閑話∞ Side S&s Part.00 ~少し過去の話~

 

「もしかして、深草先生ですか?」


 あら誰かしら? あたし今食べるのに忙しいんだけど?

 この声は聞いた事ないわね? なんか凄く若い子っぽいわ。

 学生でも紛れ込んだのかしら? 誰かの娘さんなのかしらね。


 今日は待ちに待った年末恒例の出版社主催の忘年会パーティーなの。

 毎年楽しみで12月なったら指折り数えてこの日が来るのが待ちきれなくて、仕事も手に付かなくなるのよ。

 でも、毎日少しづつ黄檗さんの目付きが鋭くなっていくのが辛い所よね。


 そんな事より見てっ! この豪華な料理!


 ビュッフェスタイルなんでどれだけ食べても構わないなんて、本当に夢のような話だわ。

 この出版社に連載持って本当に良かったわ!


 って、あぁそう言えば話しかけられていたのよね。

 どんな子なのかしら?


「はいそうですが。あなたはどなた?」


 振り返えると、卸したてみたいなパリパリのカジュアルドレスに身を包んだ女の子が立っていた。

 あら可愛らしい子ね、やっぱり高校生ぐらいのようね?

 う~ん、この会場にこんな大きな娘さんが居る人と言ったら、出版社のお偉いさんの娘さんかしら?


「やっぱり! 私、先生のデビュー作からずっとファンだったんです! お会い出来て光栄です!」


 うわっ抱きついてきた! 中々大胆な子ね。

 こんな純粋に好意を向けられるのは正直嬉しいわね。

 まぁ、男性なら『セクハラよーー』って言っちゃうと思うけどね。


「想像していた通り、凄く素敵な方で良かった~」


「あっ、ありがとう。それであなたのお名前は?」


 素敵な方って言われるのは嬉しいけど、デビュー作って、ちょっとトラウマが疼くのよね。

 デビュー作は青春学園物なんだけど、三巻で打ち切られた悲しい思い出なの。

 最初はいけると思ったのよね~、だってちょっと前まで実際に学生だったし。

 ネタには困らないと思ったんだけど、よく考えたらあたしの学生時代って絵を書いてるか、バイトして貯めたお金で女友達とプチグルメ旅ばっかりしてたから、甘酸っぱい青春とはご縁が無かったのよ。


 あぁ、勿論バイトはまかないが出る飲食店よ。


 でも大抵長続きしなかったのよね。

 だって、目の前に美味しそうな料理があるのよ? しかもそれをお客さんに運ぶのよ?

 目の前を通り過ぎていくご馳走の数々、もう生き地獄だったわ。

 でも、つまみ食いは少ししかしなかったのよ、えらいでしょ?


「すみません、あの私の名前は直木 す、い、いえ鈴 直子って言います」


 あれ? 名前を言い直したって事はペンネームなのかしら? 同業者なの?

 う~ん鈴? 鈴……直子? 何か最近聞いたわね?


「深草先生、この子は秋にうちの雑誌でデビューした期待の新人ですよ」


 黄檗さんナイスアシスト!

 そうそう、そう言えば現役女子高生って肩書きでデビューした子がそんな名前だった。

 現役女子高生……、やっぱり若いなぁ~。若いなぁ……。


「深草先生? どうしました? 遠い目をしてどうしたんですか?」


 あら鈴先生に気を使わせたみたいね。


「いえ何でもないわよ。ごめんなさいね鈴先生。少し月日が経つのって早いなぁ~って黄昏てただけだから」


 デビュー当時は私が一番若かった訳だけど、とうとう年齢でも後輩が出てきたのかぁ~。


「そんな! 私なんかに先生ってそんな恐れ多いです! 呼び捨てで十分です! なんなら『犬』とかでも結構ですから」


 この子なんか怖いわ。


「じゃ、じゃあ鈴ちゃんと呼ばせてもらうわね。私も先生って呼ばれるのは何か照れるから好きに読んで良いわよ」


「はい! じゃあ先輩って呼ばせてください!」




 これがあたしと鈴ちゃんの出会いなの。

 この時は流石のあたしも、ちょっと危ない子だな~ってどん引きしちゃったわ。

 初対面の人に『犬』と呼んでって言う女子高生って前代未聞よね。


 この後、あたしのデビュー作の事を、あたしも覚えていない事や、全く意図していなかった考察を交えて熱く語って来たのだけど、そっちの方が断然面白そうなので『そうなのよ~よく分かってるじゃない』ってどや顔しておいたわ。

