級生のお情けで生徒会に入る程落ちぶれていない!」
その言葉に俺は言葉を失った。
……そうだ、思い上がっていた。
俺なんかの口利きで入ったなんて、この人のプライドが許さないだろう。
「すみません! 馬鹿な事を言いました」
俺はこの数日の出来事で心のどこかに驕りが出来てしまっていたようだ。
この思い上がった心に穴が有ったら入りたい程、自分の事を情け無く思う。
「いや、良いんだ。ありがとう牧野。お前の優しさは痛いほど分かるし凄く嬉しい。その話に本当は今にも喉から手が出る思いだ。でもそれはお前がさっき千林に言った事と同じさ。それではダメなんだ。俺の夢は俺の物で無くなってしまう。紛い物になってしまうんだよ」
そうだ、まさしくこれは先程の再現だ。
良かれと思って行動しても相手の気持ちが分かっていないと、ただの気持ちの押し付けでそれは結局相手では無く自分の思い込みでしかない。
監督先輩の俺をフォローしようとしてくれる気持ちがとても有り難かった。
「本当にごめんなさい」
「そんなに謝るなよ。それにもう良いんだ。短い間だったがこんなに素晴らしい仲間達と共に小さい頃から夢だった映画も撮る事が出来た。とても満足している。それに父さんの言葉も分かるんだよ。一代で大きくした会社だし、従業員も今では沢山居る。父さんの想いを受け継ぎ、その人達を守っていく責任が俺にはあるんだ」
一転して俺に優しくそう説明する監督先輩。
その目は決意が込められている。
いや、その瞳の奥には今も燻り続けている夢の残滓が見え隠れしているのが痛いほど分かった。
俺に語った映画監督の夢、あれは簡単に諦められる想いではない程、燃え滾っていたんだ。
それでも自分を捨てて、親の敷いたレールに乗ろうとしている。
俺がインタビューでこの人に聞きたかったのはこんな悲しい事じゃない。
俺に人の心を動かす力が本当に有ったとしても、夢を諦めさせるための力なんて要らない。
俺はこの人の想いが知りたくて、そして何より
「先輩! だからと言って夢を諦めるんですか? 映画監督の夢をっ!」
俺は心の奥底から湧いてきた衝動に駆られ激しく監督先輩に詰め寄る。
その勢いに少し怯む監督先輩だが、すぐに立ち直り真剣な顔をして俺を見る。
「ああ、そうだ」
その決意は変わらない。
でも俺は……。
「他にも道は有るかも知れないじゃないですか! 何もすぐに後を継ぐ訳でもないですし、夢を続ける時間はまだ有る筈です!」
「仕方無いだろ! いつまでも小さい頃の叶わぬ夢を追い続けられるほど人は子供ではいられないんだよ!」
俺と監督先輩の激しい口論に周囲の人達は何も言えずただオロオロとするばかり。
止める気さえ起こらないようだ。
一人の例外がパシャパシャうるさいのは除いて。
この人は元から止める気無さそうだしね。
「お前に俺の気持ちの何が分かるんだ!」
監督先輩が何を言っても言い返すのを止めない俺に対してとうとう堪忍袋の緒が切れたのか、俺の襟首を掴んで殴ろうとして来る。
さすがに周りは止めようとしたが俺は手で制した。
『俺の気持ちの何が分かる』?
そりゃ分かるよ、小さい頃どれだけ二人して将来の夢について語り合ったと思っているんだよ。
「分かるに決まっているだろ!
「え?」
「え?」
「「「「え?」」」」
俺の口から勝手に出た言葉で監督先輩だけじゃなく、俺もそして周囲も言葉を失い静まり返る。
監督先輩も俺の襟首を離し、俺の言った言葉の意味を記憶から探ろうと俺の顔を目を細めて見ている。
「あ、あれ? あれ? 俺なんか変な事を言って……?」
「俺をそう呼ぶ奴って……? まさか?」
そうにぃ……? 宗兄……。そうか……!
「そうだ……宗兄なんだ……」
輪郭を失くしていた記憶がビデオの巻き戻しの様に形を取り戻していった。
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