 本当にファンの子って色々と考えるわね。

 途中で、あたしそっちのけで黄檗さんとあたしの作品談義が始まったので、ゆっくりとご馳走を頂く事が出来たのよ。

 本当に夢のような一時だったわ~。


 それから鈴ちゃんはちょくちょくあたしの家に遊びに来るようになったの。

 彼女の事を少し誤解していたみたいね。

 彼女凄く面倒見が良くて、あたしがちょっと外でした粗相を直ぐにフォローしてくれるの。

 最近ではあたしの保護者みたいな感じで本当に頼りになるわ~。

 何故かたまに『ペス』ってあたしを呼ぶのは何故かしら?

 ペンネームにしても本名にしても『ペス』って言葉は被ってないんだけど不思議よね。


 でも彼女と出会えて本当に良かったわ。

 たまに暴走する時が有るんだけど、それでも私のかわいい後輩ね。




・―・―・―・―・―・―・―・―・―・




「あれはもしかして! 深草先生じゃ?」


 私の名前は直木 鈴、今年の秋に高校生ながら憧れの先生が連載している雑誌でデビューする事が出来た漫画家の卵です。

 ペンネームは鈴 直子って言うの。


 今日は出版社主催の忘年会って事で実家から新幹線乗って東京まで来たんだけど私って場違いじゃないだろうかと思う。

 何で東京のホテルってこんなに大きいの?

 私の町って有名な観光地なんだけどホテルって言っても、この建物の半分……、いや10分の1くらいの大きさしかないんだけど。


 これではまるでお城みたいじゃないですか。


 っとそんな事は置いておいて、今日上京してまでこの忘年会に出席した理由は、ずっとファンだった深草先生に会うためなのです。

 先生の作品との出会いは忘れもしない中学2年の時、小さい時からとても可愛がっていた家族とも言える愛犬のペスが交通事故で亡くなったあの日の事……。


 毎月買っていた少女漫画雑誌の発売日なので、いつもなら学校から帰ってすぐにペスのお散歩をするんだけど、早く続きが読みたかったから散歩をせがむペスを置いて、本屋まで買いに行ってしまった。


 そしてその帰りに悲劇は起こったの。


 子犬の時からずっと使っていた首輪だったので、もうボロボロだったのだと思う。

 あと少しで家に着くと言う時、横断歩道の先に首輪の外れたペスが居た。

 信号は赤信号、ペスは私を見つけると嬉しそうに走ってくる。

 私は止まるようにペスに『待て』をしたんだけど、その声は丁度横断歩道にやって来たダンプカーのクラクションでかき消されてしまった。


 そして、そして……、ペスは私の目の前で轢かれて死んでしまった……。


 本当に悲しくて悲しくて、その日の夜は何も考えられなくて、夕食も食べずにそのままベッドに潜って現実逃避した。


「わん!」


 夜中急にペスの声が耳元で聞こえた気がしたの。

 私は飛び起きて辺りを見渡して、でもそんな筈は無いとまたベッドに潜り込もうとした時に、ふと視線端に何かが映りこんだ。


 ペス?


 一瞬ペスが見えた気がした。

 しかし、もう一度目を凝らすとやはり何も無い。

 いや、そこには今日購入した少女漫画雑誌が転がっていたんです。

 私がこんな物を買った為にペスが死んだのだと思うと、とても腹が立ってきた。

 自分勝手な理屈なんですが、このやり切れない思いを何かにぶつけたくて、雑誌を手に取り壁に投げつけようとしました。


「わんわん!」


 またペスの声が聞こえた気がしたの。

 私は少し落ち着き手に持った雑誌の表紙を見ました。

 そこには新連載と言う文字と、何処か独特なタッチで描かれた少女が笑っている絵が描かれていた。


 何故だろうか? その少女の笑顔を見ていると、心が満たされる気持ちになってポカポカとした春の日差しの中に居る錯覚を覚えたの。

 私は衝動的にページを捲りその新連載を読み出した。


 題名は…… 『スクランブル・スクール』? 略称はスクスクといった感じかしら?

 ふ~ん、出だしは良く有る展開ね。

 このパンを咥えて登校している少女が男子生徒と出会って恋に落ちる王道パターンかな……。


 この少女漫画のテンプレのような、あまりにも在り来たりな冒頭に少しがっかりしました。

 しかしそれはすぐに間違いだと分かったの。


 次のページを捲る。

 あれ? 何事も無く電車に乗ったわ? てっきり曲がり角で男子生徒とぶつかるのかと思った。

 と言う事は電車の中で痴漢に会ってそれを男子生徒が助けるって展開ね。


 でもページを捲っても捲っても出会いが始まらない。

 とうとう学校に着いてしまった。

 この数ページに何の意味があるんだろうか?

 私は思わず最初のページまで戻る。

 何度見ても、ただただ新連載の大切な冒頭数ページは、何のイベントも無い普通の通学風景にしか見えなかった。

 意味が分からなくて私の頭は激しく混乱したの。


 なぜなの? このページに何の意味が有るの?


 いつしかペスが居ない現実を忘れこの謎解きに没頭したんです。

 幾度かの巻き戻しの末に有る事に気付いたの。

 この漫画に隠された壮大なメッセージに!


 コマ毎に口に咥えているパンが、小さくなっている!

 それにこっちのコマでは咥えていない!

 更にその後のコマではまた咥えている!


 最初は良くある書き方の誤差や書き忘れかと思った。

 でも、何度も見直している内にこの作者・・・・はそんな事しないと言う事は分かっていたわ。

 だから、それがとても不思議に思えた。


 なぜかと言うと、小さいコマにも拘らず、この作者はパンと言う物に対してすごく愛情を注いでるかの如く、事細やかにパンを描写していたから。


 下手すると人物や風景より激しく自己主張をしているパン。

 あるページには口元のパンしか描かれていないコマさえあった。

 ただの書き損じの訳が無い。

 パンが無くなっているコマと、現れるコマをじっくり観察する事にしました。


 あっ! 良く見るとカバンから何気にパンを取り出している!


 と言う事は、これは女子高生が通学中に食パンを飲み物も無く、一袋を食い尽くすと言う普通では有り得ない食事風景なのか……、しかし何故?


 …………。


 そうかっ! これは日常の中の非日常を描き、現実の世界に居る読者を作品の中に招き入れると言うシュールでいて、とても高度なテクニックなんだ!


 それに気付いた私は、改めて最初のページから作者の意図を全て漏らさず拾うべく、丁寧に一コマ一コマ虱潰しに見ていきました。

 するとやはり、シュールでいながら全て利が適っているように計算された非日常が描かれていたわ。


 私はもうこの作品に夢中となって、心から片時も離れなくなっていました。

 あの時、枕元で聞こえたペスの声は、私がいつまでも自分が居なくなった事に悲しまないようにと、この作品と引き合わせてくれる為に天国からしばしの奇跡を引き起こしてくれたのだと思います。


 その作者! 深草京子先生が目の前に居る!


「もしかして、深草先生ですか?」





 こうして私と深草京子先生……先輩は運命の出会いをしたの。

 先輩はとても素敵な大人の女性である反面、とても子供な所が有るのは周知の通りね。

 そして、その子供なところは私のとても大切な家族だったペスと瓜二つと言う事は知ってたかしら?


 あの日現れたペスは先輩の作品ではなく、もう一人のペス先輩と引き合わせる為だったのだと今では思います。

 今日もペス先輩は元気に私を困らせて走り回っています。


「先輩! そんな格好で外を歩いたらダメですよ~!」









                                わんっ!

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